ポケモン、彼らはそう呼ばれている   作:燐2

41 / 42
※仮面ライダーネタあり


【それは羞恥心との戦い】

 

「……なんだ?静かだな」

 

 畑から戻った日廻は、縁側で長靴を脱ぎながら首を傾げた。いつもなら、この時間の居間は騒がしい。誰かが転がり、誰かが鳴き、誰かがそれを追いかけている。それが今は、パソコンから出る音しか聞こえてこない。

 

 襖の陰から覗くと、理由はすぐにわかった。

 

 パソコンの前に、畑班の五体がずらりと並んでいた。小さな背中が揃って、画面のほうへ身を乗り出している。そのすぐ上では、ロトムまでが画面に張りつくように浮いていた。

 

 画面の中で、ひとりの戦士が身構えていた。

 胸に着けたベルトへ、小さな丸いカプセルのようなものを差し込み、ひねる。光が走り、音楽が高鳴ったかと思うと、黒い霧のようなものに包まれ、瞬く間に姿が変わっていた。

 畑班の背中が、一斉にびくりと跳ねた。

 

『ピカ……!』

 

『リルッ!』

 

 ヒメグマは両手を口に当てたまま固まり、チュリネは頭の葉をぴんと立てている。ニャスパーは、いつもより大きく目を見開いていた。

 

 ヒーロー番組だった。

 

 居間の隅では、アブソルが腹ばいになって目を閉じていた。パソコンから爆発音が響いても、顔を上げようともしない。

 

 その少し後ろに座ったコジョンドは、違った。

 

 変身の場面にはさほど目を向けていなかったのに、戦闘が始まった途端、腕組みをほどいて身を乗り出す。戦士が踏み込み、身体を捻って蹴りを放つ。その足の運びを、コジョンドの視線がひとつも漏らさず追っていた。蹴りが決まると短く息を吐き、また腕を組み直す。

 

「……何を見てるんだ」

 

 声をかけると、ロトムが勢いよく振り返った。

 

『しーっ、ロト! 今いいところロト!』

 

 怒られた。日廻は黙って、襖の脇に腰を下ろした。画面の中で、戦士が新しいカプセルを取り出す。稲妻のような光をまとったそれをベルトへ差し込み、新たな姿へと変わる。

 

 ピカチュウの頬で、ぱちっと小さな火花が弾けた。

 

 やがて番組が終わり、ロトムが操作していた動画の画面に、続けて短い映像が流れ始めた。

 番組の戦士が着けていたのと同じ形のベルトを、俳優らしき男性が胸に着けている。小さなカプセルをはめ込み、ベルトのレバーを押してからカプセルを回すと、ベルトが光り、勢いのいい音が鳴った。最後に、画面いっぱいにベルトとカプセルが並べられる。

 玩具の宣伝にロトムの画面の目が、まんまるに見開かれた。

 

『こ……これ、買えるロト!?』

 

 その一言で、畑班が一斉に振り返った。

 五つの顔と一台の画面が、まっすぐ日廻へ迫ってくる。

 

『ねえ! あれ、買えるロト! あのベルトとカプセム、この世界で売ってるロト!』

 

「カプセム?」

 

『あの小さいのロト! 今、宣伝で言ってたロト!』

 

 ロトムの画面が、きらきらと光る。

 

『アブソルだって、石の力でメガシンカしたロト。このベルトとカプセムがあれば、みんなもあの姿に――』

 

 ピカチュウが頬から火花を散らし、マリルは尻尾の玉を畳に何度も打ちつけた。ヒメグマに至っては、もう両腕を胸の前で交差させ、画面の戦士の真似を始めている。

 

 日廻は、気づいた。ただ玩具を欲しがっているのではない。石ひとつで姿も力も変わることを、身をもって知っている。だから、この世界にも同じような道具があるのだと、本気で信じているのだ。

 期待に満ちた目が、いくつもまっすぐこちらを見ている。

 

「……ロトム」

 

『なにロト?』

 

「悪い。今から言うこと、皆に訳してくれ」

 

 ロトムは不思議そうに身体を傾けたが、すぐに『任せるロト!』と画面を明るくした。

 日廻は困ったような顔で膝をつき、ピカチュウ達と目を合わせた。

 

「本当に、本当に申し訳ないんだけど」

 

 ロトムが皆のほうへ向き直り、何事かを伝える。畑班の目は、期待に輝いたままだった。

 

「あれを買っても、お前たちがあれになれるわけじゃないからな?」

 

 ロトムが訳し始めた。

 

『あれを買っても、みんながあれに……なれる……わけじゃ……』

 

 途中で、ロトムの声が止まった。

 

『……ない、ロト?』

 

 画面の目が、ぎこちなく日廻のほうを向く。日廻は、目を逸らしたくなるのを堪えて頷いた。

 

「あくまで、なりきりの玩具だから」

 

