ポケモン、彼らはそう呼ばれている   作:燐2

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【何故、諦めない】

 

 レジギガスの咆哮の余韻が、石と化した海を震わせていた。

 

 その背中越しに、黒紫の巨体が岩塊を押し潰しながら止まるのが見えた。横倒しになった胴から結晶片が零れ、遅れて硬質な音が届く。

 レジギガスは追わず、両脚を開いた。日廻たちと異形の間に、踏みしめた足を据える。

 

「…………」

 

 日廻はフライゴンの背で息を継いだ。

 残った左目に収まりきらないほど、白い背中は大きかった。

 

『――増援を確認』

 

 前方からゼットの声が届く。

 傷ついた巨体がわずかに位置を変え、レジギガスの横から異形を捉えた。

 

『戦力を再構成する』

 

「……ああ」

 

 返した直後、結晶の腕が石の海へ突き立った。

 第二形態が身体を持ち上げる。砕けた脇腹から炎が噴き上がり、黒く濁るとともに、欠けた部分へ結晶が重なっていく。

 

『……また、ホウオウの力』

 

 ミュウの声が頭へ届いた。

 テラスタルの輝きを纏った身体が、ゼットの傍らへ浮かぶ。その冠が一度、細かく明滅した。

 日廻が呼びかけるより早く、ミュウは異形へ向き直った。

 

 第二形態が起き上がる前に、レジギガスが地を蹴った。

 

『レェェッジィィィ――!』

 

 一歩ごとに足場が砕ける。

 先ほどまで目の前にあった白い背中が、瞬く間に遠ざかった。第二形態が振り下ろした腕へ、巨人は両腕を突き出す。

 逃れようとも、受け流そうともしない。

 真正面から、受け止めた。

 

「っ……!」

 

 衝撃が空気を押し広げ、離れていたフライゴンまで煽られる。日廻は動く指に力を込め、騎乗具へしがみついた。

 レジギガスの足元へ幾本もの亀裂が走る。

 異形が体重を乗せて押し込むと、白い巨体がわずかに沈んだ。踵の後ろで石が砕け、足が溝を引く。

 

 それでも、腕は下がらない。

 

 巨大な指が、結晶の腕を掴んでいた。

 レジギガスが腰を落とす。引きずられていた足が止まり、膝がゆっくりと伸びた。

 

『ギァァガッスッッ!!』

 

 踏み砕いた石を後ろへ押し出し、巨人が一歩前へ出る。

 さらに一歩。掴んだ腕を持ち上げながら踏み込み、異形の重心が浮いたところへ、肩を叩きつけた。

 第二形態が大きく傾く。

 

『――攻撃を開始する』

 

 ゼットが反対側から踏み込んだ。

 振り抜いた腕が脇腹の結晶を砕き、その隙間へミュウが飛び込む。

 異形から雷が迸った。

 ミュウの頭上で冠が切り替わり、桃色の身体が雷光を抜けて頭部すれすれを駆け上がる。

 その時、レジギガスの動きが、ほんの僅かに止まった。

 

 日廻が気づけたのは偶然だった。

 巨人はすぐに第二形態を掴み直した。だが、その一瞬だけ、頭部が雷の走った先へ向いていた。

 何を見たのか。何を感じたのか。

 問いかける暇もなく、異形のもう一方の腕が伸びる。

 

 結晶の爪が、レジギガスの胸を抉った。

 巨人は片腕を割り込ませ、それ以上の食い込みを止める。もう一方の手は相手を掴んだままだった。白い指先に、灰色が浮かぼうと構わずに。

 

 灰色は節を越え、手の甲へ広がっていく。

 レジギガスはその手を開かなかった。むしろ相手の腕を引き寄せ、爪を受けていた方の腕を振りほどく。

 空いた拳が、異形の頭部を殴りつけた。

 

 鈍い音が響いた。

 黒紫の頭部が横へ弾かれ、砕けた結晶が空へ散る。

 

「……すげえ」

 

『日廻、右から来るロト!』

 

「フライゴン!」

 

『ファイッ!』

 

 呼び終わる前に、翼が傾いていた。

 巨大な結晶片が、先ほどまで日廻たちのいた場所を抜けていく。その先にコジョンドがいた。

 片腕を垂らしたまま、落下してくる破片へ向き直る。

 

『ジョッ!』

 

 軸足を踏み込み、右脚を振り抜いた。

 蹴ったのは結晶の側面だった。真正面から砕こうとはせず、落ちる勢いを横へ流す。逸れた破片がすぐ傍へ突き刺さり、コジョンドの身体を粉塵が覆った。

 

