魔法少女リリカルなのはStrikerS ~STAR HAWK:Lone Flight~ 作:マジフジ
その一方で、新人たちはホークの過去を知ることになる。何も持たなかった十五歳の少年が、それでも戦い続けた理由とは――。
機動六課隊舎、休憩室。
時刻は二十一時を回っていた。
夜間警備の時間までまだ少し余裕があり、ホークは休憩室の椅子に腰掛けながら、炭酸水の缶を片手に窓の外を眺めていた。だが、その視線は景色など見ていない。頭の中では、昼間に起きた出来事の残像が何度も繰り返されていた。
「まあ、ありゃティアナが悪いわな」
向かいに座るヴァイスが、苦笑混じりに言った。
「なのはさんも相当怒ってたぜ。模擬戦中に指示を無視して、スバルまで巻き込みかけたんだからな」
ホークは黙って聞いていた。現場にいたわけではない。聞いた話でしかないからこそ、軽々しく口を挟む気にはなれなかった。どちらか一方に、簡単に肩入れする気にもなれない。
命令違反に、味方への巻き込み未遂。そんな真似をすれば、教導官として、そして部隊長として容赦なく撃墜したなのはの判断も当然理解できる。戦場で生き残れるようにするための訓練なのだから、それは間違っていない。
「ヴァイス」
「ん?」
「あいつ、そこまで追い込まれてたのか」
「ホテル・アグスタから帰ってきてから、ちょっと焦ってた気はするな」
ヴァイスは言葉を選ぶように答えた。彼とて、何も見ていなかったわけではない。ティアナが焦りのあまり、相棒であるスバルとの戦術連携を疎かにしている場面を、数日間にわたって何度も確認していた。
「才能がどうこうって話じゃねえんだけどな」ヴァイスは乱暴に頭を掻いた。
「スバルもティアナも頑張ってる。だからこそ焦る。まぁ、若い奴にはよくある話だ」
ホークは返事をしなかった。
頑張っている、という言葉自体を否定するつもりはない。パトロールの帰りに、ティアナが一人きりで深夜まで自主トレーニングに励んでいた光景が、今も脳裏に焼き付いている。
実際、ティアナは誰よりも訓練していた。そして、彼女に応えようとするスバルも同じだ。
だからこそ、厄介だった。頑張っている奴ほど、ブレーキが利かなくなる。努力しているという事実が、時として冷静な判断を曇らせる。そして――その歪みが、今日の撃墜という結果に繋がった。
なのはが激怒した理由も、ティアナが焦る理由も、どちらの言い分も分かりすぎるほどに分かってしまう。だから、どちらが正しいとも言えなかった。
「ま、明日になりゃ少しは落ち着くだろ」
ヴァイスがそう言った、その時だった。
突如、けたたましいアラートが鳴り響き、隊舎全体の空気を切り裂いた。同時に、壁面のモニターが一斉に赤色へと切り替わる。
『緊急出動、緊急出動。機動六課全隊員は、ただちに所定の出撃位置へ――』
「おっと、お呼び出しだ」ヴァイスが立ち上がる。ホークも反射的に椅子から腰を上げた。
先ほどまでの感傷的な空気は一瞬で霧散する。ここからは仕事の時間だった。
「続きは後だな」
「ああ」飲みかけの缶を机へ置き、ホークは窓の外を見た。
夜空は静かだった。だが、その静寂もここで終わりだ。これからどんな一波乱が待ち受けているのか。
「行くぞ、エアレイド」
『Yes, sir』
相棒の電子音声を聞きながら、ホークはヴァイスと共に、弾かれるように休憩室を飛び出した。
ヘリポートへ到着した時には、既になのは達も集まっていた。
ロングアーチから送られてくる情報が、空中モニターへ次々と表示されていく。
ガジェットドローンⅡ型、出現数多数、現場は海上区域。
「空戦任務になるね」
なのはが短く呟く。フォワード陣も全員揃っていた。
だが――ホークの視線は自然とティアナへ向いていた。彼女の顔色は悪い。昼間に撃墜され、夜の九時ちょっと過ぎまで寝込んでいた。体力は回復しているとはいえ、精神的な不調も含めたら無理をして立っているのが誰の目にも分かった。
