魔法少女リリカルなのはStrikerS ~STAR HAWK:Lone Flight~ 作:マジフジ
午前五時。
機動六課の訓練施設は、まだ深い静寂に包まれていた。隊舎の窓に灯る明かりもまばらで、人の気配はほとんどない。遠くで響く整備班の微かな作業音だけが、この場所が完全に眠っているわけではないことを告げていた。
その訓練場の中央で、ホークはすでに自主トレーニングを開始していた。
誰よりも早く起き、誰よりも早く身体を動かす。それは逃亡生活の中で培われた、もはや彼の日課だった。もっとも――本人にとっては、これを訓練と呼ぶことすら今更不自然に感じていたが。
右手を軽く持ち上げる。それだけで、周囲の空間に小さな魔力光が灯った。一つ、二つ、三つと、小気味よいテンポで次々に生成されていく。数秒もしないうちにその数は十を超え、二十、三十へと膨れ上がっていった。
青白い光の粒がホークを取り囲むように漂う。それらはすべて、トレーニング用に術式を調整された模擬魔力弾だった。本来であれば、最も基本的な射撃魔法の一つに過ぎない。
優秀な魔導師であっても、十発程度を同時に精密制御できれば十分に評価される代物だ。
しかし今、ホークの周囲を浮遊する魔力弾は四十を超えていた。しかも、そのどれ一つとして同じ軌道を飛んでいない。上昇するもの、下降するもの、円を描くもの、不規則に加減速するもの。多種多様な挙動を見せるそれらは、互いに接触することなく完璧に独立して空間を泳いでいた。
周囲を埋め尽くす光景はさながら小さな流星群のようだったが、一歩制御を誤れば大惨事になりかねない、剥き出しの弾幕でもあった。
「四十……か」ホークは小さく呟いた。
額に汗はなく、呼吸も乱れていない。極限の集中を強いられる様子すらなく、ただの暇つぶしをしているかのような気楽さ。
「試すか」
指先を僅かに動かした、その瞬間。
四十発の魔力弾が一斉に加速した。すべての弾がまるで自我を持ったかのように、それぞれ別々の方向、別々の速度で複雑に交差しながら縦横無尽に飛び回る。少しでも演算を誤れば連鎖暴発は免れない。
だが、魔力弾は一つとして接触しなかった。それどころか、空中で描く軌道は先ほどよりもさらに研ぎ澄まされていく。設置されたダミーターゲットを撃ち抜くなどいつでもできるが、自らの制御精度を確かめるには、この複雑な交差コントロールこそがちょうどいい負荷だった。
「朝から派手だね」
不意に、背後から声がかかった。耳に馴染んだその声の主に、ホークは振り返ることなく応じた。
「教導官様か」魔力弾を操作したまま、淡々と返す。
「おはよう」
なのはは苦笑混じりに、訓練場の白い床を踏み鳴らして歩いてきた。その鋭い視線は、上空を狂ったように飛び回る青白い光の群れへと向けられている。
「また増えた?」
「数えたのか」
「前は三十五発だったよね」
「よく覚えているな」感心したように言いながら、ホークは肩を竦めた。
なのはは改めて空を見上げる。四十の魔力弾。それぞれが完全に独立した挙動でありながら、完全に調律されている。直撃する寸前ですり抜けていくコントロールは、狂気的なほどの演算精度の高さを示していた。
ホークの持つ魔力量は、なのは、フェイト、はやて、ヴォルケンリッターメンバーより多いわけではない。平均値よりはかなり上位に位置するが、彼女たちの様な管理局の最高戦力たちに比べればよくて一歩、二歩劣る程度にはある。
だが、一般的な魔導師が使う砲撃や射撃、魔力斬撃、遠隔発生や捕獲魔法の類はまったく使えない。かといって、何か他に応用の利く魔法に秀でているわけでもなかった。士官学校のカリキュラムを途中で放棄し、そのまま失踪した弊害が、歪な戦闘スタイルとして如実に表れていた。
だが、別の部分が完全に常軌を逸していた。魔力を扱う純粋なコントロール技術だけを見れば、すでに常人の一線を画す領域。戦技教導官であるなのは自身ですら、その一点においては素直に能力を認めざるを得ないほどだった。
