世界を管理する最弱女神は、滅びた世界をデバッグする 作:パンダプリン
私は今日神様への生贄となる。
忌み子である私には、味方は一人もいません。
ちょうどよかったのでしょう。神に捧げても誰も文句のない存在なのだから。
集落の仲間たちが私を見捨てた事実に悲しむことはありません。むしろ納得しかありません。
私だけではない。どうせこの世界全てが神様に見捨てられているのだから……。
生贄に捧げられて死ぬか。飢えて死ぬか。渇いて死ぬか。魔獣に襲われて死ぬか。病をこじらせて死ぬか。
どれも変わりません。早いか遅いかの違いといえど、その速度だって大した違いはないのだから。
明日どころか今日を生きられるかわからない。神様に見捨てられた世界とはそういうものなのだから。
◆
――第815管理神アカウント、起動。
――管理対象世界:放棄領域《崩壊区画-4040》
――人口:42
――文明レベル:崩壊後
――信仰値:1
――神格評価:G
――当該世界への介入は非推奨です。
「そう」
システムからの情報にため息さえ出てこない。
ま、そうだよね。別に期待していたわけじゃないし。
私に許可が下りたほどの世界だもんなあ。そりゃあ、まともな世界なんて期待していないよ。
——当該世界は観測のみを推奨します。
それはきっと正しいんだろうね。
これほどまでバグだらけの世界。いっそ全てなかったことにして、一から作り直したほうが早い。
……それが、神としては正しいんだろうね。
神のリソースだって無限じゃない。ここまで手遅れの世界に手を差し伸べる神なんていない。
「却下。ログインを開始して」
だから、これは私のささやかな反逆だ。
高位の神様たちに見捨てられた私が、神様に見捨てられた世界を救う。
それが私の神としての行動であり、他の神たちへの意趣返しなのだから。
「これはひどい」
降り立った世界で最初に出たのはそんな言葉だった。
システムで確認した通りの世界。神々に見捨てられた世界そのものといった印象。
なんというか、崩壊寸前って言葉がよく似合うね。
世界の一区画に降りただけだけど、きっと他の場所も全部こんな感じなんだろうなあ……。
「修復するとしたら、かなりの大仕事」
そう。私のような下っ端の低位の神では、この世界を直しきるなんて到底できない。
だから、根気よく自分にできることをやっていくしかないんだろうね。
――管理コマンド入力
わずかな信仰値を消費し、私は管理メニューを起動した。
これが世界を救う行為になるとは私自身も考えていない。
単なる自己満足。単なる意地。私はこの世界を見捨てたくないという理由だけで、根本解決にならない修正作業を行う。
――[環境操作]
――対象:下位領域水系
――操作:浄化処理(簡易)
「こんなところか」
あくまでも最低限。のめり込んで時間を浪費することはない。
なけなしの信仰をむやみやたらと減らすことはできない。
だというのに、崩壊寸前の見捨てられた世界にかかわっているのだから、我ながら救いようがないね。
そんな思いなど関係なく、神の力は確かに実行される。
汚染された水は簡易とはいえバグが取り除かれ、正常な姿に近づいた。これなら飲むこともできるかな。
今日はこれでおしまい。
真水とまではいかないけれど、少なくとも濁りきっていない水にはなった。
私はその透明感をしばし楽しんでからその場を離れる。
あの場所は誰かが発見するかな? 人間に限らず魔物の水飲み場にでもなるのかな?
それとも、誰にも発見されずに世界とともに滅びるのかな?
明日になったとしても確認することはないだろうなあ。きっと、あの自己満足の結果を見るのが怖いんだろうね。
◇
生贄として選ばれ神様のもとへと向かう道中で、私は奇跡を見ました。
昨日までは、たしかに汚泥にまみれた水源だったはずです。
だけど、今はこんなにも透き通っている。
死の間際で幻覚でも見たのかと思いました。
そして、幻覚でもいいと思いました。だって、こんなにまともな水が目の前にこれほど広がっているのだから。
こんな光景は二度と見ることができないでしょう。たとえ、生贄にされて死ぬ運命でなかったとしても、生きている間に決して見ることはできない光景。
なら、この幻覚を楽しもう。そう思いながら手を伸ばしました。
……冷たい。
それに手の先を濡らすだけの感触しかない。
穢れがこびりつくことなんてなく、さらさらと手のひらから水がこぼれおちていきました。
「嘘みたい……」
幻覚じゃないのかな? 私は勇気を出して口に運んでみました。
もういい。だってどうせこの後に消えるだけの命なのだから。これが口にするだけで害ある水でもそれでいい。
思う存分水を飲んでみたい。喉を潤したい。乾き続けた人生なのだから、最後のときくらい満たされたい。
「……ああ」
貴重な水分が頬を濡らしながらこぼれていきます。
だけど今この時ばかりは気になりませんでした。目の前にある水場は、そんなわずかな水分を補うには十分すぎるのだから。
「神様の奇跡……」
これで思い残すことは何もありません。
こんな奇跡を見せてくれた神様になら、この命を捧げることなど惜しくはないのだから。
