魔法少女リリカルなのはStrikerS ~STAR HAWK:Lone Flight~ 作:マジフジ
その違いを初めて意識したホークは、自分とは異なる強さを持つ彼らを静かに見つめる。
だが、そんな彼自身もまた、闇の中から観察され始めていた。
機動六課の訓練施設は、まだ静まり返っていた。
朝露がキラキラと光る訓練場で、ホークは一人、ターゲットの前に立っている。
――次の刹那。
右太もものホルスターから、連射型ブラスターが目にも留まらぬ速さで抜き放たれた。
激しい駆動音とともに引き金が引かれ、赤い光線が文字通りの「一閃」となって、訓練用ターゲットへと吸い込まれていく。薄暗い空間を鮮やかに染め上げるのは、寸分の狂いもない速射の残光だ。
「発射数二十、命中二十」ホークは感情の起伏なく呟いた。
小型ターゲットの中心部には、二十発の光線がすべて同じ一点を撃ち抜いた証拠として、黒々とした大きな穴が開いている。一箇所を完全に抉り取る凄まじい精度。しかし、ホークの表情は晴れない。むしろ不機嫌そうに眉根を寄せた。
「まだズレるな」
左目の分析装置のモニターが、非情な着弾誤差を表示していた。
自分が想定していた理想の軌道から、わずか数センチのズレ。通常の狙撃型魔導師であれば「完璧」と絶賛するレベルの極小値だ。だが、彼は納得しない。
ホークはブラスターを空中でくるくると軽く回転させると、流れるような動作で太もものホルスターへと収めた。そして間髪入れず、二層目にマウントされた単発型のブラスターを抜き去る。
先ほどと同じように構え、今度はあえてターゲットの最も外側にある円を狙い定めた。連射速度こそ劣るが、一発一発の重い弾速が目標を確実に穿っていく。狙うのは中央ではなく、あえて外した一番遠い外周の線。それを、精密な彫刻のように狂いなく削り取っていくのだ。
――そして、二十発目。
リズムよく放たれた最後の光線が正確に同じ場所へ着弾し、標的を綺麗に打ち抜いた。
「単発式なら、こんなもんか」
ホークが空を見上げると、山並みの向こうから眩しい朝日が少しずつ昇り始めていた。
そろそろ、騒がしい新人たちも起きる頃だ。今頃スバルあたりが「今日も頑張ろう!」と大声をあげて、ティアナ、エリオ、キャロ、ついでにフリードまで巻き込んで発破をかけているのだろうな――。
そんな、少しだけ気の緩む想像を頭の隅で浮かべながら、ホークは単発型ブラスターを静かにしまい込んだ。その時だった。耳元のインカムにザザッとノイズが走る。
『ネヴィル、聞こえるか』通信の主は、シグナムだった。
「問題ない」
ホークはいつものぶっきらぼうな調子で返した。ただのビジネスライクな応答だ。
『自主訓練は終わったか?』
「ああ」
『なら、デッキのところへ来い』
「……何か用か?」
『新人たちの訓練データの分析だ。ヴァイスも呼んである』
ホークは僅かに眉をひそめた。新人四人のデータ分析に、なぜ自分が呼ばれるのか理解ができなかったからだ。教導官であるシグナムや、前線経験の長いヴァイスだけで十分に事足りるはず。山積みにされた自分の書類仕事を優先させてほしい――そんな不機嫌さが、声のトーンに滲む。
「俺が行く理由はあるのか?」
『ある』
短く、しかし一切の反論を許さない返答だった。
『お前も、今のうちに見る側の勉強もしておけ』
シグナムがそれだけを伝えると、通信は一方的に切断された。静まり返った訓練場で、ホークは数秒だけ立ち尽くした。
「……いいように振り回されてるな」
誰もいない空間に向けて小さく毒づきながらも、男は重い腰を上げて歩き出した。
ホークが指定されたデッキへ足を踏み入れると、そこはすでに無数のホログラフィックモニターが展開されていた。
画面に映し出されているのは、フォワード陣の早朝訓練の様子だ。
ヴィータの猛特訓に食らいつくスバル。
なのはの指示のもとで引き金を引くティアナ。
