ようこそ不死鳥の舞う教室へ 作:Gemini&指示出す人間
夏の日差しが容赦なく降り注ぐ無人島の白い砂浜。波の音が虚しく響く中、1年生は各クラスごとに離れた位置で四つのグループへと分けられ、それぞれの担任教師の前に整列させられた。
1年Aクラスの前には、依然として厳格な表情を崩さない真嶋智也が立っていた。
「——これより、無人島特別試験のルールとマニュアルの説明に入る。全員、耳を静聴しろ」
真嶋の低い声が砂浜に響き渡ると、Aクラスの生徒たちは即座に私語をやめ、背筋を伸ばした。 入学以来、不士鳥リアヴェルという絶対的な王と、その傍らに立つ坂柳有栖の冷徹な統治によって鍛え上げられた規律は、こうした極限状態においても揺らぐことはない。
真嶋は手元の大判マニュアルを開き、淡々と説明を開始した。
【無人島試験基本ルール】
・各クラスは1週間、無人島での集団生活を実施
・配布された腕時計は試験終了まで常に身につけておかなければならない
またこの腕時計は時刻の確認だけでなく、体温、脈拍、動体センサー、GPS、緊急ボタンを備えている
・テントや衛生用品は最低限配られるが、飲料水や食料などは試験開始時に与えられる300ポイントを消費して購入しなくてはならない
・試験終了時、各クラスに残ったポイントはその全てをクラスポイントに加算した上で夏休み明けに反映される
・マニュアルは1冊ずつクラスに配布される
紛失などの際には再発行も可能だがポイントを消費する
生徒たちの間に緊張が走る。
試験専用の300ポイントをいかに温存し、クラスポイントへと還元させるか。食料や水、テントといった生活必需品の購入を最小限に抑え、過酷な自然環境に耐え抜かなければならない。多くの生徒が自身の腕に巻かれた黒い防水腕時計を眺め、その重量感に息を呑んだ。
だが、真嶋の説明はそれだけに留まらなかった。
「次に、この試験における『追加ルール』を説明する。ここからが勝敗を大きく左右する重要な要素となる」
【追加ルール】
・無人島内にはスポットと呼ばれる機械が設置され、占有することが可能
・スポットを占有するには専用のキーカードが必要
1度の占有につき1ポイントを獲得、占有したスポット周辺は自由に使用可能
・スポットの占有権は8時間しか効力を持たず、更新しないと自動的に権利が切れる
・キーカードを使用することが出来るのはリーダーとなった生徒のみ
・正当な理由無くリーダーを変更することは出来ない
・7日目の最終日、点呼のタイミングで他クラスのリーダーを言い当てる権利が与えられる
その際、他クラスのリーダーを的中させた場合、的中させた1クラスに付き50ポイントを獲得
ただし他クラスのリーダーを間違えた場合、マイナス50ポイントとなる
・逆に当てられたクラスは代償として50ポイントを支払わなければならない
真嶋の説明が『追加ルール』における「リーダー」と「スポットの占有」という単語に差し掛かった、まさにその瞬間だった。
最前列で優雅に佇む不士鳥リアヴェルの半歩後ろ。静かに耳を傾けていた坂柳有栖の銀色の瞳が、妖しく研ぎ澄まされた。
(ふふっ……なるほど。学校側も、なかなか趣向を凝らした盤面を用意してくれましたね)
有栖の天才的な頭脳は、ルールを聞き終えるよりも早く、この試験における『勝利の絶対解』を構築し終えていた。
キーカードを持てるのはリーダーのみ。そして、スポットの占有は8時間ごとに1ポイントをもたらし、他クラスの領域を狭めることができる。ならば——他クラスがリーダーを決定し、右往左往している間に、島内の重要なスポットをすべて自クラスの支配下に置いてしまえばどうなるか?
