(一族全員殺し屋ね…)
家庭環境に嫌気がさしての家出自体は、元の世界でも割と良く聞く話ではあるが、ここまで特殊な例は聞いたことが無い。しかしそんな家庭の生まれで、恐らく拷問染みた訓練や実戦の日々を経験しても尚、その環境に染まりきらずに家を出たと考えれば、きっとこの子はまだ人としての真っ当な感性が残っているのであろう…。
ならば、私から言うことは一つだけだ。
「どうもしないよ」
「え?」
「ヒソカよりもよっぽど人を殺してるんでしょ? だからどうもしない。現行犯だったり証拠があるなら捕まえて憲兵に突き出すこともあるかもしれないけど…そうでもないし…。それに、そういう家庭なら、さっき挙げた例の『強制された場合』に該当するとも言えると思うからね。」
「……そう…いや…でも俺は…」
どうにも心の整理が追いついていないようであるが、過去に向き合うのも、自分の意志を貫くのも、それは彼の自由である。正直な話、キルア程の実力があれば天空闘技場は勿論、あらゆる場所で食うに困らない生活が出来るであろう。それはとても恵まれた話だ。それこそハンター試験に合格してしまえば、きっと誰もが羨む左団扇の生活すらも可能かもしれない。彼の出自と育ちに大きな闇があることは認めるが…そこから飛び出した後の生活の心配が殆どない時点で、過保護になる必要も、無理に寄り添う必要もないと断じるべきだ。
…とまあそんなことを追加で、オブラートに包んで伝えた結果。どうやら少しは納得してくれたようである。暫くすると凄い良い顔で『ハンターの資格取ったらまずうちの家族とっ捕まえるんだ。きっといい値段で売れると思うんだよねー』とか言い出したので、きっとカウンセリングは大成功である。
その後も一言二言会話をして、呼称が『お姉さん』ばかりで実は名前覚えられてないのでは? と勝手に危惧した私は、元世界での愛称『クー子』呼びをキルアに提案。軽く了承を得られたことに満足して良い流れで一旦解散となった。
(氷雨っぽい子だし、こちらとしてもそっちの方がしっくり来るんだよね。まあ氷雨は殺し屋とかじゃない滅茶苦茶真っ当な子なんだけど…。)
――そうこうしている内にヒソカが戻ってきたので念のために情報共有。非常に驚いたことに、あのカタカタ釘男は、なんとキルアの家の長男らしい。姿は変装で、今はギタラクルと名乗っているが、それも偽名。本名はイルミ=ゾルディックとのこと。そして聞いてもいないのに彼が操作系の能力者で、釘が危険であることも教えてくれた。
(つまりキルアはキルア=ゾルディックがフルネームかな? それにしても変装した長男か…これは確実に捕捉されたと考えるべきだろう。目的は恐らく監視…。残念ながら、家出したまま行方を眩ます作戦は失敗のようだ)
「君だから教えたけど、僕が怒られちゃうからさ♣ キルアには言っちゃ駄目だよ♥」
「師匠……そういうのは流石に、私に黙っていても文句言いませんからね?」
どうにも私に対して少し過保護に感じる今日この頃である。
▽ ▽ ▽
私達がこの会場に来てから非常に時間が掛かった気がするが、ついに405名による一次試験がスタートした。試験官はカール髭が特徴的なサトツさん。内容は予想通り…マラソンである。正確には『二次試験会場まで試験官についていく』ことが求められているので、必ずしも走る必要は無いが、そう都合よく受験者が乗り物等を用意している訳もないため基本は走ってついていく必要がある。
…地下道の長さは既に計測済みであるが約80km。最後には520m程の長さの階段があるため、常人ではまず突破出来ない試験だろう。正直私も素でクリア出来る気が全然しない。
(仕方ない…風で身体を半分浮かして、追い風も作ってやり繰りしよう…。一定方向に進むだけで細かい制御は不要だから維持はそこまで難しくないし…この程度なら魔力も半日は保つ筈。進行は時速13~14km程度、6時間と少しもあれば地下道を抜けることが出来る計算だ。)
そんなこんなで少し不自然な走り方にはなりつつも、先頭に近い位置でついていくことが出来ている。…ただ流石に6時間超も続けていると精神的な疲労の方が強くなることは想定されるので時折付与を解除しては普通に走ることとする。
▽ ▽ ▽
――約6時間後
ついに最後の階段まで差し掛かった…。本っ当に長かった…!『纏』を覚えたことで身体は頑強にこそなったが、別に体力が劇的に向上する訳ではない。肉体への負荷はかなり抑えられているとは思うので勿論効果はあるが、何でもかんでも超人スペックという訳にもいかないのは如何ともしがたい。
追い風は止めて身体を浮かせる方向だけに維持。体力的にはかなり温存出来たので、流石に階段くらいは何とかなる。最初からゴール迄の道程が分かっていたこともまた、精神的に助けてくれていたと思う。
(我起床せり。ふむ…これが汝が宣っていたハンター試験とやらか?)