そして――案の定というべきか、出撃メンバー選定の段階で空気が変わった。出撃メンバーはなのは、フェイト、ヴィータ、そしてホークの四名。この任務では空中戦がメインである以上、他のメンバーはロビーで待機とのことだった。ロビーの指揮はシグナムがとることになっている。
「ティアナは、出動待機から外れとこうか」
なのはの言葉は、昼間のことを考えれば当然の判断だった。ホークも異論あるわけがない。今のティアナを前線へ出す方が危険だ。体力や魔力という側面だけでなく、精神的にもまだ立て直せていない。一瞬の判断が生死を分ける現場へ送り出せる状態ではなかった。
だが――。
「……言うこと聞かない奴は」ティアナが俯いたまま呟く。「使えないってことですか」
ヘリポートの空気が凍った。
スバルが目を見開き、キャロも不安そうにティアナを見る。なのはは真っ直ぐティアナを見つめたまま答えた。
「自分で言ってて分からない?」その声は厳しく、いつもの優しさはない。「今のは命令違反だよ」
「隊長達は強いからいいじゃないですか」ティアナの肩が震えながら答える。
ティアナの押し殺していた感情が滲み出る。それは悲痛な叫びにも近いものだった。
「フェイト隊長だって、ヴィータ副隊長だって、ホークさんだって!」
ホークは眉をひそめた。戦場では回避し、生き残って逃げることしか頭にない自分の名前が出るとは思わなかった。
「私には何もないんです!」ティアナの声が夜空へ響く。
「エリオみたいな才能も、キャロみたいなレアスキルもない!」
「ティア……」スバルが呼びかける。だが止まらない。
「だから必死でやるしかないんです!」
その言葉を聞いて、ホークは奥歯を噛み締めた。
言いたいことは分かるし、焦る理由も分かる。だが、それでも――出撃直前の今、ここで言うべき内容ではない。敵は今も区域を順当に侵攻していることに違いないのだ。現場は既に動いている。一秒でも早く出なければならない。
その時だった。シグナムが一歩前へ出た。
「私は――」
ティアナが何かを伝えようとして言い終わる前だった。
シグナムの拳が振り抜かれる。加減はしているとは言え、鈍い音が耳に残る。ティアナの身体が横へ吹き飛び、その場へ倒れた。スバルが息を呑みながらティアナの体を支える。エリオとキャロはあまりの一瞬の出来事に硬直する。
「駄々をこねるな」シグナムの声は冷たかった。
「付き合ってやるから付け上がる」
その後、ヴァイスにヘリが出動できるか否かを確認する。ヴァイスからは「全員が乗り込めば、いつでもヘリを出せる」とのことだった。この男にヘリのことを任せれば、おそらく六課でも右に出る者はいないエキスパートの言葉なのだから間違いはない。
ティアナは立ち上がれない。涙と悔しさと怒りが入り混じった表情で地面を睨んでいる。その姿を見ていたホークは――小さく息を吐いた。
「ネヴィル、お前も準備は良いな?」
シグナムが静かに問いかける。全員の視線がホークへ向いた。
次の瞬間――ホークは自分からシグナムの前へ歩き出した。
「ホーク?」なのはが怪訝そうな声を上げる。ホークは肩を竦めると、倒れ込んだティアナを一瞥した。
「まあ、気持ちは分からなくもないさ」
そして――わざとらしく大きなため息を吐いた。
「ティアナもスバルも若いんだ。反抗期ってやつだろ」
「ホークさん!」スバルが思わず叫ぶ。ホークは気にした様子もなく続けた。
「で、ヴィータ副隊長。シグナム副隊長。殴り足りないなら俺も付き合うぞ」
ホークはへらへら笑いながら、一言を冷徹に言う。ヘリポートの空気が止まった。
呼ばれたヴィータが眉を吊り上げ、シグナムは真面目な顔つきでホークを見る。
「何だと?」シグナムの声が低くなる。
「どうせなら俺がやる。肩書もあるしな」
その刹那――シグナムの手がホークの胸倉を掴み上げた。ぐい、と身体が浮く。だが、ホークは動じない。
「貴様……」シグナムの眼には怒気が宿っていた。だが、ホークは全く慌てない。
「あいあいさー、了解了解」
むしろ笑っていた。まるでスバルたちを挑発するかのような言動だった。
