世界を管理する最弱女神は、滅びた世界をデバッグする 作:パンダプリン
「……」
俺にはわかるぞ。
俺は魔物で貴様は翼人。いや、巫女と翼人と同一視すべきではなかったか。
ともかく、魔物と別の種であることはよくわかっている。
そんな俺だってわかる。貴様、誰がどう見ても不服であることを隠そうともしていない表情だな。
「どうするんですか? やめておきますか? やめておくんですね。では、私はこれで」
「待て。そもそも最初に貴様に会ったときに言ったはずだ。俺は神との対話を望んでいる」
「畏れ多い話ですね」
「だが、神のほうからその機会を設けてくれたのであれば、断るほうが不敬ではないのか?」
「いえ、神様は心の広いお方です。断っても問題ありません。では、私が断ってきてあげましょう。それでは私はこれで」
「待てと言っている」
絶対に神に会わせたくないということはよくわかった。
だが、確実に貴様の独断による判断ではないのか?
そこまで自由に動いて神は許してくれるのか?
「……はぁ」
「ため息をつくな。まだ何も終えていないというのに」
「はあぁぁ……」
「何の当てつけだ。そんなことをしても、俺の意思は変わらんぞ」
俺と戦ったときはあまり感情を表に出さない女かと思っていたのだが、貴様こっちが本来の姿か。
それとも、神が関わっているときだけ頭がおかしくなるのか。
であれば、俺も心しておくべきだな。目にしただけでこちらの考えを塗り替えられるかもしれん。
声だけとはいえ、別の世界の神との面識はある。だが、対面するのは初めてのことだからな……。
「もういいです! 行きますよ! ほらっ!」
「貴様が時間を稼いでいたんだろうが」
無意味な問答もようやく終え、巫女は俺を神のもとへと案内することを決めたようだ。
俺を置き去りにする勢いで飛び去って行くのは、最後の抵抗といったところか。
まあいい。あの速度であれば走れば追いつける。
「ちっ……。迷わずついてこれたようですね」
「わかりやすい場所だったからな」
その場所は明確に俺たちがいる場所とは違っていた。
薄暗い洞窟や辛気臭い澱んだ集落とはまるで違う。
空気だ。空気が明らかに俺が知るものとは異なる。
俺たち魔物にとって力の源である穢れが、この周辺のどこにも存在しないのだ。
どうりで、魔物の姿が見えないはずだ。
かといって、他の生き物がいる様子もない。おそらく、神と巫女以外は存在しない場所ということだろう。
「禁足地ということか……」
浄化されているためか、神の神々しさのせいか、あるいは神殿という建造物のせいか、この場所は俺たちが簡単に立ち入っていい場所ではないとわかる。
……なるほど、俺はまだまだ弱いらしい。
まだ神に対面すらしていないのに、すでに腰が引けている。
そして、それだけにこの巫女の異常性も改めて理解できる。
こんな場所に当たり前のように住んでいるというのは、どう考えても異常だ。
それだけ図太い精神なのか、あるいは神に心酔しているのか……。
「ついてきなさい。ここまで来てしまった以上、あなたを撒くことはできません」
「少しは悪びれろ」
何を当然のように俺を撒こうとしているんだ。
神からの命令はどうなっている。神に逆らっているんじゃないのか?
だが、それを気にしていないことからも、こいつの行動は神も咎めないということか。
「神様。魔物を連れてきました」
「ご苦労様」
神殿の中はそこまで広くなかった。少し進むだけで行き止まりである一室へとたどり着く。
神はそこで何らかの作業をしていたらしく、巫女の声にこちらを振り向く。
……これが、神。
なるほど……どうやら俺たちとはまるで異なる存在らしい。
上位者として生物としての次元そのものが異なる。
声だけ届けていたあの神も、このくらい別次元の存在だったということか。
「初めまして」
……反応ができない。
巫女がこちらを咎めるように睨みつけるが、この状況でそれができるこいつ自身も恐ろしく思えた。
動け。まずは動かないと始まらない。これ以上待たせて罰せられたとしてもなんら不思議ではない。
「失礼……した……」
頭を下げるどころではない。
気付けば平伏していた。馬鹿な……。意思を無視して本能が屈服したとでもいうのか。
だが……それを否定できない自分がいるのも事実だ。
かろうじて絞り出した言葉は、いつものごとく敬語なんてものを使っていない。
それを不敬と思われたら……そのことに気付き、冷や汗が止まらない。
「あなた、名前は?」
「名前……」
「魔物だと識別しづらい」
もっともなことだ。
だが、ないものはない。俺たち魔物に互いに名を名乗る機会などは存在しないからな。
そもそも、俺以外の魔物は言葉も通じない。
ある意味では俺を生み出したともいえる女神も、ついぞ名前を付けることはなかった。
「……ない」
「……」
沈黙が痛い。だが、言葉遣い以外はどうしようもないことだ。
名前がないのは俺の責任ではないはず。
……いや、聞かれた時点で自ら名前を付けて名乗るべきだったのか。
失敗した。それが重くのしかかり頭の中をぐるぐると巡っていく。
「そう。それじゃあ、あなたを今日から魔族と呼ぶ」
「魔族……?」
ようやく神への恐れも収まってきた。
そうしてようやくまともに話を聞けた気がするのだが、それでも理解が追い付いていない。
魔族……。魔物とは別なのか?
