『――現在、国内外の複数地域で、空間に亀裂のようなものが発生したとの情報が相次いでいます』
テレビの向こうで、夜の街が揺れていた。
スマートフォンで撮られた映像なのだろう。走っているのか手ぶれがひどく、遠くでは誰かの叫び声が聞こえる。
画面の中央ではビルとビルの間に、空を抉り取ったような黒い穴が浮かんでいた。
『こちらは、現地の住民が撮影した映像です。亀裂から出現した正体不明の生物が――』
ニュースキャスターの声に重なるように、赤黒い巨体が画面の中を横切った。
異様に膨れ上がった腕が、道路脇へ伸びる。
そこに転がっていたのは、元は建物の一部だったのだろう巨大なコンクリートの塊だった。
移動させるだけでも重機が必要だと容易に想像できるほどの代物を、片腕で持ち上げた。
「……は?」
それを見た日廻の口から声が漏れた。
人間が何人集まっても動かせそうにない瓦礫が、まるで中身のない箱のように持ち上がる。
次の瞬間、それが道路の向こうへ投げ飛ばされた。
激しい破砕音。車が急停止し、逃げていた人々が悲鳴を上げる。撮影者も走り出したらしく、映像が激しく上下した。
『UB02 EXPANSION!?』
隣から上がった声に、日廻はテレビから目だけを逸らした。
「……知ってるのか?」
だが、ロトムが答えるより早く映像が切り替わった。
今度は昼の街だった。
ビルの間を、小さな白い影が飛んでいる。遠目には、風に舞う紙切れにしか見えない。
その影が、一棟の建物の前を横切った。
何も起きなかった。そう見えた直後、建物の上部が斜めにずれた。
切断された断面に沿って、巨大な塊がゆっくりと滑り始める。やがて重みに耐えきれなくなったように傾き、そのまま下の道路へ崩れ落ちた。
「……今、切ったのか?」
また画面が変わった。
『こちらは別の地域から届いた映像です。現在、周辺住民に避難指示が――』
夜の街。その向こうに、巨大な何かが立っている。
最初は、ビルの一部かと思った。
建物の隙間からでも全身が見えるほど巨大な影が、街の景色に混じっている。
遠目には、街全体で何か大きな催しでも開かれているのかと思った。
道路の向こうまで、赤や橙の光が広がっていたからだ。
だが、よく見るまでもなかった。
あれは照明ではない。火だった。
建物の窓という窓から炎が吹き出し、道路にも火が走っている。街の一角が燃えているのではなく、見えている範囲そのものが焼けていた。
「……でかすぎるだろ」
『UB-04 Blasterまで……』
ロトムの声から、普段の軽さが消えていく。
日廻が何か言うより先に、次の映像。
発電施設らしき場所だった。
黒い枝を束ねたような細長い身体が、巨大な送電設備へ絡みついている。
直後、激しい雷撃が夜を白く染めた。
遠くに広がっていた街の明かりが、端からまとめて消えていく。
『こっちはUB03 LIGHTNINGロト……!』
「さっきから何なんだ、そのUBって」
そこでようやく、ロトムが日廻へ画面を向けた。
『ウルトラビーストロト』
「ウルトラビースト?」
『ウルトラスペースっていう、別の空間にいる存在ロト。ポケモンに近いけど、こっちで普通に暮らしてるポケモンとはかなり違うロト』
「……ここにきて、また異世界か」
『日廻に分かりやすく言えば、異世界のポケモンみたいなものロト』
テレビへ向き直りながら、ロトムは続ける。
『しかも一種類じゃない。今映った奴らだけでも性質が全然違うロト。一体に通じた方法が、別のUBにも通じるとは限らない』
その説明を待つようにニュースが止まってくれるわけではなかった。
別の国では道路で人々が暴れている。
互いに掴み合い、車を蹴り、店の窓を割る。その少し上には、半透明のクラゲのような未確認生物が漂っていた。
さらに別の映像では、巨大な黒い生物が道路を進んでいる。
目の前にあるものを区別することなく、巨大な口へ放り込み続けていた。
そして、また別の国。
別の街。別の穴。
ニュースの字幕だけが次々と更新されていく。
一つの国で起きた災害ではない。
