世界を管理する最弱女神は、滅びた世界をデバッグする 作:パンダプリン
「……何が起きた?」
朝、目が覚めると空気が澄んでいた。
まさか寝ぼけて神域に迷い込んだのかと焦りもしたが、そんなことはない。
周囲は見慣れた光景であり、俺は自分の寝床にいる。
ただ、見慣れた光景がやけにまぶしい。
「……空が青い」
「オルン! ど、どうなってんだこれ!」
「わからない。わからないが、いいことには違いないな!」
なら、困惑よりも喜ぶべきだろう!
と言っていると、あきれた声が二つ……。
「訳も分からないのに手放しに喜んでんじゃねえよ。もしも悪い異変だったらどうするんだ。油断だけはするなよ」
「……なるほど! たしかに、セファの言う通りだ!」
「それに、今日はあの魔物と話し合いでしょ? もしかして、向こうが先手を打ってきたとかだとしたら、浮かれていられないわよ」
「……なるほど! たしかに、ネルシアの言う通りだ!」
セファはますます呆れ、ネルシアは苦笑した。
ただ、油断せず浮かれすぎなければいい。
せっかくの良い変化なのだから、喜ぶべきところは喜ぼう!
「空気がうまいぞ! ようやく呼吸したような気がする!」
「まあ……わからなくはねえけど」
「結界で守られていたときの海みたい。地上なのに、だいぶ活動しやすそうだわ」
さあ、元気になった!
この調子で、あの魔物。……プロゴノスとの対話に臨もうじゃないか!
集落を出ようとすると、皆が何かの準備をしている。
彼らは俺たちに気付くと、魔物との交渉について応援してくれた。
しかし、また忙しそうにしている。
「何かあったか?」
「空気から穢れが消えただろ?」
「そうだな! 良いことだ!」
「だから、集落の爺様や婆様に聞いて、緑を取り戻す方法を考えていたんだよ」
ほう。それは良い。
これまでは大気が汚染されていて、緑など考えられなかった。
だが、もしもこの澄んだ空気が世界中に広がっているのであれば、それは夢物語ではなくなる。
いいな。植物に満ちた世界。きっと素敵な世界になるはずだ。
であれば、そんな世界で魔物たちと争っている場合じゃない。
「任せておけ!」
「な、なにを?」
「一部の魔物たちとの話し合いだ!」
「あ、ああそういうことか。そうだな。悪いがそれはオルンとセファとネルシアに任せる。頼んだぞ」
「任せておけ!」
ん? そう言ったばかりだったな。順番を間違えたか。
仲間たちと話をし、俺たちはダンジョンへと向かった。
やはりここにくる道中も空気に汚染は見当たらなかった。
もはや、汚染耐性がなくとも活動できる。
ということは、だ。
これは神様の奇跡に違いない。こんなことできるのは、あの神様しかいないはずだ。
あの神様……。脳裏に黒く不気味で目玉と腕を生やした神様が思い浮かぶ。
……うん。あれだ。思っていたよりも親しみがある見た目だな。そんな気がする。
「オルン。ボケっとすんな」
「っとすまない」
魔物に襲われたため、迎撃する。
こちらが動かなかった場合、セファが対処してくれたことだろう。
彼は隙なく槍を構えているからな。
「にしても、話し合いのはずなのに普通に魔物が襲ってくるのかよ」
奥まで進んでも魔物は襲い掛かってくる。
その都度三人で倒していくが、さすがに苦戦はしないな。
プロゴノスという恐ろしい敵と、異世界の女神という規格外を前にしたからか。
あの大型の魔物が相手だとしても、今なら落ち着いて戦えるはずだ。
「その程度の魔物の処理など不要かと思ったが、気を利かせておくべきだったか?」
「……いらねえな。いまさら、この程度の相手どうってことはない」
「だろうな。そうでなくては、今日の話し合いなど意味はない」
ダンジョンの最奥。……最奥か?
なんか、もう少し奥がある気がするが、まあそれはいい。
ともかく、行き止まりと言える場所でプロゴノスが待ち構えていた。
「あのでかい魔物は連れていないのか」
「というか、ここにくる道中でも見かけなかったわね」
「あれらはこれから同胞を増やすために役立つ。無駄遣いするのは惜しい」
「仲間が増えるのか! よかったじゃないか!」
プロゴノスはきょとんと俺のほうを見た。
なんだ? 合っているだろう?
