魔法少女リリカルなのはStrikerS ~STAR HAWK:Lone Flight~ 作:マジフジ
その不自然な動きに気づいたホークは、敵の目的が別にあることを察する。やがて新人たちのいる場所へ迫る別働隊――そして、焦りを抱えるティアナにも危険が迫っていた。
ミッドチルダ首都南海地区上空。
ホテル・アグスタへ向かう前線輸送ヘリの機内には、ローターの重い駆動音が一定のリズムで響く。その前方で、モニターを背にした八神はやてが整列する隊員たちを見回す。
「全員揃っとるな?」
最前列にはフォワード陣のスバル、ティアナ、エリオ、キャロ。その後ろには、ヴォルケンリッターのシグナム、ヴィータ、シャマル、ザフィーラ。そして各隊の隊長であるなのはとフェイトが並んでいる。
そして最後尾のハッチ付近には、いつも通り壁に背を預けて腕を組むホークの姿があった。
「おいホーク。今日は遅刻してねえんだな」
その姿を確認したヴィータが、意外そうな顔で眉をひそめる。
いつもなら時間ギリギリ、ひどい時にはすでに浮上を始めたヘリのスキッドへ文字通り飛びつきながら合流する男だ。それげ、珍しく指示された時刻より前にシートに収まっている。その事実に、違和感を禁じ得ないようだった。
「随分と失礼な物言いだな、副隊長様ってやつも」ホークが視線だけを動かし、斜めに構えた皮肉を返す。
「だって事実だろ!」ヴィータが即座に言い返すと、緊張感の漂っていた機内に小さな笑いが漏れた。
「遅刻しているつもりはないんだがな」
「いつも遅刻なんだよ!」
間髪入れぬヴィータのツッコミが飛ぶ。その時、インカムに操縦席からのノイズ混じりの声が割り込んできた。ヴァイスだった。
『ははっ、確かに珍しいな。今日はミッドの首都に雪でも降るんじゃねえか?』
「外を見てみろ。快晴だろ」
いつものように軽口を叩き合う二人を見て、はやてが苦笑混じりに手を振った。
「まぁまぁ、ええやんか。ちゃんと時間通りに来とるんやし」
「はやてまでそいつを甘やかすなよ」ヴィータが呆れたように息を吐く。
「せやけど、大事な任務前や。今日は足並みを揃えてくれたんやから、それで十分やろ」
そう言ってはやては表情を引き締め、話を本題へと戻した。彼女が手元の端末を操作すると、メインモニターの画面が切り替わり、複数の精緻な資料画像が展開される。
映し出されたのは、ホテル・アグスタの外観と、その周辺の三次元立体地図。今回の任務の建前は、同ホテルで開催される骨董美術品オークションの警備だった。
しかし、機動六課の本命は美術品そのものではない。出品作に紛れ込んでいる可能性が極めて高い古代遺物「ロストロギア」と、それを嗅ぎつけて間違いなく強襲してくるであろうガジェット・ドローンへの迎撃がメインの目的だった。
フォワード陣の四人は、真剣な表情でそのホログラムを凝視していた。
最前列のスバルは身を乗り出し、ティアナは食い入るように資料の数値を睨みつけている。エリオとキャロも静かに耳を傾け、戦術を頭に叩き込んでいた。
一方、その後ろで自席に腰掛けたまま説明を聞いていたホークは、静かに思考を巡らせていた。任務の概要は理解できる。
だが、それにしても今回の動員戦力はあまりにも過剰ではないか。現地の護衛と防空のためだけに、なのは、フェイト、はやての隊長クラスが三名に、副隊長が二名。そこにザフィーラと新人四名まで加わっている。
これほどの最高戦力を一つのホテルに集中させるなど、通常運用ではあり得ない。他の一線部隊が悲鳴を上げてでも、六課の全力をここに注ぎ込む理由――。