フェイトに見守られながら連携を確認するエリオとキャロ。一面に広がった大型モニターには、各訓練場の熱気がリアルタイムの映像として映し出されていた。
「お、来たか」ホークの気配に気づいたヴァイスが、手元の端末から顔を上げて気さくに声をかける。
「遅い」
一方、シグナムは腕を組んだまま、鋭い視線をモニターに向けた状態で短く告げた。
「指定時間よりは早めに来たつもりだが?」
ホークは左腕の時計を指差しながら、淡々と反論する。
「出来れば、私が指定などしなくても自発的に来るのが理想なのだがな」
「理不尽だな」
シグナムの無茶振りに、ホークは軽く肩をすくめて答えた。その様子を見ていたヴァイスが、ニヤニヤと笑いながら茶化すように口を挟む。
「朝から隊長姐さんとコントか? 仲が良いことで」
「「コントなどではない」」シグナムとホークの声が、寸分の狂いもなく綺麗に重なった。
「ハハッ、息ぴったりじゃねえか……」
呆れたように肩を揺らすヴァイスの言葉に、デッキ内の張り詰めていた空気が一瞬だけふっと緩む。
シグナムは小さく咳払いをして、何事もなかったかのように視線をモニターへと戻した。ホークもそれに倣うように、無言で腕を組んで画面を凝視し、自分なりの分析を始める。プライベートでの距離感は相変わらず不器用なままだが、仕事や任務に入れば二人の切り替えは驚くほど早い。
ヴァイスはその様子を横目で確認しつつ、慣れた手つきで手元の操作端末(コンソール)を叩いた。複数のホログラム映像が切り替わり、フォワード陣の動きがより詳細な数値データとともに拡大表示される。
足運び、視線の誘導、魔力反応の微細な揺れ――それは単なる訓練の振り返りというより、ほぼ実戦の戦闘解析に近い密度だった。
「――よし、始めるぞ。まずは本日の個別訓練のフィードバックだ。……とは言っても、現段階までのデータだがな」
シグナムがそう言いながら、モニターの一画を中央に拡大させた。
映し出されたのは、スバルの突撃訓練。
正面突破の威力は凄まじいが、動きの粗さが目立つ。とはいえ、入隊前の模擬試験の頃に比べれば、確実に力を身につけているのは事実だった。
「スバルは分かりやすいタイプだな。前に出る瞬発力はあるんだが、どうも止まれない」
ヴァイスの言葉に、ホークが短く視線だけを動かす。
映像の中のスバルは、ヴィータの振るうグラーフアイゼンの衝撃を受け止めきれず、派手に吹き飛ばされていた。しかし、画面の向こうの少女の瞳に恐怖の色はない。むしろ「次はどう踏み込むか」をギラギラと考えている足の動きだった。
「止める技術が足りないんじゃない。ただの魔力制御が甘いだけだろ」
ホークの言葉はどこまでも淡々としている。感情を挟まない、純粋な事実確認としての指摘だ。
シグナムが静かに頷く。
「その通りだ。防御スキルの不足という側面もある。だが根本的に、スバルはまだ『受ける側の戦い方』を知らない。だから、自分の勢いを殺しきれずに止まれないのだ」
すかさずモニターが切り替わる。次はティアナの射撃訓練だ。
なのはの的確な指示を受けながら、複数の起動ターゲットに対して正確に魔力弾を撃ち分けている。しかし、わずかに肩の呼吸が乱れていた。魔力消費の管理がまだ甘く、必要以上に動き回りすぎている。
「ティアナは、スバルとは逆だな」ヴァイスが顎をさする。
「慎重になりすぎているな」シグナムもモニターを見つめながら、冷静にウィークポイントを突いた。
「状況は読めているし止まれる。だが、ここぞという一歩を踏み込めない」
ホークはその言葉を聞き、鼻を小さく鳴らした。
「合理的と言えば聞こえはいい。だが、詰めが甘い」
その容赦のない一言に、ヴァイスが苦笑する。
「おいおい、お前それ、まだ入隊したばかりの新人に言う言葉じゃねえぞ?」
「実戦なら、その甘さひとつで死ぬ」
まるでかつての経験を当てつけるかのように、ホークはヴァイスにぶっきらぼうな悪態をついた。