流石に階段昇りで揺れが激しくなったのかマウスが起床。肩口まで登ってきたのは三匹の中でもリーダー格の子である。他の二匹は基本的に(ごはーん)とか(ねむーい)とかしか言わないので、明確な意思疎通は殆どこの子が担当しているのが現状だ。
(そうだよロード。試験官についていくのが1次試験だって。でもあと少しだよ。)
(それはこの道が終わるという意味だろう? 道を抜けた先からが本番ということもあろう)
(いやいやそんなまさか…もう80km以上走ってるんだよ?)
互いに思念が伝わるため、会話に発声は不要。私の『
因みにこの能力、『元々意思疎通が可能な相手には、その易度に応じて精度が下がる』という制約がある。戦闘中でも会議中でも、仲間と思念で会話出来るというのは非常に強力な手札となり得るが…私は敢えてそれを封じた。私が元の世界で対話しないといけないのは、本来意思疎通が出来ない相手である。その成功率を上げるためにも、便利(余計)な能力をカットする事で性能を底上げするという、私の覚悟が伴っているのだ。
敢えて不便にすることで性能を上げる。それは念能力における制約と誓約の基本である。
「あっクー子じゃん! やっぱ流石だなー、なんかペース遅いから一番前まで行きそうだったけど、先にいるとは思わなかったぜ」
「キルア、知り合い?」
マウスと念話中、後ろから知った声が聞こえてきた。そのまま横まで追いつき並走する形になる。キルアの隣には、これまた同年代と思われるツンツン髪の少年がいた。
「ああ。さっきちょろっと話した天空闘技場のお姉さんな。まあ流石に200階の有名人なら、この程度ラクショーだよな〜」
「ははは…あっゴンって言います。初めまして。」
…そう言うキルアは汗一つかいていない。本当に心の底からラクショーだと思っている事が窺える。隣のゴン君とやらは少なからず汗は出ていて、疲労の色が見受けられるというのに…一体どういう身体能力をしているのだろうか?
「ええ初めまして。ゴン君で良いかな? それともキルアみたいに君はいらない?」
「う〜ん…俺はどっちでも良いかな! お姉さんの呼びやすい方でお願いします!」
どうやらゴン君の方が目上相手への対応はしっかりしてる感じはする。きっと親御さんの教育が良い…というかまともなのだろう。取り敢えずゴン君と呼ぶ事にして会話を続けようとした所で、残り2匹のマウスも目が覚めたのかロードと同じく肩口まで登ってくる。
「えっ何それ、白い鼠? いやそれにしては小さい?」
「あはは…これはマウスだよ。広義では鼠だけど、街に出るような鼠とは種類が違うかな? 主に治験とかで使われるタイプの小さい鼠。」
(なにしてるのー?)
(ここどこー?)
念話が入るので適当に答えてやりながらもゴン君達との会話は続ける。当然風の付与は維持しつつ、ハイペースで階段を駆け上がりながらの会話だ。多分今受験生の中で一番脳を酷使しているのは間違いなく私であろう。
「なんか意外…そんなん飼うのか? もっと役立ちそうなの飼えば良いのに…番犬とかさあ」
「私も最初は本意じゃなかったけど…飼い始めると結構可愛いもんだよ? 手とかちっちゃくてぷにぷにだし。ちゃんと名前も付けてるからね」
「なんて名前なんですか?」
素直に聞いてくれるゴン君は優しいなあと好感度を上げつつ、きっちり答えてあげる。
「この子が『チュー助』」
「うん」
「この子が『まーちゃん』」
「面白みねえなあ…」
「それでこの子が『ロード・スペクティア・ノルディスハーン』」
「「『ロード・スペクティア・ノルディスハーン』!?」」
うん…まあそういう反応になるよね…だって仕方ないじゃん…この子だけ
「あっ長いから普段はロードって呼んでるよ」
「おっおう…」
『なんか、ちょっと変わった人だね、キルア?』
『まあな…なんてったってあの44番が師匠なんだぜ? やっぱどこか頭のネジ外れてないとそうはなんねーよ』
『そ…そうなんだ…』
なんか私の命名じゃないのに私が変みたいに思われてる気がする…。風評被害である。流石にここで『動物と会話出来る』とか言っても更に拗れそうだし…言いたいように言わせておこう。私は大人なのだ。
こうして話している間に長く続いた階段にもようやく終わりが見え、ついに外の光が見えてくる。
これで1次試験は終了かな?
原作では一次試験参加は404名でした。
番号は405までありますが、ヒソカにぶつかって謝らなかったことで腕を失った人が辞退したのだと思います。
因みに今作ではちょっとキツめに凄まれるだけで済んだので、決壊した膀胱以外に被害はありません。原作主人公組(キルア除く)はそこでトンパの補足説明を受けているので、原作程ではないですがヒソカ=やべー奴だと認識はしてます。