「――オークションの裏で糸を引いとる可能性があるのは、現在、違法研究と次元犯罪で指名手配されとる大物。ジェイル・スカリエッティ」
はやてが告げると同時に、モニターに一人の男の顔写真が映し出された。
その瞬間、ホークの目が微かに細くなった。
腐れ縁だな――思わず、そんな冷めた言葉が脳裏をよぎる。
これまでに何度もその足跡を追い、逆に包囲網を敷かれて追われたこともある。互いに致命的な一撃を放ちながらも、あと一歩のところで潰し損ねてきた因縁の相手。ホークは背もたれに深く身体を預けた。
かつてはお尋ね者として執念深く狙っていた首。今度は管理局の制服を着て、任務という立場で追いかけることになるとは。なんとも皮肉めいた運命の巡り合わせ。
だが同時に、腑に落ちた。相手がスカリエッティという最悪の技術者であるならば、これほどまでに戦力を厚く敷く意図も、そして何より、この自分が出撃を要求された理由も、すべて納得がいった。
「こいつがガジェットの親玉か」
「現状では最有力やな」はやてが頷く。「フェイトちゃんを中心に調査を進めとる」
その言葉にフェイトが一歩前に出た。
「まだ証拠は少ないけど、かなり怪しいと思ってる」
「なるほどな」ホークは短く息を吐いた。「こういうタイプは尻尾を切るのだけは上手い。捕まえるなら、根元から潰すしかねぇな」
一瞬、部屋の空気がわずかに重くなる。元逃亡者であり追跡者でもある独自の目線から、合理的すぎる答えを端的に言ったからだ。だがホークは気にせず視線をスクリーンへ戻した。
「ところで部隊長様」
「なんや?」
「今回の件が長引くようなら、俺の役割は?」
「フェイト隊長の補助になるな」
「鬼ごっこの補助か?」
「茶化すなや。経験あるやろ?」
「まあな。逃亡者側の動きなら、それなりに分かる」
「追う側は正義を信じ、追われる側は生き延びるために動く。どっちが厄介かなんて、言うまでもない」ホークは肩をすくめ、当たり前だろと言わんばかりに応えた。
「その時はよろしく頼むで」
「了解」
ホテル・アグスタ周辺の警備配置が始まってから、しばらく時間が経過する。ホテル内部にはなのは達が入り、外周警備にはフォワード陣とヴォルケンリッターが散っていた。
ヘリの中にはヴァイスとホークだけが残っている。
輸送ヘリのエンジンは待機状態のまま低く唸り続けている。計器類の光が操縦席を淡く照らし、外部映像がモニターへと映し出されていた。
ホークはハッチ脇の座席に腰を下ろし、映像を眺めていた。モニターの中ではフォワード陣が持ち場へ向かっている。スバルは相変わらず真っ直ぐだ。エリオとキャロも、シグナムたちの指示通りに動いている。
問題は――ティアナだった。彼女は警戒を怠っている訳ではない。
むしろ逆だ。誰よりも周囲を見ている。誰よりも任務に集中している。
だからこそ、ホークは引っ掛かるものを感じていた。彼女の視線が前に前と向きすぎている。
余裕がない――自分が結果を出さなければならない、という焦りのようなものが遠目からでも見えてしまう。
ホークは小さく息を吐いた。
新人としては間違いなく優秀、エリートと評価しても差し支えない。そのはずなのだが、優秀だからこそ危うい。自分の失敗を許せない人間ほど、自分で自分を追い込む。
それをホークは嫌というほど知っている――過去の自分もそうだったからだ。
誰よりも結果を欲しがり、誰よりも負けを嫌っていた。その気持ちが強くなればなるほど、視野は狭くなる。そして視野が狭くなった人間は、大抵ろくな判断をしない。モニターの向こうでティアナが何かを確認するように周囲へ視線を巡らせていた。