「コジョンド!」

 

『コジョ』

 

 短い返事とともに、右腕が上がる。

 日廻は頷き、前へ向き直った。

 今、自分たちまで庇わせるわけにはいかない。レジギガスが押さえ、ゼットとミュウが攻められる間に、次の手を見つけなければ。

 

「ロトム。コアは」

 

『今は閉じてるロト。さっきミュウが壊した外殻も、ほとんど再構成されてる!』

 

「修復にかかった時間は?」

 

『記録を確認するロト!』

 

 胸元で画面が切り替わる。

 日廻は異形の胸から腹にかけて視線を走らせた。ゼットが横腹へ一撃を入れ、ミュウの攻撃がその上を走る。砕けた場所へ光が流れ込み、黒い炎から新たな結晶が伸びていた。

 傷が浅ければ、すぐに埋まる。

 大きく砕けたところは、周囲から少しずつ塞がっていく。

 

『場所と壊れ方で違うロト。さっき外殻が開いた時の記録から、次に閉じるまでの目安を出すロト!』

 

 その時、第二形態の身体が大きく反った。

 掴まれていた腕を突っ張り、レジギガスとの間へわずかな空間を作る。

 ゼットが地を離れ、開いた間合いを上から詰めようとした。

 

『――警戒』

 

 浮き上がった巨体が止まった。

 異形の胸部から顎へ、光がせり上がってくる。身体の継ぎ目を這うものとは違う、濃密な力だった。

 フライゴンの首が強張る。

 日廻にも、覚えのある気配がした。あの力に比べれば、今まで自分の傍で放たれていた竜の光さえ細く思えた。

 

『『ドラゴンエナジー』ロト!?』

 

 レジギガスの頭部が上がった。

 今度ははっきりと、その光を見ていた。身体の模様が明滅し、掴んだ腕を引き戻そうと巨人の肩が動く。

 だが、それより早く光は放たれた。

 

 標的は、ゼットだった。

 空中にいた巨体が、光の軌道から外れようと横へ動く。

 その背後にいる自分たちを、日廻は意識した。

 ゼットも、同じものを見たのだろう。

 動きが止まった。

 逃れかけた軌道へ自ら身体を戻し、両腕を前へ出す。

 

 莫大な光が、真正面から巨体を呑み込んだ。

 爆音。空中で踏み止まるものなど何もない。緑の巨体が光に押され、そのまま高度を失っていく。ゼットの輪郭すら見えなくなるほどの奔流が斜め下へ突き抜け、石の海へ激突した。

 地響きが走った。

 ゼットの両脚が石化した海へ叩きつけられ、足元が耐え切れずに陥没する。そこから幾重もの亀裂が走り、砕けた石片が爆風に巻き上げられた。

 

「ゼット!!」

 

 声は爆発に消えた。

 やがて光が細くなり、巻き上がった粉塵の向こうに巨体の輪郭が戻ってくる。

 ゼットは、地に足をつけていた。

 しかし立っているというより、落とされたその場所で、なお倒れずにいた。

 前へ出していた両腕の表面は大きく砕け、胸から腹にかけても深い傷が走っている。その縁では、それまで僅かだった灰色が明らかに範囲を広げていた。

 一拍置いて、頭部が動く。

 

『――損傷拡大』

 

「……っ」

 

『戦闘継続』

 

 ゼットは、陥没した足元から片脚を引き抜いた。

 砕けた石を踏み締める。もう片方も前へ出す。

 もう一度、異形へ向かっていく。

 止める言葉など出なかった。

 あれだけの一撃を受けても進めるからではない。

 自分たちがそこにいたから、ゼットは避けなかったのだ。

 

 その横を、ミュウが抜いた。

 第二形態の眼前で、空間が歪む。

 石片が宙へ浮き、進もうとした桃色の身体が不自然に止まった。

 レックウザを空中へ縫い止めた、あの力だった。

 

『……それで』

 

 ミュウが顔を上げる。

 

『そんな、いろんな力が混ざったままで――私を押さえつけられると思った?』

 

 青い瞳が細くなった。

 ミュウの周囲でも、空気が歪む。両者の間で浮いていた石片が震え、互いに触れることもなく粉々になった。

 小さな身体が、僅かに押し戻される。

 そこで止まった。

 伸ばした両手がゆっくりと前へ進み、今度は異形の頭部が仰け反る。

 

『エスパー技だけなら、そう簡単に負けないわよ』

 

