魔法少女リリカルなのはStrikerS ~STAR HAWK:Lone Flight~   作:マジフジ

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 ミッドチルダ中央区画の市街地では、機動六課とナンバーズの戦闘が激化していた。
 オットーの奇襲によって分断されるスバルとティアナ。エリオとキャロの前にはルーテシアとガリューが立ちはだかり、それぞれが厳しい戦いを強いられる。
 上空ではブルー・メテオが敵の大群を迎撃する一方、ホークは通信を通じて仲間たちを支援する。
 やがてスバルの前に現れたのは、彼女が取り戻すべき大切な存在だった。
 離れた空から届く言葉は、姉妹の戦いに何をもたらすのか。


第21話「届かぬ手、届く声」

 ミッドチルダ中央区画、市街地上空。鉄と硝煙に覆われた街では、無数のガジェットが高層ビルの間を飛び交い、魔力弾の閃光が絶え間なく走っていた。逃げまどう民の悲鳴が街に響き、着弾のたびに外壁が砕け、爆風に煽られたガラス片が舞い上がる。

 主戦場から離れた高層建築の屋上で、オットーは通信端末へ視線を落とした。

『ノーヴェ、ディード、ウエンディ。例の四人がそっちに向かっている』

 平板な報告を聞き、ノーヴェの眉が鋭く跳ね上がる。彼女は拳を握り、関節の駆動部を小さく鳴らした。

『本当か』

『ああ、ただ前とは状況が違う。正面から戦う気で来ている』

 オットーは眼下へ視線を転じた。都市防衛線の後方には、ナンバーズの進路を阻むバリケードが連なり、迎撃態勢を整えたガジェットが滞空している。無機質なセンサーの光が地上を捉えていた。

 そのさらに上空を、一筋の蒼い軌跡が走り抜ける。

 ブルー・メテオは、単なる航空兵器というより、明確な殺意を宿した獰猛な猛禽を思わせる機体だった。交錯する対空砲火を寸分の狂いもなく縫い、敵の照準が定まる前に機首を切り返す。ガジェットの同士討ちを誘発させたかと思えば、射線上に残った機体を蒼いレーザーで撃ち抜き、爆散させていく。機体が進むたびに敵の陣形が削られ、迎撃網に穴が開いていた。

『――それと、注意してほしい』

 オットーの声が再び通信に割り込む。

『あの蒼い航空機もいる』

『……あれか』

 ノーヴェは上空を横切る機影を追った。大気を引き裂く轟音が屋上まで届く頃には、ブルー・メテオはすでに視界の彼方へ抜けている。速度だけでも飛行型ガジェットでは追随が難しい。こちらが迎撃態勢を整える頃には狙いを変え、戦場の配置と敵の反応を先読みして陣形を切り崩していた。

『なーに、望むところっスよ』

 ウエンディは口笛を吹き、挑発するようにライディングボードの端を靴先で叩いた。

『ゆりかご制圧前に地上本部を制圧。司令部を抑えたい。状況に対する不確定要素はなるべく排除する』

 オットーの通告が、三人の間に流れていた軽口を断ち切った。ノーヴェの指が止まり、ウエンディの口元から笑みが薄れていく。

『つまり、あいつらも……あの戦闘機も、まとめて潰せばいいんだな』

 ノーヴェが拳を握り込んだ。装甲の隙間から駆動音が漏れ、彼女の視線は青い残光が消えた空の一点に据えられていた。

『そういうこと』

 通信はそこで途絶した。

 ビルの谷間から輸送ヘリが姿を現し、スバル、ティアナ、エリオ、キャロが地上部隊とともに降下を開始する。

 上空ではブルー・メテオが旋回していた。ホークは敵の密集地帯を一瞥し、操縦桿を傾ける。

「……随分と数が多いな」

 レーダーを埋める敵影を見つめ、ホークは低く呟いた。撃破した反応が消えても、新たな敵影がすぐに画面を埋めていく。

 ホークは表示を切り替え、フォワードの位置を確かめた。四人は地上部隊と連携して前進しており、周囲にガジェットの接近は見られない。

「ま、あいつらなら問題ねぇか」

 ブルー・メテオが出力を上げる。シートがホークの背を押し、機体は蒼い残光を引いてガジェットの編隊へ肉薄した。レーザーが装甲を貫き、爆発の光を置き去りに次の標的へ進路を移していく。