真面目がすぎる。取り柄でもあることは認めている反面、肩の力が抜けていないとも感じた。見ているこっちが不安になる。
「気になるか?」操縦席からヴァイスの声が飛ぶ。
「まあな」ホークは視線をモニターから外すことなく、短く返答した。
ヴァイスは苦笑する。
彼もまた、ホークと同じ映像を見つめていた。
射撃魔導師としての視点、空戦魔導師としての視点。そして長年現場を飛び続けた、一人の軍人としての視点。
ティアナ・ランスターという新人は、間違いなく優秀だった。技術も判断力もあり、頭の回転も早い。だが同時に、見ていて危ういほどに肩の力が入りすぎていた。だからこそ、自分の能力を早く周囲に証明したがる。
それは、新人によく見られる焦りだった。特に前衛のような華やかさがない、射撃型に多い傾向でもある。
目立ちにくいため、結果を数字で周囲に示そうとするのだ。撃墜数、命中率、目に見える戦果。そういうものにばかり意識が向き始める。ヴァイスは長年のキャリアの中で、同じように焦って墜ちていった人間を何度も見てきたし、挫折から二度と立ち上がれなかった者も知っていた。
「お前と少し似ているな」ヴァイスが何気なく言った。
「どこがだ」
あんなひよっこと自分に共通点などあるものか、とホークは鼻で笑いかけた声で応じた。
「焦りだな」
間髪入れずに即答され、ホークは少しだけ口を閉ざした。
反論しようとして、やめる。核心を突かれて否定できなかったからだ。
かつての自分も、現在のティアナと似たようなものだった。勝利に飢え、結果を求め続け、誰にも追いつかれたくないと焦っていた。圧倒的な力でねじ伏せて、誰からも認められたかったのだ。だから必要以上に前線へ向かい続け、背負うはずのない重荷まで背負い込んだ。そして失敗し、その先で盛大に躓いたのだ。
「……だが、俺よりはあいつの方が真面目だ」
ホークはモニターから目を離さずに言った。
「違いねえ」
ヴァイスが笑った。
それから、少しだけ沈黙が続いた。
モニターの中では、何事もなく警備が続いている。異常なし――平穏そのものだった。
だが、ヴァイスとホークは二人とも、何となく嫌な予感を覚えていた。互いに明確な根拠はない、前線経験者ゆえの直感に近いものだ。
焦っている人間は、どこかで必ず無茶をする。そしてその無茶は、何かのきっかけで一気に表へ出る。問題は――それが今日なのかどうか、だ。
ヴァイスは引き続きモニターに視線を向け、警戒を継続する。ホークは腕を組み直し、静かに映像を見つめ続けた。
その時、モニター上に次々と赤い光点が灯り、そして消えていった。ホテル外周へ侵入を開始したガジェット群だった。
ヴィータが一撃で三機を粉砕し、シグナムが飛来した個体を一閃で斬り捨てる。ザフィーラは突破を試みた個体を確実に地上へと叩き落としていた。数だけ見ればガジェット側が圧倒的多数だが、戦況は完全に一方的だった。そもそも、ホテルへの接近すら許していない。
「ハエどもは思ったより粘るな」皮肉めいた声で、ホークがぽつりと言った。
「操作が切り替わったな」ヴァイスがモニターを凝視する。
明らかに先ほどまでの機械的なアルゴリズムではなく、生身の人間による有人操作が混ざっている挙動。多少動きが鋭くなった程度で、大勢に影響はない。
だが、モニターに映るガジェットの数は増え続けていた。奇妙なことに、その大群は一向に目的であるはずのホテル本館へ殺到しようとしなかった。周辺空域を不自然に旋回し、六課の迎撃部隊との交戦ばかりを優先している。まるで、ホテル内部に突入する気配すらない
