魔法少女リリカルなのはStrikerS ~STAR HAWK:Lone Flight~   作:マジフジ

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 第二段階試験を終え、束の間の休日を迎えた機動六課。ホークもまた一人の時間を過ごしていたが、街で発生した事件をきっかけに、かつての同期・ギンガと再会する。
 思わぬ再会のまま地下へ潜った二人は、事件の裏に隠された異常な実験施設とレリックの存在を知る。そして、謎の少女と強大な召喚獣、さらに新たな敵まで姿を現し――ホークは再び戦場へと身を投じる。


第8話「旧友、再び」

 早朝の射撃訓練場。

 ティアナが次の標的へ狙いを定めようとした時だった。隣のレーンでホークがブラスターを抜いた。

 およそ普通ではない構えだった。身体を斜めに開き、半身になる。足は大きく開かれ、腰を低く落としていた。

 そして銃を構える位置も低い。胸元ではなく、腹の横。ブラスターの銃口も真正面へ向けず、わずかに斜めへ流していた。時空管理局の射撃教本ならまず載らない構えであり、それはホークが生き残るために削ぎ落としてきた、実戦の癖そのものだった。

「ホークさん」ティアナが思わず声を掛ける。

「なんだ」

「その構え、狙いにくくないですか?」

 あまりにも型破りなスタイルに、ティアナは純粋な疑問を投げかけた。ホークは一瞬だけティアナを見る。

「慣れだな」ホークの回答はただそれだけだった。

 次の瞬間、乾いた発射音が鳴り響き、赤い光弾が飛んだ。

 標的の中央へ見事に命中する。続けて二発、三発。全て中心付近へ吸い込まれるように着弾していった。それは精密さを積み上げた結果ではない。あらゆる無駄を削ぎ落とし続けた末に残った、最短の射撃だった。

 ホークは照準器を覗かない。腕も伸ばさない。あくまでも我流の構えを貫き通しているが、それでも光弾が外れることはなかった。

 ティアナは眉をひそめる。理屈が分からない。射撃魔導師として見れば、参考になる部分がほとんど見当たらなかった。横ではホークが、何事もなかったかのように次の的を撃ち抜いている。さらには右打ちでテストを終えたかと思えば今度は、左打ちで打ち始める。やはりというべきか――左で打つ場合も同様の構えで打ち始めた。

「あの人は、やっぱり参考にならないわ……」

 ティアナは小さくため息を吐いた。意にも介さず打ち続ける姿、そして理論としては成立していない姿を見てしまったのだから。

「まあ、ホークさんだしね」スバルが苦笑する。

「ホークさんですからね……」エリオも曖昧に頷いた。

「たぶん、真似しちゃダメなやつだと思います」キャロも困ったように笑う。

 ティアナは深く頷いた。あのような真似をして撃てば、まずなのはが怒り出す。フェイトも止めるだろうし、ヴィータやシグナムなら『馬鹿が移るからやめろ』と辛口な文句を言うのは容易に想像できた。

 それだけは、フォワード陣全員の意見が完全に一致していた。

 早朝から続いた訓練は、いつも以上に厳しい内容だった。模擬戦闘、連携訓練、射撃訓練。すべてのメニューを終えた時には、フォワード陣の四人は揃ってその場へ座り込んでいた。

「はい、今朝の訓練は終了。お疲れ様」なのはが声を掛ける。

 スバルはそのまま仰向けになって倒れ込み、ティアナも肩で息をしていた。エリオとキャロも疲労を隠せない。そんな四人を見ながら、なのはが小さく笑った。

「今日は少し厳しくしてみたんだけど、どうだったかな?」

 返ってくるのは疲れ切った吐息ばかりだった。なのはは苦笑しながら、フェイトたちへ視線を向ける。

「どうでした?」

「問題なし」フェイトは即答した。ティアナとスバルが顔を上げる。

「今日の訓練、第二段階の見極めだったからね」

 フェイトが言葉を続けると、一瞬の沈黙の後、四人の顔が驚きで固まった。

「これでダメなら鍛え直しだったがな」ヴィータが呆れたように肩を竦める。

「その必要はあるまい」

 シグナムが短く言う。なのはが満足そうに頷いた。

「第二段階試験、終了です」

 その言葉を聞いた瞬間、四人の表情が一気に明るくなった。必死に足掻いて掴み取った成果だった。

「デバイスのリミッターも一段階解除だよ」

「明日からはセカンドモードを基本にする」

 フェイトとはやて、ヴィータがそれぞれ補足する。だが、なのはは悪戯っぽく首を横に振った。

「その前に」

 四人が顔を上げる。

「今日はお休み!」

 その一言だけで十分だった。

 スバルが嬉しさに飛び上がり、キャロが満面の笑みを浮かべる。エリオも安堵したように息を吐き、ティアナも肩の力を抜いて小さく笑っていた。

 