いえ、むしろ神様に会ってみたい。それだけが、今の私の全てなのだから。
◇
「水が?」
「あ、ああ! たしかに見た! いや、飲んだ! 飲める水があったんだ!」
何を馬鹿なと集落の者たちは呆れたような反応を示す。
無理もない。この荒廃しきった世界で、飲み水なんて見つかるとは思えない。
自分たちが口にできるのは、せいぜい醜い魔獣の体液程度のもの。
そんな体液でさえ、生存のためには貴重な資源として扱われている。
「嘘じゃないぞ。これを見ろ!」
だから、男が取り出した皮袋を見て集落の者たちは騒然となった。
中には大量の液体が含まれている。それも魔獣の体液なんかじゃない。
久方目にすることもなかった水がそこにはあった。
「そんな馬鹿な……。周辺はくまなく探索したのに、見落としがあったのか?」
「いや、昨日までは確かに有害な汚泥まみれだった場所だ」
なおのこと信じられない。
そんな汚泥が自然と分解され、水場が機能を取り戻すなどありえないのだから。
だが、現にこうして水が目の前にある。その事実こそが全てだった。
「……まさか、神の奇跡?」
「嘘だろ。あの忌み子、本当に神に届いたのか?」
「だから泉が現れた」
「そうか……。あの忌み子、最後に世界を救ったのか……」
誰かがそう呟いた。たったそれだけだった。
だが、希望を失っていた者たちに、それを否定できる者はいなかった。
神に捧げられた少女と奇跡の泉。それらはやがて物語の一説として語り継がれることとなる。
――穢れた水は死を招き、祈り届かぬ地に満ちた。
――ただ一柱の女神が触れしとき、水は清められ地は目覚める。
――人々はそれを奇跡と呼び、滅びし世界の転換が始まった。
◆
――世界が更新されました。
――管理対象世界:放棄領域《崩壊区画-4040》
――人口:41
――文明レベル:崩壊後
――信仰値:58
――神格評価:F
システムメッセージに目を向けると、世界の情報が更新されていた。
人口が減ったような気がするけど、そっちはまあ仕方ないね。
問題は信仰値。……なんか一気に増えていない? ここに来る前は1だったよね。
「極限状態で神への祈りが蘇った?」
それが理由だとしたら、あまりこの結果には喜んでいられないね。
だってそれは、この世界を見捨てた高位神たちのやり方が正しい、という証明に他ならないから。
崩壊寸前の世界に神の救いは意味がない。滅亡する直前の最後の爆発的な信仰、それだけを搾り取るのが見捨てた世界の唯一の使い道。
……そんなの、あんまりじゃない。
――神格評価がFを超えたので、低位管理女神ナギに放棄領域《崩壊区画-4040》の管理担当権限を付与します。
「え、もう……?」
やっぱりあの増え方は何かおかしかったのかな?
それとも、滅ぶ寸前の世界だから管理権限なんてころころ変わるってこと?
「……まあ、私以外は興味ないだろうし」
放棄した世界の管理者になったところで、他の神たちは気にも留めない。
うん。絶対そう。なら、私にとって困ることでもないし受け入れておこう。
たとえこの世界が滅ぶとしても、私は最後まで付き合うつもりだからね。
頼りない低位の神だけど、それだけは一方的に約束しておこう。
「そうと決まれば、今日も修正作業を……」
考えようと思ったのだけど、突然の訪問者が現れた。
「……何?」
見たところ、この世界の住民の一人である翼人の少女だね。
白い羽にかわいらしい見た目が相まって天使のように見える。
ただ、その姿は純白の羽含めて汚れており、世界の過酷さを示しているようだった。
特筆すべきはその目。濁った眼は生への執着を感じさせない。
希望がない。喜びがない。この世界でそんなものを抱けっていうのも土台無理なのかもしれない。
そうやって観察をしていると、少女は隠し持っていた黒い短刀をこちらに見せるように握りしめた。
何してんのかなあ!?
私一応神なんですけど! いや、神だって知っての犯行かな!?
だって、手にしたそれは神殺しの属性が付与されているし。
前身の神、なんてものをこの世界に作ってんの!?
「とりあえず、それやめてくれる?」
「あ……。そ、その私は……神様を殺すよう生贄にされて、でも殺したら駄目だと思って、でもそうしないと私の役割が……」
相変わらず私の内心とは違って、外に出す言葉は冷静なものだった。
それが目の前の少女を余計に混乱させたのか、支離滅裂な言葉を口走らせている。
殺すって言わなかった!? 犯行の意思ありだったの!?
あ~……。わかってきたかも。これって要するに、神殺しをして別の神を担当にすげかえたいってことだね。
「……」
目の前では顔を蒼白にさせて、何かを覚悟したようにして私に祈る少女の姿。
殺しに来たの? それとも殺されに来たの?
まあいっか。そんなのは全部後回しにしよう。
生贄って言ったよね? じゃあ、この子はこの見捨てられた世界でさらに見捨てられた子なんだ。
……だったら、せめて神である私くらいは拾ってあげるべきだろう。
見捨てられた神が見捨てられた子を救ってあげよう。
「あなた。巫女に興味ない?」
役割がどうとか言っていたよね? その役割、神である私が与えてあげるよ。