魔法少女リリカルなのはStrikerS ~STAR HAWK:Lone Flight~ 作:マジフジ
『魔法少女リリカルなのはStrikerS』の二次創作です。
オリジナルキャラクターが登場します。
原作の流れを尊重しつつ、独自解釈・オリジナル展開を含みます。苦手な方はご注意ください。
衛星軌道拘置施設――
薄い白色灯に照らされた面会室で、男と女が一枚の強化ガラスを挟んで向かい合っていた。男は背もたれに深く身体を預け、奥から鋭い視線を投げる。
「今さら面会かよ。管理局もずいぶん暇になったな」
対する女――八神はやては、肩をすくめるでもなく、いつもの調子で口を開いた。
「暇やない。むしろ火の手が増えてきとる」
「それで俺のところか。物好きだな」
ホーク・ネヴィル――かつて無許可戦闘行動による拘束対象として記録された男。元暴走族でも傭兵でもない。ただ一つだけ言えるのは、戦場に現れた瞬間だけ、その場の最適解”なる人間だったということだ。
はやては机に手を置き、単刀直入に本題を切り出した。
「ホーク。あんたには、六課に来てほしい」
男の目が細くなる。あまりに唐突な提案だった。管理局の頭のネジが吹き飛んだのかと疑うが、それを皮肉るよりも先に、はやてが言葉を重ねる。
「戦力が足りへん。特に空の即応が」
「なら他を当たれ。俺は協力的な兵士じゃない」ホークは鼻で笑った。
「知っとる」
想定済みだと言わんばかりの即答に、ホークの視線がわずかに揺れる。はやては静かに続けた。
「でもな、今の局は正しいやつじゃなくて、間に合うやつが要る」
沈黙が室内の空気を重くする。ホークは一度視線を落とし、短く息を吐いた。
「条件がある」
「何や?」
「あんたらの“押収物資”は返してもらう」
「あの戦闘機……ブルー・メテオも、か?」
「当然だ」
はやては一瞬だけ目を細めたが、すぐに頷いた。
「ええよ。ただし管理下や。好き勝手はさせへん」
「上等だ」
違法要素の塊だ、無条件で戻るとは思っていない。鳥籠の中の退屈に飼い殺されるよりは、機動六課の提案に乗る方がいくらかマシだ。過去にジェイル・スカリエッティの研究所へ仕掛けた妨害工作。過去のその実績を含め、互いに利用価値があるのは分かっている。ホークにとって、これ以上の選択肢はなかった。
考えをまとめていると、背後で重苦しい駆動音が響いた。面会室の扉が開く。普段と変わらないはずのその音が、やけに軽く、そして冷たく聞こえた。
はやてが視線を上げると、廊下に二つの人影が立っていた。
一人は管理局制服を着た大柄な男――ゲンヤ・ナカジマ。そしてもう一人は、その横に立つ少女――ギンガ・ナカジマ。
ホークの視線が、その瞬間だけ微かに凍りついた。気まずさから目を逸らしそうになるのを、辛うじて踏みとどまる。ここで逃げれば余計に拗れる。男はポーカーフェイスを崩さないまま、ガラス越しに視線を受け止めた。
「揃いも揃って顔が広いな。久しぶりだな」
ゲンヤは苦笑するでもなく、まっすぐにホークを見据える。
「感激の再会とはいかないな」
「相変わらずだな、お前は」
交わされる言葉は軽口のようでありながら、面会室を支配する空気は硬く張り詰めていく。ギンガは一歩、前に踏み出していた。だが、その足は半端な位置で止まっている。だらりと下ろされた拳は、白くなるほど強く握りしめられ、微かに震えていた。その拳を振り上げるわけでも、下ろすわけでもない。ただ、胸の内で暴れる衝動を必死に抑え込んでいる。
「あなた……何しに戻ってきたのよ」地を這うような低い声が、強化ガラスを微かに震わせた。
「仕事だ」
ホークが淡々と応じた瞬間、ギンガの表情が弾けた。
「仕事? ふざけないで!!」
部屋の空気を引き裂くような怒号が、面会室の壁に鋭くこだまする。その隣で、ゲンヤが小さく、深く、溜息を吐き出した。
「やめろ、ギンガ」
「でも父さん!」
「今は違う」
その一言で、ギンガは一瞬だけ口を閉ざした。だが、射殺さんばかりの視線はホークから外さない。
一触即発の空気を遮るように、はやてが人差し指でトントンと軽く机を叩いた。
「まぁまぁ、ここは面会室やしな。喧嘩する場所ちゃうよ」
