ようこそ不死鳥の舞う教室へ 作:Gemini&指示出す人間
春の陽気が落ち着きを見せ、色鮮やかな新緑が高度育成高等学校の敷地を彩り始めた頃。一ヶ月という短い期間で、一年Aクラスの勢力図は、たった一人の超越者を頂点とする完全な絶対王政へと変貌を遂げていた。
教室の窓際で優雅に頬杖をつく不士鳥リアヴェル。
彼の周囲では、彼の恩恵を求める生徒たちが、目に見えない階級社会を形成していた。
Aクラスの女子生徒の大半は、すでにリアヴェルの放つ人外じみた美貌と、抗いがたい雄としてのカリスマに完全に魅了されていた。彼が甘い言葉を一つ囁き、流し目を送るだけで、彼女たちの頬は朱に染まり、ため息を漏らす。
一方で、単なる色香に当てられたわけではない、頭の回る一部の女子生徒たちもまた、文句一つ言わずにリアヴェルに従属していた。彼女たちが見据えているのは、卒業後の「未来」である。日本、いや世界経済の裏側をも牛耳る巨大コングロマリットである不士鳥財閥。その御曹司の目に留まり、あわよくば側近として、あるいは財閥の幹部候補としてより高待遇で就職できる可能性を天秤にかけた結果、彼に従うことが最も合理的であると判断したのだ。
それは男子生徒たちも同様だった。
リアヴェルの態度は傲慢そのものであり、本来ならば反感を買ってもおかしくない。しかし、彼らはAクラスに振り分けられるだけの計算高い頭脳を持っている。「Aクラスとして卒業時に勝っていればいい」「超優良企業である不士鳥財閥への就職パスポートが手に入るなら、高校生活の三年間くらい媚びへつらってもお釣りが来る」。そんな極めて実利的な理由により、Aクラスの表面上のまとまりは、これ以上ないほどに強固なものとなっていた。
だが、全員が心から心酔しているわけではない。
半ば強制的に作り上げられたこの独裁体制に、不平不満を抱く者もごく少数だが存在した。
「……くそっ。なんで俺たちが、あんなふざけた態度をとる奴の顔色を窺わなきゃならないんだ。クラス全員があいつの取り巻きみたいじゃないか」
教室の隅で、忌々しげに舌打ちをしたのは戸塚弥彦だった。彼は、自身の尊敬する葛城康平がリアヴェルの軍門に下ったかのような現状に、強い苛立ちを隠せずにいた。
「よせ、戸塚。声が大きい」
腕を組み、目を閉じていた葛城が静かに窘める。
「ですが、葛城さん! あいつは初日にポイントの仕組みを当てただけで、まだまともに実力を示しちゃいません。それなのに、まるで自分がこの学校の支配者だと言わんばかりの態度で……」
「結果がすべてだ。不士鳥が初日にあの警告を発したおかげで、この一ヶ月間、Aクラスに遅刻や欠席、授業中の私語は一切なかった。彼が玉座でふんぞり返っていようと、クラス全体が規律を守り、利益を享受できるのであれば、我々が波風を立てるべきではない」
葛城の言葉は正論だったが、戸塚の不満を完全に消し去ることはできなかった。
しかし、そんな戸塚の反発心すらも、リアヴェルからすれば盤上の端を這い回る虫ほどの意味も持たない。彼にとって重要なのは、この箱庭にどれほどの「極上の駒」が潜んでいるか、それだけだった。
そんなリアヴェルの隣には、常に一人の少女が寄り添っていた。
坂柳有栖である。
入学初日に杖をついていたはずの彼女が、公開チェスの翌日には突然自身の足で歩き始めたことは、クラス中を驚愕させた。有栖本人は「不士鳥財閥の誇る最先端の医療チームによる、極秘の治療技術のおかげです」と涼しい顔で説明し、生徒たちはそれをすんなりと受け入れた。巨大財閥の力ならば、それほどの奇跡も起こし得るのだと錯覚したからだ。
だが、真実は違う。彼女はすでに人間の枠を捨て、リアヴェルの眷属たる悪魔の
(さて……。まずは足元から、リアヴェルくんに相応しい
有栖は、穏やかな微笑みを貼り付けたまま、教室内のクラスメイトたちを観察していた。
健康な肉体と絶大な魔力を得た彼女の思考は、以前にも増して冴え渡っている。
(橋本正義くん。彼は表向きは人当たりが良く、立ち回りも器用ですが、本質は自身の利益のためなら裏切りも辞さない風見鶏。情報収集や諜報に長けていますから、
有栖の視線は、もはやクラスメイトへ向けるものではなかった。
彼らが人間としてどれほどの価値を持つかではなく、悪魔となった際にどの駒の特性と合致するかを値踏みする、冷酷な選別者の目である。
「どうした、有栖。誰か面白い玩具でも見つけたか?」
リアヴェルが退屈そうに有栖へ声をかける。
「ええ、少しばかり。ですが、まだリアヴェルくんに直接お見せするほどではありません。もう少し私が吟味し、教育を施してから献上いたします」
「そうか。君に任せよう」
二人がそんな、周囲の人間を完全に下に見る密語を交わしていたときだった。
始業のチャイムが鳴り響き、担任である真嶋智也が、普段よりも重苦しい足取りで教室へと入ってきた。