「神様、魔物とは別なのでしょうか?」
俺と同じ疑問を抱いたらしく、巫女が神に尋ねる。
すると神は気分を害した様子もなく、巫女の質問へ答えた。
「この子はもう魔物とはいえない。だから魔物から派生した新しい種族。魔族とする」
道理ではある。
魔物たちを従えてこそいるが、俺はあいつらと同種とは言えなくなってきている。
無理もないな。この身は神が直々に改造している。
であれば、もはやあいつらと同じではいられないのだろう。
「理解した。だが、俺に何を求める」
「世界の均衡」
「均衡……」
俺が求められたのは世界の破壊。
女神と神でこうも意見が違うものか。
であれば、俺が従うことができるのはどちらか一方……。
「翼人たちと争うなとは言わない」
意外だな。均衡と言うわりには争いは咎めないのか。
「だけど、滅ぼすほどは健全ではない」
「俺たちはどちらかがどちらかを食い殺す存在だ」
であれば、食われる前に食う。それだけだろう。
「それについてはごめん」
なんの謝罪だ?
世界を管理しきれていないということか?
しかし……神が謝罪か。やはり最初に俺と接触した神とは別物すぎる。
さて、どちらの神に従うのが得策か……。
「でも、魔物は生まれる数が多すぎる。適度に減らないと、他の生き物が生きられない」
「それで俺たちに一方的に狩られろと?」
「ある程度まで。無抵抗でいろとはいわない」
馬鹿な……。
そんなもの、あくまでも神の都合じゃないのか。
俺たちに適度に死んで、適度に生きろと言うつもりか。
「だから、魔族。あなたは別物」
「……俺一人生き延びて、残りは死ねと?」
「魔族はこれから増える。魔物は魔族とは別。魔物はある程度狩り続ける」
「……俺の仲間を増やし、翼人どものように集団で生きろということか」
……別にあいつらに思うところはない。
魔物はしょせん本能のまま敵を襲うだけの存在だ。
自分も同じ存在ではあったが、仲間意識というものなどはない。
あくまでも便利な存在というだけ。
どうする……? 神に従う理由はあるか?
翼人どもを滅ぼす必要はあるのか?
世界の均衡か……。
あの女神とは正反対の道を提示されてしまっている。
つまり、俺はどちらかを選ばざるを得ないということだ。
心象的には正直どちらも変わらない。
あの女神は俺を道具として見ているだけであり、何の敬意も持つことはできないことがわかった。
だが、こちらの神のことは何もわからない。
今も俺を見ているが、感情など読み取れるはずもない。
……なんか、思っていた以上に見られていないか? もしかして、答えを出すのが遅すぎたか?
「……プロゴノス」
なんだ? 俺が理解できない神の言語か?
だが、傍で控えている巫女もその言葉の意味を理解できていないらしい。
少しだけほっとする。あの巫女も知らないのであれば、俺が知らなくとも断罪されることはないだろう。
「プロゴノス。始祖って意味。あなたの名前にする」
「……は?」
——名前? つけてないわよ。自分で好きな名前を決めて名乗ったら?
——神は俺をただの魔物としか見ていない。だから、俺を改造した神は、俺に名前を与えはしない。
俺を変えた神とのやり取りが一瞬で頭の中を巡った。
名前……。俺に名前が……。
「……嫌なら名乗る必要はない」
「いやっ! いただこう!」
プロゴノス……。そうか、それが俺の名前か。
神が俺に授けてくださった名前……か。
巫女の忌々し気な表情は気になるが、それ以上に俺はこれまで味わったことのない感情に支配されていた。
……なんだこれは。翼人を狩っていたときとも違う。共食いをして強くなったときとも違う。
あるいは、こうして考えるための知恵を獲得したとき以上に、満たされている……?
……はあ。安い男だな。現金なものだ。
たかだかこれだけ。これだけのことで……。
「あなたの御心のままに。我が神よ」
俺は既に神に逆らうことができなくなっているのだから。