「行くわよ」

「はい!」

 ホークが上空でガジェットと交戦している同時刻、フォワードの四人も交戦ポイントへ走り出していた。

 地上部隊と連携して市街地への侵入を阻止する。そのために廃棄都市を抜け、敵の進路を塞がなければならない。

 崩れた高架道路の上を、四人が互いの位置を確かめながら駆けていく。亀裂の走る舗装面を踏むたび、細かなコンクリート片が欄干の向こうへ転がり落ちた。

 ミッドチルダ中央区画は見る影もなく荒廃していた。窓を失ったビルから鉄骨が突き出し、瓦礫の隙間には熱で歪んだ金属片や機械の残骸が埋もれている。街は敵味方を分けるだけの無機質な地形へ変わりつつあった。

 大通りを駆け抜けるスバルとティアナの頭上では、フリードが建物の間を低空飛行していた。エリオとキャロは背の上で体勢を保ち、煙の向こうを見定めている。

 不意に、キャロが顔を上げた。廃ビルを覆う煙の中に、周囲とは異質な魔力の反応が滲んでいる。

「……! フリード!!」

 羽ばたきの風に煽られ、エリオは背を低くし、キャロは手綱を握りしめた。

 視線の先、半壊した廃ビルの屋上で紫色の長い髪が風に揺れていた。煙の向こうにいる少女は、戦場から切り離されたように佇んでいる。

「ルーテシア……!」

 その傍らには、巨大な召喚獣ガリューが立っていた。硬質な外殻に覆われた体躯が、崩れかけた屋上の輪郭を押し潰すほどの威圧感を放っている。地上を疾駆するティアナも、その姿を捉えると視線を鋭くした。走りながら、相手との距離と地形を組み立て直していく。

「予定変更、ね」

 ティアナは短く言い、スバルへ顔を向けた。

「あの子を先に抑えるわよ、スバル!」

「うん!」

 スバルは頷き、拳を握り込んだ。手首の装備が噛み合う。

「ウィング――」

 ウィングロードを展開し、反撃の号令を続けようとした、その瞬間だった。

 廃ビルの向こう側、死角から緑色の閃光が二人の間を貫くように一直線に走り、空気を震わせながら距離を詰めた。

「――っ!」

 屋上にいたオットーの手から放たれた『レイストーム』が、並走していたスバルとティアナの間へ正確に撃ち込まれた。着弾と同時に衝撃波が地面を叩き、砕けたアスファルトが二人の足元を跳ねる。互いの動きを読み合っていた連携は、寸断された。

 スバルは辛うじて着地し、ティアナも瓦礫を避けた。二人に息を整える余裕はない。レイストームの着弾によって舞い上がった粉塵の向こうから、別の人影がティアナへ向かって飛び込んでくる。戦闘機人ディードだった。

 彼女は着地の反動を殺すように足を踏み込み、手にした刃へ魔力を集中させる。スバルとの連携を断たれた直後の隙を逃さず、ティアナの背後へ回り込んでいた。

 背後の空気が鋭く鳴り、殺気を帯びた魔力刃が首筋を狙って迫る。

「くっ……!」

 ティアナは咄嗟に身体を捻り、愛銃クロスミラージュを掲げた。ディードの刃が銃身へ激突し、硬質な金属音とともに接触点から火花が散る。衝撃が腕の骨まで突き抜け、手首から肩にかけて痺れるような負荷が走った。不意を突かれた姿勢では力を受け流しきれず、銃身が押し下げられる。

「っ!」

 ディードはティアナに体勢を立て直す間も与えず、刃を押し込むように踏み込んだ。受け止めたクロスミラージュ越しに、戦闘機人の強靭な身体能力を伴った一撃が叩きつけられる。防御の型を崩されたティアナの身体は後方へ弾き飛ばされ、足元の瓦礫を蹴散らしながら宙を舞った。