言葉も、街並みも、逃げている人間の顔も違う。
それなのに、どの空にも似たような黒い穴があり、そこからまるで性質の違う何かが出てきていた。
「そのウルトラビーストだったよな。人を集めて、装備固めれば何とかなる相手なのか?」
『分からないロト』
返答は早かった。
『まずこの世界の人間が持つ武器が効かないって意味じゃない。効くものもあるかもしれないロト。でも、何が効くか分からない相手に、効く前提で近づくのは危ない』
ロトムの画面にも、海外の報道や投稿映像が次々と開かれていく。
『しかも今は、種類までバラバラロト。一体を止められても、同じ方法で次も止められるとは限らないロト』
「……そうだよな」
日廻は画面へ視線を戻した。
これまでだって、こちらの世界へ迷い込んできたポケモンが暴れたことはある。
だが、それは生きるために食べ物や居場所を求めるために。
危険であることと、悪意があることは同じではない。
だから日廻も、目の前にいる相手が何をしようとしているのかを考えてきた。
しかし、テレビの中を暴れているものたちは違った。
ただ、破壊を振りまいている。そこに住もうとしているようには見えない。
安全な場所を探しているわけでもない。
必要なものを奪っているだけにも見えなかった。
『――続いて、これまで国内各地で目撃されていた正体不明の生物についてです』
その言葉に、日廻の眉が僅かに動いた。
『数日前より各地で確認されていた未確認生物ですが、本日夕方以降、目撃情報が急激に減少しています』
「……減った?」
画面が切り替わる。
『また、保護されている個体についても、物陰へ隠れる、外へ出ることを拒むなど、これまでにない行動が複数の施設から報告されています』
映し出されたのは、見覚えのある姿だった。
ニュースが、いまだに『未確認生物』と呼んでいるポケモンの姿。
様々な反応をしているポケモンたちが映し出される。
施設の奥で身を寄せ合っている。
入口から離れようとするもの。
身体を低くして物陰へ潜り込むもの。
そして、何度も空を気にして顔を上げるもの。
それまでこの世界で生きることに精一杯だったはずの連中が、まるで同じものを察したように、一斉に外から姿を消し始めている。
人間にはまだ見えていない何かを感じ取っているように見えた。
その時、廊下の向こうから、慌ただしい足音が響いた。日廻は顔を上げる。
直後、開いていた戸の隙間から、小さな茶色い身体が勢いよく転がり込んできた。
『ク、クマ……!』
「ヒメグマ?」
日廻は思わず立ち上がった。
外で遊んでいたはずだった。
いつものヒメグマなら、そのまま日廻のところまで走ってきて、何か見つけたと騒ぐか、食べ物を要求する。
だが今は、何度も後ろを振り返り、戸の向こうを気にしている。丸い耳は伏せられ、小さな身体まで震えていた。
「どうした?」
日廻が近づく。
ヒメグマはその腕へ飛び込まず、日廻の横をすり抜けると、そのまま脚の後ろへ隠れた。
『クマ……』
「……ヒメグマ?」
裾を掴む小さな手に、いつになく力がこもっていた。
日廻の脚越しに、窓の外を見ている。何かに怯えている。
玄関の方を見ると、いつの間にか他の姿も増えていた。
「……ミュウ」
呼んでみるが、返事がない。
本来の姿をしているミュウは、窓辺に浮かんだまま動かなかった。
窓の向こう、さらに遠く。
目には見えない何かへ意識を向けているようだった。
「ミュウ。何か分かるか?」
『ミュウ……』
短い声。
日廻はロトムへ顔を向ける。
普段ならすぐに訳す。
けれど、この時だけは返事がなかった。
「ロトム?」
ロトムの画面が、僅かに揺れた。
『……侵略が始まった、って言ってるロト』
その言葉には覚えがあった。
ゼルネアスから聞いた。
向こう側の空間が維持できなくなれば、そこに暮らしているポケモンたちは、生きる場所を求めてこちらへ流れ込むかもしれない。
生きるために、食べるために、滅びないために。
結果として、こちらの人間と土地や資源を奪い合うことになる。
こちらから見れば侵略でも、向こう側からすれば生存のための行動。
