世界を管理する最弱女神は、滅びた世界をデバッグする 作:パンダプリン
恐怖で直視できませんでした。
頭を垂れたのは崇拝からではなく、その姿を目に入れないため。
そうしなければ、目の前の恐怖に飲み込まれてしまいそうだったから。
だから、巫女様の指示はとてもありがたかった。
「垂れなくていい」
そして、神様のこの指示は私の心の中を見透かされているようで、より一層恐ろしさだけが膨れ上がっていった。
だけど、指示があった以上は従わないといけない。
見ないと。見ないと見ないと……。あの恐ろしい姿の神様を……。
目の前には黒い異形。
シンプルなフォルムだけど、それに目玉や腕が生えていることで、より一層不気味に見える。
だというのに、その姿には不快感などまるでなく、ただただ恐れだけが募っていく。
私たちの女神様は、見た目はまだ美しかった。
見た目は美しく、中身は神というまるで別次元の存在であることが恐ろしかった。
でも、この世界の神様は見た目からしてわかる。
誰がどう見ても私たち人とは異なる存在。それでいて、あからさまな格上の存在。
「それで、あなたたちは?」
「は……は、は……。はいっ!」
声を出せたのは偶然だったのかもしれない。
それか、私たちの女神様のもとでの生活が、多少なりとも度胸をつけてくれていたのかも。
……いや、どちらかというと危機感かな?
答えないと死ぬ状況なのだから、黙っていてはいけないと体が勝手に動いたのかもね。
やっぱり……駄目なのかも。
崩壊した世界にいた異形の神様。
どう考えても、元居た世界の女神様のほうがまともだと思う。
あんな残忍な女神様だけど、世界は管理してくれていたし、見た目も怖くなかったから。
そうなると、今まで以上に劣悪な環境で私たちは働くってことだよね……。
機嫌を損ねたら殺される。それは今までと変わらない。
でも、きっと今度の神様は今まで以上に些細なことで機嫌を損ねると思う。
しっかりと……殺されないように学ばないと。
「いいですか? 神様はあなたたちに事情を尋ねています」
さっそくの失態……。気持ちを落ち着かせるのに集中しすぎて、神様と巫女様の声を聞いていなかった。
失敗した……。殺され……はしないっぽい? 神様は、まだ後ろで静かにたたずんでいる。
なら、すぐに私たちの状況を伝えなくっちゃ!
「なるほどね」
声を聞くたびに怖くなる。
それはアリアナとフィーネも同じようで、私たちは三人揃ってびくびくと震えることしかできない。
「私は信仰の使い道を考える。あなたは、この子たちに神殿を案内」
神様はしばらく考える様子を見せてから、巫女様に指示を出した。
た、助かった……? ひとまずは、殺されずにすんだの?
「かしこまりました。あなたたち、来なさい」
そう言いながら、巫女様が私たちをこの部屋から連れ出してくれて、ようやく生き延びたことを実感できた。
こ、怖かった……。
私たちは、女神様こそが一番怖い存在かと思っていた。
気まぐれで残忍で私たちを容赦なく痛めつけて殺す。女神様以上に怖い存在なんていない。
そんな女神様でも、感情が比較的わかりやすいだけましだったんだね……。
何を考えているかわからないのが一番怖い。
これからは、私たちはあの感情を読み取れない神様のもとで生きていくのかあ……。
「案内といっても、そこまで広くありません。神様が作業される部屋とお休みになられる部屋。それ以外は私が休む部屋しかありませんので」
「えっと……祭具や神器の置き場とかは」
「そんなものありません」
「人間から奉納された宝の置き場もですか?」
「ありません」
……ますますわからない。あの神様、人間たちから何を得ているんだろう?