「それ、実戦で使う予定はあるの?」
「ない」
「ないんだ」
「暇だからやってるだけだ」
悪びれもしないその返答に、なのはは思わず額を押さえた。この男、本当に理解できない部分が多すぎる。
上空を不規則に泳ぎ回る四十発の青白い光を見上げながら、なのはは小さく息を吐いた。
――これが、ホーク・ネヴィル。
機動六課が保護観察付きという厳しい条件で抱え込むことになった、少し、いや、かなり厄介な問題児。そして――不器用なほどに、誰よりも魔力の精密操作に長けた男。
「せっかくだし、当ててみる?」なのはが視線を標的のほうへと巡らせる。
「何を」
「あそこのターゲット」
なのはが指差した先には、シミュレーション用の駆動標的がずらりと並んでいた。距離も高さもバラバラで、完全に静止しているものから、不規則な自動制御で動き続けているものまで様々だ。
「多少はズレるが、問題ない」
ホークはそう答えると、右手を無造作に一振りした。
その瞬間――空中を飛び回っていた四十発の魔力弾が一斉に散開する。
次の刹那には、訓練場のあちこちで連続した小さな爆発音が鳴り響いた。
ほぼ同時に弾けたため、あまりの速さに着弾の順番すら判別できない。空中を舞っていた魔力弾は、四十の標的すべてに狂いなく命中していた。外れはゼロ。ホークの自己評価通り、精密な中心核からわずかにズレた着弾もあったが、動く標的すべてを同時に叩き落としたという事実は変わらない。
「やっぱり……」なのはは小さく息を吐き、ホークには聞こえないほどの声で呟いた。
そう思うしかなかった。規格外の操作精度だ。しかし、ホーク本人は特に達成感もなさそうに、手を下ろして魔力弾を消滅させると、そのまま躊躇なく踵を返した。
「朝飯の時間だ」
「感想とか、私に求めないんだね」
「暇つぶしだ」
それだけを言い残し、男は訓練場を後にした。なのはは苦笑せざるを得なかった。
能力だけを見れば間違いなく優秀だ。使用魔術についても事前データの通りで、一般的な魔法による直接的な攻撃手段や広域破壊系はほぼ皆無。
だが、人付き合いは壊滅的に不器用で、新人たちとの距離も未だに縮まっていない。それどころか、本人に距離を縮める気があるのかすら怪しい。
だからこそ――教導官として少しだけ気になっていた。あの青年が、この部隊での生活を経て、どう変わっていくのかを。
午前の過酷な訓練を終えた後。
新人フォワード陣の四人は食堂へと向かい、なのはから本日のメニューについてのフィードバックと説明を受けていた。
一方で、ホークは隊舎二階の一角にある事務スペースに籠もり、課せられた業務をこなしていた。机の上に山積みにされた書類、部隊内の備品申請書、過去の事件資料に、これまでの出動報告書。ホークは心底面倒そうな顔をしながら、不慣れなペンを走らせていた。
「毎回何とかならねえのか、この書類仕事は……」
誰にも聞かれないように声を絞り、小さくぼやく。
保護観察対象――それが今のホークの法的な立場。管理局への実戦での貢献を認められつつあるとはいえ、上層部から完全に信用されているわけではない。だからこそ、こうした地味な雑務を完璧にこなすことも彼に課せられた仕事の一部だった。
ふとペンを止め、窓の外を見る。
訓練場では、スバルたちがまだ居残りでトレーニングを続けていた。彼女たちが使っているインテリジェントデバイスの調整がうまくいっていないのか、やけに遠くの訓練場から騒がしい声が響いてくる。
ホークは書類へと視線を戻した。入隊したての新人に興味がないわけではないのだが、自分からその輪の中に進んで入ろうとも思わなかった。
向こうも同じだろう。同じ部隊の制服を着てはいる。だが、仲間かと言われれば今はまだ違う。
少なくとも、現時点では――そんなことを考えていた、その時だった。
不意に耳元のインカムが、鼓膜を破らんばかりに鳴り響いた。
次の瞬間、隊舎全体にけたたましいサイレンが牙を剥く。
