ゼルネアスは、しばらく黙っていた。
日廻の手が白い毛から離れたところで、静かに口を開く。
『貴方に、協力をお願いしたいのです』
日廻が口を開く前に、ロトムが前に出た。
『……何を、させる気ロト』
『もし、あれが貴方の世界に現れたなら。ミュウと共に、少しでも、その進行を食い止めてほしいのです』
日廻は、傍に浮かぶ小さな姿へ目を向けた。
細い尾の揺れが止まり、青い瞳がこちらを見返す。
つい先ほどまで、チラーミィと呼んでいた。
姿が変わっても、指先に触れた手の温かさは変わらなかった。
その身体を、黒いアブソルが執拗に追っていた。今度は、それを差し向けたものの前へ、一緒に出ていけと言われている。
ミュウは目を逸らさなかった。
小さな手を胸元へ寄せたまま、日廻の言葉を待っている。その眼差しから何かを読み取ろうとしても、何を望んでいてほしいのか、自分でも分からなかった。
日廻は、ゆっくりとゼルネアスへ顔を戻した。
「……俺に?」
『貴方は、こちらの世界から逃れてきた者たちと、短い間に心を通わせました。そして今日、互いの意思で力を合わせ、あれの手先を生きたまま止めています』
足元に、小さな包みがあった。
ロトムがその前へ下がったとき、端から白い輪が見えた。
『貴方と、貴方の傍にいる者たちにあれへ対抗する可能性を、私たちが確かめられた人間は、現在貴方だけです。貴方は、二つの世界を救えるかもしれない、最も近いところにいます』
幾色もの光を戴く姿が、静かに日廻を見つめていた。
その声は穏やかで、一つひとつの言葉が、厳かな祈りのように胸へ落ちてくる。
まるで、使命を知らない英雄を導く司教のようだった。
物語の中ならば、ここで選ばれた者が立ち上がるのだろう。託された願いを受け取り、恐れを胸に収め、それでも前へ進むのだろう。
貴方だけだと、その声は言った。
何か答えなければならない気がした。
けれど、その言葉に見合う自分が、どこにも見つからなかった。
『倒れたロト』
低く、硬い声だった。
日廻が顔を向けると、ロトムはゼルネアスを真っ直ぐに睨んでいた。画面の中の目が鋭く細まり、相手の返答を待つ間も、僅かも逸れない。
その小さな身体が、日廻の前へ進み出た。
幾色もの光を受けながら、ゼルネアスとの間に留まる。
『その一匹を止めただけで、日廻は倒れたロト。今、やっと起きたところロト』
一言ずつ、押しつけるように告げた。
最後の言葉で、声が僅かに震える。
目覚めたとき、何度呼んでも返事がなかったと訴えていた。そのときの掠れた響きが、押し殺した怒りの奥に残っていた。
『分かっています』
『だったら!』
悲鳴のような叫び声が森に響いた。
画面が日廻を振り返り、またゼルネアスへ向く。
『時間を稼いで、誰が来るロト。誰が日廻を助けるロト!』
ゼルネアスは目を逸らさなかった。
『約束は、できません』
ロトムの身体が止まった。
『ジガルデの復活を中心に、反攻の準備を進めていました。ですが、それを待てる保証もありません。好機があれば、今この瞬間にも、残った者たちだけで決行するでしょう』
葉の擦れる音がした。
日廻はその音を聞きながら、自分の呼吸を数えた。
『誰が貴方のもとへ辿り着けるか。間に合うか。私には、お答えできません』
「貴方は……ここを、離れられないんですか」
自分を目覚めさせ、今もこの森を満たしている輝き。その下にある瞳へ、縋るように視線を向ける。
この相手が傍にいてくれたなら。
せめて、危なくなったときに来てくれるのなら。
生命を補い続けているという話は聞いた。それでも、何か方法が残ってはいないかと、返事を待つ間、日廻は知らず身を乗り出していた。
離れられない。
