世界を管理する最弱女神は、滅びた世界をデバッグする 作:パンダプリン
さて、まずは名前を知らないとね。
私の巫女と呼ぶのも悪くはないけれど、それだといずれ困るかもしれない。
そう。いずれ巫女が何人も仕える偉い神様なんかになっちゃったりしたら……。
気持ちだけは浮ついてしまい、顔がにやけそうになる。
駄目駄目。情けない顔したら巫女一号に呆れられてしまう。
……まあ、その心配はないんだけど。気持ちと表情はどうせ結びつかないし。
私は今もかわいげのない仏頂面から変化してないだろうからね。
それはさておき、名前を聞こう。それがいい。
「名前、教えてくれる?」
はい、出ました。ぶっきらぼうな物言い。
心と口が結びつかない。というか、口下手がすぎる……。
ほら、巫女一号も困っているじゃない。
「す、すみません……。私は忌み子なので、名前はありません」
……違う理由で困ってたのかあ。
この子はこの子で大変なんだろうね。
よし、それなら神様が名前をつけてあげるとしよう。
「名前、つけようか?」
「!? いっ、いいのでしょうか!?」
うわっ、なんかすごい食い気味。
まあそうだよね。名前がないと不便だろうし。
それなら名付け親としていい名前を考えてあげよう。
そうだなあ……。白い羽が綺麗だしやっぱりそこから名付けたいかな。
たしか、翼人の文化にもそういう言葉ってあったよね。
「あなたは今日からリオラ」
「リオラ……」
やばっ、喜んでないかも。私に名前のセンスを期待するほうが悪くない!?
まったく、これは初っ端からはらはらさせる巫女を引き当てたもんだね。まあ、手放す気はないけど。
「翼がきれいな白。だからあなたたち翼人の言葉で夜明けを意味するリオラ」
言い訳すらできないか! この口は!
でも、命名の理由だけは伝えられたし、いけるか!?
「ありがとう……ございます……」
泣くほど嫌なら断っていいんだけどねえ!
……いや、本気で喜んでる? う~ん。なんか申し訳ないなあ。
よし、もっと別の候補でも考えてあげよう。
「それか、別の名前を……」
「え……」
……なんでそんな絶望したような表情なのさ。
大切な宝物を取り上げられたような顔されたら、こっちも何も言えなくなるじゃないの。
「いや、なんでもない。忘れて」
「はい。ですが、神様からいただいた名前は永遠に忘れません」
自分の名前だからね。忘れたらそりゃあ大変だ。
さて、名前をつけて便利になったことだし、今日はもうちょっとがんばっちゃおうかな。
さっそく世界の修正作業を進めていくとしよう。
「リオラ」
「なんでしょうか! 神様」
ちょっと元気になったね。よかったよかった。
それじゃあ改めて今日の修正箇所を決めるとしよう。
昨日はリオラの翼も直した。
それでわかったけど、この世界の根幹部分はやっぱりバグってる。
これを直すとなるとなかなか大仕事だよ? まずは一部だけ直して他への影響もチェックしないと。
直したはいいけれど、影響範囲を考えずに他のバグをばらまくなんてごめんだからね。
「ついてきて」
「はい! 神様と一緒なら、どこへでもついていきます!」
それはそれでどうなのさ。正直者なのはいいけれど、正直者すぎて心配になる。
やっぱりこの子はその背中の翼のように、純真無垢な存在なんだろうなあ。
くれぐれも他人に騙されないように注意してあげよう。
◇
「駄目っぽいな……」
俺は地面を見渡して肩を落とす。
なんでもいい。肉でも魚でも野菜でも果物でも。
いや、野草だろうが虫の死骸だろうがかまわない。
どんなものでも食べないと、この世界で生き抜くことなんてできやしない。
「こっちも駄目だ。オルン」
仲間たちも一心不乱に探しているけれど、目当てのものは見つからないらしく、俺の名前を呼ぶ力も弱々しい。
汚染されていない食糧……。今日も見つからないのかもしれない。
空気にたまった毒素のせいで、まともな食べ物なんてわずかな時間で変質してしまう。
「そうか。駄目だとわかっただけでも収穫だ」
「貯蓄なんてできっこないか……」
結局のところその場で食べる以外に解決策なんてない。
そもそも、その場で食べられるようなものにありつけることもめったにない。
こんなことで俺たちは生き延びられるんだろうか……。
「なら、その日のうちに食べればいい。よし、今度は空から探そう」
「でも、魔物たちが……」
大丈夫。なんせまともな水が手に入った。
だから今日はまだまだ遠くまで探しに行ける。いつもとは違う場所にも飛んでみよう。
そう説得すると仲間たちも決心してくれたので、俺たちは魔物たちに見つからないように飛んでいった。
上空から見てもこの世界は荒んでいる。
黒々と蠢くのは、こちらの命を脅かす凶悪な魔物の群れだ。
だが、こうして上空を飛んでしまえば地上を這うだけの魔物たちの牙は届かない。
下ばかり見ていても生きてはいけない。もっと前をもっと遠くを見よう。
「……なんだ?」
空を飛んで初めてわかるような遠い場所。
俺たちが住む集落の付近だけを探索しても決して見つからなかったであろうその場所。
