ようこそ不死鳥の舞う教室へ   作:Gemini&指示出す人間

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第十四話「不死鳥と初勝利」

 五月最終日。一学期中間試験の結果発表日。外はどんよりとした厚い雲に覆われ、初夏とは思えない肌寒い空気が高度育成高等学校を包み込んでいた。

 しかし、1年Aクラスの教室内だけは、他クラスのそれとは全く異なる、異様なまでの静寂と達成感に満ちていた。

 教壇に立つ担任の真嶋智也は、手元の成績表から目を上げ、教室全体をぐるりと見渡した。

 その厳格な顔つきには、教師としての威厳以上に、目の前に座る生徒たちへの「底知れぬ戦慄」が微かに滲んでいた。

 

「……まずは、一学期中間試験の結果を伝える。結論から言おう。お前たち1年Aクラスは、この学校の設立以来、史上最高となる驚異的なクラス平均点を叩き出した」

 

 真嶋の言葉に、クラスの生徒たちの間から安堵の息が漏れる。

 

「最低点はたった一人の97点。数名が98点から99点。そして——残りのクラスのほぼ全員が、全科目満点の『100点』を獲得している」

 

 黒板に貼り出された成績表。そこには、異常としか思えない数の『100』という数字が並んでいた。不士鳥リアヴェル、坂柳有栖の二人は当然のこと。橋本正義、神室真澄、鬼頭隼人、森下藍、葛城康平といった実力者たちも、見事に満点を記録している。さらには、これまで存在感がなく成績も平均的だったはずの山村美紀までもが、全科目100点という完璧な数字を叩き出していた。

 

「試験前日に坂柳から出された『最低でも95点以上』という厳しい条件。過去問があったとはいえ、一つのケアレスミスも許されない極限のプレッシャーの中で、お前たちは誰一人として脱落することなく、完璧な自己管理と実行力を証明してみせた。担任として、これ以上言うことはない」

 

 Aクラスの生徒たちは、互いに目配せをして小さく喜びを分かち合った。

 しかし、リアヴェルと、その隣に控える有栖だけは、そんな結果など「当然の作業報告」に過ぎないと言わんばかりに、退屈そうに窓の外を眺めている。

 やがて、真嶋の顔から先ほどの労いの色が消え、氷のように冷たく重い表情へと変わった。

 

「お前たちには惜しみない賛辞を送るが……他のクラスは、そうもいかなかったようだ。この学校の『実力至上主義』が単なる脅しではないという現実を、今からお前たちに伝える」

 

 教室の空気が、ピンと張り詰める。

 

「今回の中間試験において、赤点、すなわち退学ラインを下回った生徒が出た。……Cクラスから2名。そして、Dクラスから7名だ」

「なっ……!?」

「合計9名……退学、ですか……?」

 

 葛城が絶句し、クラスのあちこちから息を呑むどよめきが上がった。

 たった一度の試験で、学年全体から9名もの生徒が強制的に学校から追放される。それは、これまでの高校生活の常識を根底から覆す、あまりにも無慈悲な現実だった。

 特に、Dクラスの7名という数字は、もはや学級崩壊と呼んでも差し支えない大惨事である。

 

「当該生徒たちは、これから退学手続きを済ませ、この学校を去ることになる。これが、この学校のルールだ。お前たちも気を引き締めて、今後の学校生活を送るように」

 

 真嶋はそれだけを告げると、重い足取りで教室を後にした。

 担任が去った後も、教室には重苦しい沈黙が降りていた。自分たちは生き残ったが、壁を隔てたすぐ向こう側では、9人もの同級生が絶望の中で首を切られるのだ。その事実に、多くの生徒が言葉を失っていた。

 だが——。

 

「ふふっ。リアヴェルくん、私たちが仕掛けた盤面は、想定通りに見事な機能を見せたようです」

 

