ポケモン、彼らはそう呼ばれている   作:燐2

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【小さな夢】 後編

 

 

 居間には座卓が二つ寄せてあり、中津たちが腰を下ろすと、日廻はロトムを伴って向かいへ座った。護衛は、出入口と庭の両方に注意を向けられる位置に控えている。

 壁には文字の表が貼られていた。升目の中に、あの星の文字が一つずつ刷られていて、脇の小さな絵のところどころに、手書きの日本語が添えられている。

 

「子ども向けの、字の表です。俺も、あれで覚えてる途中なので」

 

 中津の視線に気づいた日廻がそう言うと、小鳥遊が少し身を乗り出した。

 

「こちらも、記録させていただけますか」

 

「どうぞ。俺の書き込みは、間違ってるところがあるかもしれないですけど」

 

『大丈夫ロト! 向こうの言葉は、先生のボクが見てるロト!』

 

「先生……」

 

 得意げに画面を明るくしたロトムに、小鳥遊は小さく笑った。カメラを構えて表の全体を一枚収めてから、手書きの日本語の一つ一つへレンズを近づけ、消して書き直した跡や余白に引かれた線まで、丁寧に写していく。

 

「先日の、ネクロズマという相手は、今日は?」

 

「向こうの仲間のところへ戻っています。今は、ここにはいません」

 

「迎えに来た理由は、その後、分かったのですか」

 

『いつもどこにいるのか、分からないロト。この前も、遅いなと思ってたら、いきなり日廻がウルトラホールから帰ってきたロト』

 

「心配してくれたんだろうとは、思ってます」

 

 日廻はそう言ってから、付け足した。

 

「あと、ウルトラホールっていうのは、中津さんたちも見た、あの光の穴のことです。本当はもう一匹ピンク色の奴がいるんですけど、あいつも今日はいません」

 

『ミュウ様も定期的に帰っているロト!』

 

 ウルトラホール、と中津は胸の内で繰り返した。名前が分かったところで、あれが何なのかが分かるわけではなく、電話で聞いたことから、話はまだ先へ進んでいないらしかった。頷いて、手元の資料を卓の上に置いた。

 

「こちらの質問で、意味の分からないことがあれば、聞き返してください。こちらも、そうさせてもらいたい」

 

『そうしてくれると助かるロト』

 

「お茶、持ってきます」

 

 日廻が台所へ立ってほどなく、廊下の向こうから盆が現れた。急須と湯呑み、茶菓子を盛った皿を載せたそれは、誰の手にも支えられないまま、ゆっくりと居間へ入ってくる。とっさに腰を浮かせて両手を前へ出したのは平賀だったが、盆はその手が届くより先に、座卓の上へ静かに降りてしまった。行き場をなくした手を、平賀は黙って膝へ戻した。

 その後ろからついてきたのは、大きな耳の小さな生き物で、畑で見かけたあの灰色の姿だった。

 

「ニャスパーです。いつも、運んでくれるんです」

 

 最後に入ってきた日廻が、そう言って急須を手に取った。

 

『ニャスパーは、そういうのが得意ロト』

 

「普段のお茶出しも、こうして?」

 

 まだ盆を見たまま、日坂が尋ねた。

 

「ええ。両手が塞がってるときなんか、助かってます」

 

 日廻が湯呑みを配っていくと、日坂は礼を言って受け取ったものの、口へ運ぶ前にもう一度ニャスパーの方を見た。その隣で、椿野が手帳から顔を上げた。

 

「今のは、お願いしていたんですか。それとも、気づいて運んできてくれたんですか」

 

「頼んだことはないんです。最初は、俺が運ぼうとしてた盆を、横から持っていかれました」

 

「持っていかれた……」

 

 椿野は、日廻の背中の陰に座ったニャスパーを見つめた。無表情な顔で見返されても、しばらく、その目から視線を外さなかった。

 

「こういうことをした後、疲れた様子を見せることはありますか」

 

 平賀の問いに、日廻は少し考えてから答えた。

 

「重いものを運んだ日は、よく寝てますね。あと、よく食べます」

 

「よく食べる……なるほど」

 