 居間が、しんと静まり返った。

 パソコンの画面では、宣伝がもう一度流れ始める。光るベルトと、鳴り響く音。その軽快な音楽だけが、やけに大きく聞こえた。

 ピカチュウの耳が、ゆっくりと垂れていった。ヒメグマは交差させていた両腕を、その形のまま力なく下ろす。マリルの尻尾の玉が、とすん、と畳に落ちた。

 

 ロトムの画面は、いつの間にか灰色になっていた。

 がーん、という音が、どこかから聞こえてきそうだった。

 何も悪いことはしていないはずなのに、ひどく悪いことをした気分だった。

 最初に顔を上げたのは、ピカチュウだった。まだ宣伝の流れている画面をしばらく見つめ、それから日廻のほうへ向き直る。膝にそっと前足を置いた。

 

『……ピカ』

 

 小さな声だった。けれど、引き下がる声ではなかった。

 

『変身できなくても、あのベルトで遊んでみたいって、みんな言ってるロト』

 

 画面に色が戻ったロトムが、小さな声で付け足した。

 

『……あれ、光って、かっこいいロト』

 

 ロトムも、まだ欲しいらしかった。

 

「光って、音が鳴るだけだぞ。それでもいいんだな?」

 

 ロトムが訳すと、今度は迷いのない頷きがいくつも返ってきた。

 

「……わかった」

 

 日廻は小さく笑って、座卓の前へ移った。ノートパソコンを手元へ引き寄せ、通販サイトを呼び出す。

 画面にあのベルトが映った途端、背後がぎゅうぎゅうに詰まった。

 肩の上にロトム、膝の横にピカチュウ。背中にはヒメグマがよじ登ってきている。マリルとニャスパーは画面の正面を取り合って押しくらまんじゅうを始め、チュリネは日廻の腕の下から、頭の葉の先だけを画面へ向けていた。

 

 ロトムが、商品の説明文を読み上げる。

 

『胸に着けるベルトに、カプセムを差し込んで回すと、光と音で……なりきり遊びが、楽しめる……』

 

 読み上げる声が、途中でしぼんだ。

 

『……最初から、ちゃんと書いてあったロト』

 

「だろうな」

 

 ベルトには、カプセムが一つ付いてくるらしい。インパクト、という名前のものだった。

 ピカチュウが、日廻の膝をぺしぺしと叩いた。前足で指しているのは、別売りのカプセムの写真だ。番組の中で、戦士が稲妻をまとったときのものによく似ている。

 

『ピカッ!』

 

『ピカチュウは、さっきの稲妻のやつがいいって言ってるロト。名前はプラズマカプセムロト!』

 

 ヒメグマの前足が、すかさず別の写真へ伸びた。マリルも、身を乗り出して何かを指そうとしている。

 

「まずは、これだけな」

 

 日廻は、四種類のカプセムが付いたベルトのセットと、別売りのプラズマのカプセムを順に指した。

 

「ベルトは一つ。皆で仲良く使えよ?」

 

 注文を確定すると、居間に小さな歓声が弾けた。

 

◇◆◇

 

 荷物が届いたのは、それから数日後のことだった。

 買い物ついでに荷物を受け取り段ボール箱を抱えて居間へ戻ると、待ち構えていた顔が一斉にこちらを向いた。ロトムに至っては、朝からずっと玄関のほうを気にして、宙をうろうろしていたらしい。

 

 座卓に箱を置き、テープを切る。

 派手な色の外箱を開けると、中から胸に着ける型のベルトが出てきた。真ん中の円い部分に、カプセムを差し込む口がある。その横には、インパクトをはじめ、セットに付いてきた四種類のカプセムが収まっていた。別の小さな袋に入っているのが、注文のときに足したプラズマのカプセムだ。 

 畑班が、箱の縁に鈴なりになって中を覗き込む。ヒメグマは身を乗り出しすぎて、頭が半分ほど箱の中に入っていた。

 天井近くでは、ミュウが宙に浮かんだまま、腕を組んで一部始終を眺めていた。番組にも玩具にも大して興味はなさそうだったが、目だけはしっかり箱の中へ向いている。

 

『最初はピカチュウって、みんなで決めたロト』

 

 ロトムの言葉に、ピカチュウがきりっと背筋を伸ばした。

 日廻はベルトを手に取り、ピカチュウの胸に回した。いちばん短く調整しても、まだ大きい。余った部分をまとめ、身体との隙間に畳んだタオルを挟むと、ようやくベルトが胸の前に落ち着いた。

 ピカチュウが、プラズマのカプセムを両手で受け取る。それを、ベルトの真ん中へ慎重に差し込んだ。

 

 一度、深く息を吸う。

 

『ピカ、ピカチュウ(I'm on it)』

 

 画面の戦士が言い放っていた、あの短い一言。その調子を、ピカチュウは鳴き声で見事に真似ていた。

 前足を軽く舐め、頭の右側の毛をくるりと撫でつける。いつの間に練習したのか、画面の戦士を思わせる手つきでベルトのレバーを押し、腕を高く掲げる。

 

『ピカピ(変身)』

 

