サクナに普段内緒でしたためている書物の中身を見られたことに気が付いた時、死んだかと思った。
内容が暴かれることはまずない。
何故なら組織への露見を恐れて、中身は全て日本語と英語で記してある。
だが『謎の文字で書かれた書物を隠している』という情報だけでも組織にとっては疑いの目を向けるのに十分な根拠となりうる。
ともすれば殺される恐れすらあった。
それだけは避けたい。最悪、サクナを始末することも考えたのだが。
──まさか机の上に置き忘れるなんて。
こんなうっかりミスをしてしまうとは思ってもみなかった。
しかも焦って色々口に出してしまったし、これはもうダメかもわからんね。
「その、ラゴウさまは黒十字騎士団に対して翻意を抱いている、のでしょうか?」
「……ああ、その通りだ」
仕方がないのでこの場は開き直ることにした。
どうせバレてしまった範囲を無理に隠そうとしても意味はないだろう。
「世界各地に根を張り、子供を拉致監禁しては非道な訓練を行わせ、蟲毒のように実力者を選別している。俺も狂信者の親に売られた身空だ。そんなイカれた悪の組織に忠誠を捧げる馬鹿がどこにいる?」
正直に話すことでサクナの出方を伺う。
少なくとも今この場に隠れた監視の目は感知できない。
最悪の場合は切り捨てる。その思いで言葉を紡いでいく。
「で、それを知った貴様は上に密告でもするつもりか?」
「い、いえ。そのようなつもりは決して」
「ふん、信じられんな」
他キャラならともかく、サクナに関してはパーソナリティを把握できていない。
何故なら彼女は本編時間軸では既に死んでいた系女子、断片的に語られる情報でしか人となりを判断できなかった。
設定資料集の新規情報も名前の漢字表記くらいしかなかったはずだ。
もしかしたら組織に忠誠を誓っているかもしれない。であればやはり処分してしまった方が。
「……お聞きください、ラゴウさま」
「……なんだ」
「わたくしは組織に忠誠を捧げているわけではありません。むしろ故郷を滅ぼされ、憎悪の念を抱いて然るべき立場にあります」
「他人事のように語る」
「……実際、わたしは憎悪の念を抱いておりません。抱けない、といったほうが正しいでしょうか。黒十字への恐怖も理由の一つですが、故郷に対する思い入れ自体を持ち合わせていないものですから」
彼女は慎重に言葉を選ぶように、しかし滔々と会話を続けていった。
「しかしこの組織が人道に反する団体であるのもまた事実。ですからラゴウさまの行いは、正しいものであると思います」
「つまり、何が言いたい」
「このことを上に報告する気はございません。ラゴウさまが望むなら、可能な限り協力もいたします」
「魅力的だな。信用できないという点を除けば」
「であればわたしを如何様にも処分してください。ただその場合……セツカさんのことを、よろしくお願いします」
む。知ってか知らずか、セツカの存在を挙げられて言葉に詰まった。
彼女は『自分の手』でサクナを殺めたことで心が折れ、組織に忠実な僕となった。
ではそれ以外の理由でサクナを失った場合、一体どうなってしまうのだろうか。
ただでさえより強くなろうとして多少本編から外れたルートを歩んでいる現状、余計なさざなみを起こしたくはなかった。
……仕方ない。
好ましい展開ではないが、最悪の展開という程でもない。
これがセツカだったら終わっていたが、サクナならばまだ修正も効く。
彼女は最終的には本編開始前に死ぬ運命にある。
道筋が多少変わろうとも、大筋さえ変わらなければ問題はないはずだ。
サクナの拘束を解き、澱んだ瞳と視線を交わす。
「……いいだろう、その甘言に乗ってやる。これより貴様は俺の手足であり忠実な従僕だ。そのことを深く胸に刻め」