 それから、しばらく後。

 休日用の私服へと着替えたフォワード陣は、隊舎の出入り口付近へと集まっていた。その時だった。スバルが不意に足を止める。

 視線の先には、一人の男が立っていた。ワインレッドのシャツは胸元のボタンが二つ開けられ、黒のスラックスをスマートに着こなしている。目元には遮光性の高いサングラス。

 どこからどう見ても、時空管理局の魔導師には見えなかった。むしろ、管理局とは真逆の立場にあるアウトローと評価されてもおかしくはない風体だ。

「……ホークさん?」ティアナが半信半疑で呟く。

「俺だ」

 サングラスを少し指で下げながら、ホークが答えた。普段の制服姿との落差が激しすぎる。スバルもエリオもキャロも、あまりのイメチェンぶりに反応に困っていた。

 そこへ、通りかかったシグナムが足を止める。一度ホークの派手な格好を凝視し、それから目元のサングラスを睨みつけた。

「何だ、その格好は」

「休日だ」

 ホークは当然のように答えた。さらにサングラスの縁をトントンと指差す。シグナムは一瞬だけ沈黙した。

「そうか」それ以上は何も聞かなかった。ホークも深く説明する気は無いらしい。

「じゃあな」

 それだけ言うと、ホークは軽く手を振った。フォワード陣とは別方向へ歩き出す。元々取得していた休暇を、ただ消化するだけのつもりだった。少なくとも、この時は。

 ホークは隊舎を出た後も、特に振り返ることはなかった。休日の街へ向かう足取りは軽いはずだった。

 だが、サングラスの奥の視線だけは、どこか遠くを見つめている。

 ――ふと、思い出す。

 機動六課の隊舎。

 初めてそこに立ったときの、得体の知れない違和感。――「ここはお前の居場所だ」とゲンヤ・ナカジマから告げられた時は、そんな実感など微塵も湧かなかった。

 誰かに信用されるということに、今までの人生で慣れていなかったからだ。

 だが、閉じた瞼の裏には、訓練場で必死に食らいついてくるティアナやスバル、エリオ、キャロの目が浮かぶ。

 真っ直ぐすぎて、見ていて危うい目――あれは昔の自分にそっくりだと、気づいた瞬間があった。

 シグナムの容赦のない指導、ヴィータの荒々しい罵声、なのはのすべてを見透かすような視線、フェイトの静かな理解。

 彼らは自分を「扱いづらい犯罪者の部下」としてではなく、ただ「止まらない奴」として対等に見てくれている。

 そして――自分はまた、誰かを守る側に立っている。その事実だけが、日々の生活の中で少しずつ、確かな現実味を帯びてきていた。だからだろうか。気付けば足は、いつもの場所へ向いていた。

 市街地から外れた小高い丘の上にある、静かで管理の行き届いた墓地の一角。休日の午前中ということもあり、人影はほとんどない。

 ホークは目元からサングラスを外した。

 視線の先――そこにある見慣れた墓石へと近付く。供えられた花はまだ枯れておらず、瑞々しいままであった。

 誰かが最近、ここへ来た痕跡が残っている。ホークは小さく鼻を鳴らした。

「先を越されたか」

 墓前へそのまま腰を下ろす。手を合わせるような殊勝な性格ではないし、線香も持ってきていない。ただ、そこに静かに座った。

 しばらくの間、沈黙が流れる。耳をかすめるのは、ただ通り抜けていく風の音だけだった。

「俺は、生きているぞ」

 ぽつりと、独り言を呟く。そこには誰もいない。目の前にあるのはただの冷たい墓石だ。

死者は喋らない。だから、ホークは勝手に言葉を続けた。

「……管理局に入った」少しだけ、自嘲気味に笑った。「しかも、機動六課だ」

 昔の自分なら、天地がひっくり返っても考えもしなかった場所だった。

 指名手配犯になり、囚人として重い罪を背負わされた。反発してほとんど聞いてはいなかったが、更生対象として複数の更生プログラムさえも受講させられた。そんな薄暗い経歴を持つ人間が、本来所属していい部隊ではないはずだった。

