翌朝。
昨夜あれだけ飲んでおいてケロッとしている私に対し、恐ろしい魔物を見るような視線をちらほら感じる……うーん、これは……やり過ぎたかな?
本来の許容量の十倍以上は飲んだ自覚がある訳だが、それでも何ともないのは、周囲からすればそれこそ蟒蛇のような化生の類であろう。現に昨日飲み比べで潰したレオリオさんは、最悪のコンディションを察する酷い様相……。これは随分と悪いことをした。
とはいえ、もう既に合格者を対象とした講習会の時間である。まだ気絶しているゴン君が心配だなあ……と思っていたところ、ちょうど開始から数分程度の辺りで駆け込んで来た。
「遅れました! ええと……まだ大丈夫だよね?」
彼は目覚めた直後、サトツさんからボドロさんが不合格になったことだけを聞いて、講習会に走り込んで来たようだ。幸いまだ始まって数分程度だったため、説明は最初からやり直してもらえることになった。
(昨日の宴会の話とかもしたいけど……まあ今は先にお話聞かないとね。ライセンスの効力とかの説明は、きっちり聞いておかなきゃだし……)
──講習会中(講師:マーメン=ビーンズ)
ライセンスについては事前に調べていた内容と殆ど乖離はなく、真新しい情報は一年以内に何らかの形でライセンスを喪失する人間の割合くらいだろうか?
本人以外は使えない制限があるにも関わらず、売れば推定二十億以上はする訳なので、そりゃあ様々な形で失う人が出るのは想像に難くない。
(それに
「質問です。一流企業並の融資を受けれると仰いましたが、一般的なイメージですと、少なくとも百億単位の融資を指すことになるかと思います。その一方で、ライセンスの売却価格は二十〜三十億程度だとも推察されます。担保としては大きく乖離がありますが……本当にそれだけの額を融資頂けるのでしょうか?」
この質問については想定内であったようで、講習会の説明を務める豆の人は丁寧に説明してくれた。
「ええ、仰る通り……。まだハンターとしてなんの実績も無い状態から、ライセンスのみの担保でそれだけの額の融資を受けられるとまでは確約出来ません。とはいえ、我々プロハンターには先人が長年培ってきた信頼がありますので、売却額以上の融資を受けれることは約束致します。
……語弊があるといけませんので補足いたしますと、今後ハンターとして功績を積み上げるに比例して、受けれる融資額というものも跳ね上がります。例えば
「つまりライセンス単品の信頼での融資額としては、ハンター協会やハンター自身への信頼を加味しても、一流企業には若干届かない可能性はある。逆にハンターとしての功績を積めば、それを遥かに超えることも可能……ということですね?」
「左様でございます」
ううむ成程……これについては今後色々使えるかもしれないね……。それこそ数百億、数千億のお金が必要になることが、今後絶対に無いとまでは言い切れない。
「ご回答ありがとうございます。私の方からはこれ以上はありません」
その他にも特典は盛り沢山だが、公的施設の95%が無料以外は直ちに必要になるものでも無さそうなので頭の片隅に留めておく。
▽ ▽ ▽
その後も協会の規約説明等、そこそこ長く続いた講習会が終わったので、次はネテロ会長とのお話だ。師匠やゴン君たちにはもう少し待っていてもらう。折角知り合えたのに、碌にお別れもできずに置いてかれるなんて悲しすぎるからね……。
何やらキルアの実家についてワイワイ話しているようなので、もしかすると四人で行く気だろうか? 因みに師匠と私は天空闘技場に急ぐので、暫くの別行動は確定である。
(やっぱりネテロ会長との話が本命になるかな? あとはロードの能力か……。実はここ数日、反応悪いんだよねあの子達。ロードだけじゃなくてチュー助とまーちゃんまで一緒だし……もしかして、修羅場ってやつ? 私のポケットの中身が修羅場空間とか嫌だなあ……)
修羅場とは恋愛的な意味ではなく、非常に忙しい時期にも使う言葉だ。もしかすると能力の完成が近いのかもしれない等と楽観的に考えている内に、ネテロ会長に連れられ、防音が完備された特別な部屋まで案内された。割と機密に関わることも話す気らしい……思ったよりも物々しい展開だ……。
「うむ。まずはおめでとうと言っておこうかの。昨日は随分と楽しんでいたようじゃが……同期のプロハンターとは得難いものじゃ。年によっては合格者一人なんていう年も珍しくはないのだからな」