「承知いたしました。これより我が身はあなたの手足。如何様にもお使いください」
サクナは恭しく首を垂れると、忠誠を誓う言葉を口にした。
それが空言なのか、心からの真実なのか。
どっちみち信じるしかないので、心臓がバックバク鳴っていた。
さて、サクナに組織への反抗心がバレてから一週間ほどが経過した。
あの時に放たれた言葉を鵜呑みにするわけにもいかない。俺を欺こうとしているのではないかと思い、その間ずっと彼女を背後から監視していた。
……否、正確には監視しようとしていた。
しかし、サクナはそんな俺の心中を察してか先んじてこう言い放ったのだ。
『秘密を明かさないとは言いましたが、ラゴウさまにとっては到底信じられぬ空言の類に聞こえることでしょう。ですから今しばらくの間、ラゴウさまが信用を置いていいと思えるまでは常におそばに付き従わせていただきます』
内心を完璧に言い当てられてビビったほどに的確な提案だった。
なんなら的確過ぎて俺を騙そうとしているのではないかと警戒ランクを二段階ほど高めたくらいだ。
とはいえ都合がいいのも事実。
立場的にも兄弟子と妹弟子なので、常に一緒にいても不審がられることはない。
そう思って了承したのだ、が。
「……おい、貴様いつまで俺の三歩後ろに付きまとい続ける気なんだ?」
「ラゴウさまがわたしにかけるお疑いの気持ちが晴れるまで……でございます」
「だからといって寝る時やお風呂の時も常に背後に立つのは違うだろう……!?」
そうなのだ。
この女、何を考えているのか睡眠時や入浴時ですら俺の三歩後ろにピタリと付きまとい続けていた。
これでも次期幹部候補生なので個室にはキングサイズのベッドがあるのだが、サクナとついでにセツカも乗り込んできて川の字になって寝る羽目になっている。
さらには平然と風呂場に乗り込んできて「お背中をお流しいたします」と甲斐甲斐しく世話まで焼いてくる始末。
『組織との内通を疑われるのであればこの程度は当然。むしろ四六時中目を離すべきではないと愚考します』
そう言われるとぐうの音も出なかった。
「挙句の果てにはトイレにまでついてこようとする! セツカも「えっそこまでついていくの」って顔をしていたぞ!? RPGのパーティメンバーか貴様は!?」
「……? すみません、よくわかりません」
「siriみたいな応答を……っ」
今時AIの方がまともな返答してくるぞ。
回想でしか登場しないサクナという人間のキャラクター性は俺にとって謎に包まれている。
故に慎重な対応を心がけようとしていたのだが、ここまで天然キャラだとは思いもしなかった。
「冷静に考えてやりすぎなことくらいは分かるだろう。というか分かれ。見ろ、今のやり取りを離れたところから隠れて覗いてるセツカが引いたような目を向けているぞ」
「それはラゴウさまが取り乱すお姿に怯えているだけかと存じますが……?」
否定はしないが、姉弟子の奇妙な行動に引いている面の方が多分に含まれているだろう。
少し上から脅せば素直に言うことに従う駒になるかと思っていたのに、まさかのじゃじゃ馬属性を持ち合わせているとは予想外にも程がある。
出会った時の怯えっぷりはどこへいったのか。
『近寄りがたい先輩』って立場になるはずが、そこはかとなく舐められてる気がするぞ。
「と、とにかくだ。貴様の忠心は嫌というほど理解した。もう十分だ。これからは俺の背後について回るのはやめ」
「たったの一週間でご信用なされるのですか?」
……こいつ俺の背後をつけ回したいのか?
嫌々ながら信用を得るためにやっているだろうと思っていたが、もしかしたらこの生活を気にいるレベルの天然ちゃんなのかもしれない。
いや、逆に嫌気を刺した俺が監視を解除することまでを見越した作戦か……?