「二十四時間の監視付きだけどな」肩を竦めてみせる。

「まあ……居心地は悪くない」

 そう口にした瞬間、自分自身に少し驚いた。悪くない、なんて言葉。昔のトゲだらけだった自分なら、到底吐き出すはずがないと分かっていたからだ。それが今の自分からは、あまりにも自然に出た言葉だった。

「六課の奴らも元気だ」

 ティアナの生真面目な顔が浮かぶ。スバルの騒がしさ、エリオとキャロの健気さ。隊長陣の穏やかな目で新人を見守る姿や、副隊長陣の容赦のないスパルタ。

「個性的だぞ。あんたが生きてりゃ、間違いなく好きそうな場所だ」

 少しだけ笑い、ホークは養父の墓石へと背を向けた。

 彼からの現状報告は、これで終わりだった。だから、これ以上はもう話すことはない。ホーク・ネヴィルは生存して、今も地を這って活動している。それだけ伝えられれば、十分だった。

 

 墓地を離れたホークは、その足で市街地の外れへと向かった。

 目的地は、一軒の古い空き家。今はもう誰も住んでおらず、管理局の保全処理だけが最低限行われているだけの寂れた場所だ。ホークはポケットから使い慣れた鍵を取り出し、ドアを開けて中に入る。

 埃っぽい静寂の中、床に置かれた段ボール箱を一つ開いた。

 中には古い工具、色褪せた写真、管理局時代の使い古された資料。そして、もう使わなくなったデバイスのジャンク部品。どれも他人が見れば価値のある年代物かもしれないが、ホークにとっては同時に、どれも今更な遺品でしかなかった。

「相変わらず、溜め込み癖が酷いな」

 呆れながら箱の奥を漁る。その時だった。底の方に、一冊の古いファイルが眠っているのを見つけた。表紙には、見覚えのある無骨な文字。

「……おいおい」ホークが思わず呟く。

 ファイルを開く。そこに記されていたのは、愛機『ブルー・メテオ』の設計図と、その設計意図が克明に記載された門外不出の資料だった。

 ページをめくる。

 詳細な素材リスト、軽量化のための複合材、自己再結合型導魔ケーブル。現在の機動六課の最新標準装備でも使われているような高度な素材の名前が、数年も前の書類にいくつも並んでいた。

 さらに、ページをめくる。

 ブルー・メテオの特殊な整備手順、魔力流路の強制再接続方法、損耗部位の交換優先順位。そして、戦闘中の自己修復すら前提とした異常な工程図。

 そこまで読み進めた時、ホークは一つの冷徹な事実に気付く。

「こりゃ……量産なんて逆立ちしてもできないな」

 呟きが、静かな部屋に落ちた。

 正確には、違った。この設計図は、誰か特定の一人――この世でただ一人の人物しか使いこなせない、あまりにも歪で贅沢な専用仕様だったのだ。

 他者を圧倒するためではない。ただひたすらに、戦場から泥臭く生き残るためだけに組まれた生存機構。

 めくったページの端には、最後の一行が、手書きの歪な文字で記載されていた。その部分だけ、インクが少しだけ滲んでいた。

『自分から引き継いだホークが使うなら、こういう形になるはずだ』

 その文字を目にした瞬間、ホークの指がぴたりと止まった。

 埃っぽい倉庫の中に、空調の低い稼働音だけが虚しく響いている。

 やがて、ホークの口元から低く乾いた笑いが漏れた。

 だが、どう反応していいか本当に困る遺言だった。親父は、自分がいつかこうして愛機を受け継ぎ、我流のスタイルで戦う未来をすべて見抜いていたのだ。その事実に、ホークは少しだけ苦笑するしかなかった。