「席に着け。……本日は五月一日。お前たちも気になっているであろう、今月分のプライベートポイントの支給日だ」
教室内が水を打ったように静まり返る。
生徒たちの視線が、真嶋の口元へと集中した。入学初日のリアヴェルの宣告が正しかったのかどうかが、今、証明されるのだ。
「結果から言おう。今月、一年Aクラスに振り込まれたポイントは——『9万9千ポイント』だ」
真嶋が黒板に数字を書き込むと、教室内に安堵の息と、静かな歓声が広がった。
10万ポイントからの微減。これは、一部の生徒の些細な不手際や、極めて軽微なミスが減点対象となったためだ。しかし、一ヶ月間、高校生が気の緩みを極端に抑えた結果としては、ほぼ満点と言っていい数字だった。
「初日に不士鳥が指摘した通りだ。この学校では、生徒の生活態度、学力、あらゆる要素が『クラスポイント』として数値化され、それが毎月の支給額に直結する。お前たちは、初日の警告を重く受け止め、見事に自律してみせた。担任として、誇りに思う」
真嶋の言葉に、戸塚や葛城を含むAクラスの全員が、改めてリアヴェルへと畏敬の念を込めた視線を向けた。彼がいなければ、自分たちもいくらかのポイントを無自覚に失っていたはずだからだ。
「しかし——浮かれるのはここまでだ」
真嶋の声色が、一段と低く、厳格なものに変わった。
彼は黒板に、Aクラス以外のクラスの現在のポイントを書き出していく。
「この学校の真のシステムは『クラス対抗戦』だ。クラスポイントは、月ごとの評価によって変動し、その結果によってはAクラスからDクラスまでの順位が入れ替わるシステムとなっている。つまり、お前たちがこのまま卒業までAクラスの地位を保ちたければ、他のクラスからの追い上げを振り切り、蹴落とし続けなければならない」
黒板に記された数字。
Bクラス、Cクラスのポイントも初期から大きく減少していた。
しかし、生徒たちの目を最も釘付けにしたのは、最底辺であるDクラスの惨状だった。
『一年Dクラス:0ポイント』
「な……ゼロ、だと?」
葛城が驚愕の声を漏らす。
たった一ヶ月で、10万ポイントすべてを溶かし尽くしたというのか。授業中の私語、居眠り、遅刻、欠席。それらすべてを欲望の赴くままに垂れ流した結果、彼らは自らの手で「実力至上主義」の底辺へと転落したのである。
「Dクラスは今朝、自身の端末を見て絶望したことだろう。明日以降、彼らはこの学校で一ポイントの支給もないまま、極貧の生活を強いられることになる。これが、この学校の隠されていたルールの全貌だ」
真嶋の説明が終わると同時に、ホームルームの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
だが、その直後だった。
「ふざけんなよオオオォォッ!! どういうことだ、なんでポイントが振り込まれねえんだよッ!?」
廊下の奥、Dクラスがある方向から、獣の咆哮のような怒声と悲鳴が響き渡ってきたのだ。
騙されたと喚く声。教師に詰め寄る音。これまで天国だと思っていた学校が、突如として地獄へと反転した無能な生徒たちの、見苦しい阿鼻叫喚の嵐。
その惨めな叫び声を聞きながら——リアヴェルは腹の底から湧き上がる歓喜に震え、肩を揺らして笑い始めた。
「くっ、はははははっ! 聞こえるか、有栖! ああ、なんという心地よき悲鳴だろう! 無知で愚かな弱者が、自らの首を絞めたことにようやく気づき、絶望に顔を歪めた音だ!」
リアヴェルは立ち上がり、窓の外、あるいは壁の向こうにいるであろう見えない敵たちに向けて、傲慢に両手を広げた。
「実力至上主義! クラス対抗戦! 素晴らしいじゃないか、ようやくこの箱庭の『ゲーム』が始まったというわけだ!」
彼の碧眼が、捕食者のそれへと変わる。
人間界のちっぽけなルールなど、悪魔である彼にとっては退屈しのぎの盤面に過ぎない。だが、他者を蹴落とし、自身の絶対的な力を誇示する場としては、これ以上なくお膳立てされた舞台だった。
「Aクラスの諸君。真嶋先生の言う通り、我々は玉座を守らねばならない。だが、守るだけではつまらないだろう?」
リアヴェルは教室のクラスメイトたちを見渡し、王としての絶対的な勅命を下した。
「全クラスに宣戦布告だ。有象無象が這い上がろうとするその手足を、徹底的に踏みにじり、へし折ってやろう。Bクラスだろうが、Cクラスだろうが、ポイントが尽き果てた哀れなDクラスだろうが関係ない。この学校のすべてを、私にひれ伏させろ。圧倒的な力と知略をもって、我々が絶対の支配者であることを証明してやるんだ」
その言葉に、有栖が静かに進み出て、深く一礼する。
「仰せのままに。坂柳有栖の知略、すべてをもってあなたに勝利と極上の駒を献上いたしましょう」
五月一日。
高度育成高等学校における、クラス間での過酷なサバイバルゲームの真実が全生徒に明るみに出た日。それは同時に、不死鳥の悪魔による、容赦のない他クラスへの蹂躙と狩りが幕を開けた、絶望の開戦日でもあった。