日廻はそう理解していた。
「……違う」
テレビへ視線を戻す。
映し出される内容は、どれも破壊行動だ。
「ゼルネアスが言ってたのと、違う」
ミュウがこちらを見る。
「こいつら、住む場所を探してるんじゃない」
『ミュウ』
「食い物が欲しいわけでもない。逃げ場所を探してるようにも見えない」
テレビの中で、また一つ何かが崩れた。
「……壊してるだけだ」
『ミュウ様も、そう見えるって言ってるロト』
なら、誰かが。
意図を持って送り込んでいる。
そう考えれば、今の異常な動きにも説明はつく。
ただ、それ以上はまだ推測だった。
けれど、何も分からないからといって、黙って見ているだけでいい状況でもなかった。
「……名刺、どこ入れていた」
まっすぐ机へ向かう。
引き出しを開ける。
探しているのは一枚の名刺だった。今では、この国の防衛大臣となった男から渡されたもの。
「どこ入れたっけ……」
焦るほど、どこへしまったのか思い出せなくなる。
「確か捨てては……」
一枚の紙が床へ落ちる。
さらに奥へ指を差し込む。
硬い紙の感触。
「あった」
引き抜き確認する。
以前、本人から渡された名刺だった。
一生電話を掛けることはないだろう。
初めて会った時は議員だったが、それでも、気軽に連絡していい相手ではない。
日廻の兄は、暴走車からその男の息子を庇い、命を落とした。
兄の葬儀で一度だけ直接話した。だが当時の日廻は、まともに言葉を交わせる状態ではなかった。
番号を入力するのは早かった。
だが、最後の発信ボタン押す、指が止まった。
相手は間違いなく、日廻などより遥かに忙しい。
ただの一般人の声を聞いてくれるのか。
迷っている間にもテレビでは誰かが悲鳴と共に逃げている。
秘密を守る、どこまで話していいかとか、そんなことを考えている場合ではなかった。
日廻は発信した。
◇◆◇
『はい、どちら様ですか』
何度目かのコール後に出たのは、知らない男の声だった。
「突然すみません。榊原日廻と申します」
『……存じています。あの時の青年ですね』
「以前、大臣ご本人から、この名刺をいただきました。今起きていることについて、伝えたいことがあります」
『少々お待ちください』
保留音へ切り替わる。
日廻は名刺を握ったまま、テレビを見る。
通話が切り替わった。
『榊原日廻さんですね』
「はい」
一瞬だけ、向こうの声が和らいだ。
『……以前、お兄さんのことで一度お会いしましたね。君のお兄さんには、息子の命を救っていただいた。私は今でも――』
「すみません。その話は、また今度で」
『……分かりました。申し訳ないが、今は話している余裕がありません。これから緊急会議があります』
「待ってください!」
思っていたより強い声が出た。
電話の向こうが止まる。
「今テレビに映ってる奴らについて、俺は少し知ってます」
沈黙。
『……何を知っているんです』
「名前と、どういう存在なのか。そのくらいです。でも、今起きていることに関係する情報だと思います」
『続けてください』
「映像に出てる奴らは、ウルトラビーストって呼ばれてます。種類がいくつもあって、それぞれ能力も性質も違う」
『その情報を、どこで知ったんです』
日廻は迷わなかった。
「向こうの世界です」
電話の向こうから返事がなくなる。
「数日前に話題になった、石になった街。あの街と同じ世界にいる未確認生物から聞きました」
一拍。
二拍。
『……続けてください』
声の調子が変わった。
信じたわけではない。
けれど、少なくとも電話を切るつもりはなくなった。
「俺にも、今起きてること全部が分かるわけじゃありません」
先にそこを伝える。
「分かってることと、俺の推測は分けて話します」
『お願いします』
「映像に出てる奴らがウルトラビーストって呼ばれてること。種類が複数あること。それぞれ性質が違うこと。そこはロトムが知っています」
『ロトム?』
「俺と一緒にいる未確認の生物の名前です」
『……分かりました』