「きゃあっ!」

 背中から廃ビルの外壁へ叩きつけられ、脆くなったコンクリートが崩れる。砕けた壁材とともに暗い建物の内部へ押し込まれ、彼女の姿が粉塵の向こうへ消えていった。

「ティア!」

 相棒の姿が視界から消え、スバルの声が戦場を貫いた。伸ばしかけた手が空を掴み、視線が崩れた壁へ引き戻される。その隙を、敵は見逃さなかった。

「よそ見してんじゃねえ!」

 ノーヴェが突進してくる。脚部の機構が唸り、蹴撃の軌道がスバルの胸元へ一直線に伸びた。

「――っ!」

 スバルは両腕を交差させ、正面から襲いかかった蹴りを受け止めた。衝撃が腕から肩へ突き抜け、奥歯が噛み合う。靴底がアスファルトを削った。それでも衝撃を殺しきれず、彼女の身体は道路上を大きく滑っていく。

「ぐあっ!」

 スバルが体勢を立て直すより早く、ウエンディはライディングボードを傾けて距離を詰めた。砲口を向け、声を張り上げる。

「エリアルキャノン!」

 砲撃が大気を震わせ、地面へ叩きつけられる。爆発の熱と衝撃が路面を抉り、砕石が散弾のように飛び散った。スバルは身体を捻って横へ跳躍し、破片が背中を掠めるのを感じながら直撃を紙一重でかわした。

「スバルさんとティアさんが……!」

 フリードの背から地上を見下ろしたキャロは、手綱を強く握った。スバルはノーヴェとウエンディに追い立てられ、ティアナは瓦礫の奥へ消えている。キャロの呼吸が浅くなり、視線は地上を往復した。

「でも……!」

 キャロは唇を結び、眼下を見極める。二人は援護の届かない位置へ引き離されていた。合流が遅れれば、敵は各個撃破を狙うはずだった。

 打開策を組み立てた瞬間、ガリューの巨躯が重さを感じさせない速さで屋上から跳び出した。空中で腕を広げ、フリードの背にいる二人へ迫ってくる。

「フリード!」

 キャロは即座に手を動かした。

「ホイールプロテクション!」

 魔力の輪が幾重にも展開し、淡い光を帯びてガリューの巨体へ絡みついた。輪が腕や胴体を締め上げ、伸ばしかけた剛腕の動きを封じる。巨体が揺れた隙に、キャロとエリオは視線を交わして戦闘態勢を整えた。

 スバルとティアナの援護へ向かうことは、もうできない。二人はその事実を受け入れ、目の前の敵を止めるべく、ガリューとルーテシアとの直接戦闘へ身を投じた。

 ――混迷を極める市街地、その一方。

 スバルへの攻撃を一度切り上げたノーヴェとウエンディは、ティアナが吹き飛ばされた廃ビルへ進路を変えた。二人が建物の内部へ踏み込む頃には、廃ビル全体が魔力結界に覆われ、外部への退路は閉ざされていた。

 崩落した廃ビルの内部で、ティアナは息を殺し、瓦礫に手をついて身を起こす。外壁を破った衝撃が背中に残り、肋骨のあたりに鋭い痛みが走る。床にはコンクリートの粉が積もり、呼吸のたび喉にざらつきが残った。

「……っ」

 彼女は奥歯を噛み、痛みを堪えた。けれど、それ以上に見過ごせないものがあった。

 淡い光が床や壁を伝い、瓦礫の隙間を埋めていく。

「……結界?」

 四方を魔力障壁が取り囲んでいた。強固な術式に編み上げられた光の壁は、外の世界との接続を拒むように脈動している。銃声と爆発音が外から届く一方、外へ通じる道だけが閉ざされていた。

 廃ビルの奥から、二つの影が姿を現す。

 ウエンディとノーヴェ。二人は外の戦場を気に留める様子もなく、ティアナを挟むように立った。ウエンディはライディングボードに体重を預け、獲物の逃げ道を塞ぐ猟犬のような目を向けてくる。

「残念でした、合流はさせねえっス」

 口元に浮かんだ笑みには、相手の苦境を楽しむような軽さがあった。

「ハチマキとどうにか半人前、四人でやっと一人前のへっぽこガンナーが仲間と引きはがされた気持ちはどうっスか?」

 ティアナは返事をせず、頬の粉塵も拭わずに二人を見据えた。視線はノーヴェの立ち位置、ボードの向き、二人の間隔を順に追う。挑発に乗って踏み込めば、その隙を狙われる。黙っていることが、今は一番の抵抗だった。