問いかけたのは自分なのに、その頷きを受け入れるまでに、少し時間がかかった。
『私が生命の補給を止めれば、分かたれた空間は保たなくなります。そこにいる者たちは、追い詰められ、やがて自分を失うでしょう。生き延びようと、穴の向こうへ押し寄せるおそれがあります』
日廻は、最初に出会った頃のコジョンドを思い出した。
今、幹の傍に座っている姿を見る。
コジョンドもこちらを見ていた。
『貴方の世界の人々には、それは
何匹いるのか。
穴は、幾つあるのか。
日廻は聞かなかった。
目の前にいる一匹を落ち着かせることさえ、簡単ではなかった。
ゼルネアスの視線が、白い輪へ落ちた。
『その道具を、見せていただけますか』
ロトムは動かなかった。
日廻が手を伸ばすと、ゆっくりと横へ退く。
包みから取り出した輪は、冷たかった。
ゼルネアスが首を下げた。
角の光を受け、白い外周部が淡く輝く。
その目が、細くなった。
『……生命を、力を引き出すための器として扱う。禁忌に触れる技術です』
ロトムの画面が、ゆっくりと下を向いた。
先ほどまでゼルネアスを睨んでいた目が伏せられ、浮かぶ身体が僅かに日廻から離れる。何か言いかけた口元も、そのまま閉じた。
「これを作らされた奴も、います」
日廻は、そのゼルネアスの瞳を正面から受け止めた。膝の傍へ下がったロトムが、さらに遠ざかる前に、言葉を続ける。
「こいつは、無理やり使わせようとはしなかった。何度も止めてくれました」
『……日廻』
『責めているのは、その者ではありません』
ゼルネアスは、ロトムへ視線を移した。
道具へ向けていた険しさが、その目から静かに解ける。僅かに首を下げ、日廻の傍に浮かぶ小さな姿へ、語りかけた。
『止めようとした声も、貴方が恐れていることも、軽んじるつもりはありません』
ゼルネアスはロトムを見つめたまま告げ、それから、日廻の手にある輪へ視線を戻した。
先ほど禁忌と呼んだものを、もう一度、確かめるように。
『ですが、私は今、この道具に頼ろうとしています』
日廻の指が、白い外周部に触れた。
刻まれた紋様をなぞる。指先に力を込めれば、また回せる。その感触を確かめたところで、手を止めた。
『私の生命力を、ここへ蓄えることはできます。それを使う間は、貴方が負う負担を軽減できるでしょう』
『……できるロト?』
伏せられていた目が上がり、ゼルネアスと輪の間を行き来する。その声に戻った僅かな明るさに、日廻も顔を上げた。
『蓄えられるのは、三回分までです。それ以上を入れれば、器が壊れます』
日廻は輪の内側へ目を落とした。
腕を締めつけていた熱を思い出す。肘を越え、肩へ達し、呼吸さえ苦しくなっていった。今は冷たいその輪が、自分から何を引き出していたのか。
「使い切ったら」
『その先の負担は、貴方自身が負います』
判決を読み上げる裁判官のように、静かで、言い淀みのない声だった。
『生命力を分けても、道具そのものが安全になるわけではありません。気を失うだけで済むとは考えないでください。蓄えを失ってなお力を求めれば、貴方の命が尽きます』
命が尽きる。その言葉を聞いても、頭に浮かぶのは、倒れる直前に見た白い背中ばかりだった。その後は何も覚えていない。今度は、あの途切れた先が戻ってこないのかもしれなかった。
やがて、日廻は輪を包みへ戻した。
外周部から指を離すと、掌に残った冷たさが、急には消えなかった。
「……検討する、その時間もありませんか」
ゼルネアスは答えなかった。
日廻は、膝の上の手を見た。
指先が、まだ少し震えている。
「毎日、畑の世話をして。そのまま人生が終わっていくんだろうなって、思ってたんです。そんな俺が、一番近いですか」
笑おうとした。
口元が、うまく動かなかった。