「ええそれはもう。試験中にできた友人も全員合格しまして出来過ぎているくらいです。……いやまあ、元々有望そうな人を選んで声を掛けていたので、ある種必然ではあるのですが……」
仮に不合格でも最低でもプロハンターのコネ作る気でいたからね……結果としては自分含めてコネ作った人全員合格だから最高の結果と言っていいだろう。ネテロ会長からも「それもまた、
「さて、本題であるが……お主を元の世界へ帰す手掛かりくらいなら、心当たりがある」
「本当ですか!?」
「うむ。しかしそれを話す前に、一体どのような経緯でこの世界に来たかを聞いておきたいのぉ……今後も似たような来訪者が増えるやもしれぬ。ワシが話そうとしている心当たりのためにもここは先に確認しておきたい」
交換条件って奴かな……と思いつつも、ここは素直に語ることにする。話の中心は当然、全ての元凶? たる『理素結晶』。……国の預かりで厳重に封印された願望機に近い性質を持つそれの力で、私がこの世界に転移した可能性が高いことを告げたあたりで、ネテロ会長が得心したような表情を見せる。
「成程。それ相応の『人類の手が及ばぬ程の強大な力』により転移して来た訳か……しかしそのような力についても、実は似たようなものを確認しておる」
「……それは?」
「実はこの世界には暗黒大
(完成だあああああああああああああああああああああああああああ!!!)
そこにガス生
(ああああああああああああああああああああああああああああああ!!!)
非常に危険で
(汝ぃい! 今すぐ! 今すぐ拝聴せよぉおおおおおおおおおおおおおおお!!)
しかし説明こそしたがこれは
「五月蠅い!!!」
私が急に大声を出したからか、
あの飄々としたネテロ会長がビクッと震えて固まってしまう。
(えっ何事!? なんでワシ急に怒られたの……? ちらちら乳見てたから?)
場が一瞬にして沈黙に支配されてしまった。そしてそんな空気を切り裂いたのもやはり、勢いよくポケットから飛び出し、机に飛び乗ってからも猛烈にアピールを続ける私のペットのマウス。
世にも希少な、念を扱う白鼠ことロードであった。
(そこな老人は汝を体よく扱うつもりで帰す気などないぞ! 危険だ危険!! 信ずるならば我を信ぜよ!)
……どうにもロードはネテロ会長のことがお気に召さないようだ。
ネテロ会長もまた、やけに主張が激しい『纏』を覚えたマウスを警戒してしまっているので、一度この場は私に仕切らせてもらい、お互いの説明をさせて落ち着かせる。その過程で私の『
▽ ▽ ▽
──十分後。
(ふむ……我の早合点ということでこの場は退いてやろうぞ)
「早合点してごめんなさいと言ってます」
「いや、ワシの方こそすまなんだ。話の起点とはいえ、五大厄災の研究に誘導しようとしたことは認めよう。確かにあれの危険度を
今私達が生活している世界は、メビウス湖という途轍もなく大きな湖に浮かぶ島であり、湖の沿岸からは暗黒大陸と呼ばれる未踏の地が広がるらしい。そこには長寿米やら錬金植物やら、それこそ【聖遺物級】のアイテムがゴロゴロと転がっており、かつて複数の大国(V5というらしい)が莫大なリターンを求めて、何度か調査隊を送ったことがあるようだ。
……しかしそれらは悉く失敗。暗黒大陸の門番役をしている魔獣に戒めとして厄災を持たされ、おめおめと逃げ帰ってきたのが今までの人類の歴史ということらしい。
「さっき説明しようとしていた『ガス生命体アイ』とやらはその災厄の一つということですね?」
「うむ……それは確かに願いを叶える力があるが……叶えた願いの代償にそれ相応の対価を求められる。普通であればとても扱えたものでは無いが……魔法という、ワシらからすれば未知の力からのアプローチであれば、進展もあり得るやもと考えてな……V5により厳重に管理こそされてはおるが、研究に使える個体も、少ないながらも存在する。……ワシの口利きでその研究チームに入ってもらおうかと考えたのが、ワシが提供しようとした心当たりじゃ」
なるほど……願望機には願望機。確かにその災厄とやらを研究してメカニズムを解明、最終的に無害化できれば、私を元の世界に帰すという話も夢物語ではないだろう。だが現実的な話ではある一方で……それが明確に危険であり、結実するのか怪しい話であることもまた理解できる。
(我からすればそんなもの、帰還不可と変わらんわ! さて……そろそろ我の話を聞く番よ。拝聴の準備は良いか?)