物量任せのガジェット運用としては、普通なら考えにくい非効率な行動。この物量があるなら、多少の損害を無視してでも本館へ突っ込ませた方が遥かに目的を達しやすい。
「妙だな」ホークが呟いた。
「何がだ?」ヴァイスが視線を上げる。
ホークは迎撃する六課のデータと、ホテルの周辺モニターの両方を比較しながら、冷静に戦局を分析していた。彼はガジェット群が描く不自然な飛行軌道を指でなぞる。
「奴らなぜ、本命のホテルを狙わない?」
「確かに、この数なら多少撃墜されても本館へ突っ込めるはずだな」
ヴァイスも同じ映像を見つめながら、怪訝そうに同意した。
敵は戦っているのだが、一向に目的地へ進まない。
まるで誰かに遠隔操作されているような不自然さ――そこまで考えた、その時だった。
『シャマルより各員!』
インカムの通信回線へ、緊迫した声が割り込んだ。ホークとヴァイスの視線が同時にモニターへ向く。
『ヴィータ副隊長が交戦中のガジェット群とは別に、新たな反応を確認!』
モニター上へ新たな赤点が表示された。その数は多くないが、ガジェットたちの進行方向は明らかに違っていた。ホテル外周でも本館でもない。それは、フォワード陣が展開している区画へと正確に向かっていた。
「囮か」
ヴァイスが小さく声を漏らす。
「違いないな」
ホークも即座に同じ結論へ辿り着いていた。ホテルを攻めず、あえてヴォルケンリッターと交戦を続ける。その間に別の本隊を送り込む。裏で誰かが指揮していると考えれば、すべての辻褄が合う。
『ティアナとスバルが、その別働隊の追撃を開始しています!』
シャマルの緊迫した報告が続く。その瞬間、ホークの眉が僅かに動いた。
『スバル! ティアナ! 二人まとめてすっこんでろ!』
ヴィータの怒声が通信越しに響く。しかし、焦る新人たちからの返答はない。
「何やってんだよ、あいつら……」
舌打ちしながらヴァイスが通信を聞く。ホークの表情からも余裕が消えた。
「どうやら、ただ事じゃなさそうだな」
瞬時に戦況の致命的な狂いを察し、ホークは腰のリフレクターとブラスターの感触を確かめ、戦闘態勢に入る。
直後、最悪の報せが届いた。
『応援要請です! ヴィータ副隊長がガジェット群に包囲されました!』
『至急、支援をお願いします!』
シャマルからの通信が途切れた瞬間、ホークは勢いよく立ち上がった。
「燃えるね。ようやく俺のご登場ってわけだ」
不敵に笑いながらシートから腰を上げると同時に、両足首の新型デバイス『エアレイド』が起動する。鮮烈な蒼い光がブーツの表面を走った。ホークはすでにハッチへと向かっている。
「行ってこい!」
「ヘリ、頼むぞ」
「誰に言ってんだ」ヴァイスが頼もしく笑う。
ホークも少しだけ口元を緩めた。
次の瞬間――ハッチが開放される。エアレイドの駆動音と共に、強烈な風が機内へ吹き込んだ。ホークは迷いなく、空へと飛び出した。
左目の分析装置が、アグスタ周辺の戦域を瞬時に走査する。ガジェット群の配置データと個数、ヴィータの戦闘区域、そしてフォワード陣の現在位置。次々と情報が重なり、最新の戦況図が脳内へ組み上がっていく。
「さて、どこからいこうか」
ホークは空中で姿勢を制御。蒼い魔力光がブーツから激しく噴き出していた。
左目の分析装置の端で、新たな反応が点滅する。確認すると、エリオとキャロがガジェットと交戦中だった。だがそこにはザフィーラやシグナムが共に戦っている。自分が補助として参加すれば、明らかに過剰戦力だ。
