ようこそ不死鳥の舞う教室へ   作:Gemini&指示出す人間

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第二十三話「不死鳥と豪華客船」

 一学期中間試験がもたらした、学年全体で九名の退学者という未曾有の惨劇。その嵐の中心に君臨した1年Aクラスの絶対的支配者、不士鳥リアヴェルのもとには、六月を通じて数多くの生徒たちが密かに接触を図ってきていた。

 彼が入学初日に放った『私のもとへ来い、待遇は保証する』という甘くも傲慢な宣言。自身の能力に限界を感じた者、下位クラスでの泥沼の争いに絶望した者、あるいは純粋に彼の圧倒的なカリスマと権力に惹かれた者たちが、次々と彼の元へ面接に訪れたのである。

 リアヴェルはそれらの人間を値踏みした。

 無能な者は冷酷に切り捨て、あるいは適当な甘言で都合の良い捨て駒としてキープし、極わずかな『見どころのある者』だけを自らの盤面の端にそっと配置する。

 そんな王としての遊戯と、美紀の育成、そして女王たる坂柳有栖との優雅な暗躍を楽しみながら、リアヴェルは梅雨の鬱屈とした六月を瞬く間に終えた。

 

 そして、季節は本格的な夏へと突入する。

 七月下旬。第一学期の終業式を終えた高度育成高等学校の生徒たちは、学校側が用意した『二週間の豪華客船による夏休みクルージング』という、規格外のバカンスへと招待されていた。

 

「ふふっ。素晴らしい眺めですね、リアヴェルくん」

 

 青い空と果てしなく広がる水平線。海風が心地よく吹き抜ける客船の最上階デッキにて、坂柳有栖は優雅に日傘を傾けながら微笑んだ。

 悪魔として新生した彼女の肌は抜けるように白く、海の日差しを浴びて真珠のような輝きを放っている。心疾患という枷を完全に外した彼女は、もはや杖をつくこともなく、その足でしっかりと大地を踏みしめていた。

 

「同感だ。人間という種族は、寿命が短く脆弱な分、こういった物理的な娯楽施設を建造する情熱にかけては評価に値する」

「ええ。ですが、学校側が単なる善意で私たちにこのような贅沢を許すはずがありません。私の事前の調査通り……この優雅な航海の先には、無人島での過酷な『特別試験』が待ち受けています」

「分かっているさ。人間たちが泥に塗れ、ポイントと生存を懸けて醜く足掻く姿を鑑賞するには、うってつけの舞台だ。……だが、今は少しこの船の設備を楽しんでくるとしよう」

 

 リアヴェルは海風に黄金の髪をなびかせながら、有栖に向かって不敵に笑いかけた。

 

「有栖、君は引き続き情報収集とAクラスの統率を頼む。美紀も影に潜ませているから、何かあれば使え」

「承知いたしました。行ってらっしゃいませ、我が主。どうか退屈しない出会いがあることを祈っておりますよ」

 

 完璧な敬語と優雅なカーテシーで見送る有栖を背に、リアヴェルは一人、広大な豪華客船の散策へと歩みを進めた。

 船内に足を踏み入れると、そこには高校生の夏休みという範疇を完全に逸脱した、極上のラグジュアリー空間が広がっていた。

 吹き抜けのメインホールには、眩い光を放つ巨大なクリスタルのシャンデリアが吊るされ、床には毛足の長い最高級の絨毯が敷き詰められている。視線を巡らせれば、一流シェフが腕を振るうビュッフェスタイルのレストラン、本格的な映画館、広々としたプールにスパ施設までが完備されていた。

 

(ほう。日本の政府肝いりの教育機関というだけあって、なかなかどうして金がかかっているな)

 

 リアヴェルは、すれ違う生徒たちがその美貌とオーラに息を呑んで道を譲るのを意に介さず、貴族としての鋭い視点で船の設備を値踏みした。

 

(魔力で構築された我々冥界の宮殿や、フェニックス家が所有する豪華客船と比べてしまえば、随所に物理的制約による粗が見える。調度品の質も、神々の時代の美術品には遠く及ばない。……だが、魔術の存在しない人間界において、これだけの質量と娯楽性をひとつの船に詰め込んだ手腕は称賛に値する。学校所有の玩具としては、悪くない箱庭だ)

 

 生まれながらの超越者たる悪魔の尺度で辛口な評価を下しつつも、リアヴェルはこの空間をそれなりに楽しんでいた。

 彼はそのまま、海原を一望できるプロムナードデッキへと向かった。

 カフェテラスが併設されたそのデッキには、水着姿や夏服に身を包んだ多くの生徒たちが、訪れる特別試験の影など微塵も知らずに、浮かれた声でバカンスを満喫している。

 

「海、すっごく綺麗だね、心ちゃん、みーちゃん!」

「う、うん……。こんな凄い船に乗れるなんて、思ってなかったから……なんだか緊張しちゃうね、桔梗ちゃん」

「わ、私も……。レストランの料理も凄く美味しかったし、夢みたいです……」

 

