ようこそ不死鳥の舞う教室へ   作:Gemini&指示出す人間

22 / 27
第二十二話「不死鳥と女王とホワイトルーム」

 深夜。不士鳥リアヴェルの私邸。地下に広がる広大な修練場では、今宵も過酷な悪魔修行が繰り広げられていた。

 

「——そこです。甘いですよ、美紀さん」

「っ……!」

 

 坂柳有栖が指先を軽く振ると、不可視の魔力弾が空気を切り裂いて放たれる。

 しかし、その軌道の先にはすでに誰もいない。標的であった山村美紀は、魔力弾が放たれるコンマ数秒前には気配を完全に空間へ溶け込ませ、有栖の背後へと音もなく回り込んでいた。

 美紀の手刀が有栖の首筋に触れる寸前。有栖は慌てることなく、展開しておいた魔力の障壁でそれを弾き返した。

 

「はぁっ、はぁっ……」

「見事です。気配の遮断から攻撃に転じるまでのタイムラグが、昨日よりもさらに縮まっています。これならば、並の相手はあなたが近づいたことにすら気づけないでしょう」

 

 息を乱して床に膝をつく美紀に向かって、有栖は満足げに頷いた。

 美紀の成長速度は、教育係である有栖の想定を遥かに超えていた。リアヴェルに対する狂信的なまでの忠誠心と依存が、彼女の『騎士』としてのポテンシャルを限界突破させているのだ。

 

「素晴らしい身のこなしだ、美紀。今日はここまでにしよう」

 

 修練場の壁際で、優雅に椅子に腰掛けていたリアヴェルが声をかけた。

 その一言で、張り詰めていた戦闘の空気が一瞬にして霧散する。美紀はすぐに立ち上がり、主であるリアヴェルに向かって恭しく臣下の礼をとった。

 

「ありがとうございます、リアヴェル様」

「さあ、ラウンジへ移ろうか。有栖、美味しい紅茶を頼む」

「承知いたしました」

 

 場所は変わり、豪奢なシャンデリアが照らすラウンジ。

 メイドの代わりに有栖自身が淹れた最高級のダージリンの香りが、室内に心地よく漂っていた。リアヴェルはカップに注がれた紅茶を傾け、美紀は少し離れた席で、カップを両手で包み込むようにして飲んでいる。

 

 日課となっている、修行の合間の休憩を兼ねたお茶会。普段であれば、ここで有栖が集めた学校内の情報や、今後の展開についての話し合いが行われる時間である。しかし今夜の有栖は、いつもとは少し雰囲気が違っていた。

 彼女の銀色の瞳には、冷徹な計算だけでなく、酷く個人的で、熱を帯びた感情が渦巻いているように見えた。

 

「リアヴェルくん。今夜は一つ、リアヴェルくんに『個人的な』お話を、そしてお願いをしてもよろしいでしょうか」

 

 有栖はティーカップをソーサーに置き、背筋を伸ばしてリアヴェルを見据えた。

 彼女の口調は、いつもの冷静な参謀としてのものではなく、どこか一人の少女としての執念を感じさせるものだった。

 

「君が私に個人的な願いとは珍しいな。言ってみろ、有栖。私の優秀なクイーンの頼みだ、大抵のことなら叶えてやろう」

「ありがとうございます。……Dクラスの、綾小路清隆という生徒についてです」

 

 綾小路清隆。

 その名が出た瞬間、リアヴェルは以前、有栖が報告してきた「優秀な手駒候補リスト」を思い出した。確かに、Dクラスの特異点として彼女が最も警戒し、興味深いと評していた男の名だ。

 

「結論から申し上げます。彼だけは……あの綾小路清隆という男だけは、私が手ずから倒さなければならない相手なのです」

 

 有栖の言葉には、確固たる決意が込められていた。

 

「手ずから倒す。それは、私の力を使わずに、という意味かな?」

「はい。私は、彼と一対一で決着をつけたいのです。この学校のクラス対抗戦という枠組みを利用してでも、あるいは盤面を完全に整えた上での直接対決であっても。……『真の天才』とは生まれながらに決まっていることを証明するために」

 

 リアヴェルはグラスを置き、興味深げに顎に手を当てた。

 いつもは合理的に盤面を支配することを好む有栖が、特定の個人に対してここまで強い執着を見せるのは初めてのことだ。

 

「面白い。君にそこまで言わせる綾小路清隆という男は、一体何者なんだ?」

「『ホワイトルーム』と呼ばれる施設をご存知でしょうか」

 

 有栖は静かな声で、しかし深く重い事実を語り始めた。

 

「日本の権力者たちが秘密裏に資金を投じ、徹底した管理教育によって『人工的に天才を作り出す』ことを目的とした極秘機関。それがホワイトルームです。そこで生まれた子供たちは、外の世界を一切知らず、ただ極限の学問と武術、あらゆる知識を叩き込まれます。脱落者は容赦なく切り捨てられ、精神を破壊される。人間の尊厳など欠片もない、冷酷な実験場です」

 

 話を聞いていた美紀が、ハッと息を呑んで顔を青ざめさせた。

 人間の世界に、そのような恐ろしい場所が存在するのか。悪魔であるリアヴェルでさえ、人間の底知れぬ狂気と業の深さに、ククッと喉の奥で笑いを漏らす。

 

「なるほど、いかにも人間が考えそうな下劣で滑稽な実験だ。……で、綾小路清隆はそのホワイトルームなる機関の関係者だと?」

「綾小路清隆は、そのホワイトルームにおける『最高傑作』なのです。数々のカリキュラムを完璧にこなし、誰一人として到達できなかった領域に至った、唯一の成功例。それが彼です」