「以前、向こうの世界でこっちへの侵略が起きる可能性があるって話を聞きました」
『今回がそれだと?』
「侵略ではあると思います。でも、聞いてたものとは違います」
『どういう意味です』
「向こうで聞いたのは、生きる場所を失った未確認生物たちが、こっちへ流れ込むかもしれないって話でした」
テレビへ目を向ける。
「生きるために」
声にしながら、先ほどの映像を思い出す。
「でも、今の奴らは違う。少なくとも、そう見えます。土地を奪って暮らそうとしてるわけじゃない。必要のないものまで壊してる」
『つまり?』
「誰かが、壊すために送り込んでる可能性があります」
そこはすぐ訂正する。
「ただ、ここは俺の推測です。誰がやってるのかは分かりません」
『……確証はない』
「はい。ただ――心当たりがないわけじゃありません」
『聞かせてください』
「ダークマターネクロズマ」
名前を口にして、自分でも嫌な響きだと思った。
「向こうの世界で起きてる異常の中心にいる可能性がある存在です。俺も直接全部を知ってるわけじゃありません。でも、今まで聞いた話と、今起きてることを繋げるなら……一番疑ってます」
『それが、この未確認生物を送り込んでいると?』
「分かりません。そこまでは断定できません」
『危険度は?』
「……今出てる奴らより、遥かに上だと思ってください。向こうの街を石にした異変の原因です」
相手の声は冷静だった。
だから日廻も、分からないものを分かったようには言わなかった。
「話を戻します。今映ってる奴らに対して、装備を揃えて大勢で近づけば何とかなる、とは思わない方がいいです」
『人類側の武器が通用しないと?』
「そこまでは言えません。効くものもあると思います。でも、一種類に通じた方法が、別の奴にも通じる保証はないってロトムが言ってます」
『……なるほど』
「だから、未知の相手に効く前提で近づくのは危ないと思います」
『その点はこちらでも共有します』
「ありがとうございます」
少なくとも、戯言として切り捨てる声音ではなかった。それだけで少しだけ救われた。
それでも、ここまで話して自分の言っている内容が常識外れなのは分かっていた。
普通なら、まともに取り合ってもらえる話ではない。
「もし俺が、頭おかしくなってこんなこと言ってるだけだったら……全部終わったあと、病院にでも放り込んでください」
『榊原さん』
「拘束でも何でも構いません。だから今だけは、聞いてください」
電話の向こうで、一瞬だけ沈黙が落ちた。
『今、聞いています』
「……はい」
それだけで十分だった。
「こっちでも、この異常の大元を探します」
『……探せるんですか』
「まだ分かりません。でも、探せるかもしれない奴がいます」
ミュウを見る。
窓の外へ意識を向けたまま、こちらを見ていない。
「場所が分かったら、緯度と経度を送ります」
『この番号へ?』
「はい」
『分かりました』
「それと」
一度、言葉を選ぶ。
「場所が分かっても、こっちから追加で連絡するまでは、できるだけ人を近づけないでください」
『理由は?』
「何がいるか分からないからです」
それ以上は言わなかった。
UBより危険なものがいる可能性。
そこまで行けば、まだ推測が多すぎる。
『必ずとは約束できません。場所によっては、こちらも動かざるを得ない』
「分かっています」
『ただ、不用意な接近は避けます。情報が出たらすぐ送ってください』
「分かりました」
『……最後に一つ、私から君に聞きたいことがあります』
先ほどまでの事務的な声音とは少し違った。防衛大臣としてではなく、一人の人間として確かめようとしているような声だった。
『世間では、彼らはまだ未確認生物と呼ばれている。君にとっては、彼らはなんですか』
今日を入れて、まだ一週間しか経っていない。
それでも、答えに迷う必要はなかった。
「彼らはポケモンです。そして俺にとって、共に生きて、喜びを分かち合う仲間です」
『……そう、ですか』
少しだけ、声が柔らかくなった。
『では、そのポケモンたちと一緒に見つけたものを、こちらにも知らせてください』