女神様は、宝と生贄を定期的に受け取っていた。
宝の管理は私たち巫女の仕事の一つであり、何か粗相をしたら宝を使って殺される。
宝刀で心臓を貫かれ、聖杯に毒を注がれ飲み干すこととなり、魔石を体内に埋め込まれて破裂させられる者たちを見てきた。
「そ、そうですか」
だから、宝を所有していないということは、私たちにとってはありがたいことでもある。
神様が機嫌を損ねる要因は一つでも少ないほうがいい。
あ……でも、もしかしたら今後はまずいかもしれない。
あの神様に、アルセリアからの信仰はすでに渡っている。
私たちは何もしていないけれど、この世界に転移した時点で譲渡は完了したみたい。
たぶん、私たちは信仰心の媒介にすぎないんだろうね。
私たちに譲渡分の信仰心を一時的に付与し転移させる。
そうすれば、転移がすんだ時点で付与された信仰心は、転移先の神様のものになるんだと思う。
ともかく、もう信仰心が渡ってしまったことが問題だ。
この世界は見るからに信仰が足りないし、環境も最悪と言っていい。
そんな世界を管理している神様が、急な信仰を手に入れたらどうするか?
当然、自分の欲を満たすために使うに決まっている。
今頃あの部屋では、女神様が持っていたような宝の数々が作られていることだろう。
それを私たちに管理させ、何かあれば殺すんだろうなあ……。
「あ、あの……」
「なんですか?」
フィーネが弱々しく尋ねると、巫女様は一切の感情を乱さずに淡々と返事をする。
うう……。この巫女様も無感情で怖いね。
だからこそ、あの恐ろしい神様を目の前にしても、巫女としての仕事を全うできているのかもしれないけど。
「私たちはこれからどうすれば……」
「非常に不服ですが、巫女として神様に仕えることとなるでしょうね」
「い、いえ。そちらではなく、その……。私たちはどこで過ごせばいいのでしょうか?」
たしかに……。部屋が三つしかないのなら、私たちは普段はどうすればいいんだろう。
女神様は、一応の部屋は用意してくれていた。
部屋というか、今考えると独房と言ったほうがいいかもしれないけど……。
「……神様の部屋はあり得ません。ということは、私の部屋を使うしかありませんね」
巫女様! よ、よかった……。この人だけはいい人っぽい。
冷たい人に見えるけど、少なくとも情けはあるみたいだね。
「……はい。わかりました。ではそのように伝えます」
私たちと話している途中だったけど、巫女様は急に独り言をつぶやき始めた。
でも、誰もその姿をおかしいとは思わない。
私たちにも覚えがある。あれはきっと、神様から急に話しかけられているんだ。
時間も場所も選ばず、いきなり無茶ぶりされたことが何回あったか……。
やっぱり、こっちの巫女様も大変なんだねえ。
「問題は解決しました。次は、あなたたちの部屋に案内します」
「え、空き部屋はなかったはずでは?」
「なかったので、神様が急遽あなたたちのためにお作りになりました。大いに感謝するように」
私たちの……ために?
いや、変な考え方をしちゃ駄目だね。
きっと言葉通りの意味でしかない。
私たちが巫女として暮らすことになる以上、ちょろちょろと動き回っていたら目障りとかって意味だと思う。
だから、前の時みたいに必要な時以外は何もない冷たい部屋で暮らすだけ。
……まさか、神様の巫女となってからよりも、町で暮らしていた時の待遇のほうがはるかに良いとは思わなかったなあ。
「今日からここがあなたたちの部屋です」
「あ、ありがとうございます……」
扉が三つ。
三人で意を決したように開いてみるとそこには……。
「え?」
殺風景ではある。ほとんど何もない。
それはこの崩壊した世界であれば仕方のないこと。
だから、私は部屋とは名ばかりの床と壁だけの空間を想像していた。
でも、そこには簡素とはいえ寝床と毛布が……。
さっき見せてもらった巫女様の部屋と同じく、祭壇や姿見まである。
かつて女神様のもとで働いていたときは、寝床さえなかったのに……。
本当にささやかな部屋。ともすれば、巫女になる前の部屋よりも質素だろうね。
でも……私は、この部屋がいい。なんとなく、そう思えてしまった。