「勇敢なお姫様方の心のケアは騎士様方に任せるさ」
ホークはそれでも止めない。そして、シグナムにしか聞こえないほどの小声で短く囁いた。
「今、ティアナに感情向けても傷つく。とにかく出撃が最優先だ」
一瞬、シグナムの眉が僅かに動いた。ホークが何をしようとしているのか、その意図を理解してしまった。だからこそ、もう殴れない。
「不器用だな……馬鹿者」
シグナムが小さく吐き捨てる。この男の用意したシナリオに乗ってやろうと思いながら、シグナムは胸倉から手を離した。
「フォローは任せておけ」
「助かる」
短い会話だった。だが、二人にはそれだけで十分すぎる内容だった。
そのやり取りを見ていたスバルが、怒りに身を震わせて立ち上がる。
「ホークさん最低です! ティアの気持ちも知らないで!」
スバルが今まで積み上げてきたホークへの好意をすべて踏みつぶすかのように、怒りを込めて大声でぶつける。
「おう」ホークはあっさり頷いた。「だから後で殴りたかったら殴れ」
ホークがあまりにも酷すぎる言動を返し、発言の軽々しさにスバルは言葉を失う。
「失望しました」エリオも珍しく険しい顔をしていた。
「人としてどうかと思います」キャロも唇を噛み締めながらホークに怒る。
「そうかそうか」ホークは気楽に手を振り、ヘリに乗り込む。
「だから付き合うな!」
ヴィータが頭を抱えた。ホークはそのままなのはの腕を引っ張りながら、ヘリの中へと彼女を押し込む。
「ヴィータちゃん!?」
「今は出撃が先だ!」
フェイトも苦笑しながらヘリへ向かう。ヴァイスが操縦席から顔を出した。
「おーい! 乗るなら早くしてくれ!」
「了解、了解。さあヴァイス! 空で果敢に戦うお姫様方を守る騎士になろうではないか!」
「誰がお姫様だ!」
ヴィータの怒鳴り声を聞きながら、ホークは何事もなかったかのようにヘリへ乗り込んだ。
ハッチが閉じる。ローター音が重く響き、機体がゆっくりと夜空へ浮かび上がった。眼下では六課の隊舎が小さくなっていく。ホークはシートへ腰を下ろし、窓の外へ視線を向けた。
『……お前な』
インカム越しにヴァイスの呆れた声が聞こえる。
『心臓に悪いぞ』
「そうか?」
『そうだ』
短いやり取りだった。操縦席の向こうでヴァイスが大きくため息を吐く。こいつはいつもそうだ、という呆れと諦めに近い溜息だった。
「何でわざわざ悪役やるんだ」ヴィータも腕を組んだままホークを睨み、短く問う。
「別に」
「別にじゃねえ」ヴィータは吐き捨てるように言った。
なのはとフェイトは顔を見合わせる。ホークが何をしようとしたのかは分かっていた。しかし、そのやり方や内容に賛成できるかと言われれば、それはまた話が別だった。
「あとで、ちゃんと謝ろうね」なのはが静かに言う。
「当然だろ」ホークは肩を竦めつつ、あっさりと了承した。
フェイトが複雑そうに苦笑するも、それ以上は誰も言葉を続けなかった。ホークの言いたいことは、もう指揮官陣には十分伝わっている。
機内にはローター音だけが低く響いていた。やがて、ロングアーチから定時通信が入る。
『ガジェット群との接触まで、あと二分』
その一瞬で、機内の空気が切り替わった。全員の意識が任務へと向く。
ホークも窓の外から視線を外し、静かにデバイスへ手を添えた。単発式ブラスターのエネルギー調整にも、問題はなかった。
一方、その頃。
残された六課のロビーには、重い沈黙が横たわっていた。ティアナは床に俯いたまま動かない。スバルも険しい顔で床を睨みつけている。エリオとキャロも、何とも言えない複雑な表情を浮かべていた。
「納得できんか」シグナムはそんな四人を静かに眺め、小さく息を吐いた。
誰も答えないが、答えなど聞くまでもなかった。
あのヘリポートでのホークの不遜な物言いは、傷ついたティアナをただ侮蔑しているようにしか見えなかったのだから。スバルの拳は今も固く握られたままであり、エリオもキャロも、ホークへ向けた失望の念を隠せていなかった。
「……あいつは、不器用なだけだ」シグナムがぽつりと呟いた。