介入は可能。エアレイドの機動力を使えば数秒で到達できる距離だ。だが、今は違う。隊長陣もシャマルも状況を把握しているはずだ。それでもあちらから援護要請が出ていないということは、まだ任せられる範囲だという前線の判断だった。
「だったら――」
視線を切り替える。狙うは、ホテル外周を埋め尽くす大量の赤色反応。
ガジェット群に包囲されながらも、ヴィータは未だにダメージを一切受けず、敵の猛攻をすべて回避して対応し続けていた。
「っぱ、素直にこっちか」エアレイドが猛然と唸りを上げた。
『Hawk Slash(ホーク・スラッシュ)』
エアレイドの電子音声が響くと同時に、左目の分析装置がさらに加速する。視界を埋め尽くす無数の情報。ガジェットの機体番号、推定装甲値、武装配置、射線予測。それらすべてが一瞬で演算されていく。敵の照準、発射予測、完全回避可能領域。
そのすべてを見切った瞬間――ホークは冷徹に結論を出した。
「このルートだな」
蒼い魔力が両足首へ一気に流れ込む。次の刹那――音を置き去りにする超加速によって、ホークの姿が空間から完全に消えた。夜空には、鋭い蒼い軌跡と、複数のホークの残像だけが美しく描かれていた。
『上から来るぞ!』
誰とも分からぬ通信が、ノイズ混じりに戦域へ響き渡る。
地上のガジェット群が一斉に砲門を上空へと向けた。だが、その反応すらホークにとってはあまりにも遅すぎた。鋭い蒼い残光が、瞬く間に敵の編隊中央を真っ直ぐに貫く。
機械の兵器がその脅威を認識した時には、ホークはすでに残像を残して編隊を通り抜けていた。
ガジェットたちが慌てて照準を修正しようとした、まさにその瞬間だった。
「――遅い」
硬質な金属音が連続して夜空に響く。突如、ガジェットたちの主武装である砲門が、滑り落ちるように一斉に地面へと転がっていった。ホークが通り過ぎた刹那、すべての機体の銃身を正確に切り落とす斬撃はすでに終わっていたのだ。
「おせえぞ、ホーク!」ヴィータが怒鳴りながら、アイゼンを豪快に振り抜いた。
迫るガジェットが一機、二機、三機とまとめて粉砕され、夜闇に吹き飛んでいく。周囲には未だに大量の敵影が残っており、彼女は悪態をこぼしながらも、着実にその数を減らし続けていた。
「洒落た歓迎だな」ホークは空中で肩をすくめた。
せっかく助けにきてやったというのに、感謝の言葉一つ言えないものかね――そんな素直になれない副隊長の態度に、呆れを通り越して笑いすら込み上げてくる。
「嫌味か、てめえ!」
ヴィータが叫んだ次の瞬間、残ったガジェット群が一斉に砲火を放った。無数の魔力弾が空を埋め尽くし、雨あられとなってホークへと殺到する。通常の魔導師であれば、即座に何らかの障壁魔法を展開して身を固める局局面だ。
「チッ!」
ヴィータが咄嗟に迎撃のカバーへ移ろうとした、その時だった。
「まあ待て」
ホークは不敵な笑みを浮かべたまま、自らその激しい砲撃の正面へと踊り出た。
ホークの言葉と同時に、その身体を中心として、一瞬で正六角形の蒼いエネルギー障壁が全方位へと展開された。
それは、周囲の空間そのものを歪めるように激しく電子音を鳴らし、脈動している。
ヴィータが咄嗟にカバーへ移ろうとしたが、それよりも早かった。
殺到した無数の魔力弾が障壁に接触した瞬間、大気をも震わせる『反射(リフレクト)』の炸裂音が戦域に響き渡る。
爆音も、着弾の衝撃も一切起こらない。
光線、弾丸、放たれたエネルギーのすべてが、その蒼い六角形の多面体に激突した刹那、完全にその威力を反転させられていた。
「なっ――」
ヴィータが驚愕の声を上げる間もなく、ホークは右手をパチンと鳴らす。
