ようこそ不死鳥の舞う教室へ   作:Gemini&指示出す人間

17 / 18
第十七話「Cクラスの王と選択」

 一学期中間試験の結果発表と、それに伴う退学者の発生から一夜が明けた1年Cクラスの教室は、Dクラスのような絶望のどん底でもなければ、Bクラスのような偽りの安堵に包まれているわけでもなかった。そこにあるのは、たった一人の独裁者によって敷かれた、極めて統制のとれた冷徹な空気である。

 

「ククク……ッ。昨日から随分と静かじゃねえか、お前ら。二人の馬鹿が消えただけで、教室の空気がこうも美味くなるとはな」

 

 教卓の前にどっかりと腰を下ろし、両脚を机の上に投げ出した龍園翔は、教室全体を見渡しながら愉悦に満ちた笑い声を漏らした。

 退学した二人に対する同情や悲哀など、龍園の中には一ミリたりとも存在しない。彼にとって、己の命令に背いて偽の過去問に縋り、勝手に自滅した無能など、クラスの平均点を下げるだけの粗大ゴミでしかなかったからだ。

 

「全くだぜ! あいつら、龍園さんがわざわざ『自力で解け』って指示を出してやってたのに、裏切った挙句に退学とか、マジでダサすぎっスよ!」

「ええ。彼らの自業自得であり、我々Cクラスにとっては何の痛手でもありません。むしろ、獅子身中の虫が自ら駆除されたと考えれば、有益な結果と言えるでしょう」

 

 龍園の言葉に即座に同調したのは、彼の側近として暴力でクラスを制圧する手足となっている石崎大地と、参謀役として知恵を絞る金田悟だった。

 その後ろでは、屈強な黒人のハーフである山田アルベルトが、サングラスの奥の目で静かに頷いている。

 彼ら側近たちは、龍園翔という男に対して絶対的な恐怖と、それを遥かに上回る「頼もしさ」を感じていた。

 今回の中間試験、もし龍園の徹底したスパルタ勉強と監視がなければ、CクラスからもDクラスのように大量の退学者が出ていたことは想像に難くない。彼は独裁的で非情だが、結果としてクラスの大多数を死地から救ってみせたのだ。この理不尽な実力至上主義の学校において、彼のような冷酷な王に従うことこそが、最も生存確率の高い最適解であると、彼らは確信していた。

 

「だがな」

 

 龍園は机から脚を下ろし、獰猛な肉食獣のように瞳を細めた。

 

「俺たちが生き残ったのは、あくまで『防戦』の話だ。……Dクラスの惨状、そしてAクラスが叩き出したイカれた平均点。昨日、Dクラスの教室で不士鳥リアヴェルが放った言葉。それらを総合すれば、今回の『偽の過去問』を仕組んだ黒幕がどこのどいつか、馬鹿でも分かるよな?」

 

 龍園の言葉に、教室の空気が一段と張り詰める。

 

「不士鳥リアヴェル。そして、その懐で策を巡らせる坂柳有栖……。あいつら、入学してわずか一ヶ月で、上級生を完全に抱き込み、他クラスを意図的にハメて退学者を量産しやがったんだ。ルール違反スレスレ、いや、ルールそのものを自分たちのために捻じ曲げるような圧倒的な力と知略。……ククッ、認めざるを得ねえな。あいつらは、紛れもない『本物のバケモノ』だ」

 

 龍園の口から出た「バケモノ」という評価。それは、彼がAクラスの脅威を過小評価せず、自分たちよりも遥かに手強い敵であると完全に認識した証拠であった。

 資金力、統率力、個人の能力。どれを取っても、今のCクラスが正面からぶつかって勝てる相手ではない。龍園自身、それを痛いほど理解している。

 

「龍園さん……どうするんスか? あのAクラス、まともにやり合って勝てる相手じゃないッスよね。俺、昨日Dクラスの教室で、不士鳥が須藤を睨んだだけで床に這いつくばらせたの、見ちゃいましたし……」

 

 石崎が、昨日の恐怖を思い出して微かに声を震わせる。

 しかし、龍園の顔に浮かんでいたのは、恐怖ではなく、極上の獲物を前にした狩人のような歓喜だった。

 

「だからこそ面白えんだろうが。あんな絶対的な王様を泥水に沈めて、絶望に歪む顔を拝む。これ以上の極上のエンターテインメントがあるか?」

 

 龍園は立ち上がり、黒板の前に立ってチョークを手に取った。

 

「だが、お前の言う通り、Cクラス単独で挑んでも無惨にすり潰されるだけだ。ならば、どうするか。……俺が昨日から何度シミュレーションしても、導き出される答えは一つしかねえ」

 

 龍園は黒板に『A』と大きく書き、その下に『B』『C』『D』の文字を並べて線で結んだ。

 

「B、C、Dクラスによる、三クラス連合。……これしかねえ」

「連合……ですか。我々が、他のクラスと手を組むと?」

「ああ。Bクラスの一之瀬はアホみたいにお人好しだからな。『Aクラスの横暴を止めるために、弱者同士で協力しよう』とでも吹き込めば、二つ返事で乗ってくるだろうよ。Dクラスはすでに崩壊寸前だが、数合わせにはなるだろ。あいつらを鉄砲玉や肉の盾として前線に立たせれば、Aクラスの戦力を削るための立派なリソースになる」