『第一級警戒体制――繰り返す、第一級警戒体制!』
「仕事か」山積みの資料を机へ放り投げる。
次の瞬間には、ホークの身体は前傾し、爆発的な速度で駆け出す。けたたましいサイレンの中、廊下を走りだす。慌ただしく動いていた職員たちが驚いたように振り返った。
「おい!」
背後からの呼び声をすべて置き去りにし、ホークは走る。
耳元のインカムから流れてくる緊急通信の内容だけに意識を研ぎ澄ませた。
レリック反応検知。場所は山岳リニアレール。ガジェットの群れが多数確認。それだけ把握できれば十分だった。
階段を三段飛ばしで駆け降り、ロビーを瞬時に横切る。整備班の前を文字通り風のように通り過ぎていった。
「相変わらずだな、あいつは……」整備員の一人が、呆れたように首を振って呟く。
「いや、あれで毎回本当に間に合うのが意味分かんねえよ」別の職員が苦笑した。
だが、誰もホークを物理的に止めようとはしない。彼が一度走り出したら絶対に止まらないことを、全員が嫌というほど知っているからだ。
隊舎の自動ドアが開き、ホークは滑り出るようにして外へ飛び出した。
視線の先、すでに前線輸送ヘリはローターを激しく回転させ、地上から浮上を開始していた。
「おいおい」ホークは不敵に笑う。「また俺を置いていく気かよ」
地面をさらに強く蹴り抜くと、身体が一気にトップスピードへと加速した。離陸していくヘリの機体へ向かって、一直線に突っ走る。
誘導していた地上職員が、その異常な光景に悲鳴を上げた。
「うそでしょ!?」
「またやる気か、あいつ!」
職員たちの絶叫を背に、ホークは限界まで踏み込んで跳躍した。ヘリとの高低差はすでに数メートル。常人なら激突して墜落するか、ローターに巻き込まれる自殺行為だ。
だが、ホークは空中で滑らかに身体をひねった。まだ開ききっていない、あるいは閉まりかけている後部ハッチの狭い隙間へと弾丸のように突っ込む。
勢いのまま機内の床を激しく転がり――瞬時に片膝をついて制動をかけると、何事もなかったかのように平然と立ち上がった。
「ちゃんと間に合ったな」
衣服の埃を払いながら、ホークが小さく呟く。
沈黙。ハッチが閉まる風切り音の中、キャビンにいた全員が完全にフリーズしていた。その硬直を破り、小さな身体のリインが真っ先に怒髪天を突いて叫んだ。
「間に合っていません!!」リインの怒号が機内に鋭く響き渡る。
「結果オーライだろ」ホークは小指で耳をほじりながら、全く悪びれる様子もな答えた。
「良くないです!!」リインが顔を真っ赤にしてさらに激怒する。
その剣幕に、なのはは苦笑するしかなかった。一方で、状況についていけない新人四人だけが、目を白黒させて互いに顔を見合わせている。
「えっと……今のが、ここの普通なの?」スバルが引きつった笑みのまま、小声でティアナに囁く。
「そんなわけないでしょ。頭のネジが数本吹き飛んでるのよ」ティアナが一連の暴挙に、心底呆れ果てた様子で吐き捨てた。
「皆さんは、絶対に真似しないでくださいね!」
リインが鋭い視線を新人たちに向け、釘を刺すように言い放った。
輸送ヘリの中は、いつもより空気が張り詰めていた。やはりどんなことであっても人間は初めてが一番緊張するものである。何も感じないのはせいぜいなのは、リイン、今操縦しているヴァイスといった現場慣れしている人間ぐらいだろう。
なのはが前方の席でモニターを確認しながら、並行して冷静に分析を続けている。 新人四人は緊張で固まり、リインは腕を組んで足を組んで座っているホークを睨んでいた。上司が見ている前で、こんな態度をとっているようでは怒るのが当然だろう。
「……まず一つ。なんでいつもヘリに飛び乗るんですか?」
「多少ずれても、間に合ったんだから問題ない」ホークは淡々と答える。
新人たちはまだ状況を飲み込めていない。
「ホーク」分析と確認が終わったなのはが振り返る。その声は柔らかいが、芯がある。