一瞬のタイムラグすらなく、リフレクターの多面体から、吸収したすべての砲撃が数倍の速度へと跳ね上がって撃ち返された。
元の軌道を正確になぞり、あるいはさらに鋭い角度で、光線が敵の群れへと一斉に突き刺さる。
空が完全に閃光で染まった。
一機が爆発し、次の瞬間には周囲のガジェットが連鎖的に誘爆を起こしていく。十数機の編隊が、自らが放った最大火力の倍の威力によって、文字通り一瞬で木っ端微塵に吹き飛んだ。
「相変わらず反則だな、それ」ヴィータが呆れ果てたように吐き捨てた。
「便利な能力だろ?」
「今回は前みたいに、格好つけて足で蹴り飛ばさねえのか?」
「あれはあくまで応用だ。基本はこうやってスマートに返す」
ホークはヴィータの嫌味混じりの発言を軽くいなすと、さらに不敵に笑いかけた。
「今度は副隊長様の攻撃も、そっくりそのままリフレクトしてやろうか?」
「笑えねえな!」
即座にヴィータの鋭いツッコミが飛ぶ。
その時だった。ホークの左目のバイザーが再び激しく点滅した。戦域マップの最奥、ガジェット群の後方に、通常機とは明らかに異なる大型の魔力反応を捕捉する。戦場全体を統括している指揮機。あるいは――。
「いたな」ホークの口元が歪んだ。
「親玉か?」ヴィータもその不穏な反応に気がついた。
「たぶんな」
ホークが応じると、両足のエアレイドが低く唸りを上げた。蒼い魔力光が脚部から再び溢れ出す。
「ホーク、まとめておけ! あたしが一撃でまとめて吹き飛ばしてやる!」
ヴィータがアイゼンを強く構え直した。
「一撃で仕留められるように、一箇所に集めればいいんだな」
『Vision Through(ビジョン・スルー)』
エアレイドの詠唱が響いた次の瞬間、ホークの姿が再び空間から掻き消えた。
空に残された蒼い残光だけが、戦場を縦横無尽に駆け抜けていく。一機、二機、三機。ガジェットたちの狭い隙間を縫うようにして、ホークは爆発的な速度で走り続ける。しかし、上空からその軌道を見ても、彼が敵を撃撃しているようには全く見えなかった。
だが、目的は別にあった。
ホークは敵を撃墜するのではなく、あえてガジェット群の進路だけを正確に切り裂いていたのだ。右へ、左へ、上へ。機巧に敵の攻撃をスルーしながら、鋭い威嚇射撃と残光によって進路を誘導していく。逃げようとする個体を、無理やり別の群れへと押し込んでいく。
それはまるで、優秀な牧羊犬が散らばった羊の群れを一箇所へ追い立てるかのような、神業に近いコントロールだった。
気付けば――あれほど広範囲に散開していたガジェットの大群が、不自然なほど一点の空間へと強制的に集められていた。
群れを完全に囲い込み、ホークは上空へと大きく跳ね上がる。
「副隊長様」
「終わったか?」
「お膳立ては完璧だ」
「上出来だ!」
ヴィータがニヤリと好戦的に笑い、その小さな身体から凄まじい魔力を噴き上がらせた。
アイゼンへ莫大な魔力が集中していく。
『Schwalbe Fliegen(シュワルベフリーゲン)』
ヴィータの咆哮と共に、空間を埋め尽くすほどの無数の鉄槌弾が展開された。夜空を真っ赤に染め上げる魔力光の嵐。紅い閃光の暴風が、ホークが一箇所に固めたガジェットの大群を容赦なく飲み込み、一網打尽に粉砕していく。
大爆発の炎の中、ほとんどの敵反応が瞬時に消滅した。だが、たった一つだけ――戦場を統括していた指揮機と思われる大型機が、防御フィールドを焼き切られながらも、黒煙を上げて空中へ辛うじて留まっていた。各所の装甲は焼け焦げてボロボロだが、まだ墜ちてはいない。