 重苦しい静寂を切り裂いたのは、あまりにも場違いな、涼やかで楽しげな少女の声だった。

 坂柳有栖である。彼女は全く動揺する様子を見せず、それどころか極上の紅茶でも味わうかのような優雅な笑みを浮かべ、主であるリアヴェルへ視線を送っていた。

 

「素晴らしい成果だ、有栖」

 

 リアヴェルは頬杖をついたまま、はしゃぐ子どもを微笑ましげに見守る大人のような、優しく甘い声で彼女を称賛した。

 

「有象無象が縋るであろう蜘蛛の糸を事前に挿げ替え、あまつさえ確実に死へ至らしめる毒を仕込む。君のその容赦のなさと、実行に至るまでの手際の良さは、まさに私のクイーンに相応しい。よくやってくれた」

「お褒めにあずかり光栄です。すべては、リアヴェルくんに最高の勝利を捧げるためですから」

 

 二人の会話に、Aクラスの生徒たちの視線が一斉に集中する。

 

「ですが、反省点もいくつか残りました」

 

 有栖は、まるでテストの復習でもするかのように、淡々と言葉を続ける。

 

「Cクラスの退学者が2名に留まったことについては、少々予想外でした。龍園くんあたりが途中で偽の過去問であることに気づき、クラス内での被害の拡大を最小限に抑えた可能性があります。彼には、偽物を本物と信じ込ませるためのさらなる一手間が必要でしたね」

「気にするな。すべてが思い通りに進んでは、退屈で欠伸が出てしまう。少しばかり歯ごたえのある獲物が残った方が、これからの学園生活が楽しくなるというものだ」

「ええ、おっしゃる通りです。……それに比べて、Dクラスは実に滑稽でした。何の疑いも持たずに私が用意した偽の過去問を丸暗記し、自ら崖に向かって全速力で駆け抜けてくれたのですから。7名の退学者を出せば、Dクラスはもはや精神的にも再起不能でしょう。ふふっ」

 

 偽の、過去問。

 その単語が出た瞬間、Aクラスの生徒たちの顔色が一瞬にして蒼白になった。

 

「ま、待て。坂柳……お前は今、何と言った?」

 

 葛城康平が、椅子をガタッと鳴らして立ち上がった。

 彼の屈強な体は、怒りと、それを上回る得体の知れない恐怖で微かに震えていた。

 

「他クラスの生徒が退学になったのは……お前が、お前たちが、わざと偽の過去問を掴ませたからだと、そう言うのか……?」

 

 葛城の問いに、有栖はゆっくりと首を傾げ、前髪の隙間から冷徹な銀の瞳を覗かせた。

 彼女の口調には、お嬢様特有の嫌味な響きはない。

 ただひたすらに、純粋な論理と冷酷さが宿る、丁寧な敬語であった。

 

「ええ、その通りですが。何か問題でもありますか、葛城くん」

「問題でも、だと!? 9人もの生徒が、この学校から追放されたんだぞ! それを、お前たちが意図的に仕組んだというのか!」

「不思議なことを言いますね。私たちは今、『クラス対抗戦』というルールの下にいます。他のクラスは敵です。敵の戦力を削ぎ、自クラスの絶対的な優位を確立するのは、戦術として当然のことではありませんか?」

「だからといって、退学に追い込むような罠を自ら張るなど、外道にも程があるッ!」

 

 激昂する葛城に対し、有栖はため息を一つこぼした。

 

「外道、ですか。私は上級生にポイントを支払い、情報の受け渡しを依頼しただけです。偽の過去問を疑いもせずに信じ込み、自らの実力で問題を解こうとしなかった彼らの怠慢と無能が、彼ら自身を退学へ追いやったのです。騙される方が悪い。ただそれだけのことです」

 

 一切の罪悪感を持たない、絶対零度の正論。

 葛城は言葉を失い、ギリッと歯を食いしばった。彼を中心とする葛城派閥の数名の生徒たちも、有栖の悪魔的なまでの冷酷さに戦慄し、震えていた。

 

(この女は、危険だ。不士鳥リアヴェルという絶対的存在の陰に隠れているが、彼女自身の知略と残忍さは、一歩間違えれば学校そのものを破壊しかねない『超特級の危険人物』だ……!)

