小瓶の中身を振り撒くことで、食獣植物地帯を突破して塔の麓まで足を運んだ一行。
「あそこに門番ぽいのがいるな。アルカ、何か
「あい。……んーここは……ダンジョン? みたいだよ。お兄ちゃんとゴンが喜んでるね……ヒソカさんも、中に入ってからは確信したみたいだよ。少なくとも、入った直後は安全みたい」
『《
アルカの予知魔法――正確には、魔法と念能力を融合させたその力は、キルアを起点として生じる未来を視ることができる。時間的に遠い未来ほど精度は落ちるが、直近の未来であればかなり正確に見通せるのだ。さらに、何度も予知を繰り返して未来を確かめることで、予知によって変化した先の展開まで織り込んだ予知が可能となる。そのため、幾重にも罠が仕掛けられた回避困難な破滅の未来でさえ、逃れる道を見つけ出せる。
ダンジョンと聞いて浮足立つゴンであるが、ヒソカとキルアは未だ慎重である。アルカの予知の精度は高いが、暗黒大陸では基本的に数時間後までの予知を三度繰り返すことを行動の前提としている都合上、鵜呑みにするには少々早い。
「……ふぅ。分岐含めて繰り返しで沢山視たよ。
少し疲れたから、一時間くらいは能力使えないかも」
オーラと魔力を消耗して脱力…これ見よがしにキルアに寄り掛かるアルカであるが、三度繰り返して能力を行使することでかなりの情報を事前に得ることが出来たようだ。理不尽な初見殺しが跋扈する暗黒大陸の探索において、これ以上に有用な能力は数少ないであろう。
「ここは一度に六人までが入れる<天空の異塔>てダンジョンで、あそこの門番さん達は、ここの出入りを管理しているんだって。どうにも頂上は異世界に通じてるかも…? て話で、
塔の内部は異空間となっているが、上の階層に進むための階段のようなものが奥地には設置されているとのこと。上に進むたびに入手出来るアイテムは強力になる傾向にあるそうだが、それに比例するかの如く、出現する魔物やギミックも相応に危険なものとなる。この暗黒大陸を基準にして尚、それでも危険とされる環境ともなれば、その恐ろしさは推して知るべしというものである。
ちなみに現時点での最高到達階は13階だそうだが…各階層の入口には直通のポータルが設置されているようで、最高到達階までの移動自体はそう難しくはないそうである。
「取り敢えず門番の魔獣と会話すっか。なんつーか急にゲームみたいになったな…よく見れば、塔の周辺で食料とか装備品まで売ってるぽいし…」
「宿もあるみたいだよ♦ 暗黒大陸でも人と同じように暮らす魔獣の集落は幾つか見かけたけど、まるでここは彼女が言っていた探索都市みたいだね♥」
「でもここにいるのは多分十数人程度だから、都市は言い過ぎじゃないかな?」
胸元の紫華のブローチを愛おしげに擦りながらも上機嫌に語り掛けるヒソカに対し、一周回って少し冷静になってきたゴンが言葉を返す。――暗黒大陸に暮らす存在が、少ないながらも常駐して管理している未知のダンジョン。そんな非現実的でありながらも、12歳の頃から抱え続けていた夢が叶う瞬間を前に、青年の心は過去最高にワクワクしていた。
それから約一時間後。
周囲の魔獣からの聞き取りや食料などの補充、装備品の物々交換等を終え、ダンジョンに挑むヒソカ達。
「いきなり13階挑戦は危険だよ。まず私が死んで、次にゴンが死んじゃうね。お兄ちゃん相手でも普通についてくる魔物が沢山いるから、身体を慣らして装備も整えないと厳しいかも?」
というアルカからのありがたい助言に従い、まずは大人しく1階からのスタートとなる。
「まあ怪獣討伐を依頼してきた審査役の魔獣がOK出してる時点で、1階でも瞬殺なんてこたぁないだろ。折角だし、過程を楽しもうぜ? ゴンの親父さんも言ってたしな!」
「うん! 折角なら、全階層踏破したいね!」
▽ ▽ ▽
――七時間後 <天空の異塔_2階>
「だああああああああ馬鹿! 鬼畜難度過ぎだろ!! 1階のボス…階層主? とかいうのが、
「……あい。ううぅ。またお兄ちゃんが死んじゃうの視ちゃった…ヨヨヨ。私は以下略」
「アルカちゃんいなかったら、多分もう五回は死んでるよね…俺たち」
「僕が死ぬ前に大抵キルアが死ぬから、今のところ僕が死ぬ状況は1回しか聞けてないんだよネ♣
そこだけは、チョット物足りないかな?」
「俺としては、ヒソカでも酸欠は駄目なのは意外だったかな?
