世界を管理する最弱女神は、滅びた世界をデバッグする 作:パンダプリン
「治療の水をかけろ!」
セファの傷は致命傷だ。
あのセファが意識を失って倒れるなど、それ以外には考えられない。
「オルン……。あいつ、さっきより明らかに強いわよ」
「そうみたいだな」
セファが一撃でやられたんだ。油断なんてできるはずがない。
相手の攻撃をしっかりと見ろ。
さっきまでと同じだ。隠す気もない視線から、標的と部位は見切れる。
集中しろ。集中しろ! 集中しろ!
「がはっ……」
隠す気もない?
知能が通常の魔物に戻ったから、そうなったのだと思う。
だが、これほどの速度と力を持っていたら、隠す必要もなさそうだな……。
実際は、先ほどと何も変わっていない。
だが、目の前の魔物が、まるでそんな小細工など不要と言っているかのように感じた……。
「結界も……間に合わないっ! みんな逃げなさ……」
駄目だ。ネルシアもやられた。
なんだ……。知恵ある魔物め。お前、知恵がなくなってからも強いじゃないか。
まるで、あのときダンジョンで出会ったときの焼き直しだ。
魔物は唸り声をあげながら、俺たちにゆっくりと近づいてくる。
……ああ、もう決着がついたから、襲う価値さえなくなったのか。俺たちは。
「待ちなさい。プロゴノス」
巫女様……?
魔物は彼女を見て、すぐに俺たちへの興味をなくした。
動けない俺たちではなく、この場に新たに現れた巫女様を敵として認識したのか。
「プロゴノス。聞いているんですか?」
それにしても、巫女様の言葉の意味がわからない。
まるで魔物を呼び掛けているような……。
もしかして、あいつの名前なのか?
だが、魔物は呼びかけに応じない。どういうことだ……?
やはり、知能が消失しているんじゃないか? こいつ。
……いや、それでもわずかな反応はみせている?
名前らしき言葉を呼ばれるたび、魔物は警戒したように巫女様から距離を取っている。
「何してんのよ。それも翼人でしょ。さっさと始末しなさい」
これだ……。
この圧を感じる声。これが魔物に干渉していることは間違いない。
ただ聞いているだけの俺でそうなんだ。であれば、直接命令を受けた魔物は当然……。
「また戦う気ですか……。ええ、私はかまいませんよ? あなたが神様の言葉を忘れるような、罰当たりな者だというのであればかかってきなさい。むしろ、私のほうから断罪してやります!」
巫女様は巫女様でえらく好戦的だ。
俺たちが知らないところで、巫女様と魔物との間で何かがあったのか?
だが、今はそんなことを考えるよりも行動あるのみか!
巫女様に向かって魔物が突撃する。
が、以前と同じく巫女様の翼が輝くと、あの勢いを完全に殺しきる。
魔物が離れた。であれば、今のうちにこっちはセファの救護だ!
「オルン! セファの傷は塞がったわ!」
「助かる! じゃあ、ネルシアのほうは……」
「ネルシアは大して負傷していない! 吹き飛ばされはしたが、結界で直撃は避けていたみたいだ!」
「わ、悪いわね……。ちょっと気持ち悪くて、自分一人じゃ動けなかったの」
ネルシアは意識があるようだな。
ただ、ふらふらと足元はおぼつかない。
「よかった。だが、安静にしていろ」
「そうはいかないわ。巫女様の戦い、今回もしっかりと見届けないと」
同じ巫女という名を冠す者だからか……。
ネルシアはよろめきながらも、巫女様と魔物の戦いに目を向けた。
「あなたの信仰はその程度。それでいいんですね?」
「……」
魔物が巫女様の言葉に答えることはない。
巫女様も断罪などと口にしていたが、もしかしたら倒すのをためらっているのかもしれないな。
巫女様の守りは相変わらずのもので、今の魔物でさえ攻めあぐねているようだった。
このまま体力が尽きれば、あるいは魔物も諦めるのだろうか?
だが、そんな俺の考えた未来は、第三者の声によってあらぬ方向へと進んでいく。
「ちょっと。強化してやったでしょ? なんでそんなに弱いの。は~……。ほんっと使えない! もういいわ。あんたの体がどうなろうと、確実に倒しなさい」
癇癪を起こしたような声だが、その言葉には絶対の力があるらしい。
魔物が苦しみ始めたかと思うと、その姿が徐々に変化していく。
俺たちと比べて明らかに太かった腕が、徐々に細くなっていく。
脚もそうだ。筋肉に満ちた体を支える強靭な脚が、俺たちのように細くなっていく。
そもそも、それだけ屈強な脚で支える必要がないほどには、胴体の肉まで縮んでいる……?
