本編開始前にやっておきたいこと。
そのうちの一つが『主人公が進むルートの剪定』だ。
というのも魔剣戦記では選択肢によって主に四人のヒロインのルートを進むことになるのだが、その内の一つが俺にとっては少々厄介なのだ。
まずはTHE・王道の『アレクサンドラ√』。
物語の舞台となるサイフォス王国の王女にして赤髪ツンデレ高飛車キャラ。
王国の騎士として黒十字騎士団と対立するオーソドックスなシナリオである。
次に悪の組織の幹部キャラと仲を深め合い、愛する彼女のために組織に刃向かう『セツカ√』。
今絶賛俺を悩ませているサクナについて多少の掘り下げがある分岐でもあり、爺さんことスイゲツがラスボスを務めるシナリオだ。
そして今回問題となるのが三人目、ゲームにおいて魔剣の強化などを担当するNPCにしてヒロインを兼任するキャラ『アベリア・アスモダイオス』。
このアベリア√において、なんと主人公であるシャクヤは黒十字騎士団に入団してしまう。
色々事情があるのだが、簡潔に纏めると
だがそれでは光と闇、表と裏の関係として組織を内と外から変えていく感じでやっていこうと画策している俺の役割が薄くなってしまうのだ。
表の主人公と裏のライバル。
とにかく、この構図を崩したくはない。
王道の輝きあってこそ邪道の影も色濃くなる。
『俺と貴様は光と影……互いに相容れず、しかし離れることもない……因縁が切れる時はただ一つ、どちらかが死ぬ時のみ』
みたいなね。
アベリアは自ルート以外だと物語へ与える影響も少ない。原作が崩れることにはならないはずだ。
「やっぱり他ルートの要素を取り入れつつ残された謎が明らかになるグランド√をベースにするのが一番気持ちいいからな」
グランド√>アレクサンドラ√>セツカ√>アベリア√の順でいってほしいルートだった。
それにアベリアは開発者キャラでもある。抱き込めば便利な魔道具を作ってもらえる。
今後の計画においても有利に働くだろう。
「というわけでやってきましたアスモダイオス邸」
善は急げ。
俺は早速アベリアが住んでいるアスモダイオス邸に来ていた。
アスモダイオス家は黒十字騎士団と関わり深い一族で、魔剣研究の分野において著名な貴族だ。
アベリアはそんなアスモダイオス家でも歴代随一の天才で、魔剣の劣化コピーたる『
「ラゴウさま、ここにどんな御用がおありなのですか……?」
「おっきなおうち……」
そしてなぜかサクナとセツカがついてきている。
正直邪魔だったが、下手に育てたせいで振り切るのも苦労するようになった。
仕方がないので着いてくることを許可したのだ。
「アスモダイオス家は魔剣研究で知られる家系でな。他国でも名の知れた一族だ」
「……魔剣の強化をお願いしにきたと?」
「それはまだいい。下手に手を加えると俺の動きがバレるからな。ここに来たのは唾をつけるためだ」
「え、ばっちぃ」
「慣用句だっ」
誰にも見つからないよう屋敷の周りを探る。
この接触はシークレットでなければならない。
故に対象が自室に一人でいるだろう深夜帯を狙ってやってきた。
「侵入は俺一人でやる。貴様らにはそれぞれの持ち場で周囲の警戒を担当してもらう。異常があれば所定の合図で連絡しろ。では任務開始だ──散ッ」
合図と共に状況を開始する。
アスモダイオス家はその功績により黒十字の庇護を受けていて、スパイ等の危険から守るために相応の防衛策が張り巡らされていた。
普通なら突破は難しい。
だが、ゲーム知識のある俺には容易だった。
「どこをどうすればバレずに突破できるか、俺には手に取るように分かるぞ」
深夜勤務で眠そうに欠伸している門番の背後をこそこそ通り過ぎ、『ある人物』が抜け道として利用している穴の中を進み、魔道具によるセンサーを踊るように掻い潜る。
完璧だ。
俺は達成感を覚えつつ、目当ての部屋の扉を叩く……のではなく、魔剣の力を解放する。
「『
扉にできた影に溶け込むようにして入ると、音もなく内側に侵入する。
『永闇』のアクティブスキルの一つだ。
影に潜り、その中を自在に移動できる。
目標を発見。
こんな時間だというのに燭台に火を灯し、自室の机に向かって何やら書き物をしている。
丁度いい。俺は影から浮上すると、『彼女』の首元に刃を突きつけた。
「動くな。貴様に話がある」
「──……驚きました。家の監視網には何の反応もなかったはずですが」
自分の命を握られている事実を一瞬で把握し、冷静に返してきた胆力に思わず唸らされる。
「なに、少し手品が得意でな。トリックだよ」
「それはそれは。
「残念ながら就職先には困ってないんだ。黒い十字がシンボルマークの組織に雇われている」
その一言で自身の所属を伝える。
亜麻色の髪の少女──アベリアは僅かに瞳を開かせたものの、すぐに元の表情に戻る。
今度は分かりやすい反応だった。