努めて軽い調子を装うが、凍りついた空気は戻らない。ホークは他人事のように、興味なさそうに肩をすくめた。
ゲンヤが一歩前に出る。
「用があるならさっさと言え」
「管理局としての手続きだ。お前の仮釈放に関する審査はすでに通っている」
ホークの目が、不審げに細くなった。
「随分と早いお着きだな」
「条件付きだがな」
ゲンヤの言葉を引き継ぎ、はやてが淡々と書類を並べた。
「機動六課への配属、暫定戦力としての運用、常に監視と逃亡防止措置を付ける。……まぁ、一から十までフルで監視付き、言うこっちゃな」
「監視付きの兵隊か」ホークは自嘲気味に鼻で笑った。
「似たようなもんやな」はやては肯定も否定もせず、ビジネスライクに言い切った。
その態度に、ギンガが耐えかねたように身を乗り出す。
「ふざけないで……!」声も、肩も、怒りで小刻みに震えていた。
「六課に所属だなんて、そんな軽い話じゃないでしょ……! あなたは、ずっと逃げていたじゃない!」
絞り出すような非難に、面会室が静まり返る。
士官学校時代、指名手配犯となったホークと幾度も遭遇し、そのたびに鮮やかに逃げ亡せられた苦い過去が、ギンガの脳裏に蘇っていた。その大悪党が、今やのうのうと公的な部隊に迎え入れられようとしている。彼女の正義感が、それをどうしても拒絶していた。
沈黙は短く、しかし妙に重い。
「逃げていた?」
ホークが低く呟き、沈黙を破った。
「なら――お前は、何から俺を見ていた?」
「そこまでだ」
荒れ狂いかけた空気を、ゲンヤの重低音が制した。
「これは決定事項だ」
ホークはそれ以上追及せず、ふいと視線を外した。
「勝手にしろ」
「ほな、決まりやな」
はやてが小さく手を叩いた。
――それからの手続きは、二人の言葉通り迅速だった。
衛星軌道拘置施設の廊下は無機質で、足音さえ吸い込まれていく。
ホークは両手を拘束されることもなく、ただ厳重な監視付きで歩いていた。その「自由」が逆に不気味なのか、隣を歩く護送局員の横顔は岩のように硬い。
「こちら、移送ゲートです」
「助かる」
開かれたゲートの先は地上。そして、機動六課。
ゲンヤが足を止め、振り返った。
「ギンガは後で合流させる」
「そうか」
「お前から、あいつに伝えておくことはあるか?」
ホークは少しだけ視線を落として考え、短く吐き捨てた。
「別に」
直後、ホークの視線がほんのわずかだけ、ゲンヤの背後の虚空を彷彿とさせた。そこにいない「誰か」の幻影を一瞬だけ追うような、微かな目の動き。
だが、それも一瞬だった。
「行くぞ」
ゲートが開き、眩い白い光が差し込む。拘置施設の冷たく無機質な空気が、地上の外気に押し流されて消えていく。それと同時に、別ルートを経由して、ブルー・メテオの再起動許可通知が送信されていた。
機動六課基地、整備ドック。
重厚な格納庫の隔壁が、駆動音を響かせてゆっくりと左右に開いていく。
そこに鎮座する、巨大な影。
鮮烈な青を纏った戦闘機――ブルー・メテオ。
整備員が手元の端末を素早く叩く。
『仮運用許可、確認。パイロット認証――ホーク・ネヴィル』
静寂が満ちるドックの中心に、男が立っていた。
ホークは、見上げるほど巨大な愛機を見つめ、無言のままその右翼に触れた。手のひらから伝わる、忘れていた冷たい金属の感触。
その瞬間、彼の瞳から、囚人特有のやさぐれた濁りが完全に消失した。
さっきまで面会室の檻の奥にいた男は、もうどこにもいない。戦場を駆ける、一人の乗り手の目がそこにあった。
「もう会えないと思った」
ぽつり、とホークがつぶやいた。背後で整備員が息を呑む音すら、今の彼には届いていない。
ただ唯一無二の相棒に、それだけを伝えたかった。二度と日の目を浴びることも、ともにフライトをすることもないと、檻の中で半ば諦めていたのだから。
しばらくして、その静寂を破るように金属の床を鳴らす足音が近づいてきた。ゲンヤだった。
「行くぞ」短く指示が飛ぶ。
「……ああ」
ホークは愛機から視線を外さないまま、わずかに頷いた。
時間にしてほんのわずかな再会。だが、それだけで十分だった。
格納ドックを出る通路には、拘置施設特有の白い光が続いていた。