 瞳のような形状をした冠の輝きが強くなる。

 

「……押してる」

 

『すごいロト……!』

 

 その横で、結晶の腕が動いた。

 レジギガスが押さえている腕とは別の、翼にも似た巨大な塊。

 ミュウが振り向いた時には、もう迫っていた。

 

『――っ!』

 

 冠が瞬く。

 だが、念力を押し返していた両手は正面を向いたままだった。

 横からの衝撃が、小さな身体を攫った。

 

「ミュウ!!」

 

 桃色の影が石の海へ叩きつけられる。

 粉塵が噴き上がった。

 返事は直ぐに返ってこない。

 フライゴンへ身を乗り出しかけたところで、頭の中に声が刺さった。

 

『……うる、さい……!』

 

 ミュウは片手を石へつき、もう片方で肩を押さえていた。起き上がろうとするたび、長い尾が足元を叩く。

 

『聞こえてる、わよ……』

 

「大丈夫か!?」

 

『これが大丈夫に見える?』

 

 日廻は詰めていた息を吐いた。

 返事ができるから大丈夫だなどとは言えない。それでも、声が届いたことに縋りたかった。

 ミュウが浮き上がろうとする間も、前方では衝撃が続いている。

 レジギガスの拳が結晶を砕く。ゼットが追撃し、傷口から黒い炎が立ち上る。

 その向こうで、異形の頭部が次の標的を探していた。

 

「……ロトム」

 

『分かってるロト。このまま長引いたら、こっちが先に――』

 

 白い巨人の手首にも灰色が届いていた。ゼットは傷ついた腕を庇う余裕もなく、次の攻撃を受け止めている。

 増援が来たからこそ、今は持ちこたえている。

 その時間まで、使い切るわけにはいかなかった。

 

「コアを壊す。もう一回、開けるしかない」

 

『……ロト』

 

「ゼット!」

 

 巨体が顔を向けた。

 

「もう一度、コアを出せるか」

 

『――私とミュウが外殻を開く』

 

「できるか?」

 

 問いを重ねたことを、口にしてから少し後悔した。

 ゼットは間を置かなかった。

 

『可能かどうかではない。実行する』

 

「……分かった」

 

 日廻も頷いた。

 

「ミュウ」

 

『聞こえてる』

 

 再び浮かび上がったミュウが、肩から手を離す。

 

『本当に、人使いが荒いんだから』

 

「ポケモンだろ」

 

『今それ言う!?』

 

 その返事とともに、冠の輝きが強くなった。

 

「フライゴン。少し上を取るぞ。胸が見える位置まで頼む」

 

 返事の鳴き声と共に背中の下で翼が広がり、フライゴンが正面から外れて高度を上げた。

 ぶら下がった両脚が揺れる。日廻は騎乗具へ指を掛け直し、重なり合った胸の結晶を見据えた。

 次に開いた時、誰があそこへ届くのか。

 ミュウか、ゼットか。攻撃の直後にできる道を、見落とすわけにはいかなかった。

 

 下ではコジョンドが移動していた。

 飛来する破片を片腕と両脚で逸らしながら、日廻たちの下へついてくる。その少し前に、アブソルもいた。

 一歩進むたび、身体が僅かに揺れる。

 それでも赤い瞳は、異形から離れなかった。

 

 レジギガスが第二形態の腕を引いた。

 爪が肩へ食い込むのも構わず腰を捻り、黒紫の巨体を傾かせる。もう一方の腕が空を薙ぎ、胸を覆っていた結晶の下端が見えた。

 

「今だ!」

 

 ゼットの『りゅうのはどう』が入った。

 結晶が陥没し、その周囲へ深い亀裂が走る。異形の頭部がゼットを向くより早く、ミュウが頭上を抜けた。

 噴き上がった炎の中で、冠が切り替わる。

 ミュウの放った光が、同じ亀裂へ突き刺さった。

 

 外側の結晶が吹き飛ぶ。

 だが、その下にも黒紫の層があった。前にコアが見えた場所を、新たな結晶が幾重にも塞いでいる。

 

『前よりも厚くなってる……あいつ、学習しているロト!』

 

 ゼットは退かなかった。ミュウも身を翻し、開きかけた穴へ両手を向けた。

 二つの攻撃が、重なる。

 胸部が大きく抉れ、奥にある光が亀裂の向こうで瞬いた。

 

「……っ、もう少し!」

 

 その僅かな隙間へ、黒い炎が噴き出した。

 縁から伸びる結晶が裂け目を埋め、奥の光を隠していく。

 

