ようこそ不死鳥の舞う教室へ 作:Gemini&指示出す人間
五月一日。それは高度育成高等学校の全一年生にとって、夢と希望に満ちた楽園の幻想が音を立てて崩れ去った、残酷な真実の開示日であった。
一ヶ月間、毎月10万ポイントが無条件で支給されると信じ切っていた生徒たちに突きつけられた「実力至上主義」という名の絶対的なルール。その衝撃は、各クラスに異なる波紋を広げていた。
【1年Bクラス】
「えっと……つまり、私たちのクラスの今月のポイントは『650ポイント』……一人あたり6万5千ポイントになった、ということですか?」
担任である星之宮知恵が黒板に書き出した数字を見つめ、Bクラスのリーダー格である一之瀬帆波が確認するように問いかけた。
星之宮は少しだけ残念そうに、けれど持ち前の明るさを崩さずに頷く。
「そうねえ。授業中の私語とか、ちょっとした遅刻とか、そういうのがチリツモで引かれちゃったみたい。でもでも、一ヶ月目にしてはすごく優秀な方だと思うよ!」
星之宮のフォローに、Bクラスの生徒たちはホッと胸をなでおろした。半減近くのペナルティを食らったとはいえ、それでも6万5千円相当の額だ。
高校生のお小遣いとしてはまだ十分に贅沢ができる。
だが、一之瀬の視線は、自クラスのポイントではなく、その上に書かれた圧倒的な数字に釘付けになっていた。
「星之宮先生。……Aクラスの『990』というクラスポイントは、間違いない事実なんですよね?」
「うん、間違いないよ。見事なまでに減点ほぼゼロ。彼らは初日からこの学校のシステムを完璧に理解して、全員が一丸となって規律を守り抜いたってこと」
990クラスポイント。つまり、Aクラスの生徒一人当たりに今月振り込まれたのは、9万9千ポイント。初期値とほぼ変わらないその完璧な数字に、Bクラスの教室内がどよめいた。
自分たちも決して不真面目だったわけではない。それでもこれほどの差が開くのかと、誰もがAクラスの優秀さに戦慄を覚えた。
「みんな、下を向く必要はないよ!」
一之瀬がパンッと手を叩き、クラス全員の視線を集める。
「確かにAクラスはすごい。でも、私たちだってまだ始まったばかりだもん。今日から気を引き締めていけば、絶対に追いつける。卒業する時、みんなで笑ってAクラスで卒業しよう!」
彼女の太陽のような明るさとカリスマ性に、Bクラスの生徒たちの顔に再び希望の光が宿る。「おおっ!」「やってやろうぜ!」と前向きな声が上がる中、星之宮がふと、思い出したように口を開いた。
「あ、そうだ。みんなも噂で聞いてるかもしれないけど……Aクラスの不士鳥リアヴェルくんが初日に宣言したっていうアレ。『不士鳥財閥での側近候補や派閥の仲間を探している。面接希望者はいつでも歓迎するし、待遇は保証する』って話」
「あ……はい。他クラスでも結構話題になってますけど、流石に冗談ですよね?」
「ううん。あれ、
星之宮の言葉に、教室の空気がピタリと凍りついた。
「先生たちも学校側から通達を受けてるの。不士鳥財閥はこの学校のスポンサーにも深く関わってて、彼にはマジで『採用権限』が与えられてる。彼のお眼鏡にかなえば、Aクラスで卒業するよりもずっと確実で、ずっと高待遇なエリートコースが約束されるわ。……だから、もし将来に不安があるなら、彼のところへ面接に行ってみるのも一つの手かもね?」
星之宮は冗談めかしてウインクしたが、生徒たちの反応は劇的だった。
Aクラスを目指すという困難な道のり。しかし、あの超絶的な美貌を持つ財閥の御曹司に認められさえすれば、クラスの勝敗など関係なく、人生の勝利者になれるのだ。
