魔法少女リリカルなのはStrikerS ~STAR HAWK:Lone Flight~   作:マジフジ

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 激戦を終えた機動六課。しかし、戦いの代償は大きく、それぞれの胸に新たな課題を残していた。
 ホークを巡る仲間たちの思いが交錯する中、事件の裏で蠢く影は、次なる戦いへと静かに動き始める。



第9話「それぞれの戦い」

 アギトが両手を振り上げる。その周囲に生み出された火炎弾が、一瞬で十数発まで膨れ上がった。

「まとめて吹っ飛べ!」怒声と共に放たれた火炎弾が、地下空間を埋め尽くすように迫る。

「散って!」

 ティアナの指示が飛ぶ。スバルとギンガが左右へ跳び、エリオがキャロを庇いながら後退する。その直後、爆炎が地面を覆った。轟音、衝撃、巻き上がる土煙。視界が白く染まる。

 その中でホークだけは動かなかった。冷静に左目の分析装置を確認する。煙の向こう側で発生していること、火炎弾の軌道、魔力反応、アギトの位置。すべてが可視化されて視界へ流れ込む。

「見えている」腰から円盤状の反射装置を引き抜く。

 その次の刹那――。

 ホークは身を翻しながらリフレクター装置を回し蹴りし、正六角形状の紫色のエネルギー障壁を前方へ激しく蹴り飛ばした。

 突進する多面体の障壁へ、アギトが追加で放った火炎弾が直撃する。しかし、爆発は起きなかった。火炎弾は、飛び道具として飛来したリフレクターに触れた瞬間、すべてその威力を反転されてかき消され、音もなく消滅する。

「はぁ!?」

 アギトが目を見開いた。何が起こっているのか理解できない。攻撃する意思はある、それなのに敵であるホークに一切のダメージが届かないからだ。

 火炎弾が一発、二発、三発。そのすべてが消えてしまい、何も起きない。まるで最初から存在しなかったかのように、自分の魔法が消失していく。

 蹴り放たれたリフレクターは敵の弾幕を無慈悲に削り落としながら大きく弧を描き、ブーメランのようにホークの手元へ戻った。

「な、なんだ今の!」

「企業秘密だ」

 ホークは手元に戻った装置をキャッチして肩を竦める。そのままホルスターより単発式のブラスターを引き抜いた。照準が真っ直ぐアギトへ向く。

「お前の魔法は通さない」

 身体を斜めに開き、半身になる。足は大きく開かれ、腰を低く落とす。そして銃を構える位置も低くしている。胸元ではなく、腹の横。ブラスターの銃口も真正面へ向けず、わずかに斜めへ流している。

 発砲、青い閃光が走る。

 アギトは咄嗟に身を捻って回避するが、完全には避けきれない。肩口を掠めた光線弾が衝撃を与え、形成途中だった術式を吹き飛ばした。

「痛ってぇ! この野郎!」

「ほらどうした」

 ホークはさらに挑発する。決して前へ出ずに、倒しに行かない。あらかじめ削ぎ落としてきた戦い方――足止め、時間を稼ぐためだけに立ち回る。その意図に気付いたのか、アギトの眉が吊り上がった。

「逃げ回ってばっかじゃねぇか!」

「そう見えるなら重症だな」ニヤリと笑う。

「お前は今、一人に遊ばれてる」

 アギトの額に青筋が浮かんだ。完全に意識がホークへ向く。その様子を確認してから、ホークは念話を飛ばした。

『ティアナ』

『何ですか?』

『釣れた』

 一言だけ短く伝える。それでティアナには十分だった。ホークがわざわざそう言う時は、すでに盤面を一つ先まで読んでいる。

 ティアナは周囲を見回した。キャロはまだ消耗が激しく、エリオにも負傷が残っている。スバルとギンガは召喚獣と交戦中。

 レリックはすでに確保済みだ。任務達成を最優先にするならば、この場に留まる理由はどこにもなかった。

 そして何より――上空から接近する、二つの高出力な魔力反応。ヴィータ副隊長と、リイン曹長のものだった。

 こちらへ向かっている二人と合流できれば、戦況は一気に傾く。

 ならば今やるべきことは一つ。無理に勝とうとせず、確実にレリックを守りながら時間を稼ぐことだった。

『撤退しながら時間を稼ぐわ』

『了解』ホークは短く返した。

 その直後、アギトが怒鳴りながら火炎弾をばら撒き、真っ直ぐ突っ込んでくる。

 ホークは後方へ跳んだ。火炎弾が迫れば反射装置を蹴り飛ばし、紫の正六角形の防御壁でことごとくかき消す。敵の詠唱が始まれば、即座に単発ブラスターを撃ち込んでそれを妨害と遮断をした。