 平賀の目が、わずかに細くなった。中津はニャスパーを見たまま、自分でも一つ尋ねてみることにした。

 

「人にも、その力は働くのですか」

 

『人を持ち上げたりできるポケモンもいるロト。でも、みんなが同じことをできるわけじゃないロト』

 

 中津は、出入口にいる護衛を見た。同じ力が人間へ向けられたとき、間に立つことで防げるのだろうか。答えの出ないその問いを胸に置いたまま、もう一つ尋ねる。

 

「救助などで、人が手を入れられない場所の物を動かすことにも、使えるのでしょうか」

 

『そういう仕事を、人と一緒にしてるポケモンもいるロト』

 

 中津は湯呑みを手に取った。陶器には確かな重さがあり、指先へ熱が伝わってくる。これをいくつも載せた盆を、あの小さな生き物は手も触れずに運んできたのだ。

 

「ありがとう」

 

 ニャスパーへ顔を向けてそう言うと、小さな生き物は丸い目でこちらを見上げ、短く鳴いてから日廻のそばへ戻っていった。

 いつの間にか、座卓の端から、小熊のような生き物が茶菓子の皿へ手を伸ばしていた。

 

「ヒメグマ。客の分だ」

 

 日廻に低く言われて、小さな手が止まった。ヒメグマが名残惜しそうに見上げると、日廻は壁の時計へ目をやった。

 

「……ピカチュウ。今日の分のおやつは冷蔵庫にあるから、みんなで分けてくれ」

 

『ピカ!? ピカピカチュウ!』

 

『クマッ!』

 

 縁側から弾むような足取りでやって来たピカチュウに、日廻が時計を指してみせる。ピカチュウは時計を見上げてからヒメグマへ何か鳴いて知らせ、二匹は揃って台所の方へ駆けていった。

 

「手懐けていらっしゃるのですね」

 

「あの時計の長い針と短い針がここに来たら、おやつの時間って教えてるだけです」

 

 日坂の言葉に、日廻は壁の文字盤を指さし、針の位置をなぞるように指先を動かしてみせた。

 

「前に、針を動かそうとして、色んなものを積んで登ろうとしたときは、さすがに叱りましたけど。怪我がなくて、よかったです」

 

 思い出したように息を吐く日廻の様子からすると、積み上げたものの上から転げ落ちかけでもしたのだろう。

 

「針を、動かそうとした……」

 

 椿野は壁の時計に目をやったまま呟き、何かを尋ねかけて、いったん口を閉じた。それから、手帳へ素早くペンを走らせた。

 普段、何を食べているのか、家の中ではどんなふうに過ごしているのかといった平賀たちの質問は、主にロトムが受けた。

 

『チュリネは、肉や魚は食べないロト。ほかのみんなは、日廻と同じごはんを食べるロト。フライゴンは、いっぱい食べるロト』

 

 頭に葉を載せた小さな姿が脇から顔を出すと、日廻はそれを見下ろしながら言い添えた。

 

「うちの連中は、です。向こうの同じ種類が、みんなそうなのかまでは、俺には分かりません」

 

「フライゴンは、どのくらい?」

 

「大鍋ひとつ作ったら、半分はあいつです」

 

「半分……」

 

 身を乗り出していた平賀は、庭の方へ目をやった。作業小屋の前では、緑の身体が日を浴びて寝そべっている。その腹のあたりへ目を留めたまま、平賀は低く唸った。

 

「毎食、皆さんの分を作っているのですか」

 

『そうロト。コジョンドやチュリネも、手伝ってるロト』

 

 日坂の問いにロトムが答えると、画面に大鍋の写真が映った。中津は、写真の鍋と、それを囲む器の数を見比べた。

 

「これを、毎日……」

 

「手間がかかるのは、量の方です」

 

 日廻はこともなげに言った。暮らしのことならこうして淀みなく答えが返ってくるが、力の仕組みとなると話は別だった。念力はどうやって物を動かしているのか、ロトム自身はなぜ宙に浮いていられるのかと尋ねられて、ロトムは困ったように画面の目を揺らした。

 

『できるのは分かってるロト。でも、どうしてそうなるのかを、ボクからちゃんと説明するのは難しいロト』

 