有栖は一切の視線を動かすことなく、リアヴェルと自身の背後に控える「影」へと、口唇の微かな動きと吐息ほどの小声で指示を飛ばした。
「……美紀さん。聞こえますね?」
「……はい」
背後から、人間には感知できないほどかすかな囁きが返る。
「真嶋先生が説明を終えた段階で、誰にも悟られずに接触し、あなたがAクラスの『リーダー』となってください。そしてそのまま気配を消して森へ潜入し……島の中央にある『洞窟』を目指しつつ、他クラスが拠点とし得る森の中の主要なスポットを、片端から占有してください」
「……承知、しました」
「最後に、ペナルティについての説明だ」
【ペナルティ】
・許可なく腕時計を外した場合ペナルティが課せられる
・著しく体調を崩したり、大怪我をし続行が難しいと判断された生徒はマイナス30ポイント
また、対象者はリタイアとなる
・環境を汚染する行為を発見した場合、マイナス20ポイント
・他クラスが占有しているスポットを許可無く使用した場合、マイナス50ポイント
・毎日午前8時及び午後8時に行う点呼に不在の場合、一人につきマイナス5ポイント
・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、対象者の所属するクラスは即失格となり、また対象者のプライベートポイントも全て没収される
「——説明は以上だ。マニュアルは各クラスに一冊渡す」
有栖の作戦第一段階。
それは人間離れした気配遮断を手に入れた美紀の能力を極限まで行使するものであった。
気配を完全に消せる美紀であれば、他クラスの生徒はもちろん、教職員にすら察知されることなく、広大な島内を疾走できる。他クラスがリーダー選別やルールの把握、拠点選びに時間を取られている隙に、美紀ひとりで森の中の拠点をすべて押さえ、他クラスを海側の狭い区画へと物理的・ルール的に「幽閉」してしまう。これにより、スポット占有による莫大な加算ポイント、そして他クラスにスポットを使わせないことによる疲弊を同時に叩きつけることができる。
「まずは各クラス、リーダーを決定し、私に申告しろ。リーダーカードを発行する。申告を終えたクラスから順次、島への立ち入りを許可する」
説明を終えた真嶋が、マニュアルを生徒に手渡し、少し離れた松林の日陰へと移動しようとした。その瞬間。真嶋のすぐ隣に一人の小柄な少女が佇んでいた。美紀である。
「っ!?」
武道の心得があり、鋭い気配察知能力を持つ真嶋でさえ、全く足音も気配もなく横に立たれたことに本能的な戦慄を覚え、思わず肩を跳ねさせた。
「や、山村……? お前、一体いつの間に……」
「……真嶋先生。Aクラスのリーダーは、私です。手続きを……お願いします」
蚊の泣くような小声で、しかし迷いのない瞳でキーカードの発行を求める美紀。真嶋は眉をひそめ、目の前の影の薄い少女が放つ得体の知れない雰囲気に困惑しながらも、即座にプロフェッショナルとしての冷静さを取り戻した。ルール上、申告に何の問題もない。
「……分かった。山村美紀だな」
真嶋は専用の端末を操作し、名前入りの『リーダーカード』を発行すると、美紀に手渡した。
「これがカードだ。紛失には気をつけろ」
「……ありがとうございます」
カードを受け取った美紀は、深く一礼すると、真嶋が瞬きをする一瞬の間隙を突いて、再びその場から完全に姿を消した。
「は、な、……!?」
真嶋が周囲を見渡したが、砂浜にも松林にも、彼女の足跡すら残っていない。まるで最初から幻影であったかのように、彼女は消え去っていた。真嶋は額に滲んだ冷や汗を拭い、何となく事態の裏にいる不士鳥リアヴェルと坂柳有栖の影を感じ取り、深く溜息をついた。
一方、誰にも悟られることなくカードを手に入れた美紀は、ギリギリ「極めて運動神経の良い人間の範疇」に見えるような限界の速度と、完全なる気配遮断を維持しながら、緑の鬱蒼とする無人島の深い森の中を疾走していた。
悪魔の魔力によって強化された彼女の脚力と視界は、木々の枝や根を容易くかわし、最短ルートで有栖の指示をこなしスポットへと向かう。
(……リアヴェル様のため。有栖さんの作戦のため……っ!)