 

 葛城の心に、有栖に対する最大級の警戒と恐怖が深く刻み込まれた瞬間であった。

 一方、クラスの他の生徒たちも、有栖の策略の全貌を知り、恐怖に凍りついていた。

 橋本正義は、額に冷たい汗を浮かべながら、必死に平静を装っていた。

 

(……マジかよ。上級生を完全に巻き込んで、他クラスを意図的に退学に追い込んだのか? どんな手を使ったかは知らねえが、こいつら、人間の皮を被った悪魔かよ)

 

 橋本の背筋を、強烈な悪寒が駆け巡る。

 もし自分がリアヴェルや有栖を裏切り、彼らの敵に回れば、自分も今回の退学者たちのように、気づかぬうちに完璧な罠に嵌められ、抹殺されるだろう。

 

(裏切るなんて絶対にできねえ……。だが、味方でいる限り、これほど頼もしい存在もない。俺は一生、こいつらの靴を舐めてでもしがみついてやる)

 

 恐怖の裏返しとして、橋本はより一層の忠誠を誓うしかなかった。

 神室真澄もまた、自身の腕を抱きしめるようにして小さく息を吐いていた。

 

(……バカバカしい。正義感ぶって騒いでる葛城も、罠にハマった他クラスの連中も。私はただ、この化け物たちの機嫌を損ねないように大人しくしてるだけ。敵じゃなくて本当に良かったわ……)

 

 彼女は、自分がAクラスにいるという幸運に、ただただ胸をなでおろしていた。

 そんな教室内が恐怖と戦慄に支配される中、ただ一人、全く別の感情で平然と座っている少女がいた。山村美紀である。

 彼女は、静かに瞬く瞳で、リアヴェルだけを真っ直ぐに見つめていた。

 

(他クラスの人が退学になった……。でも、そんなこと私には関係ない)

 

 彼女の手元には、全科目100点という完璧な答案用紙が置かれている。

 試験の前日、リアヴェルは「君の才能は私が肯定する」と言ってくれた。

 彼女が満点を取ったのは、Aクラスで生き残るためでも、ポイントのためでもない。

 ただ一つ、自分を見つけてくれた唯一の存在である彼に、失望されたくなかったからだ。

 

(不士鳥くんが笑っている。坂柳さんの作戦が成功して、楽しそうにしている。……それなら、これでいい。不士鳥くんの邪魔になる人は、全部いなくなれば、いい)

 

 倫理も道徳も、すでに彼女の中には存在しない。あるのは、リアヴェルに対する純度百パーセントの依存と狂信だけだった。

 

「さて、有栖。そしてAクラスの諸君」

 

 リアヴェルが立ち上がると、教室内を支配していた喧噪と動揺が、嘘のように一瞬で静まり返った。彼の碧眼が、クラスの隅々までを睥睨する。

 

「今日は我がAクラスの完全勝利、そして愚かな有象無象の自滅を祝う最高の日だ。葛城、君の倫理観を否定はしないが、この箱庭で生き残りたければ、その甘さは今すぐに捨てろ。私が君臨する以上、私の勝利への道筋に異論は認めない」

「……くっ」

「さあ、まだゲームは始まったばかりだ。次なる試験、次なる盤面に向けて、精々私を楽しませる極上の駒として動き続けろ。君たちのその忠誠には、絶対的な庇護と勝利で応えてやろう」

 

 不死鳥の傲慢なる宣言。

 恐怖、畏敬、依存、そして野心。

 さまざまな感情が渦巻くAクラスは、リアヴェルと有栖という二人の悪魔の支配下で、もはや普通の高校生とは呼べない「絶対的な王政」へと変貌を遂げていた。

 他クラスの惨劇を嘲笑いながら、彼らの次なる狩りの準備が、静かに、そして確実に始まろうとしていた。

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