 攻撃、妨害、回避、挑発。これら四つのサイクルを必要な盤面、最小限の動きだけで繰り返して敵を翻弄する。

 倒せないのではない、倒さないのだ。だが、絶対に前へは進ませない。自分の思い通りの戦術にならず、盤面が一切運ばないアギトの苛立ちは、すでに限界へと近づいていた。

「ちょこまかと!」

「そう怒るな」

 ホークは不敵に笑う。その瞬間、左目の分析装置の警告音が鳴った。

 接近する巨大な魔力反応。距離にして、残り数秒。思わずホークの口元が緩んだ。

「悪いな」ホークは後方へ大きく跳躍した。

「俺の勝ちだ」アギトが眉をひそめる。

 その言葉の意味が分からなかった。どっちが優勢ということでもなく、まだ勝負が付いた訳でもない。ましてや目の前の男は、ひたすらちょこまかと逃げ回っていただけなのだから。

 それなのに、何故そんなことを言うのか。アギトが問い返そうと口を開いた、まさにその瞬間だった。

 地下空間全体を震わせる轟音が響きわたり、天井に凄まじい亀裂が走る。石片が激しく降り注ぎ、耳をつんざくような破砕音が地下に響き渡った。

 そして、アギトはようやく理解した。ホークが時間を稼いでいた本当の理由を。

 崩れ落ちた天井から、リインとヴィータが姿を現した。

「捕らえよ、凍てつく足枷!」

 リインが広域拘束魔法『フリーレンフェッセルン』を発動する。ルーテシアとアギトの周囲には、遠目から見ても、その寒さで体の内部から締め付けられるような、冷気が鋭利な刃物となって身体を貫くような、圧倒的な氷の結界が展開され、二人を包み込んでいった。

 召喚獣ガリューが捕らえられた二人に意識を逸らした、その瞬間をヴィータは見逃さなかった。一気に前線へと飛び出す。

 彼女のデバイス『グラーフアイゼン』をギガントフォームへと切り替える。大きな叫び声とともに、ガリューへ向かって巨大な大槌を激しく振り下ろした。ガリューは一瞬こそそれを受け止めるが、ヴィータの圧倒的なパワーに押し負け、近くの柱を激しく削りながら壁へと激突した。そして、崩れる瓦礫と激しく巻き起こった煙の中へと飲み込まれていった。

「おう、待たせたな」気遣うようにヴィータが言う。

「皆さん、無事で良かったです」

 敵の沈黙を目視で確認し、ヴィータがアイゼンを通常形態に戻しながらフォワードたちを振り返った。リインもまた、自らの放った魔法で敵を完全に拘束できたかを確認しながら、空中をふわふわと浮いていた。二人とも、今の一連の攻防など何でもなかったかのような態度で、いつもと変わらぬ表情で立っている。対照的に、フォワード陣はその圧倒的な実力差に茫然とした表情を浮かべていた。

「ちっ……」壁を見たヴィータが、不機嫌そうに舌打ちをした。

 ガリューを吹き飛ばした確かな手応えがあり、目視での確認もしていたはずだった。

 しかし、壁にめり込んだはずのガジェットの姿が、そこから綺麗に消え失せていたのだ。

「逃げられた……ですね!」

 次にリインが声を上げ、全員がその場所へと集まった。リインの放った拘束魔法の跡には、すでにルーテシアとアギトの姿はなく、彼女たちが逃走ルートとして使用したであろう地面に、ぽっかりと大きな穴が存在しているだけだった。