「……何が目的ですか?」
「自分でも分かっているんじゃないか? ……というのは意地悪か。なに、話をしにきただけだ。貴様の目的についてのな」
今度こそ、言い逃れもできないくらい分かりやすく息を呑んだ。
「何のことですか?」
「とぼけなくてもいい。貴様は姉を……
「ちっ」
アベリアには六歳離れた姉がいる。
名はカイナ・アスモダイオスといい、俺が就くべき
基礎修練を担当する教官の一人でもある。
強キャラなので、よく無理をいって稽古をつけてもらったものだ。
「どうしてそれを……」
「独自の情報網だ。想像にお任せする」
主にゲーム知識という名の情報源だ。
「貴様の姉は復讐剣『クルシフィクス』の適合者として組織に入団、最高幹部の位まで昇格した……そして貴様は、そんな姉を組織の下から取り返したい」
「本当にどこから仕入れてきたのか……そうですよ。当然でしょう。あんな組織、誰が好き好んで大切な家族を入れたいと思うんですか。そこらのカルト宗教に入る方がまだ安心安全ですよ」
それはそう。
子供に対して普通に死ねる薬物をシャブ感覚おっと間違えた、ジャブ感覚で投与する組織なんて最悪の中の最悪だ。
「ご存知の通り、アタシの姉は眉目秀麗容姿端麗、立てば芍薬座れば牡丹歩く姿は百合の花。知力も武力も兼ね備えた完璧人間です」
「それは知らんが」
「魔剣適性が判明して両親が媚を売るために姉を差し出したその時も、笑顔で気丈に振る舞いながら出て行きました」
ここら辺は話半分に聞き流していく。
原作知識がある身からするとわざわざ聞くまでもないし、
「倫理観ゆるキャラの両親は黒十字の幹部に姉を、魔剣研究の後継にアタシを就かせてよりよい地位を掴む気なんです」
「そして貴様は、そんな状況を変えたいと」
「ええ。面従腹背、いつか姉を連れてこんな腐った連中の下から去る。それがアタシの計画です」
そう、それこそがアベリア√におけるストーリー展開の一つだ。
カイナを連れ戻すため、主人公は団員の立場からカイナに近づいていく。
そして徐々に黒十字の闇に切り込んでいく……というのが主な流れだった。
「でもこうなってしまったということは、組織には筒抜けだったということですか」
「いや、俺は個人的な事情でここへ来たし、貴様の情報も組織とは無関係のところから入手している」
「……? 到底信じられませんが、本当だとしたら何故?」
「貴様に協力する、といったら?」
虚をつかれたような、とはまさにこの表情か。
アベリアは面白いくらい表情を歪めながらこちらを見ていた。
「……アナタに何のメリットがあるんです?」
「将来有望な魔剣研究者に大きな借りを貸せる、ではダメか?」
「ダメですね。到底釣り合いが取れません」
俺もそう思うが、しかし本当のことを話しても信じてもらえるとは思えない。
そもそもアベリア√を潰すためであって、彼女自身に何かを求めているわけじゃない。
なのでここは少々強気で行かせてもらう。
「だろうな。だが俺には俺の野望がある。おいそれとは話せない。どちらに主導権があるか理解していれば頭を振る方向は決まっている。だろう?」
「……結局、弱みを握られていた時点でこうなる運命ですか」
アベリアは首から下げた
「分かりました、アナタの提案に乗りましょう。元々一人では難しいと思ってはいましたから。団員との繋がりはアタシにとっても利がある」
「決まりだな」
強制力を持つ魔法の契約などは取り交わさない。
そういった術式は必ず何かしらの痕跡が残る。
それが遠因となって繋がりがバレては元も子もない。
主導権はこちらにあるが、個人の都合で動いていることは明かした。つまり俺の側も多少の弱みを握らせたのだ。
信用がなくても信頼できる関係にした。つまり、
「これから俺たちは『共犯者』だ。貴様は貴様の、俺は俺の利益のために互いを利用し合う」
「……悪くない関係ですね。ええ、アタシとしてもそっちの方が気軽で助かります」
もちろんアベリアはヒロインでもあるので、仲良しこよしの関係性は築かない。寝取りは嫌いだ。
天秤が傾けばいつでも切り捨てる。
悪の組織のライバルキャラが築く関係なら、それくらいドライな方が丁度いいだろう。
「俺の名はラゴウ──いずれ
「! ……なるほど、それなら利はデカい。アタシの名前はアベリア・アスモダイオスです。どうかよろしく、共犯者さん」
握手を交わす。
このまま彼女の協力者としての立場を独占することで、シャクヤがアベリア√に進む道を塞ぐ。
一歩前進だ。喜びに口角が上がった。
その後、難なく屋敷から抜け出した俺はサクナやセツナと合流して黒十字のアジトへ戻った。
「ラゴウ。疲れたからおんぶして」
「寝言は寝て言え」
「ぐうぐう。おんぶして」
「減らず口をこいつ……!」
「ラゴウさま、わたしが背負いますので……」
道中、下らない一幕はあったけど。