「……すみません。不敬だと思ったら、ぶっ飛ばしてもらって結構です」
日廻は顔を上げた。
膝の上で握った手に力がこもる。胸の奥に溜まった熱が、喉元までせり上がっていた。声を荒らげてしまわないよう、一度、唇を結ぶ。
「あなたはきっと、俺なんかより、ずっと多くの命を救ってきた方だ。今だって、そうしてる。分かっています」
その静かな瞳を前にすると、自分が何を言おうとしているのか、嫌でも意識させられた。それでも、目を逸らすことはできなかった。
こうして日廻の言葉を聞く間にも、どこかで誰かの命を繋いでいる。その光に、自分も救われた。
感謝はあった。敬意も、口先だけではなかった。
けれど、分かっていると口にするほど、胸の奥が苦しくなる。だから引き受けられるでしょうと、自分で自分を追い詰めているようだった。
「でも……酷すぎじゃありませんか」
言ってしまうと、続く言葉を止められなかった。
「俺だけじゃない。ミュウにも、ほかの奴らにも。無駄になるかもしれないけど、頑張ってくれって。助けが来るかも分からない場所で、死ぬかもしれないところまで戦ってくれって」
喉が詰まった。
それでも、何度も飲み込んで。
「あなたが頼んでいるのは、そういうことですよ」
ゼルネアスは、目を逸らさなかった。
『……貴方の世界を巻き込んだことを、申し訳なく思っています』
「謝ってほしいわけじゃ、ありません」
思ったより強い声が出た。
日廻は一度、息を吐いた。
「謝ってどうにかなる状況は、もう過ぎているんですよね」
返事を待たず、俯く。
「それでも、俺一人に、ここまで話してくれた。危険なことも、助けが来るか分からないことも。……そのことには、敬意を感じています」
分かっている。
目の前の相手も、ここから動けない。
自分の返事を待っている間にも、命を繋いでいる。
「でも」
息が引っかかった。
「……たった五日なんです」
傍で、白い毛が揺れた。
そちらを見ると、もう言えなくなりそうだった。
「馬鹿みたいでしょう。普通に生きていれば、まだ何十年もあるかもしれない時間。そのうちの、たった五日で」
口にすると、その短い時間にあった光景が、次々と浮かんできた。
朝、戸を開けたときには、もう畑で小さな背中が動いていた。声をかけると顔が上がり、あちこちから返事が聞こえた。土に汚れた手を動かしながら、誰が何をしているのか、目で追っていた。
すぐ傍では、ロトムが何かと口を挟んできた。余計なことを言うなと返しても、少しも懲りずに喋り続ける。そのやり取りに気を取られて、手が止まったこともあった。
夜、作業部屋を通れば、寝息が聞こえた。起こさないように覗くと身体の向きを変え、誰かの温もり感じるために集まって寝ているポケモンの姿が。
思い出すのは、そんなことばかりだった。
呼べば振り返る顔も、言い返してくる声も、眠る前に確かめた小さな気配も。一つ浮かぶたびに、その続きがあったことまで思い出した。
明日も、あの戸を開けるつもりだった。
みんなの名前を呼んで、また畑へ出るつもりだった。
「あいつらとの毎日が、もう……俺の、
膝の上で、指を握り直した。
誰かの声がするのを待った。
けれど、自分が何を言ってほしいのかも分からなかった。
「だから……行きます」
口にしても、震えは止まらなかった。
「世界を救うなんて、俺には分かりません。死ぬつもりも、ありません」
膝に置いた指は、まだ震えていた。行くと言ってしまったことを、もう悔やむ気持ちさえある。もっと別の答えがあったのではないかと、今も考えていた。
目の前の瞳を見返すまでに、一度、息を継いだ。
怖かった。明日になれば、今よりもっと怖くなるかもしれない。それでも、あの家へ皆と帰りたいと思う気持ちだけは、どうしても手放せなかった。