「今回の任務は新人優先、サポートに徹してね。倒しすぎちゃダメだよ?」
「了解。ある程度のノルマが必要ってわけか」
「必要な時って……どのくらい?」スバルが小声でティアナに囁く。
「たぶん、死にかけた時よ」
「えぇぇ……」
「皆さんは、絶対ホークの真似しないでください!」リインが新人に向けて怒鳴る。
ヘリが揺れ、下降を始めた。
「現地、視界クリア。ガジェット多数」ヴァイスの声が響く。
なのはが立ち上がる。
「ホーク、行くよ!」
「あいよ!」ホークは無言で立ち上がり、ハッチが開くと同時になのはと共に飛び降りた。
「ホーク、新人のフォロー任せたよ」
「さっき言われた。問題はない」
ホークは山岳リニアレールを眼下に見据えながら、飛翔しつつ無線で応じた。すでに白と青を基調とした独自のバリアジャケットは展開済みだ。
背後からガジェットの大群が強襲してくる。このまま新人のいる最後尾まで直行しろという指示だが――これだけ派手な獲物が飛び回っているのだ。ちょっとくらい暴れてやるか。そう思い、腰のブラスターのホルスターへ手を伸ばした、その時。
「私とフェイト隊長で空を抑えるって、さっき伝えたよね?」
なのはの、妙にドスの利いた静かな声が鼓膜を刺した。
どさくさに紛れてガジェットを狩る算段が、早くも完全に露見した。ホーク自身、命令を無視してそのまま空中戦を楽しんでも構わないと思ってはいた。ただ、その後に待っている大量の始末書等と天秤にかけた場合、どちらがより後悔するかは分かりきっていた。
「わかったよ。空のハエ退治は任せた」
ホークは渋々と手を離すと、そのまま一気に急降下し、暴走するリニアレールの屋根へと着地した。
山岳地帯を猛スピードで駆け抜けるリニアレールは、すでに完全に制御を失って暴走していた。車両の周囲にはガジェットが群がり、一部はすでに内部へと侵入を始めている。ホークの左目に装着されたバイザー型のスカウターが、透過した最悪の分析結果を次々と表示していた。
「ホーク、後方車両から侵入をお願い。新人たちが動きやすいように、死角を潰してあげて」
「了解」
短く返答し、ホークは最後尾の車両へと滑り込むように突入した。
直後、通路の奥からガジェットが五体、一斉にこちらへ砲門を向ける。魔力弾を放つためのチャージ光が、狭い車内を不気味に照らし出した。
だが、ホークは一歩も動かなかった。不敵な笑みを浮かべたまま、腰にマウントしていた正六角形のリフレクターに手を伸ばす。それを無造作に床へ落としたかと思うと、サッカーの足技のように爪先でツンと上へ蹴り上げる。左右の足で小刻みにリズミカルなリフティングを刻み、瞬時にリフレクターの位置を完璧に調整する。
その刹那――ホークはリフレクターを高く蹴り上げると同時に、自らも後方へ宙返り(バク転)をしながら高く跳び上がった。最高点に到達した瞬間、落ちてくるリフレクターを、ガジェットのいる前方へ向かって容赦なく蹴り飛ばす。
空中で急展開する、正六角形の青い障壁。ガジェットが放った魔力光は、そのリフレクターに接触した瞬間、すべて倍の威力となって持ち主へと反射された。轟音と共に、ガジェットの群れがまとめて内側から吹き飛ぶ。
「こちらホーク。後方車両、クリア」
『了解。新人たちが前方へ向かっている。そのまま援護を』
はやてからの無線を聞きながら、ホークは次の車両へと走り出した。左目のバイザーが、隔壁の向こうにいる新人たちの魔力反応をリアルタイムで透過して映し出す。
「スバルの奴、突っ込みすぎだな……」
ぼやくように呟きながらも、ホークは通路を進む。彼は新人の進路の死角、あるいは壁の隙間から回り込もうとするガジェットだけを、確実に撃ち落としていく。
だが、新人がまさに正面から戦っている敵には、絶対に手を出さなかった。あくまで影からの護衛。敵から見ても味方から見ても完全に死角となる場所から、不気味なほどの精度で戦場の歪みを補正する。それこそが、戦場におけるホーク・ネヴィルという男の「最適解」の出し方だった。