「これからこの子とお話するので……すみませんが待っていてくださいね」
興味深そうにロードを覗き込んでいたネテロ会長であるが、今度はチュー助とまーちゃんまでもがポケットから飛び出してくる。念を扱う小動物が更に二匹増えたことで、ついには眉間を指で覆って天を仰いでしまった。
(最初は場所だけであったが……我の配下をジョイントとすることにより、危険度や達成率まで計測できるようになったのだ! ……忠義な奴らよ。我があの時、力を消耗してでも生存させた甲斐があったというもの!)
(ろーどさまのおおせのままにー)
(ままにー)
あっそういうことか……ロードは兎も角、他二匹が『纏』を覚えたのには、どうやらロードが関わっていたらしい。それにしても危険度と達成率か……多分災厄とやらの危険性も、それで理解したってことなんだろうね。
(少々消耗が激しいが……折角だから範囲はメビウス湖の沿岸まで広げてやろう。とはいえ実際に行く必要など無いがな。何故なら汝を元の世界に帰すための第一候補は、メビウス湖の内側にある! ……さあ、刮目せよ!)
『
ロードを中心にした三匹のマウスのオーラが躍動すると、私の脳内に大きな地図が表示される。
『∞』のような形をした大きな湖とその中心に浮かぶ複数の島々……『∞』が恐らくメビウス湖で、その沿岸にはぽつぽつと大きな光が見える。その光に意識を向けることで『危険度785 達成率100』等の数字も一緒に浮かんでくるようだ……成程、こうやって数値が分かるのか。
(メビウス湖の外側は達成率が高くとも危険度が高すぎる。先ほどネテロが説明したアイとやらも同様だ。無理に願いを叶え、仮に汝を帰すことができても、その対価にこの世界の人間が軽く万単位は死ぬだろうよ……それを良しとする汝ではあるまい?)
(……そうだね。そこまでして帰るのは間違ってるし、元の世界の皆も絶対許してくれないよ)
今度はメビウス湖の内側……世界の島々の方に意識を向ける。光の数はぐっと減ったが、それでもまだ幾つかは残っている。『危険度370 達成率98』『危険度309 達成率100』『危険度21 達成率95』……ん?
(ねえロード! 『危険度21 達成率95』てのがあるよ!)
(よくぞ見つけた。それこそが第一候補よ。どうにも小さな島のようだが……他の島とはやけに雰囲気が違う。達成率は100ではないが……バランスを考えればここ以上の候補はあるまい。少々遠いが……何、暗黒大陸とやらに渡るよりかは遥かに近く、簡単であろうよ)
(凄い! ありがとうロード! チュー助! まーちゃん! ……飛行船で行けそうな島じゃないから……船かな? 船舶免許なんて持ってないし……船を手配して船乗りも雇わないといけないからちょっと時間掛かりそうだけど、本当に……本当に帰れるんだ! 私!)
(……5%失敗するのだがな。まあその時は天運と思うのだ……流石に我とてどうもしようが無い)
やった! やった!! と三匹のマウスと喜び合う私を尻目に……ネテロ会長が一人待ちぼうけをくらっていたのは言うまでもない。
勘の良い人ならもうこれで脱出ルート予想出来るかも。