そこで通話は切れた。
日廻はしばらくスマートフォンを握ったまま動かなかった。
緊張で力が固まっていた指を開き、視線をミュウへと向ける。
「ミュウ。もう、探しているよな。この異常の大元を」
返事はないが、微かに向けた視線が、当然だと答えていた。
「もしダークマターネクロズマがこっちへ出てくるなら、今開いてるウルトラホールとは別に、もっと別の穴が開くんじゃないか?」
今度はミュウが鳴いた
ロトムがすぐに訳す。
『「今日は冴えてるじゃない。この異常全体の中心みたいなものを探してる。もっと大きくて、もっと深い……他とは違う空間の乱れを」って言ってるロト』
「俺に穴とウルトラホールの違いは分からないが、今も世界中に開いている場所から探せるのか」
ミュウが短く鳴く。
『「あなた、私を過小評価しすぎよ。待ってなさい」って言ってるロト』
ロトムの画面へ突然地図が開く。
『ミュウ様が方向とか距離を拾って、ボクが絞れるロト』
地図の上へ、情報が重なっていく。
今も流れているニュースを含め、観測情報から。
異常が起きた地点、通信障害も。
公開されている衛星情報すらも。
『使えるものは全部重ねるロト』
「じゃあ俺は何をすればいい?」
二匹がこちらを向いた。
『日廻ができることは、横になるロト』
「……今?横に?」
『今ロト』
「こんな時にか?」
『こんな時だからロト』
ロトムの声には、普段の軽さがほとんどなかった。
『見つかったら日廻は行くロト』
「そのつもりだけど」
『だったら今の日廻の仕事は、見つかった時に動ける状態でいることロト』
「俺だって何か――」
『今はないロト』
言い切られる。
ミュウも鳴いた。
『ミュウ様も探索に何時間かかるか分からない。眠れなくてもいいから、身体を休めろって言ってるロト』
「眠れるわけないだろ。今この瞬間にもこの近くにウルトラビーストが来るかもしれないのに」
『分かってるロト』
即答された。
『だから、横になるだけでいいロト』
日廻はテレビへ視線を戻す。
世界中で混乱が起こっている。
なのに、できることは休むことと言われて直ぐに飲み込むことはできない。
けれど、今ここで地図を眺めても、ミュウより早く異常を見つけられるわけではない。
ロトムより速く情報を整理できるわけでもない
分かっている。
分かっているから、飲み込んだ。
「見つけたら、すぐ起こしてくれ」
『もちろんロト』
日廻は廊下へ足を向けた。
廊下の向こうでは、ヒメグマたちがピカチュウを中心に身を寄せていた。日廻は一度だけその姿を確かめてから、自室へ向かった。
布団へ入ったところで、眠れるはずもなかった。
目を閉じて、開いて、天井を見る。
頭から離れない映像があった。
侵略としかいえないウルトラビーストの暴虐を。
防衛大臣との会話も。
何かしなければならない。
何かできることはないのか。
それだけが、何度も頭の中を回った。
日廻は寝返りを打った。
スマートフォンへ手を伸ばしかけて、止める。
ニュースを見ても、今できることが増えるわけではない。
場所が見つかった時に動けなければ意味がない。
それも分かっている。
ロトムから言われたとおり、日廻ができることは横になるしかない。
目を閉じて、呼吸を数える。
どこまで数えたか分からなくなれば、また一から。
その繰り返しの途中で、いつ意識が途切れたのか。
日廻自身にも分からなかった。
◇◆◇
小さな音がした。
畳が、僅かに鳴っただけだった。
普段なら気づかなかったかもしれない。
けれど、その夜の日廻は深く眠れていなかった。
瞳を開けて、最初に見えたのは、枕元に浮かぶ小さな桃色の身体だった。
「……ミュウ?」
ミュウは鳴かなかった。
ただ、こちらを見ている。
その下、もう一つの小さな影がある。
「……ゼット?」
緑色の身体が、布団のすぐ傍にいる。
ミュウとゼット。
二匹とも、静かだった。
その二匹が並んでいるだけで、眠気が一気に引いた。
何があったのか、聞くまでもない気がした。
「……見つかったのか」
ミュウが。
一度だけ、頷いた。