第七車両。そこに“壁”がいた。
球体型の大型ガジェット。強力なAMF(アンチマギリンクフィールド)を展開し、エリオの放った魔法を無慈悲にかき消していく。
「くっ……!」エリオが完全に押し負け、車内の壁に激しく叩きつけられた。
「エリオくん!!」
キャロの叫びは、悲鳴に近かった。
ホークは、親玉のハエ退治か、とすでに身体を動かしていた。だが――
『ホーク、待って!』
インカム越しに、なのはの鋭い制止の声が飛ぶ。
『新人に任せて。倒すんじゃなくて、あの子たちを支えてあげて!』
「……了解」
ホークは低く応じ、あくまでも一介の駒として与えられた役割をこなすことに専念する。
大型ガジェットがエリオを掴み、窓から外へと放り投げた。キャロがフリードと共に即座に飛び出し、決死の救助に向かう。
ホークは大型ガジェットの注意を自身へ引きつけるため、腰のブラスターを抜き、連射を叩き込み続けた。ガジェットは機械ゆえに決して怯みはしない。だが、ホークの弾幕は着実に敵の装甲を削り、エリオが復帰するまでの時間を完璧に稼ぎ出していた。
さらに、エリオが再突入時に撃破しやすいよう、あらかじめ致命的な箇所へとダメージを集中させていく。それらすべてを、エリオやキャロに余計な気を遣わせないよう、魔力コントロールを極限まで抑え込んで実行した。
「エリオ。決めるのはお前だ」
インカムに載せたホークの声は静かだったが、前線の少年の耳へと確かに届いた。
外から復帰したエリオの槍型デバイス『ストラーダ』へ、キャロの補助魔力が流れ込む。エリオが一点突破の突進を敢行した。
「一閃――必中!!」
激しい閃光と共に、ストラーダが大型ガジェットを真っ二つに両断した。ホークの左目の分析装置が、静かにログを表示する。
《TARGET ALL CLEAR》
「ご苦労だった」誰にも聞こえないほどの小さな声で、ホークは呟いた。
スターズ部隊(スバルとティアナ)が前方車両で無事にレリックを確保し、なのはとフェイトが上空から残るガジェットを完全に殲滅した。ホークは最後尾で残敵を処理しきり、リニアレールの安全を確保する。
レリックを確保したスターズの面々は、リインと共にヘリで即座に回収され、そのまま本局のラボまでレリックを護送する任務をはやてから直々に受けていた。
一方、フェイト率いるライトニング部隊は現場に待機。現地の管理局職員へ事故処理の引き継ぎを行うため、ホークもそのサポートという名目でその場に残された。
煩雑な引き継ぎも手早く終わらせ、待機していた輸送機に隊員たちが乗り込んでいく。エリオは疲れ切った顔をしながらも、まっすぐにホークを見つめた。
「ホークさん……その……助けてくれて、ありがとうございました!」
「俺は何もしてない。倒したのはお前らだ」
エリオの混じり気のない素直な感謝に、ホークは少なからず戸惑いを覚え、ふいと視線を逸らした。
「相変わらず、素直じゃないね」
「そういう性分だ」
いつの間にかフェイトがホークの横に立っていた。彼女は穏やかな笑みを浮かべ、男の横顔を見つめる。
「でも、ちゃんと支えてくれた。ありがとう、ホーク」
ホークは答えなかった。ただ、夕暮れの光の中で、ほんの少しだけ静かに目を閉じた。
とある研究所において――
巨大なホログラムモニターに、ホークが今回の実戦で使用したブラスターと、六角形のリフレクターの膨大な解析データが並んでいた。
「ドクター。この光線銃……魔力供給が極端に絞られた状態であっても、その出力と連射性能がほとんど低下していません」
ウーノが手元の端末を操作しながら、淡々と数値を読み上げる。
「魔力ほぼゼロ……魔力への依存度が異常に低いね」
冷徹に画面を分析しながら、ジェイル・スカリエッティは愉快そうに唇を歪めた。