 設計図を閉じる。

 丁寧にアタッシュケースの中へ戻す。

 だが、その手はすぐには離さなかった。

 そのまま、薄暗い部屋の中で少しだけ沈黙が流れる。

「……生き残るのだけは、得意だったよ」ぽつりと、独り言を零した。

「それしか、できることがなかったからな」

 視線を落とせば、錆びついた工具や古い設計図が並んでいる。どれも自分がこれまで生きてきた、孤独な過去の延長線上にある遺物だ。

 だが今は、違う。

 機動六課という居場所があり、自分を『仲間』と認め始めてくれた奴らがいる。最初はただ、自分の命だけを守りきれたらそれでいいと思っていた。だが、今となっては、自分が守るべき対象がいつの間にか増えてしまっていた。

 その明らかな変化に気付いた時、ホークは小さく、深く息を吐いた。

「……まぁ、いいか」

 もう一度だけ自分に言い聞かせるように呟く。

 箱の整理を終え、すべてを元あった所定の場所へ戻すと、ホークは一度も振り返ることなくその場を去った。

 

 賑わいを見せるミッドチルダの中心街。

 その喧騒の中を歩くホークの姿は、およそ管理局の軍人とはかけ離れていた。首元を大きく開けたワインレッドのシャツに、黒のスラックス。目元を隠すサングラスは、単なる洒落気ではなく、かつてこの世界を騒がせた指名手配犯としての顔を隠すための最低限の偽装であった。

 昔からの悪癖であるガムをコンビニで買い、奥歯で忌々しげに噛み潰す。

 ふと見上げた青空に、かつて単身で駆け回ったブルー・メテオの操縦桿の感触が蘇る。あの型破りな腰だめの射撃も、すべては生き残るための癖だった。そんな日々の記憶を、休日の生温い風が思い出すように煽ってくる。

 だが、その感傷を破るように、爆鳴が街の底から轟いた。

 激しい金属音を伴う横転音。ビルの地下搬入口から立ち上る黒煙。ホークの身体は、思考よりも先に戦場のテンポへと切り替わっていた。

 現場へと足を踏み入れた瞬間、厳格な面持ちの管理局捜査官たちがその行く手を阻む。素行の悪そうな風体と、なにより更生プログラム中の身分証は、この手の法規の塊のような奴らには通用しない。

 現場の捜査官たちが一瞬だけ視線を交わす。指示系統がまだ固まりきっておらず、混乱というほどではないが、外部協力者をどう扱うか決めあぐねている空気だった。

 何かいい策はないか、ホークが思考を巡らせる。そこへ、足音が一つ割って入った。

「陸士一〇八部隊、ギンガ・ナカジマ陸曹です。現場支援として出動要請に応じました」

 短く、迷いのない声だった。

 その一言で場の空気が切り替わる。地下通路の空気が一段変わり、捜査官たちの視線がギンガへと集まった。正規の手順、正規の所属、正規の応答。文句のつけようがない正しい登場だった。

 そして、その正しさが逆に場を止めた――問題はもう一人いる。

 視線の先、壁際に立つ男。ワインレッドのシャツにサングラスという、明らかに正規ではない存在。ギンガは一瞬だけ、その男を見た。

「……ホーク・ネヴィル」

 呼び方は淡々としていたが、そこに感情の余地は少ない。

「よお」

 ホークは肩をすくめる。軽い挨拶。だが、現場の空気には合わない。

 ギンガは周囲を見回し、捜査官たちの視線の迷いを読み取る。この場で彼をどう扱うか、まだ誰も決めていない。当然だ。本来なら、ここに立っていること自体が問題になる人間なのだから。