 カフェテラスのパラソルの下で、そんな初々しい会話を交わしている三人の少女たちがいた。

 1年Dクラスの櫛田桔梗、井之頭心、そして王美雨である。

 退学者を多数出し、クラスポイントがゼロという絶望的な状況下にあるDクラスだが、櫛田の持ち前の明るさとコミュニケーション能力により、彼女の周囲だけはなんとか華やかな空気が保たれていた。

 井之頭と王は、引っ込み思案で大人しい性格ゆえに、クラスのムードメーカーである櫛田に強く依存し、彼女の笑顔に救われている。

 

 しかし——櫛田桔梗の腹の底にあるドス黒い本性は、この二人の純朴な同級生を「自分を引き立てるための都合の良い舞台装置」程度にしか認識していなかった。

 

(あーあ、つまんない。なんで私、こんなパッとしない地味な女二人のお守りなんかしてるわけ? Bクラスの一之瀬さんみたいに、もっと影響力のある連中と優雅に過ごしたいのに。……Dクラスにいる限り、私の価値まで下がっちゃうじゃない)

 

 完璧な天使の笑顔を顔面に貼り付けながら、櫛田の心の中は不満と苛立ちで煮えくり返っていた。承認欲求の怪物である彼女にとって、ポイントも権力もないDクラスの最底辺たちから向けられる尊敬など、もはや何の価値もない紙くずに等しい。

 彼女が今、何よりも欲しているのは、学年最強からの『特別な優越感』であった。

 

 その時である。

 櫛田の極めて優秀なセンサーが、プロムナードデッキを歩いてくる『規格外の存在』を捉えた。

 

(……ッ! 来た……!!)

 

 黄金の髪を海風に揺らし、まるで映画のワンシーンから抜け出してきたかのような優雅な足取りで歩いてくる美男子。1年Aクラスの絶対支配者、不士鳥リアヴェル。

 中間試験の裏で他クラスを罠に嵌め、学年全体を恐怖に陥れた冷酷な悪魔。だが、櫛田桔梗にとって彼は、自分をDクラスという泥船から救い出し、至高のステータスを与えてくれる『最強のチケット』に他ならなかった。

 ここ数週間、メッセージアプリを通じて彼から甘い言葉と共感を引き出し、水面下で関係を構築してきた自信がある。

 

(絶好のチャンス……! 心ちゃんやみーちゃんの前で、私がリアヴェルくんと『仲がいい関係』だってことを見せつければ、噂はあっという間に学年中に広まる。不士鳥リアヴェルのお気に入りともなれば、誰も私を蔑めなくなるし、私の地位は一気に不動のものになるわ……!)

 

 打算と野心が一瞬にして脳内を駆け巡る。

 櫛田は瞬時に「完璧なヒロイン」の表情を作り上げ、パラソルの下から勢いよく立ち上がった。

 

「あ、リアヴェルくん!」

 

 そのよく通る甘い声に、カフェテラスにいた数名の生徒たちが一斉に振り向く。

 井之頭と王も、櫛田の視線の先を追って目を丸くした。

 

「えっ……? ふ、不士鳥、くん……?」

「あ、Aクラスの……!」

 

 二人の顔が一瞬にして青ざめた。

 無理もない。彼女たちにとって不士鳥リアヴェルは、同じ学年でありながら住む世界が違う怪物だ。七人ものクラスメイトを間接的に退学へ追い込んだ恐怖の象徴であり、不用意に近づけば何をされるか分からない絶対的強者。そんな雲の上の存在に対し、櫛田が親しげに、あまつさえ『下の名前』で呼びかけたのだ。

 

 リアヴェルは歩みを止め、声の主へと視線を向けた。

 そして、まるで愛しい恋人を見つけたかのような、誰もが魅了されずにはいられない完璧な微笑みを浮かべて歩み寄ってきた。

 

「やあ、桔梗。奇遇だね。こんな潮風の心地よい場所で君に会えるとは」

「ふふっ、本当に偶然だね。リアヴェルくんも船内を散策中だったの?」

「ああ。少しばかり退屈を持て余していてね。だが、君のその太陽のような笑顔を見られたおかげで、素晴らしい時間になりそうだ」

 

 リアヴェルの甘い言葉と、彫刻のように美しい顔立ちが至近距離に迫り、櫛田の心臓がトクンと大きく跳ねた。打算で近づいたはずなのに、彼から放たれる圧倒的な雄の色香に、彼女の鋼の自制心すらも微かに揺さぶられる。

 

「も、もう、リアヴェルくんったら相変わらずお世辞が上手なんだから……っ」

「本心だよ。……それに、そちらはDクラスの淑女たちかな」

 

 リアヴェルの碧眼が、櫛田の後ろで小動物のように震えている井之頭と王へと向けられた。

 二人はビクッと肩を震わせ、顔を真っ赤にして俯いた。

 

「あ、あ、あのっ……い、井之頭、心です……」

「わ、王美雨……です。みーちゃんって、呼ばれてます……。よ、よろしくお願いします……っ」

「これはご丁寧に。私は不士鳥リアヴェルだ。どうか怯えないでほしい。桔梗の友人ならば、私にとっても大切な相手だ」

 