影を作らない人工的な明るさは、どこまでも人間の感情を薄く見せる。その出口の前で、ゲンヤが足を止めた。
「最後だ」ホークが横目で見る。
ゲンヤは何も言わず、軽く顎をしゃくった。挨拶ぐらいしておけという不器用な合図だった。
ホークは一瞬だけ沈黙し、それから一歩下がった。そして、深く頭を下げた。
それは長々と許しを請う礼でもなければ、軍人のような整った敬礼でもない。
ただ一瞬、きちんと過去に「区切り」をつけるための動きだった。囚われた側でも、放り出された側でもない。自分の意思で“ここを出る”という、男なりの線引き。
ギンガの視線が、その動きを刺すように注視している。だがホークはそれを見ないまま、静かに顔を上げた。
「……行くぞ」
その一声と共に、男は外の光へと足を踏み出した。
久しぶりに浴びる外気は、ホークの肌には冷たかった。だが、拘置施設の澱んだ空気に比べれば遥かに軽く、自由だった。機エリアには、一台の黒い輸送車が待機している。
「乗れ」ゲンヤがそう言いながら、後部座席のドアを開けた。
助手席にははやてが座り、残りは後部座席のみ。しかし、そこにはすでにギンガの姿があった。彼女はホークの方を一切見ようとせず、頑なに窓の外を見つめている。背中越しに伝わる拒絶の気配だけで空気が重くなる。ホークは一瞬だけ足を止めたが、すぐに何も言わず乗り込んだ。閉まったドアの音はやけに大きく、車内に響いた。
動き出した送迎車を、重苦しい沈黙が支配する。誰も喋ろうとはせず、ただエンジン音だけが一定のリズムで流れていた。
「まぁ……気まずいんは分かるけどな」
前を向いたまま、はやてが軽くため息をついて沈黙を破った。
だが、誰も答えない。ゲンヤは前を凝視し、ホークもまた沈黙を守っていたが、その視線は隣で窓の外を見つめ続けるギンガの横顔に注がれていた。
「……士官学校のとき」
不意に、ギンガが口を開いた。顔は外を向いたままだ。その声に、ホークの目がわずかに動く。
「あなた、ちゃんと授業に出ていたこと、覚えてる?」
「……出ていた」
「いつも単位ギリギリだったくせに」
淡々とした声だが、明確な棘があった。彼女の視線は、流れていく外の景色に固定されたままだ。
「お前が真面目すぎるんだ」ホークが無機質な返答を返す。
「真面目じゃなきゃ、やっていけないのよ」
「そうか」
そこで一度、会話が途切れた。その間にも、車は静かに目的地へと進んでいく。ギンガは指先で窓の縁をなぞるようにして、頑なにホークの方を振り返ろうとしない。
「……あのときはさ」
窓ガラスに反射するギンガの唇が、再び動いた。
「私のペースについていけたの、ホークだけだった」
ホークは黙って、彼女の背中に向かって言葉を聴く。
「他の誰も無理だった。でも、あなただけは普通に隣にいたのよ」
そこで言葉が途切れ、ギンガは一段と声を低くした。
「それなのに、いなくなった」ホークはわずかに視線を落とす。
「……やるべきことがあった」
「それが一番ムカつくの!」即座に遮る声が返ってきた。
ギンガはホークを見ようともせず、ただ窓ガラスを睨みつけるようにして感情を激しく揺らす。それでも泣き声にはならず、鋭い敵意の声だけをホークにぶつけた。
「そう言えば、こっちが全部納得すると思ってるの?」
詰め寄るような問いに、ホークは答えなかった。いや、答える言葉を持たなかった。
「ギンガ」
ゲンヤが初めて口を開いた。前を見据えたままの、制止を促す低い声。それだけで車内の空気がぴたりと止まる。ギンガは悔しそうに唇を噛み、さらに深く窓の外へと顔を背けた。車は六課へ向かって進んでいく。外の景色が、都市から基地へと、誰にも気づかれないほど自然に移り変わっていく。ホークは窓の外を眺めながら、わずかに息を吐いた。
いよいよだ、という言葉は声にならない。やがて遠くに、巨大な建造物が見えてきた。機動六課本部。空を切るように鋭くそびえ立つその施設は、まるで新しい戦場の入り口のようだった。
「着いたで」
はやてが小さく呟き、車が止まった。
エンジン音が消えた瞬間、世界が耳鳴りするほど静かになる。ホークは一度だけ目を閉じた。そして――ドアが開かれた。
外に出た瞬間、空気が変わった。
