世界を管理する最弱女神は、滅びた世界をデバッグする 作:パンダプリン
「神様神様! 海人族たちと話をつけてきました!」
「ん、ご苦労様。いい子」
「……」
なでてあげとうとするとリオラは緊張した表情に変化し、私の手が触れた瞬間に気持ちよさそうに目を細める。
いつも最初は緊張するみたいだね。神である私とのふれあいに対して……なのかな?
まあいいや。ともかくリオラはうまくやってくれたみたい。
「それじゃあ、デバッグしちゃおう」
結界に対する意識が変えられそうな今のうちに、結界に頼らない生き方で自立してもらわないとね。
となると、解決すべきは海の汚染……。だけど、環境の修正作業は範囲が途方もない。
この広い海を全て直すなんてことになったら、私の信仰力も一気に枯渇してしまうだろうね。
じゃあ、環境はいったん後回し。まずは結界の外でも生きていける強い肉体が欲しいところ。
ただ、これはこれでなかなかの重労働になってしまう。
海人族たちを調べたところ、汚染への耐性なんてものは当然ない。
生態に何もない機能を追加するというのは、海全体の修正ほどではないにしてもやはり労力がかかる。
というか、それができるなら翼人たちを先に助けてあげるべきだし……。
だとしたら……。
海人族たちの得意としている機能を拡張するような方向性で、なおかつ汚染への耐性を得られる修正かな。
新規の機能の実装ではなく、既存の機能の改修作業とすれば信仰力の負荷も少なくなる……。
「決めた」
――管理コマンド入力
――[生態操作]
――対象:海人族
――操作:浸水時活性化 付与
これでよし、と。
汚染した海水への耐性という限定的な力よりは、もっと大雑把な修正のほうがやりやすい。
ということで、水の中にいる間は肉体が強化されるという雑なアプローチにしてしまった。
これで水の中では汚染された海水にも負けないほど強くなる……はず!
「今回はどのような奇跡を?」
奇跡じゃなくて単なる修正作業だけど、まあそれもいまさらか。
かわいらしく首をかしげるリオラに、私は端的に修正内容を説明する。
というか、この口じゃ端的にしか説明できないからね!
「海人族は水の中にいると強くなるようにした」
「……それって、汚染された水にも負けないようにということでしょうか?」
ほら、リオラはかわいくてかしこいから、私の説明をちゃんと理解してくれる。
よかったよかった。この子が巫女で助かったよ。
「そう」
「さすがは神様です。私たち翼人を魔物から救ったときのように、あくまでも自分たちで困難を乗り越えさせるということですね」
というか、リソースを割くのが厳しいから……。
いや、リオラがそう思うのならそうしておこう。神の事情など知らせてもしょうがないし。
「では、さっそく神様の偉業を海人族たちに伝えてきます!」
「あ、早っ」
興奮気味にリオラが去っていく。
別にいいんだけど、せわしない子だねえ。鳥というか元気なわんこ?
それはそれでかわいいし、問題ないか。
さて、これで海人族たちの問題が解決するとしたら、翼人たちのほうはどうしよっかな。
似たような修正をして、空を飛んでいる間は強くなるとかにする?
う~ん。それだと強すぎるかな? でも、強くて悪いことはないはずだし大丈夫かな。
◇
「巫女様。今後私たちはどうすれば……」
「そ、そうよね……」
どうしようかしら。あ、巫女じゃなくて海の巫女って名乗るべきなんだっけ?
そのあたりも全然説明しないで、すぐに去っていったからわけわかんないわよ!
あの巫女……様は、きっと本当に神様の使いなんだと思う。それは間違いない。
妹を救ってくれた奇跡を起こせる方なんて、神様以外に存在しないはずだから。
ただ、結界の維持のためにこれ以上生贄を出すなという言葉に了承したら、神様に報告するって帰っちゃったからなあ……。
だからこそ、私たちはこれからどうすればいいのかわからない。
それも自分で考えるのが神様の御考えってことかしら?
「巫女様! また、あの翼の生えた巫女……様? が来ています!」
ほら、私だけじゃなくて、みんなどう接したらいいのかわかっていないもの。
巫女と呼び捨てにしていいかさえわからず、なんとなく様を付けている様子がありありと伝わってくる。
「ちょっと、あんた!」
「なんですか? 海の巫女」
「ほとんど説明もなくいなくなって、今度は急に戻ってきてなんなのよ!」
「黙りなさい。神様には常に最新の情報をお届けする。それが私の使命であり最優先事項です」
う……。神様のことを出されると文句も言えない。
この女の頭の中にだけ存在する神なら相手をしなくてもよかったんでしょうけど、実在しているはずだからねえ……。
「神様には、海人族が結界に依存しなくなったことを報告しました。そして神様はその勇気を称え、あなたたちに汚染にも負けない強固な肉体を与えました」
「は?」
汚染に負けない肉体……?