『修復が先に――!』

 

 ロトムの声に、ミュウが再び腕を突き出した。

 だが、異形も動いていた。

 黒い霧が胸元から広がり、ミュウを押し退ける。同時に巨大な尾がゼットの足元を薙いだ。

 ゼットが踏み止まり、迫る尾を両腕で受け止めた。

 

 閉じる。

 あと一撃が、入らない。

 その時、レジギガスが掴んでいた腕を放した。

 

 異形の爪が振り下ろされる。

 巨人はその内側へ、自ら踏み込んだ。

 肩を削られながら身体ごとぶつかり、片手を胸の裂け目へ叩き込む。

 

 指が、入った。

 

 ゼットとミュウが砕いた、その奥へ。

 再生しかけた結晶を押し分け、灰色に侵された指が残った外殻を掴む。反対の手が縁へ掛かり、二つの巨腕が内側へ絞られた。

 

『レェェッジィィィ――!!』

 

 異形の足が滑った。

 レジギガスはさらに踏み込む。両脚から腰へ、腰から肩へ。巨体を支える力のすべてが、胸元の一点へ集まっていく。

 

 『にぎつぶす』。

 硬い破裂音が響いた。

 幾重もの結晶が掌の中で砕け、指の間から黒紫の破片が噴き出す。

 最後に残った一枚まで握り砕き、レジギガスが異形の結晶を抉るように取り出した。

 異形の身体の奥で、コアの光が脈打っていた。

 

『露出確認ロト!』

 

「レジギガス、そのまま――」

 

 胸元が、白く染まった。

 

 コアとは別の光だった。

 開いた外殻の周囲へ幾筋もの輝きが集まり、レジギガスへ向く。

 

 『フォトンゲイザー』。

 

 光が、白い巨体を打ち据えた。

 レジギガスの足が地面を離れる。

 巨人が後方へ押し飛ばされ、落ちた踵が石の海を削った。砕けた岩塊が足元から跳ね上がり、引きずられた跡へ粉塵が膨らむ。

 

「巨人が!!」

 

 巨人は踏みとどまろうとした。

 だが、一歩を支え切れない。

 日廻たちの斜め下で片膝が落ち、ついた手の周囲へ亀裂が広がった。

 胸から肩にかけて焼けた傷が走っている。

 起こしかけた身体が、もう一度沈んだ。

 

 その向こうで、第二形態が顔を上げた。

 胸を砕いた巨人へ向けて身を乗り出し、胸元へ再び光を集める。

 

『――追撃を阻止する』

 

 ゼットが横から組みついた。

 異形の腕を押し上げながら肩をぶつけ、その上体を強引に傾かせる。

 ミュウもその反対側へ回った。

 

『こっちを、見なさいよ!』

 

 突き出した両手の先で空間が歪む。

 レジギガスを向いていた頭部が、上体ごと横へ引かれた。放たれた光が何もない空を裂く。

 だが、黒紫の巨体は止まり切らなかった。

 ゼットの足が押し戻され、ミュウの身体もじりじりと下がっていく。

 

『日廻、修復が始まってるロト!』

 

 胸の縁で、黒い炎が揺れていた。

 コアへ通じる穴が、少しずつ狭くなる。

 ミュウもゼットも、今は異形を押さえるだけで手一杯だった。

 

「誰か……」

 

 日廻は周囲を見る。

 動けるものは。

 あそこへ届くものは。

 

『フォウッ!』

 

 白い姿が、粉塵の中を進んでいた。

 レジギガスのすぐ傍で踏みとどまり、アブソルが石についた大きな手へ向かっている。

 

「アブソル?」

 

 灰色の前脚を、巨人の指へ掛けた。

 

 アブソルはその顔を見上げ、短く鳴いた。次いで、開いた胸へ角を向ける。

 

『自分を――』

 

 ロトムが言いかけた時には、日廻はもう右手を動かしていた。

 硬くなった指を、左腕のゼンブイリングへ回す。

 

「分かった」

 

『日廻……?』

 

 聞き返す必要はなかった。

 自分では走れないアブソルが、あの掌を足場にしようとしている。

 その先には、閉じかけた胸。

 何をするつもりなのか、分かった。

 そして、自分が何をすればいいのかも。

 

「ロトム。倒れたら後は頼む」

 

 一瞬の沈黙のあと、胸元から返事が来た。

 

『……ロト!』

 

 アブソルはレジギガスの差し出された掌へ震える四肢で乗り移った。

 コジョンドがその脇へ立った。飛来した結晶片を右脚で蹴り逸らし、続く破片を片腕で払う。

 