「チンク姉の痛さと悔しさ、ハチマキの代わりにかえしてやる!」

 ティアナはクロスミラージュを握る手を見下ろした。掌の汗を拭い、愛銃のグリップを握り直す。金属の冷たさが指先へ戻る。

 結界はティアナとノーヴェ、ウエンディのいる廃ビル全体を包み込んでいた。スバルはその外側の大通りに残され、二人との合流を阻まれている。さらに離れた場所では、エリオとキャロがルーテシア、ガリューと交戦中だった。通信は断片的で、誰もが余裕のない戦闘に身を置いている。背を向けて結界の突破口を探せば、目の前の二人に隙を突かれるのは避けられない。

 ティアナは二人から視線を外さないまま、フォワードの共通念話回線を開いた。

『こっちは結界の中。ライトニングもスバルも分断距離と戦力負担はかなり大きい。背中を見せたら、その瞬間で終わる!』

 ティアナは歯を食いしばり、戦力差と地形を組み直した。二人を倒し切る必要はない。相手の動きを止めて時間を稼ぎ、市街地と中央本部への侵入を防げれば任務は成立する。

『ライトニング、スバル! 作戦、ちょっと変更。目の前の相手、無理して一人で倒す必要はないわ。足止めして削りながら、それぞれに対処。それでも充分、市街地と中央本部は守れる』

 念話を送った直後、ノーヴェが目の前で怒声を上げた。まるでティアナの作戦を聞いていたかのような反応に、彼女の肩がわずかに強張る。

「ばっかじゃねぇの! そんなに時間かかんねぇよ!」

 荒々しい声が廃ビルの壁に反響する。ティアナは反応を悟られないよう、視線を逸らさなかった。

 ノーヴェの隣でウエンディが笑った。

「あんたは捕獲対象じゃねぇっすから。殺しても怒られねぇっすからね~」

 ティアナの瞳が細くなる。言葉の内容以上に、こちらの判断を見透かしたような口ぶりが引っかかった。先ほどの反応も考え合わせれば、フォワード間で共有している念話を聞かれている可能性がある。不用意に仲間へ情報を流すわけにはいかなかった。

『念話が聞かれてる?』

 答えを確かめる前に、ティアナは決断した。

『通信は以上! 全員、自分の戦いに集中!!』

 共通回線を遮断する。情報が漏れる危険を減らし、自分の戦場へ意識を集中させるためだった。次に開くときは、戦況が変わったときだ。

 ――その直後。

 フォワード間の念話とは異なる通信波形が、ティアナの通信端末に割り込んだ。結界が遮断しているのは魔力による攻撃と物理的な通過であり、ブルー・メテオの独立した無線通信までは妨げられていない。

「……の割には随分と必死なようだな?」

 聞き慣れた不遜な声が、別系統の通信回線から届く。ティアナは手を止め、通信機へ顔を向けた。

「……ホーク?」

 名を口にした途端、張り詰めていた呼吸がわずかに揺れた。

 その遥か上空。激しい気流を貫いて飛ぶブルー・メテオのコックピット内で、ホークは複数の通信波形を監視していた。計器盤の冷たい光が彼の目元を青白く縁取り、レーダーは敵影と警告表示で埋まっている。

「随分と状況が派手になってきたな」

 ホークは皮肉げに唇の端を上げた。撃墜しても敵影は薄くならず、地上では戦闘機人とガジェット・ドローンが部隊を追い詰めていた。

『このオレンジ頭を殺してお前も殺す』

 通信に乗ったノーヴェの声には、隠しようのない殺意が滲んでいた。先ほどのスカリエッティとホークとの通信で味わった屈辱が、短い言葉の奥に棘のように残っている。不遜な男に面と向かって返す機会を、彼女は待っていたのだろう。