それでも、ホークはモニターから視線を外さない。
画面はさらに切り替わり、エリオとキャロの連携訓練を映し出す。エリオのトップスピードは目を見張るものがあるが、攻守の判断が一瞬だけ遅れる。
逆にキャロは支援に徹しすぎるあまり、自ら前に出るという判断が遅い。その結果、突撃するエリオと、後方に控えるキャロの間に、致命的な空白の空間が生まれていた。
「連携のシステム自体は理解しているが、まだ浅いな。お互いの役割は頭に入っているのだろうが、それを刻一刻と変わる戦場でリアルタイムに共有しきれていない」
シグナムが厳格な声で口を開く。
「つまり、真面目すぎるんだろ」
ホークの身も蓋もない言葉に、ヴァイスが深く同意するように頷いた。
「だな。優等生な奴ほど、予期せぬトラブルで戦術が崩れたときに脆いもんさ」
――その言葉のあと、デッキの中に数秒だけ、重い沈黙が落ちた。
モニターのスピーカーからは、ヴィータの容赦のない怒声が響いていた。
画面の中、スバルが再び硬い床へと派手に叩きつけられる。だが、デッキにいる誰もそれを止めようとはしなかった。止める必要などどこにもないからだ。訓練とは、血の滲むような失敗を幾重にも積み重ねることでしか成立しないことを、ここにいる全員が嫌というほど理解していた。
「投げ出さない奴らだ。だからこそ、どんな過酷な盤面であれ、基礎さえ頭に叩き込まれていれば泥臭く対応はできる。そこはあいつらの最大の長所だがな」
ホークは己の歪んだ過去と無意識に比較しながら、新人四人の共通点を口にした。
自分とは、根本的な優しさが違うのだ。
ティアナとスバルは、自分が途中で放り投げた士官学校の過酷なカリキュラムを、最後まですべてやり切っている。エリオとキャロは士官学校こそ出ていないが、どんな理不尽な局面に立たされても実直に前を向き、周囲の期待に応えようともがいていた。
その眩しいほどに直向きな姿に、ホークは胸の奥で、少しばかり羨ましさに近い感情を抱いていた。
シグナムが慣れた手つきで端末を操作すると、大型モニターの映像が次の訓練課題へと切り替わる。ヴァイスは余計な私情を挟まず、淡々と数値を整理していく。ホークは腕を組んだまま、その一連の流れるような動きを鋭い視線だけで追っていた。
「次だ」シグナムの声は短く、低かった。
だが、その一言だけでデッキの空気がわずかに変質する。ヴァイスが小さく息を吐いた。
「じゃあ、いよいよ核心だな。あいつらの弱点のまとめに入るか」
ホークはその言葉にすぐには反応せず、ただ発光する画面を凝視したまま、数秒だけの沈黙を挟んだ。
窓の外に広がる澄んだ青空とは裏腹に、この部屋で行われている分析は、まるで硝煙の残る戦場の余韻をそのまま引きずるような、静かで張り詰めた緊迫感を纏っていた。
「結局のところさ」ヴァイスがパチンと手元の端末を閉じる。「全員、圧倒的に経験不足。これに尽きるだろ」
「いや、少し違うな」シグナムが静かに、しかし断固として首を振った。
「敵味方を含めた戦場全体に対する認識が、未だに未成熟なのだ」
シグナムの回答に、ホークは内心で深く得心していた。流石は常に最前線で修羅場を潜り抜けてきた、ヴォルケンリッターの騎士だ。その的確な大局観に内心で舌を巻きつつも、彼は数秒間だけ硬く口を閉ざした。
「……そこに、俺なりの視点を加えるなら」ホークが短く、低く呟いた。
その瞬間、シグナムとヴァイスの二人が一斉に彼へと視線を走らせる。
「全員、戦場の解像度が低すぎる」
「解像度、だと?」
何が言いたいのだ、そう言わんばかりにシグナムの鋭い眼光が、値踏みするようにホークを射抜いた。ホークは視線を外さず、冷徹に言い放つ。
「あいつらは、自分の目に見える可視範囲でしか戦えていない。だから――死角から一瞬で崩される」
同じ頃、昼食時の隊舎食堂。
新人四人とシャーリーが同じテーブルを囲んでいた。食事というより、重苦しい反省会だ。皿は進むが、会話は途切れがちだった。