 レジギガスが顔を上げる。

 ついていた膝を引き寄せ、もう一方の足を深く踏み込んだ。

 立ち上がろうとする巨体が揺れる。

 それでもアブソルを乗せた腕は、水平を保っていた。

 

『長くは、無理よ……!』

 

 ミュウの声が頭に響いた。

 異形の頭部が少しずつ正面へ戻っていく。ゼットの腕の下でも結晶が軋み、押さえられた爪が自由になろうと開いていた。

 

 レジギガスの腕が、後ろへ引かれる。

 アブソルが四肢を畳み、掌の上へ低く伏せた。

 赤い瞳が一度、日廻へ向いた。

 

 日廻は頷いた。

 

『レェェッジィィィ――!!』

 

 巨人が立ち上がる。

 踏み込んだ脚を軸に腰が回り、肩から腕へと力が走った。

 振り抜かれた掌から、白い身体が放たれる。

 

 アブソルが、飛んだ。

 

 もう駆けられない距離を、一息で越えていく。

 毛が後ろへなびき、畳まれた四肢が細い影になる。その先では黒い炎が結晶を生み、胸の穴を塞ごうとしていた。

 

 異形の頭部が動く。

 白い身体を捉えた。

 それでも、爪はゼットの腕を引き剥がそうとしたままだった。ミュウを押し返す力も緩まない。

 胸元へ戻りかけた結晶の腕が、再びゼットへ向く。

 

 見えている。

 見えていて、後回しにした。

 

 今まで、アブソルの攻撃は外殻を削ることすらできなかった。

 日廻はリングへ指を押し当てた。

 

「お前はこれを―――見ていないだろ!」

 

 光が灯る。

 蓄えていた力は、もうない。代わりに胸の奥から何かが引き抜かれ、日廻は喉へ込み上げたものを飲み込んだ。

 空を飛ぶアブソルの胸元で、アブソルナイトが応えた。

 

「捲土重来(けんどじゅうらい)――限界を超えろ! 相棒(アブソル)!!」

 

 光が繋がった。

 投げられた身体を眩い輝きが包み、白い輪郭が変わる。

 背の毛が大きく広がった。翼を思わせるその形が風を受け、首元へ流れる長い毛とともに後ろへなびく。

 頭部の角が、鋭い輪郭を描き直す。

 

 メガアブソルが、光を抜けた。

 

 第二形態の動きが変わった。

 ゼットを引き剥がそうとしていた腕が戻る。胸元へ結晶の爪が差し出され、その奥で迎撃の光が膨らんだ。

 

 日廻は息を呑んだ。

 今からでも、届く。

 アブソルには地面を蹴ることも、この軌道から大きく逃れることもできない。

 

『――通す』

 

 ゼットが腕を抱え直した。

 胸へ戻ろうとする爪を、傷ついた身体ごと押し下げる。異形が暴れ、その肩へ結晶の刃が食い込んだ。

 それでも離れない。

 

 開いた射線へ、ミュウが飛び込んだ。

 異形の頭部を押さえていた両手を、今度は胸元へ向ける。

 

『させるわけ――』

 

 冠が更に輝きを増す。

 

『ないでしょうが!!』

 

 光が激突する。

 小さな身体が押し戻された。それでもミュウは腕を突っ張り、迫る奔流を斜めへ押し上げる。

 光線の端が、アブソルの白い毛先を掠めた。

 

 抜けた。

 

「アブソル!!」

 

 赤い瞳は、胸の奥を見ていた。

 黒い結晶が縁から伸び、コアの光を細く区切っていく。

 

 足場はない。

 次の一歩もない。

 レジギガスから受け取った勢いのまま、アブソルは身体を僅かに捻った。

 

 頭部の刃が、隙間へ向く。

 

 日廻には、その道さえ見分けられなかった。

 だが、アブソルは迷っていない。

 

「――つじぎり!」

 

 白い身体が回った。

 刃に黒い光が走り、閉じかけた結晶の隙間へ吸い込まれる。

 

 一閃。

 

 刃が、抜けた。

 

 レジギガスの振り抜いた腕も、ゼットが押さえた爪も、ミュウの周囲で弾ける光も。

 見えているのに、遠い。

 

 異形の身体の奥。

 脈打つコアへ、細い線が刻まれていた。

 

 その線が、広がる。

 一本の罅から次の罅が枝分かれし、光を抱えた表面へ走っていく。

 

 コアが、割れた。

 

 

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