「通常の魔導師の武装は、乗り手の魔力総量ありきで設計される。だがこれは違う。魔力を一切使わないのではない――どんなに魔力が枯渇した過酷な状況であっても、常に一定のパフォーマンスを維持し、確実に機能し続ける構造だ。まるで、いかなる局面でも万能に立ち回るために作られたかのようにね」
「一体、誰がこのような設計を?」
「さあね。だが、私の知るミッドチルダの体系とはまったく別系統の技術だよ。異端であり……だからこそ、極めて興味深い」
狂気的な笑みを浮かべながら、スカリエッティは呟いた。
続いて、ウーノが別の映像を再生する。それは、リニアレールの上でホークが大型ガジェットの猛攻を紙一重で回避した瞬間の記録だった。ガジェット側の視界ログに、突如として“NO TARGET”の赤文字が激しく明滅する。
「ドクター……! この瞬間、ガジェットのセンサーが完全にロストと誤認しています」
現実問題として目の前で発生しているあり得ない現象に、ウーノが驚きを隠せない声を上げた。
「ふむ……外部の観測器からは、一瞬にして魔力反応が消失したように見えるわけだ」
「はい。ですが、決して魔力切れを起こしたわけではありません。体内の魔力の流れを限界まで内側に抑え込んだ結果、センサーの探知限界を下回っただけです」
「魔力をゼロにするのではなく、外側に対して『ゼロに見せる』か」
スカリエッティの細い目が、さらに怪しく細められる。
「そんなこと、本当に可能なのでしょうか?」
疑心暗鬼のウーノに対し、スカリエッティは楽しげに首を振った。
「普通は不可能だよ、ウーノ。魔力の放出は生命活動そのものと密接に連動している。それを完全に遮断するなど、通常の訓練の延長線上では絶対に届かない領域だ。だが、彼はそれを平然とやってのけた。それほどまでに、彼の体内魔力の制御精度が異常に高いという証拠さ」
さらに流れる映像の中で、ホークは機動六課の新人の死角を的確に潰し、最小限の動きで敵の注意を引きつけ続けていた。無駄のない戦場での立ち回りは、敵ながら感嘆せざるを得ない完成度だった。
「……実に面白い」
「単に戦闘経験が豊富、という言葉だけでは片付きませんね」
「そうだよ、ウーノ。彼は戦場において、常にその瞬間の最適解になれる人間なのだから」
スカリエッティはホークの顔写真をモニターに拡大表示した。保有魔力量はなのは、フェイト、はやて、ヴォルケンリッターメンバーには及ばない。更に、広域破壊をもたらすような大がかりな魔法の適正は一切ない。
だが――ガジェットの最新センサーすら欺く魔力制御の異常性、そしてあの万能のブラスター技術。その一点のみを切り取れば、自分が創造した『ナンバーズ』たちをすら上回る可能性を秘めていた。その事実だけで、彼を検体として扱う価値は跳ね上がる。
ウーノが別の古いデータベースに指を滑らせた。
「ドクター。過去の記録と照合しました。この男――ホーク・ネヴィルは、かつて研究施設を複数に渡って破壊工作した人物と一致します」
「覚えているとも。私の可愛い研究施設を、あの忌々しい青い戦闘機で何度も木っ端微塵にしてくれたね」
スカリエッティは愛おしむように笑う。あの戦闘機ブルー・メテオの技術すらも、彼にとっては極上の研究対象だった。
「手配をいたしますか?」
「まさか。私は感情で動くほど愚かな男ではないよ」
スカリエッティは画面に映るホークのブラスターの映像を、爪先で軽やかに弾いてみせた。
「ただ――ホーク・ネヴィルの用いる制御技術、反射技術、そして戦闘判断。そのすべてに解析する価値がある。それは間違いない」
スカリエッティはゆっくりと背を向け、ラボの闇の奥へと歩き出す。
「ホーク・ネヴィル。君は私の計画の外側にいるイレギュラーだ。だが――外側にいるからこそ、極上の価値がある」
「観測を続けなさい。彼の戦闘データは、私の『例の計画』の完成に、ぜひとも必要なパーツだ」
「了解しました、ドクター」
ウーノが恭しく一礼し、モニターの通信を切断した。主の不気味な笑い声だけが、静まり返ったラボにいつまでも残響していた。