「しぶてえな」
ヴィータが忌々しそうに舌打ちする。だがその直後、彼女は不敵に肩越しで笑った。
「残りはやれ。欲しかったんだろ? 獲物をよ」
「分かってたか」
ホークは鼻で笑った。
「見せ場を作ってやったんだ。感謝しろよ!」
「なら――期待に応えないとな!」
ホークの気分が最高潮に高揚すると同時に、その全身から剥き出しの魔力が噴き上がった。両脚のエアレイドへ、蒼い魔力が一束に集束していく。
『Hawk Dynamite(ホーク・ダイナマイト)』
エアレイドの電子音声が響いた瞬間、ホークは蒼い彗星と化して夜空を裂いた。ヴィータが仕留め損ねた大型ガジェットの懐へと、一瞬で急接近する。
急停止と同時にガジェットの目の前の空間に文字通り「着地」し、ホークは不意にニヤリと笑った。
その刹那――彼の周囲から、猛烈な蒼炎の代わりとなる大爆発が巻き起こった。
完全に意表を突かれたガジェットは防御フィールドを展開することすらできず、無残にその蒼い劫火に飲み込まれ、空中できれいに木っ端微塵となった。
左目の分析装置に《MISSION COMPLETE》の文字が表記される。爆煙が風に流されて晴れた頃には、周辺空域の敵反応は完全に消滅していた。
◇
ホテル・アグスタの周辺空域。
ヴィータ、シグナム、ザフィーラ、そしてホークの四人は、ビルの屋上で一時的に合流していた。戦闘は終わったが、誰一人として気を抜いてはいない。
シグナムは空間に表示された戦術モニターへ厳しい視線を向けていた。撃墜地点、敵機の侵攻経路、召喚獣が出現した位置、そしてホークの戦闘ログ。それらを順番に確認した後、シグナムが口を開いた。
「まず情報共有だ」低く落ち着いた声だった。
「私とザフィーラは、別の地点で召喚魔導師と思われる人物の姿を確認した」
ホークの表情が僅かに引き締まる。ザフィーラが重々しく言葉を重ねた。
「直接交戦には至らなかったが、あの挙動から考えても、偶然配置されていたわけではあるまい」
「召喚士か」ホークは顎へ手を当てた。
やはりあのガジェットの大群はただの囮、ホテル襲撃が本命ではない。敵は完全に別の目的で動いていた。
「こっちも気になる点がある」
ホークが言うと、三人の視線が一斉に集まった。ホークは空中の戦域マップの一点を指差す。
「ガジェット共は、最初からこのホテルを本気で狙ってなかった」
ヴィータが眉をひそめる。「どういう意味だ?」
「本気でここのロストロギアを強奪するつもりなら、あの物量で一気に力押しできたはずだ。いくら俺達や隊長様たちが束になったところで、民間人を庇いながらあの数を捌き切るのは相当きつい」
「時間稼ぎ、あるいは陽動だな」
戦術マップ上に新たな侵攻ルートを赤線で表示させながら、シグナムが即座に結論を出した。
「あの召喚士の側が本命かもしれん」
ザフィーラも同意するように深く頷く。
短い沈黙が流れた。――その後だった。シグナムが不意に、なんとも言えない気まずそうな視線をホークへと向けた。
「それと、ネヴィル」
「ん?」
なぜかは知らないが、ホークの第六感が強烈な嫌な予感を覚える。シグナムが唐突にこんな歯切れの悪い雰囲気を出すような人間ではないこと、そしてヴォルケンリッターの面々がいつだって大真面目であることは、ホーク自身もよく分かっていたからだ。
「先ほどお前が使った技の名前についてだが……」
「ホークスラッシュ」
「ビジョンスルー」
「ホークダイナマイト」
シグナムが、真顔のまま、ホークが叫んだデバイスの登録技名を順番に復唱していく。