 ギンガは小さく息を吐いた。

「……あなた、正式な同行要請は?」

「ない」

 ホークが即答した。

「でしょうね」

 間が一拍だけ空く。ギンガはホークをもう一度見て、視線を外さずに続けた。

「なら不法侵入、現場介入。手続き上は全部アウト」

「だろうな」

 ホークは悪びれもしない。その態度に、ギンガの眉がわずかに動く。だが、そこで切り捨てはしなかった。代わりに、静かに言った。

「……でも、現場の状況判断としては、戦力として扱える」

 捜査官の一人が反応しかけるが、ギンガは視線だけでそれを押さえた。

「私の判断です。責任も私が持ちます」

 一瞬の沈黙。

「いいのかよ。後で上がうるせぇぞ」

 ホークが、わずかに口角を上げた。

「その分は報告予定」

 淡々とした返答。そしてギンガは、ようやくホークから視線を外す。

「……それと」

 少しだけ間があく。

「あなたのやり方は、相変わらず雑ね」

「褒め言葉として受け取っとく」

 ホークは鼻で笑った。

 ギンガはため息をつく。だが、そのため息に完全な拒絶はない。むしろ、“昔から知っている厄介者を現場に引き込む時の諦め”に近かった。

 ホークは一瞬だけ黙り、それから、軽く肩を回した。

「了解、隊長殿」

 その呼び方に、ギンガの目が一瞬だけ細くなる。だが何も言わない。

「……そういう意味じゃないんだけど」

 小さく呟いてから、すぐに切り替える。

「行くわよ。時間がない」

 流石にこのままの格好で任務に臨むのは立場上まずいと判断し、ホークは即座にバリアジャケットを展開した。蒼い光が身体を包み、私服は粒子となって消える。形成された装束は、重装甲とは程遠い軽量構成。深青のインナーとスカーフ、その上に白銀のジャケット。最低限の防御を確保しつつ速度を優先した、彼らしい戦場を抜けるための装備だった。

 陽光の届かない地下通路は、ひんやりとした湿気と鉄錆の臭いに満ちていた。

 歩を進める足音が不気味に反響する中、ホークは懐から取り出した左目用の分析装置を無言で装着する。魔力を一切感知させずに周囲の構造や残留熱源を視覚化するその機械は、かつて管理局のレーダー網を欺き続けた違法規格の遺物だった。

 そのレンズが、通路の奥に転がる鉄の残骸を捉える。破壊されたガジェットドローンの破片。そしてその傍らに、不自然な巨大さで鎮座する円筒形のカプセルがあった。

「生体ポッド……人造魔導師の実験跡か。狂ってやがる」

 ホークの口から漏れた歪んだ呟きに、ギンガもまた表情を険しくした。

 優秀な遺伝子を掛け合わせ、後天的な投薬や機械移植によって戦闘端末を造り出す非道な技術。その忌むべき光景は、八年前のゼスト隊の悲劇、そしてかつてナカジマ家が関わった事件の暗い記憶を呼び覚ます。カプセルのサイズから逆算されるのは、五、六歳ほどの子供の存在。そして床面には、重い何かを引き摺ったような痕跡が奥へと続いていた。

 ホークは視線を痕跡の先へ向けたまま、顎で地上を指し示す。

「ギンガ、外に出て本局へ報告を。これ以上の捜査はお偉いさんが必要だな」

「本当勝手ね……分かったわ。勝手に死なないでよ」

 ギンガは短く応じると、確実な通信領域を確保するために地上へと引き返した。

 隊舎のロングアーチへと繋ぐ独立回線。ホークから手渡された情報と目の前の惨状を頭の中で整理しながら、ギンガはデバイスを起動させる。ホークの無茶に巻き込まれた形にはなったが、軍人としての報告に私情を挟むつもりはなかった。

「ロングアーチ、こちら一〇八部隊のギンガ・ナカジマ陸曹。サードアヴィニューの事故現場の地下にて、破損した生体ポッドとガジェットの残骸を確認。……それと、報告があります」

 通信の向こうで、機動六課部隊長である八神はやてが真剣な声を返す。ギンガはその声を聞きながら、視線を地下への階段へと向けた。

「現在、私の別件捜査にホーク・ネヴィルが同行しています。正式な要請ではありません。現場で私の助手を騙り、独断で捜査区域へ侵入しました。法規上は不法侵入に当たりますが、彼の持つ規格外の分析技術が状況打開に必要であると私個人が判断し、身柄を私の監視下に置く形で同行を許可しました。処罰は事後に受けます」

『……相変わらずあの馬鹿は、無茶苦茶やりよるね』

 通信越しのはやての溜息には、怒りよりもホークの行動の裏にある「執念」を察したような色が含まれていた。スカリエッティの名が出た時点で、あの男が大人しく引くはずがない。はやては即座に思考を指揮官のそれへと切り替え、ギンガを通じて全体の包囲網を再構築する命令を下した。

 

折しも別ルートでは、休日中のフォワード陣がレリックを抱えた謎の少女と接触したという緊急入電が重なっていた。

『ギンガ、そのままホークを連れて地下水路を南進して。先行しているティアナたちやライトニング分隊と合流、現場の指揮はティアナに任せる。二人の戦闘力が必要や。頼むよ』