「スバル、今日の突撃。三回目は完全にヴィータ副隊長に読まれていたわよ」と、ティアナの的確な指摘を行う。
「分かってんだけどさ。勢いがつくと止まれないんだよね」スバルは苦笑するしかなかった。
「でも、そのまま押し切れる時もあるから……判断が難しいです」キャロが小さく頷く。
エリオは無言でフォークを動かし、パスタをすすり続けていた。頭の中で自分の動きを幾度も反復しているのだろう。シャーリーが手元の端末を操作し、その様子を見守る。
「みんな、ちゃんと伸びてるよ。今日のデータを見る限り、全員“前よりは確実に上”にいってる」
慰めではない。技術官としての客観的な事実だった。
「ねえ、シャーリーさん」スバルがふと顔を上げた。
「ん? どうしたの?」
「ホークさんってさ……昔、本当に危険人物だったの?」
テーブルの空気がぴたりと止まった。
デリケートな話題であることは、スバルも理解していた。だが、今日まで接してきたホークと、初対面のときの印象を比較しても、ただ危険なだけの男には思えなかった。姉・ギンガの言葉を疑うわけではない。
しかし、周囲が過剰に騒ぎ立て、あからさまに距離を取るほどの悪人にはどうしても見えなかった。気難しく、極めて近寄り難い男であるのは事実だとしても。
ティアナがそっと目線を動かす。キャロがフォークを止めた。エリオも咀嚼を止める。
シャーリーは少し間を置いてから、困ったように、しかし静かに頷いた。
「……うん。まぁ、そう言われても仕方がない時期は、確かにあったかな」
曖昧な肯定。濁された事実。だからこそ、その言葉は重かった。
誰もそれ以上は踏み込まない。踏み込めるだけの材料が、彼らにはなかった。
その評価は間違いではない。
だが、今のホーク・ネヴィルを語るには、圧倒的に足りなかった。
同時刻。陸上警備隊第一〇八部隊、執務室。八神はやてとゲンヤ・ナカジマが机を挟んで向かい合っていた。机上に広がっているのは、密輸ルートの足取りと、レリック関連の不穏な動きを示す複数の報告書。地図の随所に、敵拠点を示す赤い印が刻まれている。
「……思ったより根が深いな」ゲンヤが苦虫を噛み潰したように低く呟いた。
「せやね。うちもここまで広がっとるとは思ってへんかったわ」
はやては資料を爪先で弾き、重い息を吐く。
傍らではリインフォースⅡが任務計画書を整理していた。そこには「ギンガ・ナカジマ」の名が記された前線への出動命令書が混ざっている。
「ギンガには、無理をさせるつもりはありませんです」
「分かっとる。せやけど、今回は前線に出てもらうで。もう『裏』でこそこそ動くような段階やない」
はやての言葉に、室内の空気が一段と引き締まった。
「失礼しますです!」リインが最新の報告書をモニターに並べる。
「お、まとまったか?」はやてが視線を上げた。「六課の方の状況はどんな塩梅や?」
「はいです。フォワードの皆さんは、日々の教導で順調に成長しています!」
リインが評価シートを開いた。新人四人のデータとは別に、簡易的な別枠のメモが添付されている。
『補助戦力評価:ホーク・ネヴィル』はやてが興味深そうに片眉を上げた。
「……これ、リインがまとめたんか?」
「はいです。六課の正式な戦力としての再評価項目になります」
「ほう……あの問題児が、そこまで書類に載るようになったか」ゲンヤが低く唸る。
かつての荒れ果てていたホークを知る身だ。組織の枠組みに大人しく収まる姿など想像もできなかった。不器用なりに六課へ馴染もうとしている男を思い、複雑な感慨が胸をよぎる。リインは少し言葉に迷いを見せてから、真剣な眼差しで続けた。
「ホークさんは、もう制御不能な不確定要素ではありませんです。現在は、六課の戦術単位として十分に運用可能であると判断されています」
その現況報告は、裏を返せば、彼が未だに二十四時間体制の厳重な監視下に置かれ続けているという、冷徹な事実の証明でもあった。