それが本当だというのなら、長年苦しみ続けてきた問題が一気に解消される?
狭い結界の中だけの世界。それらを維持するために仲間を殺す日々。それから解放される……?
「じょ、浄化をしてくれるはずだったんじゃ……」
「それでは、いずれまた結界に頼るでしょう? 神様はその先の未来を全て考えています」
たしかに、それを否定することはできない。
周辺は浄化してもらったけれど、根本の汚染はまだ解決していない。
浄化してもらった海域も、いずれ汚染に飲み込まれる。
そうなったら私たちはまた結界に頼るでしょうね……。
「結界のために生きず、神様のために生きなさい」
「それが本当だというのなら、いくらでも祈るけど……」
「私は神様の巫女です。神様の御言葉を正しく伝えることこそが役割です。私を疑うことなんてやめなさい」
相変わらず、自信に満ちているわね……。
だけど、こっちも慎重にならざるを得ない。
私たちがもう汚染に負けなくなったと急に言われても、それを信じて結界の外に出て万が一があったら?
海人たちは絶滅するだけじゃないの。
「神様を信じなさい。水の中にいる間は、あなたたちは汚染にも負けない強さを手にしたのですから」
「……いいわ。なら、私一人で試す」
「巫女様!」
「海の巫女です」
「う、うるさいわね! あなたの言うことを全面的に信用してないわよ! こっちは」
こだわるわね……。
きっと、彼女が巫女というのは本当でしょうし、神様を誰よりも信じているんでしょうね。
だから、巫女という呼び方は自分だけであると主張しているんでしょ?
いいわよ。巫女どころか海の巫女という役割さえなくなってもいい。
もしも、あなたの言うことが本当だったらね。
「結界のために私は何人もの仲間を犠牲にした。だから、その結界から解放されるためなら、まずは私の命で試すべきでしょ」
結界の外に出る。周辺はまだ神様の浄化のおかげで澄んでいる。
だから、思い切り遠くを目指して泳ぐ。泳ぐ。およ……。
私、こんなに速く泳げたっけ……?
「水の中では強くなる……」
巫女を名乗る少女の言葉が正しかったと証明するように、私の肉体はかつてないほど充実していた。
ただ、それもいいことばかりじゃないわね。
速く泳げるということは、汚染海域への到達もまた早まるということ。
正直なところ、私はこの期に及んでしり込みしてしまっている……。
「だからといって、汚染に勝つのは……」
手足が震える。
当然ね。だってこれは、昨日までの私からすれば単なる自殺行為にすぎない。
ああ……。結界の礎となった者たちも、こんなに怖かったのかしら?
勇気を出さなきゃ。勇気を出して一歩踏み出さないと、何も変わらない……。
神様を信じなさい、か……。
神様。あなたの奇跡はすでに見ました。穢れ続ける海をあなたは浄化してくれました。
私たちは日々拡がっていく穢れに絶望し、二度と取り戻せない美しい海に嘆いていました。
そんな私たちに、再び美しい海を与えてくれたあなたを……私は信じます!
「セルナだって覚悟した! 次は私の番よ!」
浄化された海域の外に出る。
黒く重く死を感じさせるその海の中、きっと私という存在は異質に映る。
その異物を同化させるべく、穢れは私を侵食し……。
……しない?
「体は重い。だけど、どこも穢れていない……」
ああ。こんなことをされたらもう疑うことなんてできない。
私は今から神様の巫女になろう。妹を……いえ、私たちを救ってくださった神に全てを捧げよう。
「駄目ですよ?」
「な、なに!?」
神様のことを考えていると、巫女の少女……。先輩? から、急に声をかけられた。
そもそもなんでこんな汚染した場所に……。
あ、ちょっと離れているわね。あのあたりは神様が浄化してくださった海域だから平気ってことみたい。
「あなた。神様に救われて全てを捧げる雰囲気でした。私がそうだったのでわかります」
「そ、それなら……私も巫女に」
「神様の巫女は私です。私から神様を奪わないでください」
「う……」
たしかに、私には神様の声は聞こえていない。
そもそも、巫女というのもあくまでも結界の巫女というだけ。
彼女のように神様に巫女と任命されたわけではない。
なら、せめて神様への祈りをかかさず感謝し続けよう。
結界の維持について語るのではなく、神様の奇跡を語り続けよう。
私たち海人は……いえ、海人族は、今後は結界ではなく神様に守られる種族となるのだから。
――海は死を満たし、蒼き民はその故郷を失った。
――ただ一柱の女神は海を恐れることなく、その民へ海の祝福を授けた。
――それより蒼き民は波と共に力を得て、いかなる毒海も彼らを沈めることはなかった。