「了解、ロングアーチ。これより合流へ向かいます」

 通信を切ると同時に、ギンガは再び地下の闇へと駆け下りた。

 通路の奥では、すでにホークがコンパクトな単発式ブラスターを抜き払い、足元の『エアレイド』のブーストを微弱に吹かせて滑るように待機していた。合流したギンガの顔を見て、ホークは薄笑いを浮かべる。

「本局の許可は降りたか、お堅い隊長殿」

「ええ。ティアナたちと合流して地下を制圧。現場リーダーはティアナだから、ちゃんと指示に従いなさいよ。それから、独断侵入の件はきっちり報告しといたから」

「へっ、そいつは後が怖そうだな。だが、まずは目の前の雑魚掃除が先だ」

 前方の闇から、不気味な駆動音を響かせて複数のガジェットドローンが這い出してくる。ホークは引き金を一切躊躇わずに連射した。精密な狙撃ではない。ただ、真正面から突破してくる相手を“通さないための射線”だけがそこにあった。誰かのためではない。自分が戦いやすい距離と角度に敵を固定しているだけだ。

「ギンガ、来るぞ」

 合図というより、ただの確認だった。

 ホークは敵の動線を切り裂いただけで、次にどう崩すかは見ていない。相手が崩れた結果、その隙に一番動けるのがギンガだった、それだけだ。

 ホークの足止めに特化したブラスターによって動きを完全に止められたガジェットへ、ギンガの魔力を込めた鉄拳が容赦なく叩き込まれる。轟音と共に粉砕される鉄屑。

 さらに背後から接近する別の一隊の不意打ちに対し、ホークは素早く自分の周囲にリフレクターを展開した。

 蒼い反射膜が一瞬だけ展開される。それは防御というより、敵の判断を一瞬遅らせるための罠。ホークはそれ以上何もしない。次に動くのはギンガの領域だ。その僅かな隙を見逃さず、ギンガの鋭い回し蹴りが敵の駆動系を真っ二つに叩き割った。

 息の合ったコンビネーション。

 ホークの射撃は敵を仕留めるためのものではない。ただ、ギンガが一番“殴りやすい位置”へ追い込むための射線だった。崩れた瞬間にトドメを刺すのは、いつもギンガの仕事だ。自らは一切のトドメを刺さず、敵の機動力を毟り取って相棒へとパスを回す。それはホークの「遊撃手」としての適性であり、真骨頂だった。

 なおも立ち塞がる分厚い隔壁を前に、二人は同時に足を止める。

「この壁の向こうにティアナたちがいる。……ギンガ、一気に肉薄するぞ。衝撃に備えな」

「まさか――」

『Hawk Shoot(ホーク・シュート)』

 ホークは足元のエアレイドに魔力を瞬発的に充填させた。全身に蒼い魔力の粒子が爆発的に吹き荒れる。

 エアレイドが一瞬のタメを置いた後、衝撃波を纏ったキックで突進を仕掛けた。

 刹那、ホークの身体は文字通りの蒼い流星と化し、超高速の突進を隔壁の僅かな亀裂へと突き刺した。

 鋭い角度で壁を穿ち、その直後に生じた構造の歪みへ、ギンガの最大出力の拳が叩き込まれる。凄まじい爆音と共に爆煙が吹き荒れ、崩落した壁の向こう側から、警戒のデバイスを構えたティアナとスバルたちの姿が露わになった。