その少し後。
リインは執務室に残り、ギンガと個別の対話を交わしていた。ギンガは手渡された資料を受け取り、机の前に座ったままリインを見つめる。
「……ホーク・ネヴィル」名前だけを、ギンガは噛み締めるように小さく繰り返した。
「やはり、気になりますか?」リインが表情を窺う。
「ええ……あの人、まともな理由も言わずに私たちの前から消えましたから」
ギンガは苦い記憶をなぞるように、慎重に言葉を選んだ。
「スバルから通信で聞いた印象と、私の知っている昔の彼は、どうしても少し違う気がするんです」
ギンガは手元の資料へ視線を落とした。
ホーク・ネヴィル。かつて同じ陸士学校で学び、同じ泥にまみれて訓練場で汗を流した男。社交的ではなかったが、誰よりも負けず嫌いで、誰よりも泥臭い努力をやめない男だった。
だからこそ、許せなかった。自分やゲンヤも含めて、最も近くにいたはずの誰にも相談せず、何も言わずに失踪したことが。
怒り、呆れ、そして――生きていたことへの安堵。様々な感情が胸の中でせめぎ合っている。
ただ一つ確かなことがあるとすれば。彼の生存と現在の居場所が確認できたこと自体が、何よりも、一安心だったということだ。
「今の彼は、六課の任務に懸命に貢献しようとしてくれていますです」
リインは言葉を選び、ギンガを安心させようと即座にフォローを口にした。だが、その気遣いの早さが、かえって二人の間に潜む過去の溝の深さを際立たせる。
「そうですか……ですが、今の彼が本当に変わったのかどうか、この目で直接確かめてみます」ギンガの決意に、小さなデバイスの主は静かに頷いた。
「はいです。私も、そうするべきだと思いますです」
シグナム、ヴァイスとの資料作成と意見調整が一段落したときには、すっかり夜になっていた。訓練場の方角からは、未だに凄まじい砲撃音が夜空に響き渡っている。「あの教官様もおっかないな」と内心で冷や冷やしながら、ホークは定常業務である外周の夜間パトロールへと移った。
遠目に見える訓練場。
スバルが地面を転がり、ティアナが激しく息を切らし、エリオとキャロもスタミナの限界を迎えている。ホークは離れた暗がりから、その様子をじっと見つめていた。
自分も死線をくぐり抜けるための過酷な訓練なら、嫌というほど経験してきた。だが――あの四人の目的は自分とは根本的に違う。辛い環境から逃れるためでも、ただ自分が生き残るためでもない。自分以外の、世界の誰かを守るために強くなろうとしている。
理屈は理解できる。しかし、自分にはそんな大義のために命を懸ける覚悟はなかった。最優先は自分が生き残り。死んだら次はないという泥水をすするような環境で生きてきたホークにとって、誰かのために「昨日の自分よりも少しでも強くなろう」と足掻く新人の姿は、ひどく眩しく見えた。
「おセンチになってる場合じゃねえ」
短く呟き、気配を気づかれないようその場を立ち去る。体内の魔力循環を極限まで制御し、センサー上から自身の存在を消し去る。魔力を削ぎ落とした隠密状態で、ホークは一人、六課外周の夜闇へと静かに溶け込んだ。施設周辺の警戒業務。単純だが、今の彼に与えられた重要な仕事だ。
その時、左目の分析装置が唐突に警告音を鳴らした。
「むっ?」
現在地から高度プラス百五十、距離五百の座標。微弱な金属反応。時空管理局の登録コードはなし。バイザーの透過画面が、闇に潜む不審な影を捉えていた。ホークは魔力を制限したまま、物音一つ立てない隠密速度を維持する。
「停止しろ」
ブラスターの射程圏内に滑り込んだ瞬間、右太もものホルスターから連射型ブラスターを素早く引き抜き、偵察機械らしき飛行物体へ銃口を突きつけた。
機械からの応答はない。無感情に、淡々と六課周辺の偵察データを収集し続けている。
「停止しろ」
さらに警告を重ねる。それでも返答はない。ならば、敵だ。ホークの判断は迅速だった。