 レリックのケースは死守された。しかし、敵の二人はまだ逮捕には至っていない。ここからどう対応するべきか――全員がそう考えていた、その時だった。

 地下の地面が、不気味に大きく揺れ動いた。その場にいた全員が、一瞬だけ激しくバランスを崩した。

「大型召喚の気配があります。多分、それが原因で……!」

 意識を取り戻したキャロが、乱れるエネルギーを必死に分析しながら叫んだ。自分と同じ召喚魔導師だからこそ、キャロには地鳴りの正体がすぐに判別できたのだ。

「スバル! ウィングロードで上に道を敷け!」

 ヴィータの鋭い指示にスバルが即座に反応し、頭上へと光の道を伸ばしていく。ヴィータたちが天井を破って降りてきた穴から、一気に地上へ脱出する作戦だった。ヴィータはスバルとギンガのナカジマ姉妹を先頭に行かせ、自分とリインが後方から飛んでいくよう矢継ぎ早に指示を下す。

「キャロ、ほら帽子。それと、動きながらでいいからレリックの封印処理をお願いできる?」

 ティアナがキャロの帽子を拾って手渡しながら問いかける。

「出来ます!」

 キャロは迷わずに答え、急いで上空の穴へと駆け上がるティアナの後に続いた。

 

 地下で六課のフォワード陣、ヴィータ、リインが脱出を図っているのと同じ時間帯。

 地上の廃棄都市区画では、先に脱出を果たしたルーテシアが空中に浮かび、近代ベルカ式の魔方陣を冷徹に展開していた。彼女が呼び出した巨大な甲虫型の召喚獣が、地表で身体中から激しい電流を放電している。その余波で、周囲一帯には局地的な地震が発生していた。

「ルールー、これは流石にマズイって!」

 アギトが釘を刺すようにルーテシアに詰め寄った。彼女のやっている広域破壊召喚は、下手をすれば管理局員を殺めてしまう。身内から殺人者が出てしまうことは、アギトの本意ではなかった。また、地下で瓦礫に埋まってしまったレリックのケースをここからどのように探すのか。その手間を考慮しても、これほどの魔法を使ってまで犯すリスクではないはずだった。

「あのレベルの魔導師なら、多分これくらいじゃ死なない。ケースは、後でクアットロとセインに頼んで探してもらえばいいから」

「よくねーよ、ルールー! あの変態医師とかナンバーズの連中と関わっちゃダメだって! ゼストの旦那も言ってただろ? あいつらは口ばっかり上手いけど、実際のところあたしたちのことなんて、せいぜい実験動物くらいにしか思ってねえって――」

 アギトが最後まで言葉を言い切る前に、強烈な電撃が一点に集束し、耳を裂くような地響きが激しく鳴り響いた。

「……あーあ、やっちまった」軽く肩を落としながら、アギトが呟く。

 そんなアギトを横目に、ルーテシアは左隣に佇むガリューへと視線を向けた。怪我の心配をしていたのだ。先ほどのエリオとの激しい交戦で切り付けられた箇所から、未だに赤黒い血が流れている。

「戻っていいよ。アギトが居てくれるから」

 ガリューはルーテシアの言葉に黙って頷くと、巨体が紫色の光に包まれ、その場から静かに消滅した。

 それに続けるように、ルーテシアは正面へと視線を戻す。

 その瞬間、地表から鮮烈な桃色の魔方陣が激しく発生し、捕縛用の魔力鎖が一斉に展開された。

 予想外の方向からの奇襲に、アギトもルーテシアも激しく動揺する。体勢を立て直す時間さえ与えまいと、正面からはすでにヴィータが猛然と突撃してきていた。

 さらにその異変に気付いた瞬間、背後のビルの屋上から、いつの間にか回り込んでいたティアナが正確に照準を合わせた。

「くそっ!」

 容赦なく降り注ぐ魔力弾を必死に回避しながら、アギトが迎撃の火炎弾を放ち、ルーテシアは複数のダガーを撃ち出す。

 ルーテシアは近くの高架の手摺へと飛び退いて着地し、アギトは空中へと退避した。しかし、着地したその刹那。高速の踏み込みで間合いを詰めたエリオが、ルーテシアの胸元へストラーダの鋭い刃を突きつけた。

