ようこそ不死鳥の舞う教室へ 作:Gemini&指示出す人間
五月も終わりを告げようとし、初夏の気配が微かに漂い始めた頃。放課後の喧騒を完璧に断絶した、リアヴェルの私邸——その一角にある豪華絢爛なラウンジでは、日課となった二人の「御茶会」が優雅に催されていた。
クリスタルのシャンデリアが放つ柔らかな光の下、純白のテーブルクロスの上に置かれた銀のティーポットから、メイドが芳醇な香りを放つ紅茶をカップへと注いでいく。
席に着く坂柳有栖は、カップを手に取ると、一口含んで心地よげに目を細めた。悪魔として転生して以来、彼女の体調に曇りは一切なく、その知性はかつてないほどの切れ味を保っていた。
「——さて、リアヴェルくん。今月の総括と、収集した情報を報告します」
有栖は手元のタブレットではなく、自らの脳内に刻み込まれた、あるいは記憶操作の魔法で完璧に管理された生徒たちのデータを紐解くように、ふっと不敵な笑みを浮かべた。
「ほう。君の操る『人形たち』からの報告か。どれほど面白いネタが集まったのか聞かせてもらおうか」
対面でワイングラスを揺らすリアヴェルが、興味深げに顎を引く。
「ええ。この数週間、私は橋本くんや神室さんのような自意識を持つ手駒だけでなく、全学年、全クラス、さらには教師陣の末端にまで私の『暗示』と『記憶操作』を浸透させました。結果として、この学校の隠された機密のほぼすべてが私の掌中にあります」
有栖の言葉は誇張でも何でもなかった。
彼女は、1年生の全クラスはもちろん、2年生や3年生の主要な生徒たち、そして教職員の日常会話や理事長の動向に至るまで、学校の裏側を完全にハッキングしていたのだ。
「例えば、今後の特別試験のスケジュールについてです。学校側が用意している次なる舞台……それは、夏に実施される無人島でのサバイバル試験ですね。長期間のサバイバルを通じて、サバイバル能力、資金管理、そしてクラス全体の協調性と統率力を試す趣向のようです」
「無人島か。閉鎖された環境で人間がどう壊れていくかを観察するには、なかなか趣向として悪くないな」
「それだけではありません。さらにその試験の直後、本土へ戻るための帰りの船上で行われる『干支試験(十三支の特別試験)』の存在も確認済みです。無人島でのグループ分けをそのまま流用し、干支をモチーフにした裏切りと欺瞞の心理戦を強いる構成となっています。学校側は完全に隠し通しているつもりでしょうが、私には筒抜けです」
涼やかな顔で、学校が幾重にも秘匿しているはずの未来の特別試験の全容を暴いてみせる有栖。
通常の生徒であれば、その情報量だけで人生が狂うほどの特ダネだが、リアヴェルにとっては「想定内の遊戯のルール」に過ぎない。しかし、彼女がここまで完璧に盤面を先読みしているという事実そのものが、最高級の褒美に値した。
「素晴らしい。君を私のクイーンに選んだ私の目に狂いはなかったということだ。全学年の情報を網羅し、学校側の意図を先回りしているとなれば、もはやこの箱庭に君の敵は存在しないな」
「お褒めにあずかり光栄です。……ですが、情報の収集はあくまで基礎工事に過ぎません。これからの実戦、そして将来的に私たちがこの学校を踏み台にして、さらには冥界の覇権争いに挑むための『駒』を、私たちは厳選しなければなりません」
有栖はカップを置き、真剣な、しかしどこか楽しげな光をその銀の瞳に宿した。
「というわけで、私が独自に観測し、将来的に役立つと見繕った『有能な人間たち』のリストを作成しました。お聞きいただけますか?」
「いいだろう。君の眼鏡にかなった者たちだ。さぞ個性的な面々だろうな」
有栖はスラスラと、学年の壁をも越えた特異点たちの名前を連ねていった。
「まずは、我がAクラス。
——神室真澄。精神的な脆さはありますが、命令に対する遂行能力と実行力は一級品。汚れ仕事を厭わない『兵士』として最適です。
——鬼頭隼人。武力の才にあふれ、忠誠心さえ植え付ければ強力な『戦車』になり得ます。
——橋本正義。風見鶏ですが、裏切りを計算に入れた上で情報戦の『兵士』として使えばこれほど便利な駒はありません。
——山村美紀。気配遮断の特異な才能を持ち、不可視の諜報員として破格の潜在能力を秘めています。
——そして、森下藍。独自の視点と行動力を持ち、飼いならせば面白い攪乱要因になるでしょう」
Aクラスの主要人物を的確に分析し終えると、有栖はそのまま他クラスへ。
「続いて、他クラスの特異点たちです。
——Bクラスからは、人心掌握に長けたリーダーである一之瀬帆波。彼女のカリスマ性を折るか、あるいは屈服させて傘下に収めれば、Bクラスを丸ごと手中に収められます。そして、その一之瀬を理論で支える副官、神崎隆二。彼の堅実な思考は、育成すれば有能な参謀になります。
——Cクラスからは、暴力と知略を併せ持つ特異点、龍園翔。彼は一筋縄ではいきませんが、徹底的に叩き潰して跪かせる価値があります。そして、その龍園の影に隠れながら独自の読書世界を持ち、高い知性を漂わせる椎名ひより。彼女の知的好奇心は、私たちの世界を知れば間違いなく魅了されるはずです。