「そこが、一番知りたいところなんですがね」

 

『ごめんロト』

 

 苦笑まじりの平賀に、ロトムは申し訳なさそうに目を下げた。知らないことを知らないと答えるその様子が、中津には、かえって信用できるものに思えた。

 気づけば、台所へ行っていたピカチュウが、日廻の膝の横に戻ってきていた。

 

「ピカチュウ。急いで食べたろ……ついてるぞ」

 

『ピカァ!?』

 

 日廻は卓上のティッシュを一枚取り、慌てるピカチュウの口元を拭ってやった。

 

「はい、きれいになった」

 

 そのやり取りをじっと見ていた椿野が、遠慮がちに口を開いた。

 

「触れても、構いませんか」

 

「ピカチュウ、いいか?」

 

 ピカチュウは椿野の顔をじっと見上げてから、小さな前脚を差し出した。

 

『握手なら、いいって言ってるロト』

 

 椿野が手を出し、その前脚へ指先を触れさせた途端、ぱちっと乾いた音がした。

 

「――っ」

 

 椿野が指を引っ込めたとき、ピカチュウの頬には小さな火花が散っていた。黄色い耳がしゅんと垂れ、ピカチュウは椿野の指を見て、短く鳴いた。

 

『わざとじゃないって言ってるロト。ちょっと緊張してたみたいロト』

 

「……大丈夫です。静電気のようなものでした」

 

 椿野は自分の指先を見てからピカチュウへ頷いてみせ、もう一度そっと差し出された前脚に、改めて手を重ねた。今度は、火花は散らなかった。

 

「ありがとう」

 

 椿野がそう言うと、垂れていた耳が少しずつ持ち上がっていった。ピカチュウの頬に視線を据えたまま、今度は平賀が尋ねた。

 

「普段は、どんなときに出るんですか」

 

「驚いたときとか、はしゃいでるときとか……寝てるときに、ぱちっとやることもあります」

 

「眠っているときにも」

 

 平賀がその言葉を繰り返すのを聞きながら、中津は今の握手を思い返していた。火花で怪我はなかったようだが、それで出せる電気の強さまで分かったわけではない。

 

 縁側で護衛を見ていたアブソルが立ち上がった。日廻のそばまで歩いてきて座ると、小鳥遊が黙ってカメラを下ろした。近くで見る角にははっきりとした縁があり、その下から、赤い目が中津を見ている。

 

「私も、触れてみてもいいだろうか」

 

 中津はアブソルを見たまま、日廻へ尋ねた。

 

「本人がよければ。手を出して、そのまま待ってもらえますか」

 

 ロトムがアブソルへ話しかけるあいだ、中津は手を低く差し出し、動かさずに待った。アブソルは一度日廻を見てから中津へ少し近づきその手に、自分から前足を重ねた。

 

「……ここで、いいのかな」

 

 掌に触れた前足は白い毛に覆われ、柔らかな感触の奥から身体の温かさが伝わってきた。中津がそっと指を添えると、アブソルはしばらくそのままでいてから自分で前足を引き、日廻の足元へ座り直した。小鳥遊のカメラは、そのあいだずっと下がったままだった。

 

「撮られるのは嫌でも、触れられるのは構わない……ということでしょうか」

 

「今日は、そうだったみたいです」

 

 静かに尋ねた椿野に、日廻は足元のアブソルを見下ろして答えた。

 茶が二杯目になる頃には、質問は少しずつ別の方へ向かい始めていた。フライゴンは人のほかに、どのくらいの荷物を運べるのか。ピカチュウの電気は、意図して強められるのか。ロトムが持っている資料に、それを確かめる手掛かりはないのか。

 ロトムは分かる範囲で答え、分からないことには分からないと言った。日廻は黙ってそれを聞いていたが、やがて手にしていた湯呑みを座卓へ置いた。

 

「中津さん。一つ、聞いてもいいですか」

 

「どうぞ」

 

「この世界は、ポケモンをどう見ていますか。労働力、それとも―――軍事力?」

 