「お前じゃ無理だ。ティア舐めてかかると痛い目見るぜ」

 ホークは鼻で笑って受け流した。力の入らない声が、ノーヴェの怒りを煽る。

『……!』

 ノーヴェの目が細くなった。拳が強く握り込まれ、駆動部が軋む。侮蔑を込めた言葉が、狙い澄ました銃弾のように神経を逆撫でした。

『お前……』

「あと、そこの~ッスとか言い出すバカ」

 ホークは今度はウエンディへ矛先を向けた。ティアナを嘲笑っていた少女の声を思い出すように、わざとらしく語尾を引き延ばす。

「その隣にいる導火線三センチと一緒でやっと半人前じゃないのか?」

『なっ……!』

「ドクターのお人形様は頭の出来はずいぶんと悪いらしい」

『誰がお人形ッスか!』

 ウエンディの声が跳ね上がり、ボードの上で上体を起こして拳を振り上げた。余裕の笑みは消え失せている。子供扱いされたうえ、生みの親であるドクターまで愚弄されたことが、彼女の逆鱗に触れたのだ。

『てめぇ、さっきから好き勝手言って――!』

「図星か?」

『ムカつくッスねぇ!』

 通信越しに怒鳴り声が飛び交う。銃弾と魔力弾が行き交う戦場で、ホークの挑発だけが妙に鮮明に響いていた。ティアナは敵を警戒しながら、こめかみを押さえたい衝動を堪える。

「……あんた、敵の目の前で何やってんのよ」

「俺はいつだって真面目だ」

 ホークの声は少しも揺れなかった。

「どこがよ!」

 ティアナは顔をしかめた。だが、怒鳴り返す自分の声が、先ほどより通りやすくなっている。呼吸が整い、銃を構える指から余計な力が抜けていた。

 軽口を叩いていた男の声音が、作戦行動中の冷静な調子へ切り替わる。

「格好つけた割には格好悪いことを言うが、俺自身にその結界魔法を壊せる力はねえ」

「……は?」

「ブルー・メテオのレーザーもチャージショットも試したが弾かれる。悪いがオレの援護はなしだ」

 ティアナは言葉を失った。壁の向こうの戦闘音が遠のいたように聞こえる。彼がどれほど空域を制圧しても、ここに閉じ込められた自分を直接助け出すことはできないのだ。

 粉塵が崩れた天井から落ちてきた。細かな粒子が肩に積もり、ティアナはゆっくりと息を吐き出す。信じ難い事実を告げられたはずなのに、胸にあった焦りは、いつの間にか別のものへ形を変えていた。

「あんたねえ……妙に締まらない展開にするのやめてくれない?」

「こいつらの結界に文句を言え。こっちはガジェットと戦闘中。全くついてねえぜ」

「はいはい……!」

 ティアナはクロスミラージュを構え直し、二人を正面から見据えた。結界から逃げられず、上空からの援護もない。ならばここで戦うしかない。自分の戦いを、自分で終わらせる。

 銃を握る指に、余計な力ではなく確かな力が戻る。ティアナは一度深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。瓦礫の隙間を抜ける風が、頬に張りついた粉塵をかすかに動かす。

 ティアナはクロスミラージュの銃口を二人へ据え、足運びと肩の位置を見定めた。

 同じ頃、遠く離れた市街地では、スバルがレイストームの衝撃波に吹き飛ばされ、砂埃にまみれた身体を起こしていた。手をついた路面には砕けたアスファルトが散らばり、指の間へ砂利が食い込む。立ち上がろうと膝に力を込めるたび、身体のあちこちから鈍い痛みが返ってきた。

「……痛ったぁ……!」

 スバルは肩を回して息を整えた。口の中に残る砂埃を飲み込み、砂煙の向こうへ目を凝らす。

 粉塵の幕の奥に、見覚えのある人影が立っていた。胸の奥で呼吸が引っかかり、握りかけた拳がわずかに緩む。長年そばにいたからこそ、その立ち姿を見間違えるはずがなかった。身体から漂う魔力の残滓も、よく知っているものだった。

「……ギン姉?」

 そこにいたのは、ギンガ・ナカジマだった。

 けれど、目の前の姿は、スバルが知っている姉の面影を薄い膜の向こうへ押しやっていた。戦闘機人の戦闘服に身を包んだ姉の視線には、かつて自分を導いてくれた温もりが見つからない。身体つきも立ち方も姉そのものなのに、瞳は別の何かを捉えているようだった。

