『マイン。
シャルロッテという者はね、どうやらこの織り地から遥か遠くの場所にある神に呼ばれてしまったみたいなの。
何やら頼みたいことがあるとのことでしたから、わたくしがその場所とシャルロッテの糸を結びつけることにしたわ。
役割を果たしたら、きっと糸も解けるでしょう』
――シュラートラウムの力を借りたと、ローゼマインの夢に顕現したメスティオノーラがそう告げたのは。
エーレンフェストの領主候補生にしてローゼマインの妹たるシャルロッテが、親睦会で突如姿を消したその夜のことだった。
誰もシャルロッテが誰かに攫われるところは見ていない。側近でさえも、すぐそばにいたヴィルフリートでさえも、瞬きの間に消えた、と言う。
あまりにも煙のように消えたものだから、お手水にでも行ったのでは――とされたけれども、シャルロッテはついに戻ってこなかった。
神々の都合によって姿を消したとローゼマインが報せたことで貴族院の騒ぎは一旦おさまったものの、
エーレンフェストの動揺と、ローゼマインの怒りは収まらなかった。
――またか。
――また、神々の都合で、わたしの大切な人が利用されるのか。
いったい、どのくらいシャルロッテは攫われたままなのか。
貴族院はどうなるのか。
……いや、もう、無事であればそれでいい。
どうか怪我なく帰ってきてほしい。
シャルロッテを案じてまともに眠れもしないローゼマインを側近は心配していたが、一巡りの後、事態が動いた。
エーレンフェストから、シャルロッテが帰還したという知らせが届いたのである。
「シャルロッテ……シャルロッテ様は無事なのですか!? お怪我はないのですよね!?」
「はい、まだ目覚めてはおりませんが……」
面会したヴィルフリートによれば、シャルロッテはエーレンフェスト寮のエントランスで倒れているのを発見されたらしい。
昏睡が続くのでユレーヴェに漬けているが、まだ目覚める気配はないという。
「目に見える不調はないのですが。我々も心配しているのです」
「なんてこと……」
「格好もずいぶんと変わっていて。衣装は決して見苦しいものではなかったのですが」
「着替えていたと言うのですか?」
「はい。見事な縫製に上質な布でつくられたものです。ですが、見慣れない衣装でした」
ご覧になりますかと差し出された紙には、シャルロッテが着ていた衣装らしきものの絵。
(……可愛い……)
確かに、これは見慣れないだろう。
ローゼマインの背中に一筋、汗が伝う。
これはとても「現代的」なデザインだ。
ドレス――いや、フォーマルなワンピースといったところか。もしかしたら、セットアップかもしれない。この素描ではわかりにくいが、おそらくそうだろう。
トップスは黒いベストを模した意匠に、白いビショップスリープ。胸元には大きなリボンがあるが、これは見事な白黒のストライプ柄。ボトムスはふわりと広がる黒いスカート。長い裾は、足首まできちんと隠してくれるだろう。
「シャルロッテは、発見された際、いくつか不思議なものを持っていました」
「え?」
「その中の一つは、本です」
「本!?」
「……ですが……その。
全く読めなかったのです」
ヴィルフリートの言葉に、ローゼマインは目を見開いた。
全く読めない本を――シャルロッテが持っていた?
「不可解も不可解で。
ローゼマイン……様でしたら、何かご存知なのではないかと。ご興味がおありではないかと持参していますが」
「ぜひ、見せてくださいませ」
差し出された本に、ローゼマインは目を向いた。
何もかもが、衝撃として彼女の心臓を貫く。
『Far Eastern Cuisine』
(あ……アルファベット!)
それも、英語だ。
極東料理、とある。料理本だろう。
しかも何より――写真。
明らかに日本食らしき一膳が、表紙になっている。
「表紙の紙は……ひえ! 『クリアPP加工』!」
「クリ……なんですか?」
「い、いえ……開いてみても構いませんか」
「どうぞ」
おそるおそる、開いてみる。
あまりの懐かしい手触りに、ローゼマインは目の奥が熱くなるのを感じた。
親しみ深い「現代」の加工方法。そして機械文明の発達を示す、美しい印刷文字。本に挟まっている紙は、売上スリップか。
すべてアルファベットで書かれた文の横には、これまた素晴らしい画質の写真がふんだんに使われている。
その中で異色を放つのは、付箋だった。
アルファベットばかりの文字の中で唯一――ユルゲンシュミットの文字で書かれた付箋。
おそらく、肉じゃがであろうそのレシピに貼られたものは。
『切る時は、大きさを揃える』
『落し蓋を使うこと』
ローゼマインは震える手で付箋を取ると、ヴィルフリートに見せる。
「ヴィルフリート兄様。これは……シャルロッテの字ですよね」
「……そうだと、私も思う」
もはやかつての口調を直すこともせず、ローゼマインは付箋を撫でた。
間違いない、シャルロッテだ。
別の世界の別のシャルロッテではない。
ユルゲンシュミットの、ローゼマインの妹のシャルロッテが、この付箋を作って貼ったのだ。
「……それから、こんなものもあった。
どうやら魔術具のようなのだが……」
「拝見します……うぅっ!?」
「ローゼマイン!?」
(す………………スマホ!)
しかもローゼマインの知るスマホより、画面が大きい気がする。
おそるおそる電源を入れてみる。
ロック画面をスワイプすれば、すぐに開いた。パスワードはかかっていなかった。
「光った!?
ローゼマイン、其方、この魔術具の使い方がわかるのか」
「い、いえ……。ですがもう少し、拝見してもいいですか」
「壊さないならば、まあ、構わぬが」
「ありがとう存じます」
アプリ画面も英語仕様だった。
シャルロッテに心の中で謝りながら、そっと「ALBUM」のアイコンを押す。
古い順に並べられた写真は、ブレブレの、何を撮ったのかわからないものばかり。
――しかし十枚くらいを経て、初めてピントが合ったものがあった。
テラコッタ色の髪の少年と、紺色の髪の少年に挟まれた、シャルロッテの自撮り写真。
驚いたシャルロッテの顔と、キメ顔の少年たちの顔を見れば、彼らが撮ったものだとすぐにわかった。
ゆっくりスクロールしていくと、少しずつ写真も安定してきた。おそらく、学校か何かの写真。人物、風景、きらびやかな建物……。
まず目を見張ったのは、明らかに頭に獣耳が生えている人物が写真に写っていたことだ。頭にツノが生えているものや、耳が尖っているものもいる。
極めつけは、箒で空を飛ぶ少年たちの姿。
そして、空飛ぶ絨毯――。
明らかに、地球ではない。
しかし、地球の文明レベルに極めて近い世界。
そして――おそらくは、魔法か魔術のある世界。
(シャルロッテ、あなたは一体)
どこに、行っていたの――?
〇シャルロッテ
貴族院五年生。苦労人。
サブリーダーで力を発揮するタイプ。
勉強熱心だが、常識が違うところからスタートしたので、成績は中の下。数学などはぎりぎり及第くらい。(十歳でやる算数が二桁の足し算引き算レベルのユルゲンの教育水準からして、おそらく一年生から大学受験レベルの数学をやらされるNRCでこれは快挙といってもいい)
帰ってきたのが一年生の時とは言ってない。
(魔力の流れが止まってはいないが滞っている⇒ユルゲンとツイステッドワンダーランドでは時間の流れが異なる)