今までいた拘置施設の無機質な冷たさとは違う、徹底して統率された空気。肌を刺す緊張感の質が、まるで違っていた。
頭上にのしかかるものは自由というより、管理された空。もっとも、今のホークにとってはどちらでも大差はなかった。
目の前には機動六課本部巨大な構造物が、空を切るようにそびえ立っている。
その影は地上に長く伸び、まるでここへ来た者を試す境界線。
「こっちや」
先行していたはやてが軽く手を振り、その横でゲンヤが周囲を警戒しながら歩き出す。ギンガは無言のまま、二人の後ろを追うように続いた。
ホークは一呼吸おいて、三人に少し遅れて歩き出す。その動きは迷いではなく、ただ周囲の間合いを測っているだけの間だった。
格納エリアに入った瞬間、空気がさらに密度を増す。金属の匂い、整備用オイルの匂い、そして低く響く機械音。
その中心に、ブルー・メテオが鎮座していた。ホークの足が止まる。ほんの一瞬、誰も声を挟めない空白が生まれた。
「仮運用状態。現在は制限モードです」整備員の一人が端末を操作しながら口を開く。
さらにもう一人が、ホークに視線を向けた。
「飛行機能のみ承認。攻撃系統はロックされています」
その言葉は単なる説明ではなく、彼を縛る新たな境界線だった。
本当に自分の相棒が同じ場所にいるのか――もう一度、その感触を確かめたい。ホークが一歩、機体へ向かって踏み出した。
「待て」鋭い制止だった。声の主はゲンヤではなく、背後にいた管理局士官の一人だ。
「接触は許可範囲外だ」ホークは振り返りもせず、低く返した。
「こいつは元々、俺のだ」
「ダメだ。今は管理局の管理下にある」
沈黙が流れる。愛機を無下に扱われることに不快感を滲ませるホークと、監視付きとはいえ、いつまた牙を剥くか分からない男を警戒する士官。張り詰めた睨み合いが数秒続いた。
早くしてくれないか、と訴えるようなギンガの視線が横から刺さる。だが、それでもホークが動じることはなかった。
「……わかったよ」
一息おいて、ホークは士官から滑らかに距離を取り、ギンガたちの元へ戻った。それは引き下がったわけではない。いつか必ず自分の元へ取り戻すという、静かな意思表示だった。
ブルー・メテオはただそこに囚われ、何も言わない。沈黙しているにもかかわらず、主であるホークを待っているような圧倒的な存在感を放っていた。そのまま一行は移動する。格納庫を抜け、エレベーターで上層へ。加速に伴い、身体にかかる重力がわずかに変わる。
――六課中枢区画、隊長クラス専用会議室。
重厚な扉の前に立つと、空気はさらに重くなった。警備は二重、認証は三段階。これはただの視察ではない。解放される獣の観測そのものだった。
扉が左右に開く、中には、すでに先客がいた。
高町なのは。フェイト・T・ハラオウン。そして、はやての右腕たるシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラのヴォルケンリッター四名、そしてリインフォースⅡ。
視線が一斉に、新参者であるホークへと向けられる。管理局最高戦力クラスの面々から放たれるプレッシャーは、肌が痛むほどだった。軽口を叩こうにも、迂闊に言葉を発することすら許されない緊迫感が部屋を満たす。
重苦しい沈黙が、しばらく続いた。
それを最初に破ったのは、ヴィータだった。
「チッ、思ったより若いな」
最初に沈黙を破ったのはヴィータだった。腕を組み、不機嫌そうにホークを睨みつける。
「こいつが例の戦力か」シグナムが値踏みするような冷静な視線でホークを観察する。
「初めまして、かな」なのはは穏やかに微笑んでいた。
しかし、その瞳の奥には鋭い光があり、声のトーンにも平常時とは違う冷徹な響きが含まれている。
「……予想以上に落ち着いているね」フェイトが淡々とホークの佇まいを評価した。
ホークは頭を下げることもなく、ただ彼女たちの視線を真っ向から受け止める。
「どうも」返したのは、それだけの一言だった。
「本当に入れるんですね……」
シャマルが小さく息を吐きながら、困惑を滲ませる。はやては困ったように肩をすくめた。
「入れたんや。背に腹は代えられへん」
そして、会議室にもう一度沈黙が落ちる。それは歓迎でも拒絶でもない。ただホークというイレギュラーな存在を“観測”するための静寂だった。