 二人は動かずに相手を見据えた。風が壊れた建物の間を抜け、粉塵が姉妹の足元を横切る。スバルは唇を噛み、拳を握り直した。ギンガも拳を構えている。

 スバルは涙を堪え、鈍い光を返すリボルバーナックルへ視線を落とした。拳を交える相手は敵ではない。幼い頃から背中を追いかけてきた、世界でただ一人の姉だった。それでも向き合わなければならない。

 ――その頃、ミッドチルダ中央区画の上空では、無数のガジェットが空を埋め尽くしていた。魔力弾の光が雲の底を不規則に照らし、その機械の群れを蒼い光が切り裂いていく。甲高い駆動音が空気を震わせるたび、ブルー・メテオは敵の射線から身を翻し、群れの内側へ飛び込んでいた。

 ホークはフォワード陣の戦域を避け、味方の動きを妨げず敵を削れる空域を選んでいた。地上の位置関係、迎撃網、機体の旋回半径を読み、敵の次の動きを先回りする。

 正面に展開するガジェット群をレーダーが捉えた。計器盤の緑色のインジケーターが明滅し、敵影の密集を告げている。ホークは操縦桿へ指を添え、わずかに傾けた。グローブ越しに伝わる振動は一定で、手元に余計な力みはない。

 独特のフォルムが空気抵抗を抑えるブルー・メテオは、敵の迎撃態勢が整うより早く機首の角度を変えた。推進機関が出力を上げ、加速の圧力がホークの背中をシートへ押しつける。彼はガジェットの編隊へ正面から突入し、数が織り成す鋼の壁を単機で突破しようとしていた。

 敵機が一斉に魔力弾を放つ。光弾が隙間を埋めるように迫る中、ホークは弾道の角度と速度を読み取った。照準の中心をわずかに外し、機体を右へ倒す。魔力弾は装甲のすぐ脇をかすめ、そのまま後方へ流れていく。

 熱波が機体の外板を撫で、計器の隅で警告灯が瞬いた。それでもホークは操縦桿を戻さない。限界ぎりぎりまで機体を傾け、弾幕の継ぎ目へ滑り込む。敵の照準が追いついたときには、ブルー・メテオはすでに射線の外へ抜けていた。

 そのまま機首を引き上げる。機体は垂直に近い角度で上昇し、雲を割りながら高度を稼いでいく。推進機関の唸りがコックピットの内壁を震わせ、上昇に伴う圧力がホークの身体にのしかかった。地上の光が次第に小さくなり、戦場の輪郭も遠ざかっていく。

 高度を確保したホークは操縦桿を引き、機首を反転させた。天地が逆さまになっても呼吸は乱れず、視線は正確に敵の位置を捉えている。

 重力加速を味方につけ、ブルー・メテオは地表へ急降下した。追尾する魔力弾は急な高度変化に追いつけず、夜闇に火花を散らしながら軌道を外れていく。

 地表が迫る寸前、ホークが操縦桿を切った。荒々しくも緻密な入力に応じてブルー・メテオが左右へロールする。ホークは動きを緩めず、バレルロールを連続させた。機体が回転するたびに敵の射線がずれ、照準を合わせていたガジェットの砲口が、隣接する機体の進路へ向けられていく。

 自律型のガジェットに搭載されたAIは変則機動に対応できず、照準を誤って互いの機体を射線上に捉え始めた。

 機体下部から蒼いレーザーを放つ。先頭のガジェットを貫いた光線が内部を焼き、爆発の衝撃で後続機が隣の機体へ激突した。

 連鎖的な爆発が広がり、砕けた装甲と燃え上がる残骸が上空から落下する。統制を失った群れは互いの動きを妨げ、ガジェット同士の誤射によって数を減らしていった。

 それでも、ホークは攻撃の手を止めなかった。撃墜した敵の数を数える時間さえ惜しむように照準を切り替え、残った敵群へ機首を向ける。スロットルを開くと、推進機関の出力に応じて蒼い機体が再び加速した。

 ホークは機首を引き上げ、垂直上昇へ移行する。戦場が機体の下へ遠ざかり、雲が左右に裂けていく。彼は計器の数値と機体の振動を確かめながら、次の攻撃機動へ備えた。

 頂点で速度がわずかに落ちる。その刹那、ホークは操縦桿を引き、機首を反転させる。

 青い機体が流星のように急降下した。敵の頭上へ向けて落下の速度を乗せ、一気に突き進んでいく。ガジェットの照準が上へ向くより早く、ブルー・メテオは編隊の中央へ迫った。