美紀の胸の中に溢れるのは、恐怖でも疲労でもなく、主の役に立っているという純粋な歓喜だった。彼女は最初のスポットである「川辺」に辿り着くと、森の中で異彩を放つ機械端末にカードをかざす。
『ピピッ』
機械音が響くのを確認するや否や、美紀は旋風となって次のスポットへと向かって駆け去った。
砂浜では、有栖が何事もなかったかのように優雅に佇んでいた。
美紀がすでに森へと消え、作戦の第一段階が完璧に始動したことを察知した彼女は、すぐさま第二段階——『撹乱と実力行使』へと移行する。
「皆さん、集まってください」
有栖の声に、Aクラスの生徒たちが一斉に集まった。
その横には空を見上げるリアヴェルがいる。
「これより、我がAクラスは行動を開始します。……葛城くん、橋本くん、鬼頭くん、神室さん。それから……」
名前を呼ばれた葛城康平や橋本正義、鬼頭隼人、神室真澄らが前へ出た。
「あなた方は『撹乱組』です。その役目は、島の中央にある『洞窟』を目指して森を進むこと。その際、あえて他クラスの生徒たちの目につくように堂々と行動し、森の中のスポットを探索しているフリをしなさい」
「……フリ、だと?」
葛城が険しい表情で問う。
「ええ。スポットを発見した際は、あたかも『たった今、自分たちが第一発見者として占有した』かのように振る舞い、端末を操作するジェスチャーを見せてください。……実際には、美紀さんがすでに先回りして占有を終えているはずです」
「なっ……山村が、もう先回りを!?」
葛城たちが驚愕に目を見開く。自分たちが砂浜でルールを聞いていたほんの数分、十数分の間に、山村美紀がすでに森の中で動いているという事実。
「ふふっ。彼女の足と隠密能力は破格ですから。あなた方が目立つことで、他クラスは『Aクラスのリーダーが誰なのか』『誰がカードを持ってスポットを巡っているのか』を完全に誤認することになります。葛城くんや橋本くん、あるいは神室さんがリーダーであると錯覚してくれれば、こちらの思うツボです」
「なるほどねぇ……」
橋本が感心したように口笛を吹いた。
「俺たちが派手に森を散策してリーダーの影をチラつかせることで、他クラスに無駄な疑心暗鬼を植え付けるってわけだ。で、本物のリーダーである山村ちゃんは、誰にも気づかれずに安全にカードを更新し続けられる……完璧なブラフだな」
「それだけではありませんよ」
有栖は冷徹な笑みを深めた。
「撹乱組の皆さんには、移動しながら森の正確な地理を把握してもらい、利用可能な果実や淡水、食料資源の調達も行ってもらいます。洞窟を最終的な我がクラスの『絶対拠点』とし、そこに物資を集積するのです」
「……分かった。理にかなった作戦だ。指揮は俺が執ろう」
葛城は有栖の非情なまでの手際の良さと先見性に戦慄しつつも、クラスの勝利のために即座に承諾した。
「神室さんも、よろしくお願いしますね?」
「……はいはい。山の中を歩き回ればいいんでしょ。分かってるわよ」
神室は吐き捨てるように言ったが、有栖の狙い——他クラスを海側に押し込め、自クラスだけが莫大なポイントと快適な洞窟拠点を独占するという『圧倒的蹂躙』の構図を理解し、諦め顔で足を進め始めた。
「さあ、行きましょう。Aクラスが、遅れを取ることなどあってはなりません」
リアヴェルと有栖はクラスメイトを従え、悠然とした足取りで森の入り口へと歩みを進めた。
他のクラス——Bクラスの一之瀬たちが慎重に話し合いを行い、Cクラスの龍園が不敵に周囲を睨みつけ、Dクラスの堀北たちが意見の対立で早くも揉め始めている砂浜を、ゴミでも見るかのように冷ややかに見下しながら。
他クラスがスタートラインにすら立てていないこの瞬間に、Aクラスの支配者と悪魔の女王による、無人島完全攻略の圧倒的な鉄槌は、すでに振り下ろされていたのであった。
ここまで読んだ私の感想。
リアヴェルくん、きみ何もしないな?
有栖ちゃん、きみめっちゃ働くじゃん?