 

 龍園の描く連合軍。それは、弱者が手を取り合って強大な敵に立ち向かうという美しい友情の物語などではない。彼の本質は、どこまでも残酷な『搾取』である。

 

「当然、俺に仲間意識なんか一ミリもねえ。一之瀬のBクラスが持つ莫大なポイントや組織力、Dクラスの捨て身の狂気。それらを俺が背後で完全にコントロールし、Aクラスにぶつける。そして、AクラスとB・Dクラスが削り合った隙を突いて、最後に俺たちがすべての甘い汁を吸い上げ、頂点に立つ」

「なるほど……! つまり、龍園氏。Bクラスの善意と、Dクラスの絶望を、我々のための『駒』として使い潰すのですね」

 

 金田が眼鏡を押し上げながら、感嘆の声を漏らす。

 

「そういうことだ。不士鳥リアヴェル、お前がどれだけ強大だろうと、学年すべての悪意と策謀を一点に集中させれば、必ずどこかに綻びが出る。……今日から、一之瀬とDクラスの残党どもをどうやって騙し、俺の手駒に引きずり込むか、徹底的に策を練るぞ」

 

 龍園翔は、Cクラスの王として、学年全体を巻き込む壮大な謀略の火蓋を静かに切った。

 石崎や金田、そして大半のCクラスの生徒たちは、その悪逆非道な策に熱狂し、自分たちのリーダーの頼もしさに心酔していた。

 

——だが。

 その熱狂の渦の中で、ただ二人だけ、龍園の決定に対して深い『不安』を抱いている者たちがいた。

 一人は、教室の壁に寄りかかり、腕を組んで忌々しげに舌打ちをしている少女、伊吹澪。

 彼女は龍園に屈服させられ、側近の一人として数えられているが、彼に心酔しているわけではない。単に、勝つための合理的な手段として彼を利用しているだけだ。しかし、今回の龍園の決定には、彼女の野生の勘が激しい警鐘を鳴らしていた。

 

(……龍園、あんた、自分がどれだけヤバい火遊びをしてるか分かってんの?)

 

 伊吹の脳裏に、昨日のDクラスで見た光景がフラッシュバックする。

 武術の心得がある伊吹から見ても、須藤健という男の身体能力と暴力性は凄まじいものがあった。その須藤が、不士鳥リアヴェルに「指一本触れられることなく」床に叩き伏せられたのだ。

 あれは、手品や心理的重圧などというチャチなものではない。圧倒的で、理不尽なナニカだ。人間の枠を超えた何かがあの瞬間、あの金髪の男に宿っていることを彼女は感じていた。

 

(BクラスとDクラスを利用する? 上等じゃない。でも、あのAクラスの二人は、そんな小細工が通用するような相手じゃない。龍園の策は確かに巧妙だけど……相手が『ルールを無視してでも盤面ごと叩き割る』ような化け物だったら、どうするつもり?)

 

 伊吹は、龍園の傲慢さが、いずれCクラス全体を破滅の淵へと引きずり込むのではないかという、拭いきれない焦燥感に苛まれていた。

 そしてもう一人。教室の喧騒から離れた窓際の席で、静かに文庫本を読んでいる少女——椎名ひより。彼女は、クラスの中で誰とも群れず、龍園でさえも彼女の独特の空気感には一目置いているという、Cクラスにおける異彩の存在だった。

 ひよりは本からゆっくりと視線を上げ、教壇で自信満々に策を語る龍園の背中を見つめた。

 彼女の不思議なほど透明な瞳は、物事の本質を深く、そして詩的に見透かす力を持っている。

 

(龍園くんは、とても強い人です。知略も、暴力も、人間の中では間違いなくトップクラスでしょう。……ですが)

 

 ひよりは小さく、悲しげな吐息を漏らした。

 

(相手が悪すぎました。……不士鳥くんと、坂柳さん。あの二人は、同じ人間のふりをしてこの学校に紛れ込んでいますが、彼らが纏っている空気は、まるで私が読んできた神話の恐ろしい挿絵そのもの。底知れぬ深淵、あるいは……本物の『悪魔』のようです)

 

 有栖が作成した裏のリストにも名が挙がっていたひよりの直感は、恐ろしいほどに真実を射抜いていた。龍園は「敵の戦力」として彼らを測り、人間同士の盤面で勝負を挑もうとしている。しかし、ひよりには分かっていた。彼らが立っているのは、すでに人間の盤面ではない。不士鳥リアヴェルという怪物が用意した、彼のための遊戯の箱庭なのだと。

 

(人間の王様が、悪魔の王様に戦いを挑む。……物語としてはとてもロマンチックですが、結末は悲惨なものと決まっています。龍園くんは、あの底なしの闇に、自ら身を投じるのですね)

 

 椎名ひよりは、いずれ訪れるであろうCクラスの、そして学年全体の破滅の足音を幻聴のように聞きながら、再び静かに文庫本へと視線を落とした。

 絶対的な力を持つAクラスに対し、策謀と悪意をもって立ち向かおうとするCクラスの王。それぞれのクラスが来るべき夏に向けて、決して交わることのない破滅的な戦略を練り始めていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。