一之瀬は、クラスメイトたちの何人かが明らかに「心揺らされている」のを肌で感じ取り、見えない巨大な敵の存在に背筋を寒くした。
【1年Cクラス】
「——なるほど。クラスポイントのシステムは概ね予想通りだ」
担任である坂上数馬の説明を聞き終え、Cクラスをすでに暴力と恐怖で支配している男、龍園翔は、教卓の前の席にどっかりと座りながら不敵に嗤った。
「Cクラスのポイントは490。初月で半分溶かしたとはいえ、まあ下っ端どもの質の悪さを考えりゃ妥当なところだろ。……それより問題は、上だ」
龍園の蛇のような鋭い視線が、黒板に書かれた「Aクラス:990」の文字を射抜く。
「初日にシステムを見抜き、一ヶ月間クラス全員を完璧に統率しきったバケモノがいる。不士鳥リアヴェル。……ククッ、とんでもねえ傑物がいたもんだな」
「龍園さん。どうするんですか? Aクラスとやるんですか?」
側近の一人が凄むが、龍園は鼻で笑ってそれを制した。
「馬鹿か。今あいつらに喧嘩を売っても、返り討ちにされるのがオチだ。あれは純粋な暴力や小細工だけでどうにかなる相手じゃねえ。……今は情報収集に徹しろ。不士鳥リアヴェルという男の思考、取り巻きの能力、弱点。すべてを丸裸にするまで、本丸には手を出さねえ」
圧倒的な力を持つAクラスを前に、龍園は無謀な突撃を避け、決着は最後につける最大の標的として戦意の炎を静かに燃やした。
「それについて一つ重要な情報がある」
坂上が眼鏡を押し上げながら、淡々と告げた。
「不士鳥が宣言した『財閥へのスカウト』の件だが、あれは事実だ。学校側も彼のスカウト活動を容認している。つまり、君たちの中に彼に寝返り、忠誠を誓うことで将来の安泰を得ようとする者が出ても、ルール上は何ら問題ないということだ」
その瞬間、Cクラスの生徒たちの間にざわめきが走った。
龍園の独裁に恐怖し、不満を抱えている生徒にとって、リアヴェルの宣言は蜘蛛の糸にも等しい「救済」の道である。自分を売り込みさえすれば、この息苦しいクラスから、ひいては実力至上主義の過酷な競争から抜け出せるかもしれないのだから。
「……ほう?」
龍園は生徒たちの動揺を敏感に察知し、目を細めた。
(不士鳥の野郎、自分のクラスだけじゃなく、学校全体に『誘惑』をバラ撒いてやがるのか。他クラスの内部崩壊を誘う毒牙……ククッ、最悪で最高に面白え男じゃねえか)
龍園は自身が抱え込んだクラスの危うさを自覚しつつも、この理不尽なゲームに極上のスパイスが加わったことに、狂気じみた笑みを深めるのだった。
【1年Dクラス】
最も悲惨な朝を迎えていたのは、最底辺である1年Dクラスだった。
「ふざけんなよオオオォォッ!! どういうことだ、なんでポイントが振り込まれてねえんだよッ!?」
静寂を引き裂くような絶叫。声を荒げ、自身の端末を握りつぶさんばかりの勢いで立ち上がったのは、山内春樹だった。彼の顔は怒りとパニックで真っ赤に染まっている。
彼だけではない。池寛治や須藤健をはじめとする多くの生徒たちが、振り込まれるはずだった10万ポイントが「ゼロ」のままである現実に直面し、阿鼻叫喚の渦に呑まれていた。
「静かにしろ。お前たちは本当に、学習能力というものがないらしいな」
冷徹な声で告げたのは、担任の茶柱佐枝だった。
彼女は騒ぐ生徒たちを氷のような視線で一瞥すると、容赦のない現実を突きつけた。
「ポイントが振り込まれない理由? 簡単なことだ。お前たちがこの一ヶ月間、授業中に私語をし、居眠りをし、遅刻を繰り返したからだ。この学校は実力で生徒を評価する。その結果、お前たち1年Dクラスの評価は『ゼロ』に等しいと判断された。それだけのことだ」