 平賀が言いかけていた問いを呑み込み、椿野は目を大きく開け、小鳥遊はカメラから手を離した。日廻の声に責める響きはなく、その目は中津へまっすぐ向いていた。中津は膝の上の自分の手に目を落とし、さっき触れた毛並みの感触がまだ残っているのを感じてから、口を開いた。

 

「現時点では、まだ観測対象としか言えません」

 

 そう答えてから、中津は言葉を継いだ。

 

「何ができるのか、どう暮らしているのか。そこから確かめているところです。今日見たことだけで、扱いを決めるわけにはいきません」

 

 日廻はしばらく中津を見ていたが、やがて短く息を吐いた。

 

「ですよね。……俺に出来ることなら、出来る範囲で協力はします」

 

「それはありがたいですが、どのようなことを?」

 

「食べるものとか、普段の様子とか。どういうときに、どういうことをするのか。うちにいる連中のことなら、見てきた範囲で話せます。言葉の資料は、ロトムが分かる範囲でなら」

 

『ボクも手伝うロト。必要なことを聞いてくれれば、資料も探すロト』

 

 日廻の横へ寄ったロトムの画面を、小鳥遊がじっと見ていた。

 

「必要なら、向こうの空気や水や土も、取ってきましょうか。誰に頼めるかは、こいつらと相談してからになりますけど」

 

「向こうの星のものを、実物で……」

 

 顔を上げた平賀は何かを続けかけたが、中津へ目を向けると、居住まいを正して口を閉じた。代わりに、中津が答えた。

 

「そのお申し出は、一度持ち帰らせてください。何を調べるか、どう受け入れるかも含めて、検討が必要です」

 

「それで構いません」

 

 日廻が頷くのを見て、中津は言葉を足した。

 

「こちらも、何を知りたいのか、何をお願いしたいのかは、先に伝えるようにします」

 

「お願いします。向こうのポケモン全部のことなんて、俺にもロトムにも説明できません。それと、本人たちが嫌がることは、絶対に引き受けません」

 

「承知しました」

 

 日廻は言葉を選ぶように一拍置いてから、座卓の上で手を組んだ。

 

「そのうえで、暮らしのことを相談させてください」

 

「伺います」

 

「お願いが、二つあります。一つは、こいつらと、このままここで暮らし続けられるようにしてほしいんです。この家で、今までどおりに」

 

 日廻の隣で、アブソルが中津たちを見ている。

 

「法律とか手続きで、どういう扱いになるのか、俺には分かりません。同居の特例みたいなものが必要ならそれも含めて、検討してもらえませんか」

 

「この場で、すべての返事はできません。どのような扱いが必要か、関係する部署への確認が要ります」

 

「はい。その辺りは分かります。一応、この国の元公務員だったもので」

 

 日廻が軽く笑うと、つられたように小鳥遊の口元が緩んだ。役所勤めの身には、通じるものがあったのかもしれない。

 

「必要なことがあるなら、先に教えてもらえると助かります。俺が何をしなきゃいけないかも含めて」

 

「今の暮らしを続けていただくことを前提に、必要な扱いを検討します。そのために、こちらからも確認したいことは出てくると思います」

 

「答えられることなら」

 

「では、そこから進めましょう」

 

 日廻は一度頭を下げ、顔を上げてから、もう一つの願いを口にした。

 

「それと、俺たちのことを、不用意に表へ出さないでほしいんです。誰がどこに住んでいて、どんなふうに暮らしているか。そういうことです」

 

「ポケモンという存在の公表ではなく、皆さんの身元や住まい、暮らしについて、ということですね」

 

 手元の記録を指で押さえながら確かめる日坂に、日廻は頷いた。

 

「はい。ここが知られたら、面白がって見に来る人は出てくると思います。注目されれば、気に食わないって人も、きっといる。ポケモンという未知の生物を強引な手段を手に入れて実験しようとしている輩も出てくるかもしれない。こいつらに、そういうのを向けさせたくないんです」

 

 日廻は開いた戸の方を見て、言い添えた。

 

「畑も家も、暮らす場所なので」

 

 中津も庭へ目を向けた。作業小屋の前には袋が積まれ、たらいの周りではマリルとチュリネが互いに水を掛け合っている。日廻の傍らでは、台所から戻ってきたヒメグマが、作業着の裾に手をかけたまま座っていた。取材や見物に来る人間が増えれば、この場所の一日はいとも簡単に変わってしまうだろう。