その一帯だけがぽっかりと穴が開いたように見えた。
あるいは白黒の世界にそこだけが鮮やかな色がついている。
行ってみるべきだ。俺の直感はそうささやいている。
「どのみち新たな場所を探す予定だった。それならあの物珍しい場所を目指すのも悪くないか。よし、みんな行くぞ」
「そうだな。何かがあるかもしれないし行ってみよう」
俺の言葉に仲間たちも賛同してくれる。そしてその判断は正解だった。
そのときのことを、俺はきっと一生忘れない。
「空気が……。澄んでいる……」
ああ、神様はやっぱりこの世界のために動きだしてくれている。
そこに降り立っただけですぐにわかった。その場で不浄なのは自分だけ。それほどまでにこの一帯の空気が美しい。
汚染されていない区画があった? 違う。そんなはずはない。
ならなぜ浄化された? 答えはわかりきっている。こんなものは神の御業としか言いようがないのだから。
「……汚染されていない」
当然だ。空気に毒素がないのだから。
ここにあるものは何も汚染されていない。わずかながらの食糧を発見し、それらが無事である奇跡に手が震える。
ここで発見できた食糧自体は大した数ではない。だけど、長時間放置しても汚染されないという事実が大事なんだ。
「もう終わりだと思っていたのに……まだ生きていける気がするよ」
「言ったろ? 終わらない限り終わりじゃないんだよ」
仲間の涙ぐむ声に、俺は自信満々にそう答えると仲間たちは呆れたように苦笑した。
笑えるというのなら明日もきっと生きられるだろう。
――毒なる風は世界を喰らい、空は死の衣をまとった。
――ただ一柱の女神が天を撫でしとき、風はその名を忘れ、命ある息吹へと還った。
――人々はその境を神域と呼び、そこより再び文明は芽吹いた。
——神域に運ばれた食物は腐ることなく命を繋いでいく。
◆
「さすがは神様です……」
「いちいち拝まなくていいから」
というか、まだ動作確認すらしていないバグ修正だったのに、なんか発見されて大げさに喜ばれてしまった……。
今から修正前の状態に戻したら、さすがにがっかりするよね?
じゃあ仕方ない。あの場所はあのままにしよう。
まさか運悪く修正作業中に発見されるとは……。
せっかく泉から離れた場所で作業していたのに、これでは何の意味もなかった。
いっそ堂々と泉の空気の修正を行えばよかったかなあ。
「ところで、なぜ泉ではなく遠く離れた場所の空気の浄化を?」
「……奇跡は散らさないといけないから」
とりあえず、それっぽいことを言おうとしたけれど、ろくな言い訳が思い浮かんでいない。
それに加えてこの口下手のおかげで、もはや意味不明な言い訳が口から出てきた。
さすがにこれじゃあリオラも納得なんて……。
「……なるほど。神域が一か所だけなら、魔物たちもそこに集まってしまう。ということでしたか。神様は最初からそれを見越して……」
「……そういうこと」
なんか勘違いしてくれた。
リオラ……。頭がいいようなドジっ子なような。なんともいえない子だねえ。
まあいっか。これでバグ修正に自信がないから、目立たない場所で作業していたってことは隠せたみたいだし。
「神様は、私たちをただお救いになるだけでなく、奇跡を配置した影響までも考えてくださっているのですね。私では思いつけませんでした!」
「まあね」
それは嘘じゃないから大丈夫。なんかちょっと勘違いされたけど、ゴールが同じなら詐欺とかにはならないから!
だから、祈りを捧げられても罪悪感なんてない。ないったらないのだ。
というか、私程度では思いつけないと言っていたけれど、奇跡を散らした理由はあなたが全部考えたんだよ。リオラ。
リオラ、あなた神に騙されてるよ。気づいて。……いや、気づかれたら私が困るか。
さて、作業途中の場所に現地民が来てしまったのは問題だね。
作業が中断されてしまったのは仕方ないとしても、下手な状態で放置するのはよろしくない。
ここで私の……
いいねえ。私の巫女。とてもいい響き。
「神様?」
「いい子」
「……!」
なんか空気が抜けるようなかわいい声が出たね。いきなり頭をなでるのはさすがにまずかったか。
そんなことをしている暇があったら、巫女としての職務を与えよっか。
神域の管理。それが巫女であるリオラの主な仕事となるのだから、しっかりばっちり教えておこう。
「リオラ。仕事」
「っ! は、はいっ!」
緊張したような返事をされるが、大丈夫。ちゃんとやさしく教えるから。
……気持ちだけはやさしいから! だから落ち着け私。
大丈夫。さっそくリオラに仕事を……。
「……ん?」
「神様。どうされましたか?」
巫女の仕事を教えようとした矢先、私の目にはあるものが映った。
リオラにはさすがに見えないみたいだけど、神である私の目にはしっかりと見える。
……よくないなあ。翼人たちが修正箇所に到達したのはいいけれど、あれはよくない。
ため息をつく私の目に映し出されたのは、翼人たちに一直線に向かう魔物の軍勢だった。
「……今日は予定通りにいかない日」