もう完全に人間辞めてると思ってたんだけど…実はそうでもないんだね?」
「ゴン♥ 随分と酷い言い草じゃないか♦
僕はちょっと
1階の階層主である≪甲殻爆獣テオカニス≫を撃破した一行は、そのまま2階へと歩を進めたのであるが…そこに待つのは即死ギミックのオンパレードである。
扉に近づくだけで大爆発してヒソカ以外が全滅したり、死亡と同時に呪詛を撒き散らす魔物によりキルアが呪われたり、幻覚を見せられたゴンが『グー』でアルカをぶちのめそうとしたり、アルカの飲料水がいつの間にか別物にすり替わったことで、下腹部から赤子大の〇〇〇を〇〇したりと…R18G展開を延々と視せられ続けたアルカの精神は、他の三人と比較して大きく疲弊していた。
「……アルカがそろそろ限界だ。一旦戻るべきだと思うが、どうだ?」
「一度安全な場所で拾得物を加工したりもしたいし、俺も戻るのに賛成かな?」
「あっ待って待って! 1Fまで戻るよりは、この先の階層主を倒した方が良いよ! 予知はそっち方面を重点的に視たし、ちゃんと勝算もある! 倒せればポータルで安全に帰れるから、私オススメ!」
少し開けた、他よりは少々安全そうな部屋の中央で座りこんだアルカが、自信をもってそう提案する。座布団代わりにしているのは、1階の階層主の甲殻……他の身体は消滅したのに何故か残っていた。またその甲殻には、爆発の熱や衝撃を完全に防いでくれるという特性があり、素材として紛れもなく一級品である。
彼らの活動指針決定の大半が彼女の予知に依存している関係上、アルカの提案が無視されることは殆どない。予知によって得た情報アドバンテージを最大限に活かす方向で、彼らは次の階層主に向けた戦術の構築を始めた。
▽ ▽ ▽
立ち塞がる巨大な扉の前で、前準備と最終確認が行われる。
扉から漏れ出る魔力についてはゴン以外の三人が感知しているため、ここに階層主がいることは間違いがない。
「ゴンと俺は『
「そうだよ♥ とはいえ最大でも三体までが限度だけどね♥ 専用の呪具やマジックアイテムでもあれば違うのだろうけど、まだまだこの世界では開発が難しいみたいだ♣ 分身は劣化コピーで出力は著しく下がるけど、それでも並の能力者よりは数段強い♦」
「あとはお兄ちゃんが私をおぶってくれれば…数秒先の予知と指示出しに専念出来るね!
ギュッと抱き着けば両手も空くし……多分これが一番生存率が高いと思うよ?」
「ヨシ!行こう! お姉さんも一回の探索で二階層突破出来れば上出来って…言ってた気がする!」
なにぶん既に十年近く前の話である。ゴンは少々自信なさげであったが、まあいいやと切り替えて本日二回目の階層主戦に脳を切り替える。既に相手の情報は割れているのだ。作戦がうまく嵌れば、全員無傷での快勝も狙える相手だろう。最も防御能力が高いヒソカ…の分身が率先して扉を開き、物理法則を無視した広さの闘技場のような空間の中央に漂う、謎の黒い塊とのご対面である。その黒い塊は何度か激しい脈動を繰り返し、ついには大きく変形を始めた。
黒い塊が変形を終えた瞬間、アルカはキルアの背中にしっかりと抱きついたまま、敵の姿を確認した。
それは巨大な人型の階層主。全身は黒い金属のような外殻に覆われ、頭部には顔のパーツもないつるりとした球体のみ。左右非対称の腕は、右腕が幾重にも刃を重ねたような形状、左腕が砲身を思わせる円筒状の器官へと変化していた。細長い脚部に、背中から放射状に突き出した無数の黒い棘。生物というより、殺戮のために組み上げられた兵器と表現するのが相応しい。
「右腕の付け根が弱点! 左腕から衝撃波、そのあと背中の棘が飛んでくるよ!
