世界を救え?できらぁ! 作:星5すり抜けとNTRは悪い文明
ヘリコプターの中にいた人間は五体満足ではあった。それが確認できたとき、立香は思わずホッとしたのだ。
駆け寄ろうとした瞬間、目の中で人影に対して異常を感知した。土気色の顔。焦点の合わない瞳。炎の都市で見た彼よりもひどい出血。
有り体に言えば行きてはいない化物。あるいはゾンビと表現するのが適格か。
いずれにせよ、生者をも冥界に引きずり込まんと手を伸ばす彼らに対して立香は呆然としていた。呆然とするしかなかった。
その手が彼女へと伸び、掴もうとした刹那に爆音が響き渡る。
「─ッブネェなぁ!?」
相合傘で近かったのが功を奏した。風香のもつ傘の先端から出た爆風が全てを包み込むが、一時しのぎにしかならない。一時しのぎになっているだけ奇跡なのかもしれない。
生者の魂─それは、この場において最も近い存在に狙いを定めて当然だろう。気にせずに突貫してくるゾンビを壊すために、あえて彼は傘を閉じずに空へと跳躍する。高性能の傘はゆっくりと降りるようにしてゾンビから離れていく。
突如として傘を持つ感覚が無くなる。ドロドロに溶けていることを一瞬で判断してから、即座に立香の守り方を考える。
「ちょっと持ち方については文句言うなよっ…!舌閉じてろ…!」
決断。着地と同時に走りながら彼女を横抱きにし、その場を離れ始める。念のための足止めとして放たれた弱々しい傘の残骸は、果たしてどれほど役に立っているのか。
後ろを気にする余裕などはなかった。生存することだけに特化した脚が雪に沈み込むのを確認してようやく彼は立香をおろした。既に気絶している状態と変わらない。
テントを張って雪風のしのげる状態にし、調節できるようにいくつかのコートやマフラーを中に置いてから彼女を寝かせる。
「…悪い、俺のミスだ…」
軽いキャンプ地としての体裁を整え、周囲に敵がいないことを確定させてからの懺悔。悲しいかな、反省する際でも気を緩められないというのが彼が人理修復の旅で理解していたことだった。
『ええっと…今回の特異点の調査、という意味では悪くないと思うよ、うん!寧ろ今までみたいにサーヴァントを召喚してないから情報が少なくてもしょうがないし!』
『ええ。立香の無事を最優先してリソースがそこまで減っていない状況だし、一旦情報の整理でもしながら話しましょう』
パチパチと火花の爆ぜる音がBGM代わりの無音は考えるのにちょうどいい。彼はわかってきた事柄を一つ一つ確認していくことにした。
「一つ。今回の特異点は複数の聖杯が散りばめられている」
『そうだね。とはいっても誰が持っているかとかまで詳しくわかっていないし、もしかしたら何かサーヴァントと融合しているのかもしれない』
『ええ、前もって判断するのは危険よね。気をつけて行動してほしいわ』
頷く二人を見つつ、彼はさっきの敗走で思ったことを伝える。
「ぶっちゃけると、今回の特異点では今わかっている限りでも三つの陣営がいることになります。一つが最初に特異点の地として降り立った機械の領域」
『…機械の領域、ね。さっきの一瞬でいなくなった部分はテレポートかしら』
「だとしたらニコラ・テスラあたりがボスになってそうですけどね。いかんせん今判断できるほどの材料じゃあないですが」
ため息をついて雪の上に文字を書く。床を含めて自然に囲まれているこの領域とは少なくとも無縁そうだ。
「それで、もう一つが恐らく『ゾンビ』です。ヘリコプターをわざわざ動かして落とすような面倒な真似で立香をおびき寄せる─そう考えるよりかは『もともと争っていた片方の手駒だった』と推理するほうが無難です」
『確かにね。立香ちゃんだけならヘリコプターそのものを墜落させれば殺せるもんね。わざわざ罠を張ってまでしかける労力は多分ない』
「ただここはゾンビがでてくるとは考えにくい。雪山が本拠地の可能性があるけれど、ここはゾンビが動くには全く適してません。菌なり魔術なりで補強しても死体が凍って壊しやすいことに繋がってしまいますから」
『なるほど…つまり、ここは安全地帯ってことね』
「ええ。拠点にするのは寒いですが、安全地帯という面では優れていますから…最も、ここも特異点で誰かが作った領域であることには変わりなさそうなんですけれどもね」
フランスでも雪は降るし、山脈なら何もおかしなところはない。そう判断してもよいものだが、今回の特異点の位置を考えれば矛盾が生じる。
「別にフランスでも雪は降りますが、それは上の─もっと言えば、オルレアンから離れたアルプス山脈付近。内陸に雪がここまで降ることは異常であるといっていいかと。別に球体みたいにオルレアンそのものがひっついてるわけじゃないですし、それくらいの可能性はあってしかるべきものかと」
『その通りなんでしょうけど…なんでそんなに知識があるの?高校生にしては知りすぎよ?』
「英霊ってそういうものでしょ、知らんけど。とりあえずここの領域を制御しているサーヴァント見つけて交渉しましょう。少なからず味方が敵かで判断するなら味方にしやすそうですし」
ある意味、それが限界だった。言葉をいい切った途端に電池が切れたかのように倒れ込み、彼を眠気が襲う。
『ちょっと、大丈夫!?』
「どうせ大したことないんで気にしなくていいです。単なる全力疾走の疲労と、あと多分何かの誘いでしょう」
『その誘いにのって大丈夫なの?というかリリスとジャックの二人は?』
「えーと…」
答えようとする前に彼は眠った。コソコソと雪の降りしきる中に忍び寄っていた、とあるサーヴァントを目撃して。
(あ……れ……は…?)
見知った知らない状態の彼女に疑問をぶつける間もなく、凄まじい怠惰が彼を眠りへと落とした。