初めての新人四名との共同任務が終了した、その夜。ホークは眠れずに、深夜の整備ドックへと足を運んでいた。薄暗い空間の中、ブルー・メテオが静かに佇んでいる。ホークは機体の冷たい翼にそっと触れ、低く呟いた。
「そろそろ、俺も前に出る頃か」
人前では決して見せない微かな笑みが、その口元に浮かぶ。
「分かってるよ。――置いていかれるのは、俺の性に合わない」
整備ドックの照明が落ち、青い機体の影が床に長く伸びていく。元の姿を取り戻すには、まだまだ時間がかかるだろう。だが、こうして相棒がすぐ近くで自分を待っているという事実だけで、今のホークにとっては十分な動力源だった。
整備ドックを後にしたホークは、静まり返った廊下を歩いていた。夜の機動六課は、昼間のあの喧騒が嘘のように静まり返っている。その静寂のせいで、いつもより自分の足音が大きく響くように感じられた。遠くで低く唸る換気ファンの排気音だけが、この巨大な基地が完全には眠っていないことを示している。
二階へ上がり、無機質な角を曲がる。その先にある食堂の前で、ホークはふと足を止めた。
隙間から、聞き覚えのある賑やかな声が漏れ聞こえてきたからだ。
「今日の任務、すごかったね……!」
「エリオ、ほんと危なかったんだから」
「でもホークさんが……その……助けてくれたし……」
「キャロ、あのとき泣きそうになってたよね」
「な、泣いてません……!」
新人四人の声。
初陣の反省会も兼ねて、彼女たちなりに良かった点や課題を一生懸命に整理しているのだろう。このまま中に入るのは無粋だし、空気が読めない。
入る理由もなければ、今の自分にはその資格もない。仮にこの輪に混ざったところで、ただの邪魔者になるだけだと、冷めた自分がブレーキをかけていた。
ホークは静かに踵を返した。気が変わった、自室に戻って大人しく休もう。そう決めて歩き出した彼の背中を、廊下の闇の奥からそっと見つめる人影があった。
「……ホーク」声を漏らしたのは、八神はやてだった。
そこにあるのは厳格な部隊長としての鋭い眼差しではなく、傷を抱えた一人の部下をそっと見守るような、どこまでも柔らかい瞳だった。
ホークはその気配に気づかない。いや、気づくはずもなかった。彼はいつも通り、誰にも気づかれぬように気配を消して歩き去っていく。
「……変わるで、あの子は」
誰に向けたわけでもない。だがそれは、静かで揺るぎない確信だった。
ホークは階段を降り、人気のない暗い廊下を進む。その途中、何故かふと足が止まった。背後から聞こえていた新人たちの笑い声が、まだ微かに耳の奥に残っていた。
ホークはそっと目を閉じる。――仲間、か。そんな温かい言葉が、自分に向けられる日が来るなんて、これまでの人生で想像したこともなかった。
士官学校時代からギンガ以外の人間には煙たがられ、教官たちからも露骨に爪はじきにされるのが日常茶飯事。そんな自分が今更、この場所で誰かと絆を結ぶことなどあるのだろうか。
だが、胸の奥の頑なな何かが、ほんのわずかに揺れる。その微かな変化を自覚した瞬間、ホークは忌々しそうに小さく舌打ちをした。
「……くだらないな」
そう吐き捨てて、再び歩き出す。誰もいない暗闇の廊下へと、その姿を消していった。
影の中を歩く男は、まだ孤独だった。だが、その孤独の輪郭は、ほんの少しだけ薄れていた。一方、はやては彼が立ち去った後の食堂の前へと歩み寄り、今なお続く新人たちの楽しげな声に耳を傾けていた。
「ホークさん、すごかったよね!」
「うん……なんか、すごく頼りになる人だと思った」
「でも、全然お話してくれないよね……」
「……いつか、話してくれるよ」
扉の向こうから響く健気な言葉に、はやては愛おしそうに微笑んだ。
「せやね。あの子は変わるよ。変わらへんように見えて……ちゃんと、一歩ずつ前に進んどる」
その呟きは、誰の耳に届くこともない。だが――それは確かに、闇の中を歩くホークの背中に向けられた、優しい祝福の言葉だった。