 同時に、空中へ逃げたアギトの周囲には無数の氷のダガーが浮かび上がり、その逃走経路を完璧に封鎖する。

「ここまでです」

 リインがそう告げると同時に、ルーテシアとアギトの身体をバインドが厳重に縛り上げた。

 脱出してきたフォワード陣が一斉にリインの元へと集まり、完璧な包囲網が成立する。

「この野郎! 離せ、離しやがれ!」

 アギトが激しく暴れて叫ぶ。

「子供を虐めているみたいで良い気分はしないがな。……市街地での危険魔法使用、公務執行妨害、その他諸々の罪状で逮捕する」

 ヴィータが冷徹にそう言い放つと、二人の激しい抵抗は、ついにぴたりと止まった。

 

 ――バインドが完全に締まり切った瞬間、戦場から一気に音が消えた。

 ルーテシアとアギドの動きは封じられ、周囲に展開していた魔力反応も急速に沈静化していく。

 さっきまで地下と地上を繋いでいた戦闘の熱だけが、遅れて空気の中に残っていた。

「確保完了!」リインの声が通信回線に乗る。

 それと同時に、ヴィータがアイゼンを軽く肩に担ぎ直し、短く息を吐いた。

「よし、回収班はケース優先で動け。敵の追加反応は――」

 ロングアーチからの報告が割り込む前に、別の通信が入る。

『ヴィータ副隊長、こちらホーク』

 ノイズ混じりの冷静な声。

 ヴィータは一瞬だけ視線を上げた。

「そっちは?」

『問題なし。……だが、地上の動きが怪しい。ヘリ周辺の護衛、必要だろ』

 その言葉に、ヴィータの表情がわずかに変わる。

 地下戦闘は終わった。だが終わっていない戦場が、別にある。

「察しがいいな。こっちから指示出すとこだった」ヴィータは即断した。

「ホーク、お前はそのままヘリ護衛に回れ」

『了解』返事は短い。

 通信越しでもわかるが、ホークに迷いなど微塵もない。そのやり取りを聞いていたリインも頷く。

「こちらは捕縛維持と回収を優先します。戦力の分散は避けるべきですからねぇ」

 戦場の優先順位が切り替わる。

 捕える側から守る側へ。その瞬間、戦場の空気は完全に別のものへと変わっていった。

 ヴィータはホークの向かった方向を見つめる。

「急げよ、まだ終わりじゃない」

 空は不気味なほど静かだった。

 戦闘が終息し、地上へと戦力が分散する中――ただ一つ、別方向からの魔力反応だけが、異質な速度で膨れ上がっていた。ホークの左眼が、瞬間的に赤く警告を走らせる。

 分析装置が示した座標は、都市外縁の単一拠点。

 砲撃は一発のみ。だが、その密度は通常の砲撃魔法とは桁が違う。ホークはヘリの進行ルートへと滑り込みながら、即座に構えを取った。

「来たな!」

 ヘリの機体下部、魔力センサーが一瞬だけ過負荷を起こす。

 次の瞬間、空が裂けた。巨大な単一砲撃魔法が、一直線にヘリへ向かって直進する。

『vanishing shoot』

 ホークはリフレクター装置を蹴り飛ばすように展開する。正六角形の紫色のバリアを射線上へ叩き込んだ。

 遠い位置から放たれた砲撃が消滅を開始する。だが――消えない。いや、正確には消滅しきれないほどの量の砲撃威力だった。

 装置が軋む音がした。反射ではなく消去へと変換しきれない負荷が、機構全体に蓄積していく。

 ヘリが揺れた。

 ホークは歯を食いしばり、再度出力を上げる。光が一瞬だけ押し返すが、砲撃は止まらない。むしろ、押し潰しに来るように圧力を増していた。

 装置が悲鳴を上げる。エアレイドから警告音――リフレクターが破損してしまうという警告音が耳に鳴り響く。

 そして――状況を考える。このまま防御を維持するか、退くか。

 だが答えは一つしかない。自分が今逃げてしまえば、ヘリの中にいる救助された少女が、ヴァイスが、シャマルの命が消えてしまう可能性すらある。

 それならば、と考えたホークが博打に出る。装置を引き戻しそのまま、正面で砲撃を受け止めた。

 爆光――空間が白く焼き潰される。ヘリの機体が大きく揺れ、視界と通信が一瞬だけ途切れる。