 

 有栖は目を伏せ、かつての記憶を呼び起こすように語り続けた。

 

「私の父は、その施設の責任者と面識がありました。私は幼い頃、父に連れられて一度だけ、その施設を見学したことがあるのです。……マジックミラー越しに見た彼は、真っ白な部屋の中で、無機質な瞳のまま『チェス』を指していました。次々と対戦相手を打ち破り、一切の感情を見せずに盤面を支配する彼の姿を、私は今でも鮮明に覚えています」

 

 有栖がチェスを嗜むようになった理由。

 それは、他でもない綾小路清隆の姿を見たことが発端だったのだ。

 

「私は、彼を見て思いました。作られた天才、徹底した環境と教育によって人為的に組み上げられた『偽物の天才』が、果たしてどこまで到達できるのかと。同時に、激しい怒りも覚えました。DNAに刻まれた生まれながらの『真の天才』である私の方が、あのような実験体よりも遥かに優れているはずだ、と」

 

 有栖の瞳に、宿命のライバルを打ち倒さんとする、暗く熱い炎が燃え上がった。

 

「だからこそ、私はチェスを始めました。いつか彼と盤面を挟み、彼を徹底的に打ち負かすために。人工の天才は、天然の天才には絶対に及ばない。その真理を、彼自身の心に刻み込むために」

 

 ラウンジは静まり返っていた。

 有栖の抱える、純粋で、そして強烈なエゴイズム。悪魔の女王として強大な力を得た今でも、彼女の中にある「坂柳有栖」という人間の根源的なプライドは、決して失われてはいなかった。

 

「……ですから、リアヴェルくん」

 

 有栖は立ち上がり、主であるリアヴェルの前まで進み出ると、深く、深く頭を下げた。

 普段は完璧な参謀として常にリアヴェルの隣に立つ彼女が、自らの個人的な願望のために、明確な「懇願」の姿勢をとったのである。

 

「綾小路清隆だけは、どうかリアヴェルくんの力で排除しないでください。彼が悪魔の力で無惨に消し飛ばされてしまえば、私の長年の目的が果たせなくなってしまいます。彼とは、私自身の手で……私のチェスで、決着をつけさせてください。お願いいたします」

 

 静かな懇願。

 リアヴェルは、深く頭を下げる有栖のつむじを黙って見つめていた。

 人間の執着。因縁。それは、悪魔である彼からすればひどく矮小で、どうでもいいことかもしれない。リアヴェルがその気になれば、綾小路清隆など指先一つで消し炭にできるし、記憶を奪って廃人にすることも容易い。

 だが——。

 

「くっ……ふははははっ! あはははははははっ!」

 

 リアヴェルは、突如として天を仰ぎ、大声で笑い始めた。

 その笑い声は、決して有栖を嘲笑うものではない。極上のエンターテインメントを見つけた悪魔の、純粋な歓喜の爆発であった。

 

「素晴らしい! 素晴らしいぞ有栖! 作られた偽りの天才と、生まれながらの真の天才。そのプライドを懸けた宿命の対決! これ以上なくドラマチックで、そして美しい展開じゃないか!」

 

 リアヴェルは立ち上がり、頭を下げる有栖の両肩を掴んで、力強く彼女の顔を上げさせた。

 

「顔を上げろ、私のクイーン。君がそこまで言うのなら、綾小路清隆という男の命は君に預けよう。私が直接手を下すような無粋な真似はしないと約束する」

「リアヴェルくん……っ! ありがとうございます……!」

「だが、ただ見守るだけでは私の暇つぶしにならない。……有栖、君の頼みを聞く代わりに、私からも一つ『条件』を出させてもらおう」

 

 リアヴェルの碧眼が、ゾクッとするような好奇心と支配欲に満ちて輝いた。

 

「君と彼が雌雄を決するその『チェス』の勝負。……それは、必ず私の目の前で行うことだ」

 

「……リアヴェルくんの、目の前で?」

 

「そうだ。君たち二人の知略がどれほどの高みへ至るのか、特等席で見せてもらいたい。君が綾小路清隆を打ち負かし、偽物が本物に敗れるその瞬間を、この私にもたっぷりと堪能させてくれ」

 

 それは、悪魔の王からの残酷で甘美な要求だった。

 自身に忠誠を誓う女王が、宿敵を打ち倒す最高のショー。それを影から見守るのではなく、神のように俯瞰して楽しむ。それこそがリアヴェルの望む遊戯の極致であった。

 

「……承知いたしました。我が主」

 

 有栖は、銀色の瞳を細め、完璧な自信に満ちた笑みを浮かべて再び一礼した。

 

「リアヴェルくんの目の前で、綾小路清隆のすべてを否定し、彼を盤上に這いつくばらせてみせましょう。それが、私からリアヴェルくんへ捧げる、極上の余興になることをお約束します」

「期待しているよ、有栖」

 

 不死鳥の悪魔と、天才少女の女王。

 ホワイトルームの最高傑作である綾小路清隆は、未だ何も知らないDクラスの教室で息を潜めている。しかし、彼の運命はすでに、次元の違う悪魔たちの『最高の遊戯』の標的として、完全にロックオンされたのであった。

 交差する過去の因縁と、悪魔の遊戯。高度育成高等学校を舞台にした戦いは、さらなる深みへと沈んでいく。




この作品の表紙的なものをジェミニに作ってもらいました。
リアヴェルと有栖のツーショット。
どっかのタイミングで公開しようと思う。
けどハーメルンで挿絵入れると匿名性消えちゃうのよね。
どうしようかしら。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。