「ギンねぇ! ホークさん!」

 スバルの歓声が響く中、ホークは煙の中から何事もなかったようにブラスターを指先で回し、不敵な笑みを浮かべて見せた。

「え、なんでホークさんまでいるんですか?」

 エリオが素直な疑問を口にする。ティアナは一瞬だけ視線を逸らした。

「……聞かない方がいいやつよ、それ」

「現場判断よ。細かい話は後」

 ホークが答えるより早く、ギンガが短く遮った。それで終わりだった。

 レリックの反応がある推定位置へと到着し、分散しての捜索が始まる。

 魔法の余波によるレリックの暴走を防ぐため、全員が魔力感知を断ち、生身の視覚で水の底を漁る中、ホークの左目の分析装置だけが微弱な質量反応を捉えていた。

 水の浅い部分を探していたキャロが、泥に塗れたケース――レリックを発見したと声を上げた、まさにその巡那だった。

 ピピピ、と不気味な警告音がホークの左目で鳴り響く。空間の歪み。魔力を一切排した無音の殺気が、キャロの背後の壁から染み出すのを分析装置は見逃さなかった。

「そこっ!」

 ホークが腰だめから放ったブラスターの青い光弾が、虚空の壁へと衝突。ステルス魔法を解いて現れたのは、漆黒の魔力弾を四つ浮かせた召喚獣だった。幾つもの戦場を潜り抜けてきたであろう強者の風格を纏っている。

 放たれた魔力弾の爆風が、体重の軽いキャロを容赦なく吹き飛ばす。駆け寄ったエリオがストラーダを一閃させてキャロを庇うが、にらみ合いが続く戦場の死角から、もう一つの影が音もなく滑り込んできた。

 紫のロングヘアーを揺らす、無表情な少女――ルーテシア。

 全員が召喚獣に気を取られている僅かな隙を突き、少女は転がったケースをその小さな腕に回収する。駆け寄ろうとしたキャロに向け、少女が小さく「邪魔」と呟いた瞬間、放たれた圧倒的な魔力の衝撃がキャロとエリオをまとめて吹き飛ばし、後方の柱へと叩きつけた。

「うおおっ!!」

 隙を見逃さず、スバルの飛び蹴りとギンガの拳が召喚獣の装甲を叩き割り、ホークもまた『エアレイド』の重力加速度を利用した錐揉み回転の蹴撃で、敵の右肩の装甲の一部を剥ぎ落とす。

 だが、少女は周囲の喧騒など意に介さず、ケースを強く抱えたまま俯き、静かに背を向けようとした。

「ごめんね、乱暴で。でもね、これ本当に危ない物なのよ?」

 その行く手を遮ったのは、ダガーモードの魔力刃を首筋に突きつけたティアナだった。完璧なチェックメイト。だが、俯く少女の瞳には、諦めも恐怖もなかった。

 突如、ホークの左目分析装置が最大音量でエラー音を吐き出す。上空からの急速接近反応。

 目眩ましのために放たれた強烈な火炎弾が、下水通路の閉鎖空間で凄まじい閃光と爆鳴となって炸裂した。爆風に視界と聴覚を奪われ、ティアナが僅かに体勢を崩したその隙を、召喚獣の容赦ない蹴撃が襲う。ティアナは吹き飛ばされ、激しく地面を転がった。

「ったくもー。あたし達に黙って勝手に出かけちゃったりするからだぞ、ルールーもガリューも」

 立ち込める硝煙の向こう側、宙に浮かんで胡坐をかいた小さな影が、勝ち誇ったように花火を散らす。燃え盛るような紅蓮の髪。古代ベルカの守護獣であり、スカリエッティの配下として機動六課の前に立ちはだかる、烈火の剣精。

「アギト……」

 痛む身体を抑えながら、ルーテシアがその名を低く呼んだ。アギトは下水通路に集まった軍人たちを見下ろし、その傲岸不遜な笑みをさらに深くする。

「ま、もう大丈夫だぞルールー。何しろこのあたし! 烈火の剣精、アギト様が来たからな!!」

 少女と召喚獣を背後に従え、アギトは明確な敵意と圧倒的な魔力のプレッシャーを放ちながら、フォワード陣を、そしてギンガを指差した。

「お前らまとめて、かかってこいや!」

 傲慢な宣戦布告が、地下通路に響き渡る。全員が悔しげに歯を食いしばり、再び戦闘態勢を取ったその時だった。

 一歩前に出たホークの顔には、管理局の軍人としての悲壮感など微塵もなかった。

 あるのは、かつてミッドの空を荒らし尽くし、因縁を五臓六腑で煮詰めてきた、一匹狼のアウトローとしての獰猛な笑みだけだった。今のホークは恐怖など置き去りにしていた。

 連射式ブラスターの銃口が、真っ直ぐにアギトたちへと向けられる。

「こいつらを全員倒す。――この喧嘩、買った!!」

 ホークの吠え声が、地下の闇を爆発的な闘志で塗りつぶした。

 

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