会議室を出ると、今度はシャマルが先導役を引き継いだ。機動六課内部を案内すると同時に、ホークの行動を監視する役割だ。隊舎区画、執務室、住居エリアなど、整然と区画分けされた施設を回っていく。シャマルの説明は懇切丁寧だったが、ホークの意識は別の場所にあった。
整備区画に差し掛かったとき、ホークの目が真っ先にブルー・メテオを捉えた。士官に遮られたが、改めて見る愛機はオートロックシステムによって厳重に固定されていた。距離はあるが、その存在感は先ほどよりも近くに感じられる。
「やっぱり、気になっちゃいますか?」シャマルが穏やかに問いかける。
「当然だろ」
「説明があった通り、今は管理局の管理下だからね。勝手に動かしちゃダメよ」
そのまま二人は装備室へと歩みを進める。機していた整備班が、ホークの到着に合わせて端末を操作した。
「これが、押収されていた返還物資です」
厳重にロックされていたアタッシュケースが開かれる。
中に収められていたのは、二丁のブラスターと、二種類のリフレクター装置。
「条件付きでの再配備となります」シャマルが横から補足する。
「ブラスターとリフレクターの自由運用は許可されますが、すべての稼働ログは強制的にこちらへ送信されます。状況によっては、遠隔で使用停止措置を取る場合もあります」
ホークはケースの中身を冷徹に見つめ、指先で触れて確認した。
「キチンと全装備ある。問題ない」
自分用にカスタマイズされた精密機器。
管理側が戦闘データの漏洩阻止や不正利用を警戒して、ここまで厳重に扱っている意図は十分に伝わってきた。はやての許可も得ているため、仕様の微調整は追々やればいい。
「失礼いたします」
ノックと共に、一人の小柄な女性が入ってきた。先ほどのなのは達のような前線の魔導師とは違う、明らかに非戦闘員の雰囲気を纏った少女。
「シャリオ・フィニーノです。こちら、新型デバイスの支給に参りました」
少し緊張した声色。無理もない、急に配属された素性の知れない男など、技術班から見ればイレギュラーそのものだ。
「スペースブーツ型デバイス――『エアレイド』です」
シャリオが開いたアタッシュケースの中には、軽量の装着式ブーツが収められていた。推進機構、短距離ブースト、空中姿勢制御、そして飛行補助。機動性の強化にすべてを特化させた内容だと、彼女は一生懸命に説明した。
「面白いな」
ホークはデバイスを一度見つめ、それから周囲を見渡す。
「使いこなせば、かなりの機動力になります!」シャリオが少し安心したように表情を緩めた。
「十分だ」ホークは短く頷く。
ただの外部戦力、それも監視付きの罪人に対して、ここまでの装備を用意してくれるのは意外だった。重いブーツの手応えを確かめながら、ホークは自分の中の退路が完全に断たれたことを悟る。あとはこの場所でやり遂げるか、それとも死ぬか、二つに一つだ。
案内が終わり、両手にアタッシュケースを持ちながら、与えられた自室へ戻ろうとしたときだった。廊下の大きな窓の向こうに、ブルー・メテオの姿が見えた。夕方の赤い光を受けて、その青い装甲がわずかに揺れているように感じられた。
ホークは足を止め、窓の向こうの愛機を見つめる。
「待っていろ、今に行く」誰にも聞こえない呟き。
ブルー・メテオは囚われていない。再び自分がこの手で空へ連れ出すその日まで、ただ牙を研いでいるだけだ。歩みを止めるわけにはいかない。そう自分に言い聞かせるように、ホークは視線を前へと戻した。
廊下の照明が、足元に長く伸びている。隊舎区画へ向かう途中、背後から一つの気配が近づいてきた。迷いのない一定の歩幅。重く響くその足音だけで、振り返るまでもなく誰なのか分かった。
ギンガだった。ホークは歩みを止めず、ギンガもまた彼を呼び止めない。ただ、一定の距離を保ったまま、彼女はホークの後ろを静かに歩き続けている。車中とはまた違う、妙な沈黙が二人の間に横たわっていた。士官学校時代なら、有り得ない光景だった。当時なら、何かあればすぐに口を開いて突っかかり、ホークもそれを適当に受け流していた。
だが、今は違う。士官学校からの突然の失踪、指名手配されていた空白の期間。