右手のブラスターの出力を最大へと引き上げる。銃口に凝縮された光の球が、静かに明滅しながら強烈な脈動を始めた。
チャージ時間は約十秒。限界まで生成された最大威力の波動弾が、夜闇を切り裂いて放たれた。光線は真っ直ぐに偵察機械を捉え、一切の爆音を残さず、一撃でその構造を消滅させた。
「……こいつは隊長クラスや、あいつらには使えねえな」
連射型ブラスターをすぐさまホルスターにしまいながら、ホークは小さく吐き捨てた。
なのはやフェイト、あるいはヴィータやシグナムなどの副隊長クラスが相手ならば、このブラスターをチャージしている十秒の間に、まず間違いなく間合いを詰められて叩き潰される。
新人のティアナであっても、実戦を重ねればこの隙を見逃さないはずだ。ブラスターそのものを正確に狙撃し、破壊してくるだろう。
スバルやエリオなら、チャージの光を見た瞬間にトップスピードで間合いを詰めてくる。キャロならフリードを経由し、こちらの死角から竜の息吹で迎撃してくるかもしれない。
「どうなることやら」
新人たちの成長速度を脳内でシミュレーションし、ホークは小さく呟いた。ほんの少しだけ、自嘲のような笑みを浮かべて。男は再び、静かな夜の警戒任務へと戻っていった。
一方その頃――。地上本部の監視網から遠く離れた、薄暗い地下施設。
無数のホログラムモニターが怪しく明滅する研究室で、一人の男が愉快そうに喉を鳴らしていた。
「ほう」白衣の男――ジェイル・スカリエッティは、一つの画面を凝視する。
映し出されていたのは、数分前に機動六課外周で破壊された偵察ドローンの、それが最後にとらえた記録映像だった。
激しいノイズ。夜の暗闇。そして――不意を突く一条の閃光。次の瞬間、すべての信号が完全に途絶えた。
「面白いな」スカリエッティは細い指先で端末を滑らせる。
通常の魔導師が放つ術式には、必ず固有の魔力痕跡が残る。高密度の魔力を放てば、その残滓を解析することは造作もない。だが、今回のドローンの記録には、それが一切存在しなかった。
「観測できたのは、発射直前の僅か十秒間のみ、か」スカリエッティがぽつりと言った。
しかもその魔力反応は極めて微弱。通常のセンサーなら警告すら鳴らさないほどの一瞬に過ぎない。ドローンの人工知能が反応を検知したときには、すでに物理的な破壊が完了していた。放たれた一撃はまるで実体の銃弾、いや、それ以上の速度と破壊力を秘めていた。
「ホーク・ネヴィル」スカリエッティの唇に、狂気的な笑みが深く刻まれる。
メインモニターに、男の顔写真と詳細なプロファイルが表示された。
『機動六課所属。元指名手配犯』
数年前、複数の違法研究施設が何者かによって次々と壊滅させられた事件がある。その破壊工作の中心にいたのが、当時まだ少年だったこの男だ。報告書は何度も読んだ。だが、実物をこうしてリアルタイムで観察する機会は、これまで一度もなかった。
「ブラスター、か」椅子に深くもたれかかり、恍惚とした表情で呟く。
体内魔力を極限まで抑制し、センサーの死角から一撃で勝負を決める歪な戦闘スタイル。それだけではない。自らの気配を完全に遮断する観測妨害能力を、純粋な技術(スキル)として備えている。
「クアットロ」男が背後へ向けて軽く声をかけた。
『はい、ドクター』即座に、虚空から声が響く。
「新たな監視対象を追加しよう」
スカリエッティは指先でモニターを叩き、ホークの顔写真を最前面へと固定した。
「機動六課が育成している新人たちも、私の計画にとっては素晴らしい素材だが――」
研究者の細い目が、爛々と怪しく輝く。
「今の私は、彼の方が遥かに気になる」
未知の玩具を見つけた子供のような、無邪気な笑み。だが、その底にはひたすらにおぞましい不気味さが孕んでいた。
「さて、君は一体何者なのかな? ホーク・ネヴィル」
対照的に、空間に投影されたクアットロのホログラムは、画面の情報を流し見ながらつまらなさそうに首を傾げた。