 

「身元や居住の情報を、不用意に公表しないよう、関係するところでも扱いを慎重に揃えます」

 

「……ありがとうございます」

 

 日廻が頭を下げると、ロトムもその隣で小さく傾いた。

 

「先ほど、池が欲しいとおっしゃっていましたが、住む場所についても、ご不便な点がありますか」

 

 日坂の問いに、日廻の目が座卓の端へ動いた。何冊か重ねられたカタログの表紙には、石で縁取られた池が写っている。

 

「土地は見ての通り整理していないところの方が多くて。マリルに池を、フライゴンに砂場を、ほかにも色々と考えていますが。でも、工事となると人が入るので」

 

 日坂の目がこちらを向いたので、中津は小さく頷いて返した。日坂はそれを手元に書き留めてから、日廻へ向き直った。

 

「事情を承知したうえで相談できる企業を、こちらでも探してみます。改めてご連絡します」

 

「助かります。相場の倍でも構いません、情報が漏れないことが大事です」

 

 日廻はカタログへ手を伸ばしかけて、そのまま止めた。

 

「……もう一つ、気になることがあって」

 

「何でしょう」

 

「ここを住みよくするのは、いいんです。でも、安全のために特別な区域みたいに扱われたら、今度はこいつらが外に出られなくなるんじゃないかって」

 

 日廻はいったん言葉を切り、中津を見た。

 

「今すぐ、自由に出かけられるようにしてほしい、という話じゃないです。ただ、この中だけで暮らしてください、で終わってしまうのは……」

 

 日廻の目が、ちらりと居間の隅のテレビへ向いた。

 

「テレビとか、パソコンとかで、あいつらが気になる場所を見つけることがあるんです。こっちの海とか、山とか。そういうときに、いつまでも連れていってやれないのは……」

 

 ピカチュウが、ロトムへ何か鳴いた。

 

『外へ出かける話をしてるロト』

 

 ピカチュウの長い耳は、ぴんと立ってて庭を見ると濡れた地面に転がるヒメグマを見て外へ出る。

 

「国が、安全かどうか確かめないといけないのは、分かります。俺が一緒なら大丈夫だって、何でも言えるわけじゃないです。でも、出かけられるようにすることも、考えてほしい」

 

 中津は、すぐには答えなかった。ここへ不用意に人が近づかないようにすることも、ここで暮らす彼らが外へ出られるようにすることも、安全の確認を抜きにしては考えられない。敷地の中だけにいてもらう方が、当面の管理はしやすいだろう。だが、それをいつまで続けるのかを今ここで答えられないからといって、考えずに済ませてよいことでもなかった。

 

「落ち着いて暮らせることと、外へ出かけられること。その両方について、必要なことを考えなければなりませんね」

 

 中津はそう答えて、湯呑みを置いた。

 

「榊原君」

 

「はい」

 

「では、あなたはポケモンをどうしたいのですか?」

 

 日廻はかすかに目を見開き、それから庭へ視線を向けた。縁側ではピカチュウがヒメグマの背中についた土を払っていて、庭の隅では、マリルとチュリネの水遊びにニャスパーも加わっている。

 

「……そうですね」

 

 日廻は、外へ目を向けたまま言った。

 

「ずっとこの地に縛りつけるようなことはしたくない。いつかこっちの世界の祭りとかに連れていって、おいしいものを食わせてやりたいぐらいです」

 

 中津は、その光景を思い描いてみた。人の集まる場所を彼らが一緒に歩き、屋台の前に並んで食べ物を選ぶ横を、行き交う人々がことさら足を止めることもなく、それぞれの行き先へ通り過ぎていく。その一日を迎えるまでに、何を確かめ、どれだけの人と話さなければならないのかを思いながら、座卓の上の資料へ一度目を落とした。

 

「分かりました―――大きな夢ですね」

 

 日廻はこちらへ顔を戻し、少しだけ笑った。

 

「俺にとっては、小さな夢ですよ」

 

 葬儀の日には、一度も見なかった顔だった。

 

 

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