それ以上は言わなかったし、無理に説明する気もなかった。本人が選んだ行動の結果は、本人が受け止めるべきだと思っていたからだ。
その時だった。
「もう……見てられません!」
ロビーへ駆け込んできたシャーリーが、堰を切ったように声を上げた。その隣にはシャマルも控えている。
シャーリーは端末を抱えたまま全員を見回すと、新人四人と向かい合う形でテーブルに腰を下ろした。
「隊長たちもティアナもホークさんも、全員が不器用すぎます!」
これから起こるであろう面倒な展開を察し、シグナムが僅かに眉をひそめる。だが、そんな周囲の様子にも構わず、シャーリーは真っ直ぐな目で手元の端末を起動した。
「説明します! なのはさんのことも……そして、ホークさんのことも」
前線ヘリが海上空域へと到達する。夜の海には、無数のガジェットの不気味な赤い光が浮かんでいた。
「数が多いね」
なのはがレイジングハートを構え、フェイトもバルディッシュを起動する。ヴィータもグラーフアイゼンを握り直し、全員が鋭い臨戦態勢を取った。
『各員、迎撃開始!』ロングアーチからの通信。
次の瞬間――なのはとフェイトが同時にヘリから飛び出した。白と金の閃光が、夜空を鮮やかに切り裂いていく。ヴィータも遅れてその嵐の中へと突撃していった。
その後方。ホークだけはヘリのハッチ付近に残り、眼下の空域を見下ろす。
「エアレイド」
『Trajectory calculation complete(軌道計算完了)』
ブラスターの弾道計算が完了した合図を受け取る。左目の照準が、遠方のガジェットの編隊を捉えた。単発式ブラスターが展開され、銃口に五秒ほどのチャージエネルギーが凝縮されていく。
出力が最大に達した瞬間、重い炸裂弾が放たれた。ホークの放ったブラスターの光線は、真っ直ぐには飛ばない。空中でトリッキーに軌道を変えながら、敵編隊の中央へと吸い込まれるように入り込んでいく。
そして、信じられないタイミングで激しく炸裂した。轟音と共に強力な衝撃波が広がる。ガジェット数機が衝撃で吹き飛ばされ、直撃を免れた個体も、過電流のスパイクを浴びて痺れたように動きを止めた。破壊こそされないが、敵の強固な陣形が完全に瓦解する。
「やれ!」ホークの短い合図を、上空のなのはが逃すはずがなかった。
『こちらスターズワン。中距離火砲支援、いっきまーす!!』
なのはの咆哮とともに、レイジングハートから絶大な魔力砲撃が放たれる。行く手を阻んでいたガジェットたちは次々とその激しい火砲に巻き込まれ、瞬く間に大破していった。
その後も、暗い夜空では激しい迎撃戦が続いていた。
なのはの砲撃が敵の編隊を容赦なく薙ぎ払い、フェイトの神速の斬撃が残敵を切り裂いていく。先頭集団へ突撃したヴィータは、グラーフアイゼンを振るうたびにガジェットを海へと叩き落としていた。
その遥か後方で、ホークの放つ炸裂弾が幾度もパチパチと弾ける。それらは敵を直接撃墜するためではない。陣形を強制的に崩し、足を止め、前線の仲間たちが最も効率よく狩りやすい形へと戦場を補正するための、冷徹な死角からの射撃だった。
そのころ、六課ではシャーリーの説明が続いていた。
ロビー中央のモニターへ映像が投影される。なのはの分の解説は終わったが、もう一人の分の解説がまだ残っていた。
新人四人の視線が自然と画面へ集まる。シャーリーは端末を操作しながら、一度だけ深く呼吸をした。
「最初に言っておきます」いつもより真面目な声だった。
「ホークさんは、別に優しい人じゃありません」
ティアナが僅かに眉を動かした。スバルも顔を上げ、エリオとキャロも真剣に話を聞く。
「むしろ性格は結構悪いです」
だが、シャーリーは言葉を止めない。
「でも――」
端末を操作すると、画面が切り替わった。そこに表示されたのは、一枚の古い管理局の個人資料。まだ少年だった頃のホークの、現在よりも幼い顔立ちの写真だった。
十五歳、管理局陸士訓練校在籍。
「ホークさんは十五歳で失踪しています」