——Dクラスからは、あらゆる意味で底知れない規格外の男、高円寺六助。彼の圧倒的な身体能力とナルシシズムの裏にある実力は、まだ底が見えません。そして……最も警戒すべき、かつ最も興味深いのは、綾小路清隆。彼の瞳の奥にある『完全な虚無と、それを隠すための底知れぬ実力』。彼だけは、通常の心理誘導や魔法がどこまで通用するか未知数です。それに……いえ」
最後に、有栖はふっと笑みをこぼし、上の学年へと言及した。
「——他にも上級生で圧倒的な実力を誇る鬼龍院楓花。彼女は既存の組織に縛られない自由主義者ですが、それを裏打ちする確かな力があります」
㐂々々……と、淀みなく語られた特異点たちの名簿。それは、高度育成高等学校という箱庭に存在するすべての脅威と、未来の「原石」たちが完璧に網羅されたリストであった。
「……ふむ」
リアヴェルは腕を組み、感心したように深く頷いた。
「見事だな、有栖。これほど短期間で、これだけの人間を多角的にプロファイリングし、自らの手駒候補としてリストアップしているとは。君の頭脳は、やはり人間という枠組みを超えているよ」
「ありがとうございます。ですが、リアヴェルくん」
有栖はふと、少しだけ意味ありげな笑みを浮かべ、主を見つめた。
「私がこれだけの駒を見繕ってきたということは、それだけ多くの『悪魔の駒』が必要になるということです。……ちなみに、リアヴェルくんは、すでにこの中から誰かお気に入りの駒を見つけていらっしゃるのではありませんか?」
その問いに、リアヴェルは楽しげに声を上げて笑った。
「流石は私のクイーン、勘がいい。実はな、つい先日、このリストにも入っている人物の一人と個人的に接触したところなんだ」
「……誰ですか?」
「山村美紀だ」
その名が出た瞬間、有栖は僅かに目を丸くした。
「山村さん、ですか? 彼女は確かに気配遮断の才能を持っていますが、どちらかといえば日陰の存在で、自ら表舞台に立つようなタイプではありませんが」
「だからこそ面白い。彼女のその『誰にも認識されない才能』は、私の手にかかれば、どんな強者であっても気づかぬうちに喉元を抉る極上の暗殺刃(ナイト)へと化す。私はすでに彼女に接触し、私の影として生きるよう約束を取り付けた。次の眷属候補として、彼女を内定している」
リアヴェルの言葉に、有栖は少しだけ悔しそうに、しかしすぐに艶やかな笑みへと変えて肩をすくめた。
「先を越されてしまいましたね。ですが、リアヴェルくんが自らスカウトに出向くとは、山村さんにとっては光栄なことでしょう」
「ははは、気にするな。駒の調達は君一人の仕事ではないさ」
リアヴェルはカップを置き、まっすぐに有栖を見据えた。
その碧眼に、ただの気まぐれではない、明確で深遠な意志が宿る。
「有栖。今、君は多くの優秀な人間を見繕い、私のために盤面を整えてくれている。だがな、忘れてはならないことがある」
「……なんでしょう?」
「君は今、私の『クイーン』としてこの箱庭で君臨している。だが、それはあくまで人間界のルールを借りた仮初の関係に過ぎない。冥界の理において、真の意味で強大な悪魔となるためには——君自身が実績を積み、上級悪魔へと昇進し、自らの位階を高めなければならないのだ」
リアヴェルの言葉に、有栖の呼吸がわずかに止まった。
「上級悪魔への昇進……」
「そうだ。そして、位階を上げた者が手にする最大の特権。それは、自らの『
リアヴェルは立ち上がり、有栖の目の前まで歩み寄ると、彼女の小さな肩に優しく、しかし絶対的な重みを持つ手を置いた。
「私がすべての駒を独占するわけではない。君の知能、君の冷徹な知略、そして君がこれからこの学校で見出すすべての優秀な人間たち。それらを統率し、君自身も眷属を作り上げるがいい。——有栖、君自身が『独立した一人の悪魔の君主』として、私と肩を並べる存在になること。それが、私から君に与える次なる試練であり、最大の報酬だ」
圧倒的なスケールの提案。人間界のちっぽけな学校の派閥争いなど、遥かに超越した「悪魔としての高み」への招待状。坂柳有栖は、自らの肩に置かれた主の手の温もりを感じながら、胸の奥底からマグマのように沸き上がる激しい歓喜と野心の炎を自覚した。
ただの「お気に入りの人間」から、「主と共に世界を統べる悪魔の君主」へ。
自分の手で人間を選別し、自分の眷属として染め上げ、リアヴェルの隣で真の意味での「女王」として君臨する。
これ以上の歓喜が、これ以上の遊戯が、この宇宙のどこに存在するというのか。
有栖はゆっくりと立ち上がり、主であるリアヴェルに向かって、美しく、そして完璧な敬礼の姿勢をとった。その銀の瞳は、かつてないほどの鋭い光と、絶対的な忠誠、そして果てしない野望に満ち溢れていた。
「——御心のままに、我が主。この坂柳有栖、人間界の箱庭を平らげたその先で、必ずや上級悪魔へと昇り詰めてみせましょう」
「ははははっ! その意気だ、私のクイーン!」
夕陽がラウンジの窓を赤く染め上げる中、不死鳥の悪魔と、新生した天才悪魔少女の間に交わされたさらなる高みへの誓い。
それは、高度育成高等学校という名の箱庭を踏み台にし、やがて全次元を揺るがす「絶対支配」への確実な序章であった。