「大丈夫かあいつ!?」ヘリ内部、ヴァイスが操縦桿を握り直す。

「上空防御反応、消失じゃない……耐えている!」シャマルが魔力波形を読み取りながら声を上げる。

「でも、出力が……」シャマルが目の前の光景に声がかすれ、通信が途切れかける。

 地上側では同時に異変が起きていた。

「今の、まさか……!?」フォワード陣が一斉に上空を見上げる。

「ホーク……?」ヴィータの顔が一瞬だけ固まる。

「防御反応、急減衰……でもまだ生存反応あります!」リインの目が見開かれる。

「――っ、待て!」

 ヴィータの制止より早く、ギンガの足が地面を蹴る。

 理屈でもない、判断でもない。体が先に動いていた。

 爆光の中心。ホークは空中で膝をつく格好をしていた。左ひじを右手で抑えながら、息を上げている。デバイスの防御システムは半壊、浮遊制御も限界に近い。

「……まだ、落ちてない」通信を開く。

『こちらホーク……生存。ヘリの砲撃は阻止した』

 一瞬の沈黙が発生する。

 その言葉だけで、空気がわずかに緩む。

 だが――その緩みは、罠だった。

「――上!」誰かの叫びがこだまする。

 次の瞬間、残光の中から黒い影が落ちる。完全な死角からの高速刺突。普段のホークであれば、何の造作もなく回避していたことだろう。だが、今は状況が悪い。一安心してしまった油断、そして被弾した体では回避は間に合わない。

 ホークの体が空中で弾かれ、口からは吐血された。制御不能、意識も闇へと落ちる、浮遊が切れて無残にも落下していった。

「ホーク!!」地上側、ヴィータが叫ぶ。ヴィータ、リインが即座に追従する。

「受け止めて!!」フェイトの声が通信に割り込む。

「地上班、接近軌道確保! 着地点予測出す!」なのはも一瞬遅れて判断を飛ばす。

「全員、二次被害警戒! 救助優先や!」はやても短く命を出す。

 空気が一気に戦闘から救助へ切り替わる。

 ホークが無抵抗のまま落下していく。視界は既に目の前が真っ暗となり、刻一刻と地面へと近づいていく。

 そして――。

「くそっ……!」ヘリの操縦席にて、ヴァイスが思わず操縦桿を叩いた。

 助けに行きたい気持ちは山々である。

 だが行くことは不可能ではある。今このヘリを動かせば、救助対象の少女やシャマルまで危険に晒すことになる。それが分かっているからこそ、余計に歯痒かった。

「シャマル!」はやての声が響く。

「分かっています!」

 即座に魔力探査を広げる。だが結果は変わらない。落下速度、高度、デバイス損傷率。どれも最悪に近い。

「間に合って……!」普段冷静なシャマルですら、その言葉を止められなかった。

「嘘……」スバルの顔から血の気が引いていた。

 さっきまで普通に通信していた。

 普通に喋っていた、それなのに――ほんの数秒後には落ちている。目の前の光景に理解が追い付かない。否、理解をしたくなかったのだ。

「ホークさん!」エリオが叫ぶ。

 キャロは言葉すら出ない。胸の前で両手を握り締めることしか出来なかった。

 ティアナは奥歯を噛む。可能であれば、自分も助けに行きたい。

 だが飛行能力がない、どうやっても届かない。

「くそ……!」初めてだった。

 ティアナが自分の無力さをこんなにも強く感じたのは。

 ギンガはただひたすらに走っていた。自分の頭で考える前より、隊長陣の指示が出る前より体が動いていた。

 落下軌道、速度、風向き、全部見ている。だが計算しているわけではない。ただ一つだけの考え――ホークは絶対地面に落とさない、それだけだった。

 頭の中に浮かぶ今日の任務でのホーク。強引に調査を合流したあの図々しい姿、地下の戦闘で見た姿。アギドを一人で引き付けていた、何でもないような顔で前に立つ男。

 そして――『まだ、落ちてない』さっきほどのホークの通信。あんな状態なのにも関わらず、最初に心配したのはホーク本人自身じゃなかった。救援者を乗せたヘリ、機動六課の仲間だった。

