ようこそ不死鳥の舞う教室へ 作:Gemini&指示出す人間
春の麗らかな陽光が見事なまでに咲き誇る桜のトンネルを照らし出していた。日本屈指の敷地面積を誇る東京都高度育成高等学校。その威容を誇る正門前に、一台の漆黒の車が滑るようにして停まった。
世界に数台しか存在しない特注の超高級リムジン。周囲を歩く新入生たちの視線が、驚きと好奇心とともにその威圧的な車体へと釘付けになる。
運転席から降りた初老の男が、恭しく後部座席のドアを開けた。
「到着いたしました、リアヴェル様」
「ご苦労。後は下がっていいぞ」
リムジンから降り立ったのは一人の少年だった。
太陽の光を吸い込んだかのような輝く金髪と、宝石のように澄み切った碧眼。モデルやハリウッド俳優すらも霞むであろう、人外じみた超絶的な美貌。真新しい制服を気崩すことなく着こなし、その身から放たれるのは、生まれながらの支配者のみが持つ圧倒的なカリスマと傲慢なまでの自信だった。
リアヴェル・フェニックス。
冥界の有力貴族フェニックス家の四男にして、人間界においては巨大コングロマリット「
(ほう……ここが日本の政府肝いりで設立されたという学校か。箱庭としては、なかなかどうして悪くない)
リアヴェルは傲岸不遜な笑みを浮かべ、見上げるような校舎を見つめた。
彼がこの学校に入学した理由は至極単純だ。退屈しのぎと、自身の「眷属」を探すためである。
兄であるライザー・フェニックスの元婚約者、リアス・グレモリー。そして彼の妹であるレイヴェル。彼女たちが日本の高校で学園生活を送り、自らの眷属たちと人間界を謳歌しているという話は嫌でも耳に入っていた。ならばとリアヴェルもまた、人間界で極上の駒を集め、最強にして最高の眷属を作り上げてみようではないかと思い立ったのだ。
とはいえ、駒王町のようにグレモリーの管轄下にある土地で動けば、何かと面倒な干渉を受けるのは目に見えている。そこでリアヴェルは、不士鳥財閥の力を使って日本の教育機関をリサーチした。そこで見つけたのが、徹底した秘密主義と「実力至上主義」を掲げ、全国から優秀な人材を集めているこの高度育成高等学校だった。
表向きの経歴など、財閥の力と悪魔の力をもってすればいかようにでも偽装できる。適当な名門中学の記録を捏造し、推薦枠を確保。暇つぶしがてら受けた入試と面接では、試験官がひれ伏すほどの圧倒的な成績を叩き出し、この学校の歴史上最高得点という金字塔を打ち立てた。当然、割り振られるのは最も優秀な生徒が集まる「1年Aクラス」である。
「さて、私を楽しませてくれる駒はどれほどいるのかな?」
リアヴェルは優雅な足取りで校門をくぐった。すれ違う女子生徒たちの顔が瞬時に赤らみ、男子生徒たちがそのオーラに圧倒されて道を譲る。女好きにして稀代の女誑しであるリアヴェルにとって、周囲からの熱狂的な視線など心地よい賑やかしでしかない。
しかし、彼の碧眼は単に周囲の生徒を値踏みしているだけではなかった。
すでに神や魔王をも凌駕する「超越者」の領域に足を踏み入れている彼からすれば、この学校に張り巡らされた仕掛けなど手に取るように分かってしまう。
(なるほど。至る所に監視カメラが配置されているな。廊下の天井、階段の踊り場、みたところ教室にありそうだな。死角を徹底的に無くそうとする意図が見え透いている)
ただの防犯目的ではない。
生徒の一挙手一投足を、常に第三者の目で監視し、評価するための配置だ。
学校が掲げる「実力至上主義」。その言葉の裏に隠された真のシステムを、リアヴェルは入学初日の、廊下を歩くわずか数分の間に完璧に見抜いていた。
1年Aクラス。
教室の扉を開けた瞬間、室内の空気がピタリと止まった。
数十人の生徒たちが、一斉に扉の前に立つリアヴェルへと視線を向ける。
首席入学を果たしたという「不士鳥財閥の御曹司」の噂は、すでにこの優秀なAクラスの面々の間でも広がっていたのだろう。誰もが息を呑み、その非現実的なまでの美貌と存在感に圧倒されていた。
「ふむ……」
リアヴェルは悠然と教室内を見渡した。
窓際の席には、銀色の髪を持ち、杖を手にした小柄な少女——坂柳有栖が、興味深そうにこちらを見つめている。その反対側には、高校生とは思えない厳格な風貌のスキンヘッドの少年——葛城康平が、油断のない視線を向けていた。
(悪くない。知性を感じさせる顔つきの者が何人かいる。特にあの銀髪の小娘は、なかなかに面白い目をしているじゃないか)
リアヴェルはふっと微笑むと、自分の指定された席へと歩を進めた。
彼が動くたび、女子生徒たちの頬が熱を帯び、魅了されたようなため息が漏れる。
「やあ、君たち。これから三年間、同じクラスで学ぶことになる。私は不士鳥リアヴェル。気軽にリアヴェルと呼んでくれて構わない。美しい淑女たちと有意義な時間を過ごせることを、心から楽しみにしているよ」
芝居がかった、しかし彼がやればどこまでも自然なウインクを飛ばすと、教室の一部から黄色い悲鳴が上がった。葛城は眉をひそめ、坂柳はくすりと上品な笑みをこぼす。
