「お騒がせして申し訳ありませんでした…」
待ちぼうけさせてしまっていたネテロ会長にはロードの能力を説明し、より安全で現実的な帰還方法を見つけたということで、災厄の研究チームに加わる件についてはひとまず保留として頂いた。
(もし仮に第一候補が駄目なら…次善の策として残しておくに越したことはないからね)
その件については若干の困惑を見せつつも了承を得られたが、ネテロ会長にはもう一つ、別件で私に依頼したいことがあるようで……なんと私の持つ魔法の知識をまとめて、協会全面協力のもと出版してみないかと持ち掛けてきたのだ。急な申し出にこちらは大層驚いたが、どうやらこれについてはネテロ会長の発案ではなく…どこからか話を聞きつけて飛んできた、副会長とやらの発案らしい。
「ま、まあ…元の世界では論文を何本か世に出してましたし? 出版についても既に一冊は経験があるので無理ではないですが…逆によろしいのでしょうか?」
元の世界で約一年前に出版された私の著書『付与理論大全』は、出版から日が浅い内から既に世の付与師…及び付与師候補たちのバイブルとしての地位を固めている…まあ、いわばそれなりのベストセラーな訳だが、それはあくまで私の知名度と付与魔法への専門性ありきだ。魔法が完全にファンタジー扱いのこの世界で受け入れられるかは怪しいものだし、世の能力者たちが秘匿している念と、混同されてしまう恐れすらある。
「それに魔法は適性が無いと使えませんし…最悪の場合、この世界の人たちには誰も使えなくて、
「その懸念は尤もじゃが…ワシとしても折角の未知の力と、その理屈を説明できる唯一の存在が、人知れず元の世界に帰ってしまうことの方が余程、人類にとっての損失だと捉えておる。まあなに、出版の前に協会員をサンプルに実証するとも言っておったから、オカルト扱いについては心配はいらん。こればかりは奇妙なことに、
念能力者最大のコミュニティである心源流拳法の長であり、ハンター協会の会長でもある御仁にこうまで乞われてしまっては…断ることも難しい。私は元の世界では講師でもあるのだ。学びたい、知りたいと願う人間に対して、その門戸を開かない訳にもいかない。
……草稿提出の時点でそれ相応の謝礼も出すし、草稿さえ渡してくれればあとはこちらで実証・精査・検閲のうえ、問題なければ勝手に出版するという話であるため、まあそれならばと最終的に了承した。いつまでこの世界に居られるかは分からないが、出版後は印税もきっちり納めてくれるらしい。
「私の専門である付与も、魔法の一種に過ぎません。ですが…全属性を扱える者としてそれなりの自負はあります。魔法を一切知らない人でも初歩的な魔法を扱えるような。初歩を学んだ人にはその応用の助けになるような。そんな本を執筆してみますね!」
「うむ。よろしく頼むぞ。それがお主のハンターとしての初仕事じゃ!…くれぐれも帰る前にお願いするぞ?」
……安請け合いしてしまったような気がするが、幸い私はかなり筆が早い方だ。魔法理論の基礎と少々の応用程度であれば、草稿の執筆自体は百時間もあれば足りる。どうせ船の手配などには時間が掛かるし、天空闘技場にも向かう。件の島に到着したからといって、それですんなり帰れるわけでもないはずだ。そう考えれば時間は十分にあるし、きっとそこまで悪い話でもない。
(私がこの世界に確かに居たという証を一つ、残してみるのも悪くない…かな?)
▽ ▽ ▽
「お待たせ! 結構待たせちゃったかな?」
「あっお姉さん! 待ったといっても三十分くらいだし…そんなに待ってないよ! どんなこと話してたの?」
「う~ん…元の世界に帰るための手掛かりだったり…学術書の執筆依頼とかかな?」
流石にロードの能力やその他の細かい話までは伏せたが、ゴン君たちには今後の方針だったりを軽く説明。その御返しとばかりに今度はゴン君達の今後の方針についても話してくれた。…やはり彼らはキルアと一緒に彼の実家までついて行くようだ。私は行くつもりはないけど…ギタラクル…はもうイルミでいいか。イルミの様子だけ教えてくれるようにキルアにお願いする。
(命懸けの戦いの中での不可抗力とはいえ…足一つ完全に潰してるからね。もしかすると恨まれてるかもしれないし…キルアを通じて様子だけは知っておきたい)
家まで行ったら、待ってましたとばかりに奇襲返しされる恐れすらある。それ故に、私としても、キルアの家に行くのは若干躊躇われる話だったりするのだ。
(仮にイルミ本人が赦しても、周りがそうとも限らないしね…。)
「えー、あんま会いたくないんだけどな…。というか家にいるかすら分からないし。まあ、会ったら話くらいは聞いておくよ。」
「それでは私たちはそろそろククルーマウンテンに向かう……そちらも達者でな。」
「……俺はあんたと飲み比べは一生しねえ。でもまっ昨日は楽しかったぜ! 今度はゆっくり飲もうな!」
「キルアの家は天空闘技場と同じ大陸にあるらしいから、俺とキルアはすぐそっちに行くよー!」
四者四様に別れを告げて、残るは私とヒソカの二人だけだ。
「さて…それじゃ行こうか♥ 僕らの巣へ♥」
「師匠、第一声としては最低の部類ですよそれ……普通に天空闘技場と言ってください。」