「ふざけないで……!」思わずギンガの声が漏れる。「そんなので終われるわけない!」

『ギンガ! 落下予測ポイント送る!』なのはの声が通信越しに響く。

『無茶だけはダメだよ!』フェイトが叫び、はやての声がそれに続いた。

『でも、絶対に落としたらあかん!』その三人の声を背に受けながら、ギンガはさらに加速した。

「了解!」

 彼女の返事はそれだけだった。もう余計な言葉を考える余裕すら残されていない。

 落下してくる人影――ホークの姿を、ギンガは視野の真ん中に捉えた。バリアジャケットは破れ、魔力反応も極めて弱い。意識反応はほぼ消失している。それでも、確かにそこにいた。

 間に合うことをただ祈りながら、ギンガは地面を強く蹴り抜いた。ローラーブーツが激しく火花を散らす。限界を超えた超高速。次の瞬間、彼女は滑り込むようにして自らの身体を宙へと投げ出した。

「捕まえた!」両腕を限界まで伸ばし、叫ぶ。

 受け止めた衝撃は、想像以上に重かった。上空から急降下してきた人間一人分の質量と位置エネルギーが、そのままギンガの両腕へと容赦なく叩き付けられる。

「ぐっ……!」

 衝撃で骨がきしむ。足が地面を激しく削り、ブリッツキャリバーのブレーキ機構が耳を裂くような悲鳴を上げた。

 だが、絶対に離さなかった。ここで離してしまえば、ホークがさらに傷つくだけでなく、そのまま命を落としかねない。

 止まれ、早く止まって――お願いだから、ここで落としたらダメだ。

 十メートル、二十メートル、さらに三十メートル。地面を激しく削りながら数十メートルも滑走し、凄まじい土煙が辺りに舞う。

 ようやく、その恐ろしい勢いが死んだ。完全に停止した時、ギンガは自分の腕の中を恐る恐る覗き込んだ。

「……ホーク?」

 返事はない。だが、彼の胸は確かに上下していた。呼吸はある。生きている。

 その事実を確認した瞬間、限界まで張り詰めていた全身の力が一気に抜けていった。

「よかった……」本当に小さな、かすれた声だった。

「ギン姉! ホークさん!」

 スバルが猛ダッシュで駆け寄ってくる。続いてエリオ、キャロ、ティアナも息を切らせて集まってきた。全員の視線が、自然とギンガの腕の中へと向けられる。

 そこにいたのは、ヘリへの砲撃に身を挺して受け止め、ボロボロになったホークの姿だった。いつも不敵に軽口を叩き、皮肉を言っていた男とは、およそ対極に位置する無残な姿。

 肩口からは真っ赤な血が滲み、白銀のバリアジャケットは無残に焼け焦げていた。左腕は力なく垂れ下がり、呼吸も浅い。顔色は完全に白く引いており、戦闘中には微塵も見せなかった致命的な消耗が、今になって一気に表へと噴き出していた。

「こんな……」キャロが小さく息を呑む。

 地下通路での戦いを思い出していた。たった一人でアギトの猛攻をすべて防ぎ、完璧に捌き続けていた背中。何でもないように笑っていたあの姿は、まるで最初から無限の余裕があるように見えていた。

 だが、違った。今になってようやく理解できた。あの人は、ずっと限界を超えて無理をしていたのだ。自分たちに余計な負担をかけないために。ホーク自身が、与えられた役割を完璧に全うするために。

 ホーク・ネヴィルは怖い人だと思っていた。常に何を考えているか分からず、隊長たちや母代わりのフェイトにさえ生意気な態度を取る。それどころか、いつもトゲのある皮肉ばかりを口にするから、少し近寄り難い人だとさえ感じていた。

 だけど――今日見たホークは、そのどれとも違っていた。誰よりも前に立ち、誰よりも危険な場所へ一人で飛び込んでいった。その結果が、この姿だった。

 ティアナは何も言わなかった。いや、言えなかった。地下での戦術が、鮮明に脳裏をよぎる。

『釣れた』

 あの一言。ホークは最初から、自分たちを無傷で逃がすためだけに動いていたのだ。アギトを引き付け、時間を稼ぎ、完璧な戦況を作り上げた。そして最後は、自分たちの乗るヘリを守り抜いた。結果だけを見れば、彼の戦術はすべて完璧に成功している。