ロビーの空気が変わる。ティアナたちにとっても流石に予想外の事実だったらしい。
「失踪……?」エリオが思わず呟く。
「正確には無断離隊です」シャーリーは頷いた。
「その後、約九か月間行方不明。――そして」
再び画面が切り替わる。今度は赤い文字が浮かび上がった。管理局の指名手配記録。顔写真、年齢十五、そして危険度評価。
「この時期のホークさんは、管理局から次元犯罪者として指名手配されています」
シャーリーの声が少しだけ重くなる。
「ティアナ」シグナムが静かに口を開いた。
ロビーの空気は重いままだった。ティアナもスバルも、エリオもキャロも、誰一人として先ほどヘリポートで起きた出来事を完全には飲み込めていない。そんな中でシグナムは腕を組み、モニターへ映る少年の写真を見つめた。
「お前は先ほど、自分には才能がないと言ったな」
ティアナが小さく肩を震わせる。反論はしたくてもできなかった。
「では聞こう」
シグナムは画面へ映る十五歳のホークを指差した。
「今のお前は、この少年を見てどう思う」
ティアナは黙ったまま写真を見る。そこに映っているのは、今のホークとは似ても似つかない少年だった。無愛想で、目つきも悪い。管理局の制服を着ていても、どこか不良じみた空気が漂っている。
「……分かりません」ティアナは絞り出すような声で応えた。
「当然だ」シグナムは頷きながら言う。そしてシャーリーへ視線を向けた。
「続けろ」
「はい」
モニターが切り替わる。今度は管理局の事件記録だった。画面上部には大きく事件名が表示されている。
――ブルー・メテオ事件、通称BM事件。
全員が思わず息を呑んだ。その名は知っている。なぜならばつい最近と言っていいレベルで管理局の教本にさえも載っている有名な事件だったからだ。
「ブルー・メテオ事件は、違法研究施設の摘発を目的とした大規模作戦でした」
シャーリーが説明する。
「表向きは、だがな」シグナムが低く言った。
「表向き?」キャロが首を傾げる。
「実際には違います」
そう言いながらシャーリーが操作すると、モニターの映像が流れ始めた。
夜、燃え上がる研究施設、爆炎、崩壊する建物、鳴り響く警報、飛び交う銃声。そして――そこにいた、たった一人の少年、まだ十五歳のホーク・ネヴィルの姿だった。
「当時のホークさんは、すでに管理局を離れていました」
映像の中のホークは今とは別人だった。技術も戦術も未熟。ただ、純粋な怒りだけを武器に研究員たちへ突っ込んでいく。管理局の魔導師というよりは、喧嘩慣れした少年に近かった。ホルスターに入っているブラスターも、太ももにあるリフレクターも当時から装備はしているが、全く使用していない。
それでも。映像の中のホークは止まらなかった。むしろ、自分の命をかけて戦場へ鉄砲玉のごとく突き進むような、そんな危うい雰囲気を全身から放っていた。
「この施設では違法な人体実験が行われていました」シャーリーの声が静かになる。
「被験者の大半は孤児です」
ロビーが静まり返った。
魔力資質を調べるための実験、人工魔導師開発、生存率は一割以下。淡々と内容だけがシャーリーの口から告げられる。
誰も口を開かない、ティアナの顔色が変わった。
画面の向こうでホークは怒鳴りながら研究員を殴り飛ばしている。
理性も何もない。ただ怒っていた。それだけだった。
「この時のホークさんには才能なんてありません」シャーリーは断言した。
魔力ランクも低い、射撃技術も未完成、近接戦戦闘能力も最低レベル、戦術知識も不足。ただひたすら根性だけで立ち向かっていたもの。せいぜい誇れるのは魔力量が常人よりかはある程度。
「正直、今のティアナの方が遥かに優秀です」ティアナが目を見開く。
スバル達も驚いていた。
「でも」シャーリーは画面を見た。「この人は諦めませんでした」
映像の中でホークが吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる。