 編隊を突き抜ける直前、チャージを終えた単発砲が火を噴いた。魔導回路から放出された膨大なエネルギーが青白い光条となり、密集したガジェットを一直線に貫く。衝撃で砕けた機体が次々と弾け飛んだ。爆炎が夜空を染め、黒煙が広がる。金属片が雨のように降り注ぐ中、ブルー・メテオは速度を落とさず、残骸を置き去りにして再び上昇していった。

 背中をシートへ押しつけながら、ホークは操縦桿を握り直した。レーダーには、消滅した輝点の倍近い敵影が執拗に広がっている。

 ホークは細く息を吐き、口元に不敵な笑みを刻んだ。目の前の敵をどれだけ撃ち落としても、その数が尽きる保証はない。ならば手を止める理由もなかった。

 ブルー・メテオは蒼い推進炎を残し、再び敵の群れを切り裂いていく。

 高空へ戻ったホークは眼下を俯瞰した。無機質な光点の増殖は止まらず、天を覆う鉄の群れがひとつの巨大な機械として都市の息の根を止めようと蠢いている。街の灯りも煙に呑まれ、炎さえ敵の影に押し潰されていった。

「……数だけは一人前だな、キリがねえ」

 軽口を叩きながらも、ホークの意識は地上の別の一点へ向けられていた。

 戦術結界と敵の急襲で分断された四人は、それぞれ自分の限界と向き合っている。その中でスバルの魔力反応だけが、廃ビルから離れた大通りの一角で、ひとつの反応へ向かっていた。

 その反応の正面には、ギンガがいる。

「……ギンガ」

 レーダーが捉えた二つの生体反応は、よく似ていながらわずかに異なる魔力波形を示していた。

 これ以上、余計な介入は必要ない。ティアナも、エリオも、キャロも、それぞれが自分の戦いを始めている。自らの限界を前にしても退かず、与えられた役目を果たそうともがいていた。

 ホークは操縦桿をわずかに動かし、戦域の外周へ進路を変えた。敵の密集地帯を避けながら、地上の二人を監視し、必要なときに動ける距離を保つ。

 姉妹の絆が刃となって激突する、その瞬間を見届けるように、ホークは地上を見据えた。

 彼はブルー・メテオの独立通信回線を開き、混線する波形の中からスバルの個体識別コードを選んで直接接続した。

『スバル』

「……ホーク?」

 突然届いた声に、スバルは顔を上げた。彼女は拳を構えたまま、通信機へわずかに視線を動かす。

 正面にはギンガが立っている。二人の距離は息遣いまで感じ取れそうなほど近い。風に髪を揺らしながら、ギンガは拳を構えていた。

『聞こえるか』

「うん」

『周りを気にするな。今のお前が戦う相手は、一人だ』

 ホークの声はいつもより静かだった。不遜な嘲笑は消え、必要な事実だけを伝える落ち着いた響きが通信機を通して届いてくる。

『だが、勘違いするな。勝つことだけを考えろって意味じゃねぇ』

 スバルはギンガを見つめた。その瞳は間違いなく姉のものだった。意志を奪われ、スカリエッティの改造により魂を縛られた機械人形の輝きが、姉の瞳の奥に宿っている。

『少しだけ……ギンガと会話させてくれ』

「うん」

 スバルが小さく頷くと、ホークはスバルへの回線を維持したまま、もう一つの個別回線を開いた。

「……ギンガ」

 呼びかけても返答はなかった。ギンガは拳を構えたまま、スバルから視線を外さない。

 通信回線の向こうには、短い電子音さえ返ってこなかった。ノイズに埋もれたわけではない。回線は安定し、ホークの声を運んだまま沈黙を保っている。彼は応答を求めるように、もう一度ギンガの名を呼びかけることはしなかった。言葉を重ねれば何かが変わるとは限らない。今の彼女に届くものがあるとしても、それを確かめる術はなかった。