「な、なんだよそれ! そんなルール、一言も聞いてねえぞ!」
「聞いていないからルールを破っていいとでも? 社会に出てからそんな言い訳が通用すると思うのか? お前たちは、自分たちの無能さゆえに、自らの首を絞めた不良品だ」
茶柱の容赦のない言葉に、Dクラスの生徒たちは言葉を失い、絶望に顔を歪めた。
だが、真の絶望はここからだった。
「お前たちの惨めさを自覚させるために、他クラスの現状を教えてやろう」
茶柱が黒板に書き出した数字。そこには、BクラスとCクラスのポイント、そして——「Aクラス:990」という、信じがたい数字が燦然と輝いていた。
「きゅ、990……? 嘘だろ、ほとんど10万ポイントじゃねえか……!」
「なぜ彼らがポイントを維持できたのか教えてやろう。それは——入学初日の最初のホームルームで、たった一人の生徒が、この学校の隠されたシステムを完璧に見抜いたからだ」
茶柱の言葉に、堀北鈴音や気配を消している綾小路清隆の目が鋭く光った。
「不士鳥リアヴェル。Aクラスに首席で入学した彼が、教室に設置された監視カメラの数と配置から学校の意図を察し、初日にクラス全員へ警告を発した。そして、その圧倒的なカリスマと頭脳で、たった一ヶ月でAクラスを完全に掌握し、一つにまとめ上げた」
「初日で……システムを……?」
「一人で、クラスを完全に支配……?」
Dクラスの生徒たちは、住む世界が違う怪物でも見るかのような畏怖に震えた。
自分たちが浮かれて遊び呆けていた初日に、すでにルールの裏を読み切り、クラス全体を軍隊のように統率してみせた存在がいる。実力差という言葉では片付けられない、次元の違う「超越者」の影。
「さらに、お前たちに一つ重要な情報を伝えておく」
茶柱は、絶望に打ちひしがれる生徒たちを見下ろしながら、最後の爆弾を投下した。
「彼が初日に全校生徒へ向けて放った言葉があったはずだ。愚かなお前たちでも噂くらいは聞いてるだろう?『我こそはと思う者は面接に来い、不士鳥財閥での待遇を保証する』とな。……あれは、単なる大言壮語ではない。彼には本当に、財閥の力を使ってお前たちの将来を決定づける権限が与えられている」
「えっ……?」
「つまりだ」
茶柱は残酷なほどに淡々と、Dクラスの逃げ道を提示してみせた。
「お前たちがこれから心を入れ替え、死に物狂いでポイントを稼ぎ、三年かけてAクラスを目指す道。それが一つ。そしてもう一つは——不士鳥リアヴェルに跪き、自らの価値を証明して不士鳥に媚びを売り、財閥に拾ってもらう道だ。この学校で底辺のDクラスとして生きるより、不士鳥に拾ってもらう方が、はるかに楽で確実な未来が待っているだろうな」
静まり返る教室。それは、実力至上主義という学校の根幹すらも破壊しかねない、圧倒的な「外部の力」の提示だった。
プライドを捨てて絶対者にすがりつくか、それとも茨の道を歩むか。
絶望と、甘すぎる誘惑。
(……不士鳥リアヴェル、か)
窓際で頬杖をつく綾小路清隆は、一切の感情を排した瞳で黒板の数字を見つめていた。
(学校のシステムを利用するのではなく、外部の力でルールそのものを歪める存在。……厄介なイレギュラーだな。不士鳥が本気で動き出せば、この学校の盤面は、想定を遥かに超える形で崩壊するだろう)
五月。
それぞれのクラスが突きつけられた現実。
それは、学校という閉鎖空間のルールすらも蹂躙し、全生徒の運命を弄ぶ「不死鳥」の圧倒的な支配の始まりであった。