「使える使えないに関わらず、愛読書にしようかな♥」と言ってくれるのは、執筆者としては仮に世辞でも嬉しく思う。完成の暁には、特別に作者直々に草稿のコピーを進呈してあげよう。
(初歩的な魔法…より先に魔力とは何ぞやって話から先の方が良いよね。私の世界とは根源が異なる可能性も高いけど、この世界の空気中にも魔力を感じるのもまた事実。その辺りを可能な限り理屈立てた上で、具体的な運用方法について説明出来れば十分かな…? まあ内容自体は初歩も初歩、一番最初に習う概念の説明だ。掲載する魔法も、適性さえあれば大半が数週間で習得できるような、簡単なものばかりで固めておこう。応用についてはいくつかの注意点だけを載せておいて、下手に縛らず自由に鍛えられるような形にしようかな…? あまり高レベルの魔法となると、そもそも私が使えないからね……付与以外。)
付与に限れば世界一だという確信はあるのだけど…好きに書いたらそれこそ内容が『付与理論大全』と同じになってしまう。依頼されているのはあくまでこの世界に魔法という力の概念を教えるための学術書だろうと自重して、初等レベルを意識した内容を、丁寧に過不足なく文面に落とし込み続ける。
(結構いいペースだね…合間合間でも一か月は必要なさそうかな…)
久方ぶりの執筆に筆が乗り…そのまま八時間が経過して飛行船内が消灯されるまで、私は一心不乱に執筆作業を進めていたようだ。
集中が切れたそのタイミングで、私はふと船の手配を思い出し、
要件を残したあたりで限界が来たのか、強い眠気に襲われる…今日頑張ってくれたロード達の可愛い寝顔を見て癒された後、私もまたいそいそと毛布に包まり、穏やかに目を閉じて眠るのであった。
▽ ▽ ▽
――天空闘技場
その入口付近…もの凄く目立つ位置に鎮座する屋台の幟が視界を襲う。
◇◇紫華の付与師 全試合映像販売所◇◇
◇◇超限定ディレクターズカット版は200階受付まで◇◇
「………………」
「♠」
「へいへいへいへい! そこの兄さん、マッチョなおっさん! 腕試しにヨシ! 一攫千金にもヨシ! 野蛮人の聖地、血沸き肉躍る天空闘技場へようこそ! 今日から参戦? それとも観戦? どっちにしたって損はなし! ならばついでに買っていきな! ここはあの『紫華の付与師』全試合映像販売所!!
クー子様の雄姿を丸っと収録!見逃したなら買うしかない!一度観たってもう一回!」
「……………あの」
「♣」
「そしてそして大本命! 超限定ディレクターズカット版! 通常版じゃ見られない!ファン垂涎の特別編集! たーだここじゃあ買わせねえ! たっぷり見たいなら二百階へ! 買いたきゃてめーで勝ちあがれ!! 試合に勝って、勝って、勝ち進み、辿り着いたその先で、彼女の勇姿を持ち帰るんだ!! その暁にはこの私、紫華の実況師がおめーの試合を実況してやる!!」
「………なんか言ってくださいよ?」
「僕も買おうかな♥ 限定版♥」
もうやだ帰りたい…あっ家ないからここが帰る場所だった…泣いて良いかなあ?
▽ ▽ ▽
――200階闘士専用個室。
ハンター試験の受験者が私のことを知ってた理由はもう十分伝わったので、かつてお世話になったまとめサイトには目を通していない。見たくないものまで見てしまいそうだ。
(いや…別に実況ちゃんに怒ってる訳ではないんだけどね? 私がここを離れる時に『紫華の付与師』の異名を広げますとは宣言していたし、それを了承したのも私だ。試合映像の販売自体も天空闘技場側の正式な権利なので、とやかく言う権利はどこにもない。実況ちゃんが売り子やってたのは謎だけど…)
結局あの後実況ちゃんには声を掛けれていない…というか掛ける勇気が湧かなかった。それなりの人が私の試合映像買ってたし…というか多分転売目的の人までいた。たしかここの試合映像は現地でしか買えなかったはずなので、そういう意味でも一定の需要があるのは分からなくもない。
ヒソカはヒソカで試合の申請を提出したかと思えば「暫く別行動♥」とそのまま別れてしまったし…私としても留守電の相手…メンチさんからの返信待ちなとこもあるので特段やることが無い。久しぶりにリールベルトさんあたりに会いに行ってもいいのだが、どうにも気力が湧かず…もういいやと開き直って執筆作業に没頭する。
三時間執筆して…『念』を付与してから二時間『練』して…一時間『絶』して…三時間執筆する。そのサイクルを繰り返して夜が来たら酒飲んで眠る…。なんだかなあともモヤモヤしていた気持ちも、酔いが回って「別に誰も悪くないか」と思いなおすと不思議とすっきりしてよく眠れた。
翌朝に目が覚めてシャワーを浴び終える頃にはすっかり機嫌も良くなっていたので、我ながら単純だなあと思いながらも軽くストレッチをして体をほぐし、いつもの杖を握って部屋を出た。
『試合決定 リールベルト VS ヒソカ・モロウ』
私はこの時、自室のテレビに映るこの掲示に、気付いてはいなかった。
実は四次試験中にゴンに乞われて少し魔法を教えてましたが、理解する前に何度か爆発したので諦めました。 (実は適性もないので仮に理解してても完全に無駄骨)
クー子除く本作の主要キャラでの魔法適性ありは、一名だけを想定しています。