 だが、その代償がこれだった。撃墜という、あまりにも重すぎる結果。

「バカじゃないの……」思わず、ぽつりと呟きが漏れた。

 だが、そこには彼を責める気持ちなど微塵もなく、むしろその逆だった。そんな不器用すぎる命懸けのやり方しか選べなかった男に対する震える声だった。

 エリオは血が滲むほどに拳を握りしめ、横たわるホークを凝視していた。

 自分がもっと強ければ。もっと上手く立ち回れていれば。ガリューとの戦いで無様に消耗し、あのとき負傷さえしていなければ――ホークの背負った重荷を、ほんの少しでも分散できたはずなのだ。

 煮え返るような悔しさが胸を焼く。だが、突きつけられた現実は残酷だった。

 守られた。またしても、自分はただ守られるだけの足手まといだった。

「大丈夫だよ」

 スバルが静かに、だが確かな芯を持った声で言った。そこに論理的な根拠などない。

「ホークさんだもん。こんなところで終わる人じゃないよ」

 全員の視線がスバルに集まる。それはただの願望であり、祈りに近い現実逃避だったかもしれない。それでも、最悪の結末を拒絶したい今の彼らにとって、その無根拠な希望こそが、辛うじて心を繋ぎ止めている。

 ギンガは無言のまま、腕の中にあるホークの体温に意識を集中させていた。胸の奥にこびりついた冷たい恐怖が、今も心臓を狂わせている。もし、あと一歩遅れていたら。もし、落ちていくあの身体を受け止め損ねていたら。

 最悪の光景が脳裏をよぎるたび、指先が微かに震えた。空から墜ちていく彼の姿を見た瞬間、思考は完全に消し飛んでいた。ただ一心に、彼を死なせはしないと、それだけを願って身体を突き動かしていた。

 腕に伝わる確かな重みと、微かな鼓動。ホークは、まだ生きている。それだけが、ギンガの心を縛る重圧を辛うじて融かしていた。

「搬送を急げ!」

「医務室との回線、直結確認!」

「バイタル不安定! ですが、生体反応は維持しています!」

 にわかに周囲の喧騒が激しさを増す。だが、その怒号を遮るように、ホークの眉がぴくりと動いた。

「……ヘリと、レリックは……無事、か」掠れた、今にも消えそうな声。

 その呟きを拾えたのは、至近距離で彼を抱えていたギンガだけだった。

 この期に及んで、この男は相変わらず自分以外の心配をしている。どこまでも不器用で、致命的に自己犠牲的なその在り方に、ギンガは呆れを通り越し、自嘲気味に小さく笑ってしまった。

「全部無事よ。だから――もう安心しなさい」意識の境界線にいる男へ、言い聞かせるように優しく告げる。

「……なら、いいか」

 ホークは憑き物が落ちたように安堵すると、今度こそ深く、吸い込まれるように瞼を閉じた。その横顔は、いつもの不敵な仮面が剥がれ落ち、ひどく穏やかに見えた。

「ホーク!」

 ギンガが思わず声を張り上げる。だが、滑り込んできたシャマルが素早く魔力光を走らせて容態を診断し、全員を見回して力強く頷いた。

「大丈夫です! 致命傷はありません。極度の魔力枯渇と、過負荷によるショックで昏睡しているだけです!」

 その言葉が、その場に張り詰めていた限界寸前の空気を一気に解き放った。全員が、堰を切ったように安堵の息を吐き出す。

「本局の聖王医療院へ緊急搬送します! 道を開けてください!」

 メディカルスタッフの指示のもと、ホークの身体が手際よく救急車両のストレッチャーへと移されていく。

 バタン、と扉が閉まりかけるその刹那、ギンガは無意識に足を止めていた。

 強化ガラスの向こう側。酸素マスクを装着され、無数のコードに繋がれたホークの姿が、夕闇に照らされている。

「……目を覚ましたら、また生意気な口、叩きなさいよ」

 唇から零れたのは、届くはずのない独り言。

 だが、ストレッチャーが動き出す直前、ホークの口元がほんの少しだけ、おかしそうに歪んだ気がした。それはただの陽炎か、あるいは自分がそうであってほしいと願った幻影だったのかもしれない。

 血のような朱色に染まる夕暮れの空を、ギンガは静かに仰ぎ見た。

 あまりにも長く、過酷な一日が、ようやく幕を下ろそうとしている。

 だが――これが終わりではないことを、彼らは知っていた。これは、彼らの新しい戦いの幕開けに過ぎないのだ。

 

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