やがて始業のチャイムが鳴り響き、教室に一人の教師が入ってきた。
1年Aクラスの担任となる真嶋智也である。
「席に着け。私は真嶋智也。お前たちAクラスの担任を務めることになった。この学校ではクラス替えはない。三年間、私が指導に当たることになる」
真嶋は淡々と自己紹介を済ませると、学校のシステムについての説明を始めた。
全寮制であること。敷地内の施設で生活のすべてが完結すること。そして、生徒証に振り込まれる「プライベートポイント」について。
「この学校では、生徒証に電子マネーとしてポイントが支給される。敷地内の買い物はすべてこれで済む。ポイントは1ポイント1円の価値になる。お前たちには今朝、今月分として『10万ポイント』が振り込まれているはずだ」
その言葉に、教室中がどよめいた。
高校生に対して、入学初日から無条件で10万円相当の大金が与えられたのだ。常識的に考えればあり得ない破格の待遇に、優秀なAクラスの生徒たちでさえも色めき立つ。
「この学校は実力で生徒を計る。入学できたお前たちには、それだけの価値があるということだ。遠慮なく使うといい」
真嶋がそう締めくくろうとした、その時だった。
「——待ってもらおうか、真嶋先生」
静寂を引き裂くように、朗らかで、しかし絶対的な響きを持つ声が教室に響いた。
リアヴェルだ。彼は席から立ち上がると、悠然とした足取りで教卓の真嶋へと向き直った。
「ふ、不士鳥……何か質問か?」
威厳を保っていた真嶋が、リアヴェルから放たれる目に見えない威圧感に一瞬気圧されたように言葉を詰まらせる。
「ええ、一つだけ。いや、いくつか確認しておきたいことがありましてね」
リアヴェルは優雅に微笑みながら、鋭い碧眼で真嶋を射抜いた。
「先生はこの学校が『実力至上主義』であると仰った。実力で人を計る、と。ならば、一つ目の質問だ。なぜ我々は『入学しただけ』で10万ポイントもの大金を与えられたのかな? 我々はまだ、この学校において何の実力も証明していないはずだが?」
「……それは、先ほど言った通りだ。お前たちが入学試験を突破したという事実そのものを評価している」
「ほう。では、二つ目の質問だ。仮にそれが入学時の初期評価だとして、来月以降はどうなる? この『10万ポイント』という額面は、我々の今後の行いによって『変動』するのではないかな? 増えるか、あるいは——減るか」
真嶋の顔に、わずかな緊張が走った。Aクラスの生徒たちも、リアヴェルの言葉の裏にある意味に気づき始め、教室の空気が一変する。
「……ポイントの支給基準については、学校側の取り決めだ。今ここで答えることはできない」
「なるほど、答えることができない。つまり、私の推測は当たっているということだ」
リアヴェルは楽しげに嗤い、教室の天井の隅——監視カメラが設置されている方向を指差した。
「教室に向かう道中、そしてこの教室の中。至る所に監視カメラが設置されていた。防犯目的にしては過剰すぎる数と配置だ。これは学校側が、我々生徒の『生活態度すべて』を評価の対象として監視している証拠だろう?」
生徒たちの視線が一斉にカメラへと向かう。
「実力至上主義という言葉の定義。それは単なる学力だけではない。遅刻、欠席、私語、生活態度。そういったあらゆる要素が『クラス単位』で減点対象としてポイントに直結する。このAクラスという看板も、決して絶対的なものではない。……違いますか、真嶋先生?」
沈黙が降りた。
真嶋はわずかに目を細め、目の前に立つ金髪の規格外の少年の底知れなさに戦慄を覚えた。本来であれば、一ヶ月後に生徒たちが自ら痛い目を見て気づくはずのシステムの根幹。それを、この不士鳥リアヴェルは入学初日の、ほんの数十分で完全に見破り、あまつさえクラス全員の前で白日の下に晒したのだ。
「……優秀な生徒が集まるAクラスとはいえ、初日でそこに辿り着くとはな。感心したと言っておこう、不士鳥」
真嶋は多くを語らなかったが、それは実質的な肯定であった。
葛城は驚嘆の入り交じった目でリアヴェルを睨み、坂柳は口元に手を添え極上の玩具を見つけたような笑みを深めている。
「感謝するよ、先生。これで疑念は確信に変わった」
リアヴェルは満足げにうなずき、振り返ってクラスメイトたちを見渡した。
「聞いた通りだ、諸君。この学校は我々に10万をくれてやるほど甘い慈善事業団体ではない。油断すれば足元をすくわれる。だが——心配には及ばない」
リアヴェルは己の胸に手を当て、王が臣下に語りかけるような傲慢にして華麗な笑みを浮かべた。
「この私、不士鳥リアヴェルが君臨する限り、我々Aクラスは永遠に完全無欠だ。私の後に付いてくるがいい。極上の学園生活を約束しよう」
圧倒的な自信。それを裏付ける明晰な頭脳。
教室の誰もが、彼の傲慢な言葉に反発するどころか、抗いがたい魅力を感じていた。
(さあ、人間たちのルールなど私の前では些末なこと。この箱庭で、誰が私の眷属にふさわしいか……たっぷりと品定めさせてもらおうか)
超越者にして無敵の不死鳥の、人間界での退屈にして刺激的な遊戯が、今ここに幕を開けた。