 稲妻が落ちるように腕を振り下ろし、胸元のカプセムを回した。

 ベルトが光り、勢いのいい音が鳴り響き頬の赤い電気袋から、ぱちぱちと火花が散る。

 

『リルーッ!』

 

 一拍おいて、居間が沸いた。マリルが跳ね回り、ヒメグマが両手を打ち鳴らす。チュリネはその場でくるくると回り、ニャスパーも胸の前で小さな両手を握り締めていた。ロトムは画面いっぱいに星を散らしながら、『かっこいいロト! かっこいいロト!』と繰り返している。

 

 それから、ベルトは皆の胸を順番に渡っていった。

 

 ピカチュウは自分の番を終えると、プラズマのカプセムを外して大事そうに抱え込んだ。ヒメグマは赤色、マリルは青色、チュリネは緑色、ニャスパーは紫色。それぞれ選んだカプセムを差し込み、順番に変身してみせる。ヒメグマの丸い胸ではベルトがずれやすく、チュリネはベルトを抱えるような格好になった。それでも、光と音が鳴るたびに、誰もが得意げに胸を張った。

 ベルトが一巡りしたところで、皆の視線が、なぜか日廻へ集まった。

 

『みんな、見たいって言ってるロト!』

 

「……いや、いい。見てるだけで」

 

 断ろうとした日廻の前に、ピカチュウが一歩踏み出した。差し出されたベルトは、引っ込められる気配がない。その後ろでは、マリルもヒメグマも、期待に輝く目でこちらを見上げていた。

 

 まさか、大の大人がこんなことを。

 

 そう思う。思うのだが、さっきまで皆、あれほど真剣にやっていたのだ。自分だけ、適当に笑ってごまかすわけにもいかない。

 

 日廻は観念して、ベルトを受け取った。

 胸に回し、締めつけない長さに調整して、留め具をかちりと嵌める。

 ピカチュウは、プラズマのカプセムを抱えたまま離そうとしなかった。代わりにヒメグマが、赤いカプセムを差し出してくる。こちらを見上げる目は、期待に輝いていた。

 

 日廻はそれを受け取り、ベルトの真ん中へ差し込んだ。

 ピカチュウの動きを思い出しながら、頭の右側の髪をくるりと撫でつける。ベルトのレバーを押し、腕を高く掲げてから振り下ろし、カプセムを回した。ピカチュウのときとはどこか違う、重たい音が鳴った。

 

『ピカピカッ!』

 

 真っ先に声を上げたのは、ピカチュウだった。首をぶんぶんと横に振っている。

 

『リルッ、リルリルッ!』

 

 マリルが短い腕を振り回し、ヒメグマは日廻の足にしがみついて首を振った。

 

『違うロト!』

 

 ロトムが、画面に大きなバツ印を出した。

 

『それはプラズマの方ロト! 今使ってるのは、インパクトロト!』

 

「……インパクト?」

 

 日廻は、胸のベルトを見下ろした。差し込まれているのは、ピカチュウが使っていたのとは別のカプセムだ。

 

『インパクトの変身は、こうロト! あと、「変身!」の台詞も大事ロト!』

 

 ロトムの画面に、番組の一場面が映し出された。戦士が、インパクトのカプセムをベルトへ差し込むところだった。口元に添えた手を横へ滑らせ、頭上で指を弾く。先ほどピカチュウが見せたものとは、違うポーズだった。

 

 日廻は、しばらく黙って画面を見つめた。

 一度で済むはずだった覚悟を、もう一度、最初から固め直す羽目になった。

 ふと見上げると、天井近くに浮かんだミュウが、両手で口元を押さえていた。小さな肩が、耐える様に震えている。

 

「……なんだよ」

 

『な、なんでもないわ……』

 

 声も震えていた。

 日廻はカプセムを差し直し、ベルトのレバーを押した。

 口元に添えた手を横へ滑らせ、頭上で指を弾く。画面の戦士の動きを、なるべくそのままなぞって

 

「……へんしん」

 

 蚊の鳴くような声だった。

 沈黙が落ちた。ピカチュウが、じっとこちらを見上げている。不満げに、頬をぱちりと鳴らした。

 

『声が小さいって言ってるロト!』

 

 ロトムの訳は、容赦がなかった。

 顔が、じわじわと熱くなっていく。

 見上げてくる目、目、目。真剣そのものの顔が、いくつも並んでいる。ここで引き下がれる空気では、どう考えてもなかった。

 

 日廻は、腹の底まで息を吸い込んだ。

 もう一度、教わったとおりのポーズを取り、胸元のカプセムへ手を伸ばす。

 

「――変身!」

 

 顔を真っ赤にして叫び、カプセムを回した。

 重たい音が鳴り響き、胸のベルトがまばゆく光る。

 一拍の静寂。それを破ったのは、頭上からの声だった。

 

『――ぷっ……あはははははははっ!』

 

 宙に浮かんだまま身体を丸め、目尻に涙まで浮かべて、ミュウはいつまでも笑い転げていた。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。