 リアヴェルが柔らかく、どこまでも紳士的な声で告げると、井之頭と王は信じられないものを見る目で彼を見上げ、次いで隣の櫛田へと視線を移した。

 

「き、桔梗ちゃん……不士鳥くんと、その……すっごく仲が、いいの……?」

「えっ!? あ、うん……!」

 

 櫛田は待っていましたとばかりに、ほんの少しだけ恥じらうような仕草を見せながら答えた。

 

「実はね、図書館で偶然会ってから、少しずつお話しするようになって。……ね、リアヴェルくん?」

「ああ。彼女は本当に健気でね。厳しい環境の中でも決して腐らず、常に周囲のために尽くそうとする。彼女のその美しい精神性に、私は強く惹かれているんだよ」

 

 リアヴェルが櫛田の承認欲求をピンポイントで満たす言葉を放つ。

 それを聞いた井之頭と王は、「ひゃっ」と小さな悲鳴を上げて顔を見合わせた。

 

(す、すごい……! あの不士鳥くんが、桔梗ちゃんのことをそんな風に……!)

(桔梗ちゃん、優しいから……不士鳥くんみたいな凄い人にも認められてるんだ……!)

 

 二人の瞳に浮かぶ、驚愕と、圧倒的な羨望の眼差し。

 それを見た櫛田桔梗の腹の底では、抑えきれないほどの極上の優越感がマグマのように沸き上がっていた。

 

(あははははっ! そう!これよ!これなのよ!)

 

 歓喜に脳髄を震わせながらも、櫛田は表面上は慎ましく微笑んだ。

 彼女はさらに周囲へ仲の良さをアピールするため、リアヴェルへと一歩近づく。

 

「そういえばリアヴェルくん、この前メッセージで教えてくれたおすすめのカフェ、支店がここにもあって、後で行ってみようと思ってたんだ! もしよかったら……今から一緒にどうかな?」

「メッセージ……!?」

 

 井之頭が思わず声を漏らす。あの不士鳥リアヴェルと個人的に連絡先を交換し、日常的にやり取りをしているという事実に、彼女たちは完全に圧倒されていた。

 リアヴェルは、目の前で完璧なヒロインを演じ、必死に自分の権威を利用してマウントを取ろうとする櫛田の薄暗い欲望を、すべて見透かしていた。

 見え透いた虚栄心。滑稽なまでの承認欲求。だが、リアヴェルはそれを不快に思うどころか、これ以上ない極上の喜劇として楽しんでいた。

 

(素晴らしいぞ、桔梗。君のその底なしの承認欲求は、いずれ君自身を完全に私の奴隷へと堕とす最高の枷となる。今はせいぜい、私が与える偽りの優越感に酔いしれるがいい)

 

「魅力的な誘いだ。君と甘いティータイムを過ごせるなら、これ以上の喜びはない」

 

 リアヴェルは櫛田の手にそっと触れ、まるで中世の騎士のように恭しく微笑んだ。

 

「だが、あいにくと今は野暮用があってね。後ほど、私の方から連絡させてもらうよ。それで許してはくれないだろうか?」

「あはは、全然気にしなくて大丈夫だよ!」

「ありがとう。それまで、友人たちとこの船のバカンスを存分に楽しんでくれ」

 

 リアヴェルは櫛田に甘いウインクを飛ばすと、呆然と立ち尽くす井之頭と王にも優雅に会釈をし、その場を立ち去っていった。

 彼が去った後のカフェテラスには、まるで嵐が過ぎ去ったかのような静寂と、濃密な熱だけが取り残されていた。

 

「き、桔梗ちゃんっ……! すごい、すごいよ!! 不士鳥くんとあんなに仲良しだったなんて!!」

「わ、私、心臓が止まるかと思いました……っ! 不士鳥くん、噂では怖い人だって聞いてたけど……すっごく優しくて、王子様みたい……っ!」

 

 興奮冷めやらぬ井之頭と王が、目を輝かせて櫛田に詰め寄る。

 櫛田は「あはは、そんな大したことじゃないよ」と謙遜してみせながら、心の中では勝利のファンファーレを盛大に鳴らしていた。

 

(完璧……! これで私の地位はまた高まった! リアヴェルくんも完全に私に夢中。ふふっ)

 

 自分が手玉に取られているとも知らず、優越感に浸る仮面の少女。一方、プロムナードデッキを歩き去ったリアヴェルは、海風に吹かれながらククッと喉の奥で笑い声を漏らした。

 

「人間という種族は、本当に面白い。これだから箱庭の遊戯はやめられない」

 

 彼の碧眼が、豪華客船の進む先——やがて訪れるであろう『無人島』の方向を鋭く見据える。

バカンスという名の甘い前奏曲(プレリュード)は間もなく終わりを告げ、悪魔たちが待ち望んだ、過酷で冷酷なサバイバルの本番が幕を開けようとしていた。

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