 ギンガの拳は、依然としてスバルへ向けられていた。肩の高さも足の位置も崩れていない。戦闘機人として叩き込まれた動作は、迷いを挟む余地さえないほど正確だった。ところが、握り込まれた指先が一瞬だけわずかに緩み、硬く閉じた拳の輪郭に小さな揺らぎが生じる。すぐに指は再び力を取り戻し、先ほどと変わらぬ構えへ戻った。風に揺れた髪が頬を横切り、その微細な変化を覆い隠してしまう。

 スバルは姉の顔を見つめていた。視線は瞳から外れず、拳を構える腕にも力がこもっている。目の前の相手が自分の知るギンガであることを、彼女は疑っていない。けれど、呼びかけに応じない姉の姿を前に、どこまで声を届ければいいのか、その答えは見つからなかった。

 ホークのコックピットでは、通信回線の接続表示が淡く点灯し続けていた。返答がないからといって、接続が失われたわけではない。彼は計器盤から目を離さず、地上の二人を視界の端に捉えている。ギンガの沈黙を拒絶と決めつけることも、声が届いたと信じ込むこともできなかった。ただ、彼女がそこに立ち、スバルと向き合っている。その事実だけを見届けるしかなかった。

 わずかな変化は、攻撃の前触れとも、機械的な駆動の誤差とも受け取れるほど小さかった。ギンガの表情に目立った変化はなく、呼吸の間隔も一定に保たれている。彼女の内側で何が起きているのかを、外から見極めることはできない。沈黙だけが、二人の間に置き去りにされていた。

 上空では敵の警告音が断続的に鳴り、レーダーの表示が次々と更新されていく。ホークには戦場全体を見渡す余裕があるわけではない。目の前の敵を処理しながら、地上の二人を見失わないようにするだけで、操縦と監視の双方に神経を割かれていた。それでも、ギンガへの回線だけは閉じなかった。返事を強いるつもりはない。沈黙の理由を知ることも、今はできない。ただ、声が届く可能性を自ら断つことだけは避けたかった。

 それでも彼は通信を切らずに口を開いた。

「最後ぐらい――」

 言葉が途切れた。なぜそんな言葉が出たのか、ホークにも分からない。操縦桿を握る指先が固まり、口元に自嘲するような笑みが浮かんだ。

「……普段通りの堅物顔を見せてくれよ」

 返事はない。ギンガはスバルへ拳を振るう構えを固めた。次の瞬間にも飛びかかれる距離だった。

「……そうかよ」

 ホークはそれ以上の言葉を飲み込み、操縦桿を握る手に少しだけ力を込めて前を向いた。計器盤の警告が、新しい敵影を知らせている。

 彼は再びスバルの個別回線へ意識を戻した。

『スバル』

『聞こえてるな』

『……ホーク!』

 戦闘音の向こうから、呼吸を乱しながらもスバルの声が返ってきた。

「よく見ろ」

「え?」

「お前が今、殴ってるのは敵じゃねぇ」

 ホークは言葉を切り、距離を詰める二人を見下ろした。

「お前の姉だ」

 ぶっきらぼうな声は、いつもと変わらない。慰めるためでも、戦いを避けさせるためでもなかった。ただ、スバルが目の前の相手を見失わないよう、確かな輪郭を与えるための一言だった。

「なら――お前にしかできないことをやれ」

「……!」

「ギンガを取り戻せるのは、お前だ」

 ホークはそれだけを告げた。何を選び、どう動くかは、彼女自身が決めなければならない。

「俺は他の連中を片付ける。だから――」

 ホークは地上へ視線を落とした。ギンガの拳が動き、スバルが受け止める構えを取っている。

「絶対に諦めるな」

「……うん!」

 スバルの声には震えが残っていたが、迷いはなかった。ホークは小さく息を吐き、操縦桿を握る手を緩めた。

「それでいい」

 通信を切り、レーダーへ視線を戻す。地上を気にかける気持ちを押し込み、残る敵影へ意識を向けた。

「さて……」

 ホークは不敵な笑みを浮かべ、進行方向へ視線を据えた。

「俺は俺の仕事をするか」

 ブルー・メテオが加速する。推進機関が唸り、蒼い機体は敵影の密集する空域へ向けて夜空を切り裂いていった。

 戦場の彼方へ、青い残光だけを残して――。

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