「俺は、俺の世界のために」
そこで一度、言葉を切った。
ゼルネアスの視線が、日廻の震える手へ落ちる。やがて、その顔へ静かに戻った。
その瞳が、僅かに細められた。
今にも折れてしまいそうなものが、それでも踏み留まっている。その危うさごと見届けるような眼差しを、日廻は受け止めていた。
「……ただ、あいつらの返事は、あいつらに聞いてください。俺が決めていいことじゃない」
ゼルネアスは、日廻の傍にいる者たちへ、一匹ずつ目を向けた。
そして再び日廻を見つめ、ゆっくりと首を垂れる。
幾色もの光が低く差し、膝の上の手を照らした。
日廻は、その深い礼を黙って見ていた。指の震えは止まらなかったが、今度は隠そうと思わなかった。
『……貴方の願いを、確かに受け取りました』
ミュウが、日廻の前へ浮かんできた。
小さな手が膝に触れる。
日廻が見ると、青い瞳はもう伏せられていなかった。
『ミュウ』
次に、その顔がゼルネアスへ向く。
短く、もう一度鳴いた。
コジョンドが立ち上がった。
幹から離れ、日廻の傍へ来る。腰を落とし、片手を自分の胸へ当てた。
アブソルも、その隣に並んだ。
「……今、合わせてくれなくてもいいんだぞ」
日廻の声に、コジョンドは首を振った。
アブソルは、日廻の手へ鼻先を押しつける。
ロトムだけが、何も言わなかった。
『ボクは、嫌ロト』
日廻は黙って聞いた。
『日廻が倒れるのも、返事しなくなるのも。もう、嫌ロト』
『だから、使うときはボクに言うロト。勝手に回すなロト。残りも、何が起きてるかも、ボクが見るロト』
「頼む」
ロトムが傍へ寄った。
それ以上の返事はなかった。
ゼルネアスが、白い輪へ角を近づけた。
その先から光がほどける。
細い流れが輪の内側へ入り、刻まれた紋様の奥を満たしていった。
日廻は黙って見ていた。
森を押し広げる風も、耳を打つ音もなかった。
ただ、草の上にある小さな道具へ、光が流れ込んでいく。
ロトムがその傍へ降りた。
ゼルネアスと短く言葉を交わし、画面へ目を落とす。
やがて、流れが止まった。
白い輪には、淡い輝きが残っていた。
日廻は手を伸ばした。
持ち上げると、掌にほんの僅かな温かさがあった。
腕には嵌めず、包みを閉じた。
◇◆◇
すぐに歩き出すことは、許されなかった。
日廻が腰を浮かせると、コジョンドの手が肩に置かれた。ロトムも何も言わず、その前に浮かぶ。
仕方なく座り直すと、コジョンドがここに来るときに一緒に持ってきてであろうリュックから水の入ったペットボトルを取り出して渡してくる。
感謝の言葉を告げて受け取る。飲み込むたび、乾いていた喉が少しずつ戻ってくる。
ゼルネアスは、黒いアブソルの傍にいた。
角から落ちる光が、その身体へ薄く重なっている。
アブソルはすぐ隣で座り、じっと見ていた。
「あいつは……一緒に帰れますか」
日廻の問いに、ゼルネアスが顔を上げた。
『今は、ここで休ませる必要があります。身体が負ったものを、少しずつ取り除いていかなければなりません』
黒い前脚が、眠ったまま僅かに動いた。
アブソルが身を乗り出す。
鼻先を近づけ、呼吸を確かめると、そっと座り直した。
「また、会いに来ても?」
『ええ』
日廻は頷いた。
来られる場所にいる。
休ませて、待つことができる。
そのことに、ようやく少し肩の力が抜けた。
フライゴンが黒いアブソルを覗き込んだ。
アブソルへ何か短く鳴き、二匹が顔を見合わせる。
日廻には分からないやり取りを、ロトムが聞いていた。
日廻は立ち上がった。
今度はコジョンドも止めず、傍に立つだけだった。
足元を確かめてから、白い背へ声を掛ける。