それでも立ち上がる。またその相手を殴りかかる、また倒される。それでも立ち上がる。その繰り返しだった。
「むしろ逆です」シャーリーは静かに言った。
「弱かったから」
「何も持ってなかったから」
「それでも見捨てられなかった」
沈黙、ロビーに映像の音だけが流れる。そこでシグナムが再び口を開いた。
「この事件で救出された被験者は百名以上だ」重い声だった。
「だが、その大半はネヴィル一人で助けた訳ではない」
「管理局、他魔導師も戦った。隊長達、私達副隊長達も関わっている」そこで一度言葉を切る。
「だがな」シグナムの視線がティアナへ向く。
「最初に施設へ飛び込んだのは、あの馬鹿だ」ティアナは何も言えない。
「魔力、才能、技量自体も強くない。そんなことは本人が一番知っていた」シグナムは小さく息を吐いた。
「それでも助けると決め、だから戦った」
モニターの中で少年ホークが立ち上がる。傷だらけになっても、それでも前へ進んでいた。
「ティアナ」シグナムが静かに言う。
「お前は才能がないと言ったな」そしてモニターを見た。
「なら問う」
「今のお前は、この頃のホーク・ネヴィルより本当に何も持っていないのか?」
その問いに、ティアナは答えられなかった。
「ヴィータ、ラスト一機! ホーク、援護を!」フェイトが指示を出す。
炸裂ブラスター発射。弾丸は敵の進路を横切るように飛ぶ。直撃しないが三秒後に炸裂。ガジェットがわずかに動きを止める。
「ラケーテンハンマー!」ヴィータの攻撃がガジェット命中する。
二十四機目の撃墜、そして増援が一切ないことをロングアーチより報告を受け、撤退するように指示を受けた。任務完了である。
「そして、あいつは捕まった」
シグナムの言葉に全員が顔を上げると同時、モニターが切り替わる。
今度映ったのは別の記録映像だった。
管理局執務官部隊ではなく、金色の閃光の若き日のフェイト・T・ハラオウン。
「この映像は二年後だ」シグナムが言う。
当時十七歳、ホーク・ネヴィルの逮捕記録。
ティアナが目を見開いた。記録を見るとフェイトがホークを確保している。
モニターに映し出されたのは、別の記録映像。
そして、その相手。黒い外套をまとい、無造作に空を蹴る影。戦闘スタイルが異なるがホーク本人だった。
今とは違う。戦い方も、立ち回りも、何もかもが粗い。
だが、それ以上に異質だったのは迷いのなさ。攻撃、牽制を食らっても退かない。防御も最小限、回避もギリギリ。まるで、生き残ること以外を全部捨てた戦い方。
「……これが」
スバルが小さく呟いた。
画面の向こうでは、フェイトの圧倒的な高速機動に対して、ホークが真正面からぶつかり合っていた。本来なら成立すらしないほどの、圧倒的な実力差。
それでも――ホークは崩れなかった。何度も直撃を浴びて吹き飛ばされながらも、執念深く空へと戻っていく。その動きは、洗練とは程遠い。むしろ暴力そのものに近かった。しかし不思議なことに、映像の中のフェイトのほうが、どこか追い詰められているように見えた。
「……あの頃のフェイトさんを、あそこまで?」
キャロが息を呑む。シグナムは静かに腕を組んだまま、短く答えた。
「実力の差ではない。相手が理屈で戦っていない場合、戦場は崩れる」
ホークの動きは戦術ではない。高度な読み合いでもない。ただ当てる、潰す、止める。それだけに特化したもの。荒削りな狂気の押し付けが、フェイトの空戦テンポを狂わせていたのだ。
「……これが、あの人?」
エリオの声が震える。シグナムは一度だけ目を閉じた。
「そうだ。そして――この戦闘でホークは敗北した」
映像が切り替わり、金色の閃光が収束する。バルディッシュの一閃が空間を裂き、制御を失ったホークの身体が、そのまま海面に向かって落下していく。
『……確保』
フェイトの声は冷静だったが、その表情には迷いがあった。
『ホーク・ネヴィル、現行犯として拘束』
静かな音声がロビーに重く落ちる。ティアナは目を逸らせなかった。