ダメだわからない。
本編で既に死んでる系ヒロインだから考えることが全く手に取れない。
「……どうせ死ぬんだから、今のうちだけ好きにさせておけば問題はない……」
「何か仰られましたか?」
「何でもないわっ」
結局その後もサクナは刷り込みされた雛鳥のように俺の背後をついてくついてくするようになった。
☆
サクナがおかしくなった。
原因は元から頭がおかしい兄弟子だと思う。
なんでか常日頃からピッタリ後ろにくっついて回って離れようとしない。
「サクナ、どうしてあの人の後ろについていってるの?」
「……少々込み入った事情がございまして」
ちゃんと答えてはくれなかった。
どうやら私にも話せない事情があるらしい。
なんだか二人だけの内緒ごとに私だけのけものにされてるみたいで、ちょっとムカついた。
「じゃあ私もサクナの後ろについてく」
それから私たちは三人一列になって動くようになった。
ご飯の時はもちろん、お風呂の時や夜寝る時もずっと一緒だ。
夜一人で寝るの怖いし。
そんな私たちだけど、四六時中ずっと一緒というわけではなかった。
ラゴウに任された雑事をこなしている間は基本二人きりだった。
「俺より先に寝てはいけない。俺より後に起きてもいけない。あと飯もうまくつくれ」
という命令で、今は朝餉を作っている真っ最中。
先に寝て後に起きてはいけないとはいうけれど、ラゴウはたっぷり九時間は寝るから、数日徹夜を強いられることもあった基礎修練に比べればラクショーだった。
「……でも、ちょくちょくこっちの様子覗きにくるよね。監視のつもりなのかな」
「そうですね。わたしへの牽制も兼ねているのでしょう。それと……いえ、なんでもありません」
それと、なんだろう。
まさか心配してるわけじゃないよね。
ちなみに最近は家事にも慣れてきて随分と失敗が減ってきた。
今朝もおみそしるは私が作った。
不満そうな顔で「うまい」というラゴウに、なんだか勝った感じがしていい気分だった。
「私たちのしょーり」
「やりましたね、セツカさん」
勝利宣言をするとラゴウがさらに面白い顔をした。けっこー感情が面に出やすいみたいだ。
ある日、いつものようにサクナと一緒に雑事をこなしていると二人組の男性に絡まれた。
「ガキの分際で調子に乗りやがってよォ」
「魔剣適合者だからっていい気になってんじゃん」
「……いえ、決してそのようなことは」
「はぁ? 俺らが間違ってるってかぁ?」
「いい根性してんじゃん、なぁ?」
相手は正式な団員で、しかも大人だ。
黒十字の団員は鍛えられた国の騎士や兵士よりもさらに強いらしい。
いくら基礎修練を乗り越えたとはいえ、まだ団員なりたてで子供の私たちがなんとかできる相手じゃない。
「さ、サクナ……」
サクナの陰に隠れてぎゅっと服を掴む。
だけど大人相手じゃサクナだって危ない。
どうしようどうしよう。悩んでいた、その時だった。
「──道理だな。黒十字においては強者こそ正義。その二人の兄弟子として、俺も是非ご指導賜りたいものだ」
ラゴウだ。ラゴウが助けに来てくれた。
「あ? ……て、テメェはラゴウ……!?」
「あの基礎修練を嬉々として受け入れてたって噂のキ◯ガイじゃん……!?」
二人の団員が怯んでる。
すごい、大人があんなに怖がってるなんて。
続けて、ラゴウは嘲笑うように言った。
「どうした? 続けてくれ。いい歳こいた大人が団員なりたての子供に絡む……最高だ。どうにもそういった小物の振る舞いには慣れなくてな。参考にさせてもらいたい」
「い、言ってくれる……ッ! 同期にチヤホヤされて調子乗ってんじゃん!!」
「魔剣使いだからって自分のが強いと勘違いしてんのか!? ガキが、正団員の力を見せてやらァ!」
馬鹿にされたと感じたのか、大人団員の片方が剣を抜いてラゴウに切り掛かった。
危ない!
焦ったけど、ラゴウはずっと冷静だった。
真剣白刃取り。
それも両手じゃなく、片手の指だけで剣の腹を抑えて受け止めていた。
「なん……だと……!?」
「か、片手で止めやがった……!?」
「いきなりどうした……実力差を鑑みれば当然だろう。スイゲツ翁の剣速に比べれば
続けないのか? とわざとらしく問いかけるラゴウに、大人団員の二人は分かりやすく怯えていた。
そうして「きょ、今日はこの辺で勘弁してやるじゃん!」「じゃあな!」と負け惜しみを残して走って逃げてった。
「……大人と子供なのに、あっさり勝っちゃった」
すごい。
メタルドラゴンなんていう魔物も簡単に倒しちゃうくらいだから強いとは思ってたけど、まさかここまでだったなんて。
ずっと胸がドキドキしていた。
カッコいいと、素直にそう思った。
「助けてくれてありがと、ラゴウ」
「えっ」
「ありがとうございます、ラゴウさま。このご恩は一生忘れません」
「いや、そんなつもりは」
「はい、重々承知しております。あなたさまにとってはただの気まぐれに過ぎない……ですよね?」
ラゴウはしばらくよく分からない感情の表情を浮かべたかと思うと、なんでか肩を落とした。
「……久々に嫌味な兄弟子ムーブができると思ったから笑顔で加勢したのに……」
「なにか仰られましたか?」
「なんでもないわっ」
そういってラゴウは足早に去っていった。
そんな奇妙な兄弟子の背中を見送ったあと、サクナと二人で顔を見合わせて、笑った。
私たちの兄弟子は、どうやら素直じゃないだけでとっても優しい人みたいだった。