『ドクター。そこまで執着するほどの対象ですか?』
クアットロには理解できなかった。
固有の魔力総量は、なのはやフェイトといった隊長陣に比べれば見る影もない。一般魔導士なら持ち得ているであろう射撃魔法、砲撃魔法、そして広域破壊をもたらすような『攻撃魔法』のデータも一切存在しない。
そんな低スペックな男が、なぜ天才科学者の研究対象になるのかが分からなかった。
「もちろんだとも、クアットロ」スカリエッティは即答した。
彼の視線の先には、ホークの過去から現在に至る戦闘記録が並んでいた。管理局の保管データ、違法施設の破壊痕跡、逃亡中の足取り。そして、機動六課での初実戦の履歴。そのどれもが、管理局の常識から逸脱した異質なものだった。
「見たまえ」
スカリエッティが映像を一時停止させる。画面には、ホークがブラスターを構える刹那の姿。
「彼はこの構える瞬間にだけ、魔力を使っているんだ」
『はい』
「だが、魔導師の戦い方をしていない」
クアットロは言葉を詰まらせ、沈黙した。それが意味する異常性に気づいたからだ。通常の魔導師は魔力を練り、誘導、増幅、構築を経て術式へ昇華させる。魔法である以上、そのプロセスの痕跡は必ずセンサーに引っかかる。だが、ホークは違う。魔力が見えない。正確には――見えた時には、すべてが終わっている。
「面白いだろう?」
スカリエッティが愉快そうに肩を揺らす。画面に高町なのは、フェイト、ヴィータ、シグナムの顔写真が並んだ。
「管理局のトップ陣は確かに優秀だ。個の戦闘力は単純に強力。あらゆる事件を力ずくで解決してしまう。理屈が通る強さだ。だが――」
ホークの顔写真が、画面いっぱいに拡大される。
「彼は違う。生きている戦場そのものが、彼女たちとは根本的に違うのさ」
それは純粋な賞賛であり、狂気的な好奇心。そして何より、対象をバラバラにしたいという強い解体衝動の現れだった。
「少し調べてみようじゃないか。君が何を見て育ち、何を失い、何を武器にしたのかをね」
薄暗い研究室に、男の静かな笑い声が気味悪く響き渡った。
その頃。
ホークは自らに向けられた不気味な視線など知る由もなく、夜の見回りを続けていた。全エリア異常なし。外部監視網正常。周辺の魔力反応に揺らぎはない。いつも通りの巡回。いつも通りの報告。誰かに観察され始めていることに、まだ誰も気づいていなかった。
さすがにこの時間、訓練場に新人の姿はなかった。
隊舎へ向かい、重い足を引きずっていく後ろ姿が見える。スバルが膝に手をついて肩で息をし、ティアナは額の汗を拭いながら呼吸を整えていた。エリオはストラーダを杖代わりに立ち、キャロはフリードの背に支えられながら歩いている。息が切れ、魔力が尽きかけても、誰かのために自分を追い詰め、前に進む。
ホークは四人の姿を遠目に見つめ、小さく鼻を鳴らした。
「物好きな連中だ」
独り言。自分とは違う方法で、それでも泥臭く足を進めていく姿を、男はただ、闇の中から見守っていた。
冷たい夜風が通り抜けていく。
「さっさと報告書を書いて部屋に戻るか」
ホークは身を翻した。自室に戻り、報告専用の携帯端末を開く。今日の巡回報告書の作成。
『異常なし』
たった四文字。打ち込んで送信ボタンを押す。数秒後、待ち構えていた速度で返信が届いた。
『報告が短すぎます。もっと詳細を記載した上で再提出してください』
差出人はシャリオ・フィニーノ。早すぎる赤ペン先生。ホークは端末を見つめたまま、数秒ほど沈黙した。面倒くささが脳内を占拠していく。
『特に異常が無い。ただそれだけ。以上』わずかに文字数を増やして再送信。
『ちゃんと書いてください!』即座にメッセージが跳ね返ってきた。
画面の向こうでシャーリーが怒っている顔が浮かび、ホークは深く、重いため息を吐いた。どうすればこの不毛なラリーを終わらせられるのか。男は真剣に頭を抱えた。