「……人?」
前傾姿勢でもなくなり、そのシルエットは俺たち翼人やネルシアたち海人族に近い。
魔物ではなく別の種族だと言われたら信じてしまう。
そんな変化が起こっていた。
「パワーアップして、その力も体ごと圧縮した。まあ、中から崩壊するでしょうけどね。この世界の主要人物を殺せるのなら、また代わりを作ればいいわ」
「ガあああああアアアアアァアっ!!」
「なっ!?」
体が小さくなったというのに、パワーもスピードもさらに上昇した!?
「化け物だな……。なんだあれは」
「セファ! 無事だったか!」
「ああ、だが寝てる間に余計やばいことになってるじゃねえか」
「巫女様の光の翼が砕かれている……。休んでいる場合じゃないわね」
まだ、巫女様に攻撃は直撃していない。
だが、それも時間の問題だろう。
あの翼はもはや守りを果たせていない。触れるたびに乾いた土のように脆く割れていく。
攻撃を避けられなくなったそのときが、巫女様が敗北するときだ。
「この恩知らず!」
「ああアアぁァァッ!!」
巫女様の顔めがけ、魔物が爪を突き刺そうとする。
そのまま喰らえば、さすがの巫女様も致命的な傷を負うだろう。
しかし、ネルシアの結界がすんでのところで間に合った。
「自信なくなりそう! あんな簡単に壊れちゃって!」
「それでも、役立っているはずだ!」
妨害できたのは一秒にも満たない時間。
それでも、巫女様はそのわずかな時間で攻撃を避けてくれた。
もっとも、致命傷にならない程度にという意味だが……。
「治療の水をすぐに!」
セファが仲間たちに指示を出し、治療の水が投げられる。
それを巫女様に使おうとしたところ、巫女様が手で制した。
「自分たちの心配をしなさい」
……たしかに、巫女様の額から派手に血は流れているが、あれは見た目以上に浅いはず。
この魔物を相手にするのに治療の水はいくらあっても足りない。
であれば、使いどころを見極めないと、このまま簡単に全滅するか。
だが……俺たちに勝機はあるのか?
「なんだ!?」
弱気になった自分の頬を両手で叩くと、セファとネルシアが驚きこちらを振り向いた。
すまん! 俺が弱気だなんてあってはならない!
自分に活を入れたつもりだったが、仲間の邪魔をしては世話ないな。
いや、突然の物音に魔物もこちらに視線を向けて……。
巫女様だけは、こちらなんて目もくれず魔物のことを……。
「悔い改めなさい」
翼から羽根を放ち、魔物へと撃ち込んだ。
神様の加護を受けているだけあり、巫女様の攻撃の一発一発はすさまじい威力に見える。
これなら魔物も……。
「ちょっと、どこまで役立たずなの? はあ……。はいはい。強化強化」
またこの声が邪魔をするか!
魔物は先ほどと違い、攻撃に怯むことはなくなった。
巫女様の攻撃を真正面から受けながら、一歩また一歩と巫女様へと近づいていく。
ここまで強くなるというのか……。俺たちでは、もはや助太刀さえできない……?
いや、こんなときだからこそ、俺のような眼中にない者が攻撃すべきだろ!
「悪いが付き合ってもらうぞ! 魔物!」
俺の動きを見て、セファも別の角度から槍を構えて飛び込んできた。
ネルシアは、気休めと分かっていても俺たちと巫女様に結界魔法を使っているようだ。
だが……策もなく無謀な攻撃が通じるなど、さすがに甘い考えだったか……。
俺はやけに周囲の時間がゆっくりになるように錯覚した。
魔物は俺たちの突撃をその身で受け、それでも大した傷を負っていない。
槍が折れた。勢いをつけすぎたせいか、その拍子に俺もセファも体勢を崩す。
魔物はそんな俺たちに腕を振りかぶり、思い切り拳を叩きつけようと……。
あ、これはもうダメかもしれない。
無理だ。瞬きの後に俺は殺される。
そうか……なら、せめて巫女様の役に立てているといいな。
この隙に、逃げてもらいたいものだ。
そんな覚悟を決めて迫る拳を見ていると、全身に寒気を感じた。
……なんだこの感覚は。今目の前に迫っている死さえも後回しになるほどの圧倒的な存在感。
それがすぐ近くに現れた気が……。
「あ、え……? なんだ?」
魔物の拳から力が抜けていく。
俺に到達する前に、魔物は拳を下ろした。
脚の力も抜けたのか、急に膝をついて脱力している。
「……あ、ああぁああぁぁ!!」
平伏。
地面に頭をこすりつけ、慟哭するかのように魔物が叫ぶ。
急な変化も気になるが、それを気にしているだけの余裕は俺たちには存在しなかった。
そこに突如現れた、圧倒的に格が違う存在について脳は全力で処理をしていたのだから。
「喧嘩、しないで」
「神様!」
巫女様の声で確信した。
神様が……俺たちの前に降臨されたのだ。