順番通りだから、慌てなくて大丈夫!」
「了解。まずは左腕に気をつければいいんだな」
キルアは背中のアルカが落ちないように片腕を添えながら、敵の全身を視界に収めた。『神速《カンムル》』を維持したまま、いつでも回避に移れるよう重心を低くする。
「ゴン、右腕の付け根だ。アルカの指示に合わせて攻めるぞ」
「うん! 攻撃方法と弱点まで分かってるんだ。初見で戦うより、ずっと有利だよね!」
ゴンは拳を握り、階層主の動きを注視した。予知で敵の情報を得ている以上、変形した姿に驚く必要はない。問題は、攻撃を実際に回避し、弱点へ攻撃を通せるかどうかだ。
「それじゃ、予定通りに動くよ♥ 分身二体、先行しておいで♦」
二体の分身は左右に散開し、巨大な敵へ向かって駆け出した。
その瞬間、敵の左腕が膨張する。
「来るよ! 地面全域を対象に衝撃波! 跳んで避けても背中の棘が飛んでくる!」
「ゴン、一回跳べ!」
「分かった!」
ゴンが床を蹴り、キルアもアルカを背負ったまま跳躍する。二人が衝撃波をかわした直後、背中の棘が雨のように降り注いだ。闘技場の床が崩壊する中、ヒソカの分身たちはそのまま、衝撃波も棘をすり抜けて無傷のまま敵へ迫る。階層主の身体には既に複数の『
当然階層主側もそのような状況をを良しとする筈もなく、パーツのない頭部が横にビシリと罅割れ、大きな口のようなものを形成。そのまま生物の魂を直接変質させてしまうような、異質な咆哮が分身達を襲った。ヒソカの姿を模した分身達はそれに耐え切れず、身体がボロボロと崩れていく。このままでは、あと五秒と保たずに消滅するだろう。
「おやおや、ずいぶんと容赦がないね♦ あれはちょっと防げてないかも♠」
「感心してる場合かよ!」
「でも、敵の注意は引きつけられてる。問題ないよ♥」
分身が階層主の正面を引きつける隙に、本体のヒソカが側面へ回り込んだ。
「ゴン、今なら行ける! 右側から回り込んで、腕の付け根を狙って!」
「よし! 最初はグー!ジャン!ケン!」
そのまま拳にオーラを溜めながらも『
『チー!!』
凝縮されたオーラを纏った、局部破壊に特化したチーの拳が衝突し、轟音とともに外殻が砕け散った。
しかし、急所となる結晶そのものは
「っ、硬い!」
ヒビは入った! しかしその硬さに少し怯んでしまったゴンを狙うように、刃を重ねたような形状の右腕が伸び、その身体を切り裂かんとする…が、その場には既にゴンはいない。『
「ゴン! あともう一発いけるか? 確実に効いてるから、それでイケる」
「大きな動きはガムで封じてるけど、もう分身は消えちゃう。
左腕の攻撃の対処はヒソカさんがお願い! 考えてる通りできっとイケるよ!」
「OK♥ 勝算がある賭けって楽でイイね♦」
魂を変質させる咆哮によりついに消滅してしまった二体の分身。それにより今まで封じられていた身動きがとれると、少し距離を置こうとした階層主であったが…失敗。気付いた頃には脚にも粘着質なガムが纏わりつき、その移動を強く制限させていた。その下手人は、勿論本体のヒソカである。
次のターゲットをヒソカとし、左腕の砲塔を向ける階層主。
既に相手の別位相への退避は
『ガム――解除♥』
階層主の近くの『
一瞬で相手の間合いへと到達したヒソカのスプリングで強化された『硬』のパンチが砲塔に叩き込まれ、その発射口の向きをズラす。ズラした先は…そのつるりとした顔面である。
ドォォオオオオオオオオオオオン
空間そのものを破壊するかのような恐ろしい爆音が響き――
階層主の首から上は、完全に消滅していた。
どうやら明確な弱点でなくとも大きなダメージを受けたのか、階層主はグラグラとふらついている。
「ゴン!」
「分かってる! 最初はグー!!」
二発目の渾身の『チー』が再び急所の結晶に叩き込まれ…粉々に砕け散る。
その瞬間に階層主はその機能を止め、サラサラと砂のように崩れて消滅。
その砂の中には…キラリと光る黒いネックレスのようなものが遺されていた。
「……うん! これで撃破だよ! 意地悪なギミックも無いから大丈夫! みんなお疲れ様!!」
「ふぅ……いや本当、感知に優れた魔法使いとか、それこそクー子とかなら『魔力反応消滅。沈静化確認!』とか言えるんだろーけどさあ。敵倒してもぜんっぜん安心出来ねーのよ…アルカはありがとうな。精神的に滅茶苦茶助かるぜ?」
「ふぇへへへへ…お兄ちゃんに褒められた!もっと褒めて!イイ子イイ子して!!」
「戯れるのはポータルで戻ってからにしたらどうだい? このネックレスは僕が回収するけど、装着した際の効果確認も予知をするのが無難……クーデリアの世界においてこういうものの調査は、専門の研究所がやっていたらしいのだけどね♦ 僕らは地道に検証するしかないのだからもう大変さ♣」
「俺たちが暗黒大陸に来てからは、この辺りはずっとアルカちゃんに頼り切りだよね?
うぅ…お姉さんにおんぶにだっこだった時代の記憶が…」
何やら己の不甲斐ない時代の記憶に悩まされる一人の若人こそいたが、彼ら四人は五体満足で<天空の異塔>を脱出した。特異ダンジョンに匹敵するそれを、初見にて二階層分踏破するという大偉業の達成である。とはいえ最上階どころか、現時点の最高到達階にすらまだ遠いこともまた事実。
今後暫くの彼らの探索拠点は、この塔になることであろう。
十年前。なんか世界をぶった斬った方がいらっしゃいましたね…
今回のダンジョンは、その余波みたいなもんです。
ノルン「知らん、そんな事は私の管轄外だ」
ロード「我も知らんぞ?」