「……おい。言いたいことがあるなら、はっきり言えよ」ホークの頬が、わずかに引きつった。
「お前さ」ヴィータが耐えきれずに吹き出した。
「なんだ」
「三つのうち二つ、自分の名前が入ってんじゃねえか!」
「……実はナルシストなのか?」ニヤニヤしながらヴィータが質問を投げかけてくる。
「違う」ホークは即答した。技名に他意などないからだ。
「違うのか?」
「……名前が思いつかなかっただけだ」
「余計ダメだろ!」
ヴィータが即座に呆れながら突っ込む。あの真面目なザフィーラまでもが、珍しく視線を逸らして笑いを堪えていた。
シグナムは静かに目を閉じ、額へ手を当てる。
「……正直に言う」
「おう」
「私が戦闘記録で読み上げるのが恥ずかしい」
「おい」
「今後はスラッシュ、ビジョンスルー、ダイナマイトと呼ぶ」
「あんたまでか」
「その方がいい」ザフィーラもシグナムに同意するように、深く頷きながら言った。
「いや、よくねえだろ」
だが、三人とも真顔。軽口や嫌味くらい言い返そうと考えてはみたものの、何も言葉が出てこず、ホークは黙り込むしかなかった。完全な敗北。ヴィータはもう腹を抱えて笑っている。
「はははっ! お前、そういうセンスだったのか!」
「うるせえ」
ホークは露骨に不機嫌そうな顔をした。だが、笑いはそこで終わらなかった。
シグナムが表情を引き締める。
「冗談はここまでだ。……技そのものの性質について話す」一瞬で空気が変わり、ホークも真面目な顔に戻った。
「スラッシュは強力だ」シグナムが言う。「だが直線軌道が多い。故に読まれれば容易に迎撃される」
「分かっている」
素直な動きしかできない技ゆえ、ホークも素直に頷く。
「ビジョンスルーは便利だ。だが、敵を誘導する都合上、お前自身が撃墜数を稼げない」ザフィーラが続ける。
「味方援護、回避、誘導に特化しているとも言えるな」
「それも理解してる」
「ダイナマイト」最後にヴィータがニヤリと一瞬笑った。
「お前、あれは流石に突っ込みすぎだ」間近で見ていたヴィータは、すぐにリスクを指摘する。
「だろうな」珍しくホークが即答した。
「もし想定通りにならなかったら?」
「膨大な隙を晒す。防がれても、予知されて逃げられても面倒だ」
「逃亡時代に使わなかった理由はそれだろ」ヴィータが見透かしたように言った。
「まあな」
ホークは否定しなかった。実際その通りだ。ダイナマイトは派手で威力はあるのだが、切り札としては癖が強すぎる。常に動き続ける逃げの戦い方とは相性が最悪だった。
「そこは改善しろ」
「善処する」
「絶対にしねえ顔だな」
「善処する」
「二回言ったな」
ヴィータが呆れる。しかし、ダイナマイトの弱点についてだけはホークも本気で理解していた。だからこそ反論はしない。
その時だった。ホークがふと周囲を見回す。
「そういや」
「なんだ?」
「スバルとティアナはどこにいる?」
空気が一瞬だけ変わった。ヴィータが気まずそうに頭を掻く。嫌な予感しかしない。
「裏口警備だ」
「は?」
「ホテルの裏側だよ」
「なんであいつらをそんな場所に置いたんだ」
「私が行かせたんだよ」
ホークが無言になる。本当に数秒間、完全に固まった。
「……」
「おい」
「……」
「なんか言えよ」
ホークは静かに額を押さえた。深い、深い溜息が漏れる。
「……頭痛がしてきた」
「まだ何も起きてねえぞ!」
「だからだ」
あの焦っている新人を、最も死角になりやすい裏口に配置した。嫌な予感しかしなかった。そして彼のそういう予感は、大抵その通りに当たる。
四人はそれぞれ警戒を強めながら、次の報告を待つのだった。