そして、現在。本来あるはずだった二人の時間が、あまりにも長く失われすぎていた。
「ねえ」ようやく、ギンガが沈黙を破った。
「何だ」ホークは歩く速度を落とさなかった。
「一つだけ、聞いていい?」
ホークからの返答はない。同時に、彼は歩みを止めて突き放すような拒絶もしない。
それを肯定と受け取ったのか、ギンガは言葉を続けた。顔は見えないが、その声のトーンから真剣さが伝わってくる。
「どうして……戻ってこようと思ったの? それだけでもいいから、教えてほしい」
たった一つ、彼女が純粋に知りたい問いだった。今まで何度も口にしかけては、飲み込んできた言葉なのだろう。
ホークは歩きながら、少しだけ考えた。適当に嘘をついて誤魔化すこともできたはずだった。
「ケリをつけなきゃならないことが、あったからだ」
車中での冷淡な返答とは違う、踏み込んだ答え。すべてをギンガに伝えるつもりは到底なかったが、今の彼女を適当にあしらうのも、違う気がした。
ただ、肝心なニュアンスをはぐらかしているのは事実だった。背後で、ギンガの眉がわずかに動く気配がした。
「本音は……相変わらず言わないのね」呆れと、どこか諦めの混じった声だった。
「本当にそれだけ?」
ホークはわずかに首を巡らせ、遠くの格納庫にある青い機体へ一度視線をやり、それから前を見つめたまま答えた。
「今は、そうしておいてくれ」ホークはそこで口を閉じた。
ギンガはそれ以上何も言わず、ただその背中を見つめながら黙って歩いている。
「それだけだ」
それ以上は語らない、語れることでもなかった。
ジェイル・スカリエッティとの因縁。ホークの養父が死んだことにより、天涯孤独になったこと。逃亡生活をなぜ続けていたのか。スカリエッティのほんの一部とはいえ、研究施設を爆撃していたのか。
積み重なったものを説明するには言葉が足りなかった。だが、ギンガも追及しなかった。
そのことを聞けば喧嘩になると分かっていた。だから代わりに別のことを伝えることにした、過去のこともそうだが今現在のことも重要な要素のことであるから。
「迷惑だけはかけないで」
「そいつは無理かもな」ホークが即答をした。
あまりの躊躇のない返答に困惑したギンガが止まり、ホークも少し遅れて足を止めた。ギンガは本気で怒っていた。
「挑発のつもり?」
「挑発も何も……俺がいる時点で迷惑だろ」
ホークは真顔だった。冗談なのか本気なのか分からないが、悪気のない顔で普通に返答している姿にギンガは数秒固まり、そして額を押さえた。
「そういうところよ……」深いため息。
それは士官学校時代を思い出すような反応だった。少しまずかったか、と思いながらホークは少しだけ視線を逸らす。
その時だった。別方向から近づいてくる足音。
今度は二人とも分かった、ゲンヤだった。
「お前ら何やってる」呆れた声だった。
「別に」ギンガが即座に答える。
「別にじゃねえだろ」
ゲンヤは二人を交互に見る。
昔から変わらない。片方は真面目、片方は問題児。そして妙なところで噛み合い、実践では効率よく課題はクリアしていく。だから余計に面倒だった。
「ホーク」
「何だ」
「お前の部屋はもう決まってる」
「そうか」
「逃げるなよ」
ホークは一瞬だけ口元を緩めた。本当に一瞬だった。
「逃げるなら来てない」
その返答を聞いて、ゲンヤは「そうか」と短く答えた。
それ以上何も言わない。ホークを完全に信用したわけではないが、少なくとも今は見届けるつもりだった。
ホークは再び歩き出す。
隊舎区画の奥、自分の与えられた部屋へ。
その背中をギンガとゲンヤが見ている。呼び止めることはしない。機動六課の一員としてホーク・ネヴィルは始まったばかりだからだ。
六課での生活では決着をつけなければならない。ギンガとの因縁も、ジェイル・スカリエッティとの決着も。
廊下の奥で扉が閉まる音がした。
静かな夜だったが、だがその静寂は長く続かない。
翌日。
機動六課フォワード候補生選抜試験。
スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター。
二人の運命が動き出そうとしていた。