「アブソル。お前、ここに残っててもいいんだぞ」
赤い瞳が驚いたように振り向く。
「心配だろ。俺は、こいつらに送ってもらえるから」
『フオゥ』
アブソルが立った。
一度、黒い個体へ鼻先を寄せる。
何かを伝えるように短く鳴き、それから日廻の方へ歩き始めた。
『一緒に帰るって言ってるロト』
「……そうか」
『お兄さんのことは、ゼルネアスにお願いするって』
その言葉に日廻は、目を開いてロトムを見た。
「兄、さん?」
『あのアブソルロト。こいつのお兄さんだったロト』
視線が、木の根元へ戻る。
黒い身体。
その胸が、ゆっくり上下している。
兄。
日廻はもう一度、目の前のアブソルを見た。
「……お前の、兄さんだったのか」
『フオ』
小さく頷いた。
日廻の顔が、くしゃりと緩んだ。
溜め込んでいた袋の紐が一気に解けていった。
「そう、か」
笑った。
自分でも、それが分かった。
「……そう、だったのか」
膝から力が抜けた。
草へ片膝をつき、そのまま腰が落ちる。
『日廻!?』
ロトムが突然のことに声を上げた。
アブソルも急いで駆け寄ってくる。
顔を覗き込もうとした、その白い首へ、日廻は両腕を回した。
『フオッ……?』
アブソルの身体が強張る。
日廻は離せなかった。
「よかったな」
白い毛へ、額を押しつけた。
「兄さん……生きてて、よかったな」
息を吸った。
吸いきれず、喉の奥で引っかかる。
首元の毛に、温かいものが落ちた。
止めようとした。
今、自分が泣くことではない。
救われたのは、アブソルの大切な相手で。
喜べばいい。
よかったと、笑ってやればいい。
「よかった……」
それ以上、言葉にならなかった。
◇◆◇
肩に回された腕が、震えていた。
アブソルは、日廻の顔を見ようとした。
けれど、額が首元に押しつけられていて、見えなかった。
いつも自分へ触れてくる手が、毛の中で行き場を探している。
兄は、生きている。
少し向こうで、眠っている。
そう伝えようとして、アブソルは口を開いた。
そのとき、森で聞いた声が蘇った。
――感謝も、後悔も、願いも。
あのときも、声が掠れていた。
何も知らないはずの日廻が、まるで知っているものを必死に伝えるように、叫んでいた。
――もう何一つ届けられなくなるんだ。
首元で、息が震えた。
「……よかったなぁ」
アブソルは動けなくなった。
日廻にも、いたのだ。
こうして取り戻したかった相手が。
誰だったのかは、分からない。
何があったのかも。
ただ、その相手にもう会えないことを、この腕から感じた。
自分は、兄の呼吸を確かめられた。
鼻先を寄せれば、温かかった。
目を覚ますのを、ここで待つことができる。
それを、日廻が諦めさせなかった。
慎重に足場を確かめ、分からないことには立ち止まる人だった。
そんな日廻が、危険だと知りながら輪を腕へ嵌めた。
そして、自分が兄の無事を喜んでいる間に、倒れていた。
日廻の肩へ、顔を預ける。
離れるよう求めるためではなかった。
もう少し近づき、後ろ脚を畳んだ。
右の前脚を、ゆっくり持ち上げる。
爪が触れないように曲げ、日廻の背中へ回した。
腕の震えが、一瞬だけ止まる。
けれど、すぐにまた大きくなった。
抱き締める力が強くなる。
アブソルは、その重さを受け止めた。
『……フオゥ』
小さな声しか出なかった。
ありがとうも、すまないも、一つの声になってしまった。
日廻は何も答えなかった。
ただ、白い毛へ顔を埋めたまま、泣いていた。
アブソルは背中へ添えた前脚に、そっと力を込めた。
日廻が息を整えられるまで、そのままでいた。
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