今しがた、何事もなかったようにへらへら笑っていた男が、かつては捕まる側の人間だった。自分が調べて知っていた経歴とは異なる、生々しい事実。その現実が、ゆっくりと彼女の胸に侵食してくる。
「理解したか」シグナムの声は静かだった。
「才能がない者が戦場に立つということが、どういう意味かを」
モニターが暗転する。ホーク・ネヴィルは、最初から強い者ではなかった。訓練されたエリート兵でも、高度な理論を持つ魔導師でもない。
「あいつはただ、止まらなかっただけだ」
その一言が、妙に重かった。ティアナは拳を握りしめ、身を震わせる。悔しさか、混乱か、自分でも分からない感情のままに。
「ティアナ」
シグナムは最後に、彼女へと視線を落とした。逃げ場のない、静かな声が響く。
「お前は才能がないから焦ると言ったな。なら最後に今一度だけ問う。この頃のネヴィルより、お前は本当に何も持っていないのか?」
ロビーの誰も、言葉を挟めなかった。スバルも、エリオも、キャロも。ただティアナだけが、喉を詰まらせたまま立ち尽くしていた。
◇
任務終了後。
六課へ帰還したホークたちを待っていたのは、どこか気まずい空気だった。
「ご、ごめんなさい!」
真っ先に駆け寄ってきたシャーリーが、勢いよく頭を下げながらも、何故かホークから目を逸らした。
「なんだこれ」
ホークは嫌な予感しかしていなかった。事情を聞けば、ヘリポートでの二人の不器用なやり取りを見ていられなくなり、彼らの過去の記録を新人四人にすべて説明してしまったという。
「ダメだよシャーリー。人の過去、勝手にバラしちゃ」なのはが苦笑交じりに額へ手を当てる。
「結構、詳しく説明しちゃったみたいだね」隣でフェイトも困ったように微笑んでいた。
「ダメだぜ。口の軽い女はよう」
ヴァイスが茶化すと、ホークは恥ずかしさを隠すように、ふざけた声を上げた。
「おい、一人当たり上映料五千ミッドな」
「何の上映会だ!」
次の瞬間、ヴィータの飛び蹴りが炸裂した。背中にクリーンヒットをもらい、ホークがよろめく。 痛む箇所を押さえるホークを見ながら、シグナムも呆れたように目を閉じた。
「お前というやつは……」
「おい、俺は被害者だぞ?」
「自業自得だ」
ホークの抗議に対し、その場にいた全員が、冷酷にシグナムの言葉に同意していた。
そして、ホークはロビーへと戻った。
少し離れた場所にいたティアナたち四人が、静かに、ゆっくりと近付いてくる。
「ホークさん……すみませんでした」ティアナが、深く頭を下げた。
「ごめんなさい!」スバルもそれに続く。
「申し訳ありませんでした」
「……すみません」
エリオとキャロも、並んで頭を下げた。四人の真っ直ぐな謝罪に、ホークは少しだけ困ったように眉を下げた。
「いや……俺も悪かったよ」バツが悪そうな顔をしつつ、ホークはぽつりと言った。
「隊長たちの話より先に俺へ噛み付くな、とは思ったけどな」軽く笑い、ホークは肩を竦める。
「だが、俺の言い方も最悪だった。だから、これでおあいこだ」
「次からはまず隊長様が優先だ。俺なんぞの相手は後回しでいい」
「……そんな言い方をするから、いつもヴィータ副隊長に怒られるんですよ」ティアナが呆れたように小さく呟いた。
「知ってる」それは即答だった。
「でも……助かりました。ありがとうございました、ホークさん」
ティアナはまだどこか困惑を滲ませながらも、今度ははっきりとホークへ言葉を返した。
一瞬の、心地よい沈黙。
そして――我慢できなくなったように、スバルが吹き出した。
「ぷっ……あははは!」
それにつられるようにキャロも笑い、エリオも穏やかに苦笑した。
数日間にわたって彼らの間を重く張り詰めていた空気が、ようやく、温かくほどけていく。
その様子を少し離れた場所から見つめながら、なのはは小さく息を吐き、優しく微笑んだ。
これでいい。今日の失敗も、今日の衝突も、すべてが無駄ではなかった。
何かが劇的に解決したわけではない。けれど、少なくとも――彼らはまた、揃って前へ進める。
こうして、機動六課の長く激しい一日は、ようやく静かに幕を閉じようとしていた