セファは軽くにらみ、ネルシアも苦笑している。
「オルンはいつもこうだ」
「そうか。前向きだな。病的なほどに」
まさか病扱いされるとは。
前向きでなければこの世界ではやっていけない。
気持ち一つで前に進めるなら、皆前向きになるべきだと思うんだがなあ。
「だが、そのおかげでこんな世界で生き延びている」
「そうね。オルンがいなかったら、翼人たちもっと暗かったでしょうし」
「なるほどな。いい人材だ。まだ俺しかいない魔族にとっては、どんな人材もうらやましい」
魔族。プロゴノスは魔物ではなく魔族を自称した。
いや、自称ではなかったな。たしか、神様につけてもらった種族名なのだから。
そして、それが今日の話し合いの場を設けた切っ掛けでもある。
「遅くなったが、まずはあの邪神との戦いご苦労だった」
「お前の部下になったわけじゃねえぞ」
「労うのはかまわんだろう」
「……好きにしろ」
邪神というのは異世界の女神のことだ。
この世界を滅ぼすため、プロゴノスを利用した。
しかも、この世界の神とも敵対している悪い神だ。
「貴様たちも見ただろう。世界に仇なす邪悪な女神と、この世界を守らんと立ち上がった我らの神を」
「見た目は……想像と逆だったけどな」
「セ、セファ……。巫女様に怒られるわよ」
「それ以前に神の冒涜は俺が許さん」
「このくらいの軽口は許せよ」
たしかに、すさまじい見た目ではあった。
いや、やはりよく考えれば愛嬌があると思う。いいじゃないか。俺たちの世界の神様。
「……その神様が、魔族と翼人と海人族が争うことを憂いている」
「らしいな。信じられねえけど」
「神の言葉を疑うか」
「そういう意味じゃねえよ! それだけ予想外だったって意味だ!」
セファがプロゴノスにたびたび絡まれる。
……なるほど! 巫女様に少し似たな。プロゴノスは!
「……だから、以前のように遭遇するだけで殺しあう関係をやめるべきだ」
「それは……。俺たちにとっては良い知らせではあるが……。メリットばかりでもないな」
「ほう?」
「俺たちは、神様の力で日々の活力を取り戻していた。具体的には魔物を食料とすることでな」
「……」
「文句は言わせねえぞ。お前ら魔物だって、俺たち翼人を食い物にしていたんだからな」
プロゴノスは黙ってセファの言い分を聞き入れている。
同胞が殺されているのはお互い様というわけだ。
だからこそ、こうして穏やかに話をしていること自体が実に不思議だ。
「かまわん」
だが、プロゴノスの反応は予想の斜め上をいっていた。
「は?」
「か、かまわないって……。私たちが言うのもなんだけど、仲間なんでしょ?」
「仲間ではない。俺のルーツではある。それだけだ」
「だが、あのでかい魔物を従えていなかったか?」
「あれは、これから俺の同胞へと進化する可能性を秘めた者たちだ。扱いが少々違う」
そういえば、プロゴノスを初めて見たときに思ったな。
あのでかい魔物は強化された魔物同士が共食いした個体であり、プロゴノスはさらにそのでかい魔物から強くなった個体なのではと。
つまり、これからもプロゴノスのような存在が増える可能性がある、ということか?
「魔物同士喰らいあえば、貴様らが知る巨大種となる。そして巨大種同士で食い合えば、俺の同胞へと進化する可能性がある」
「……ってことは、やっぱりお前の仲間じゃないのか? 魔物って」
「俺の仲間は俺と同じく魔族となった者だけだ。それ以外は好きにするがいい」
「割り切っているのね」
「神様もおっしゃられた。魔物は増えすぎたと。ならば、それを間引くお前たちを俺は咎めるつもりなどない」
なるほど。つまり、プロゴノスにとって魔物はあくまでも仲間ではないということか。
従わせることもできるが、それで魔物を増やし続けては神様の意にそぐわない。
であれば、翼人にはむしろこれまで通りに魔物を狩ってもらいたいといったところか。
「もっとも、貴様たちがもう魔物と関わりたくないというのであれば、俺が間引くまでだがな」
「舐めんな。倒さないと結局餓死するんだ。お前と敵対してでも狩ってやるさ」
「ならば、俺の話に乗るということだな?」
「魔族と翼人と海人族で、争うことをやめるって話ね……。私としては、魔物以外の敵なんてごめんだし、助かる提案ね」
「……いいだろう。お前の提案に乗ってやる。プロゴノス」
何かが変わろうとしている。
邪神を退け、プロゴノスたちとの争いも終わり、何よりも汚染が消えている。
俺たちは、もしかしたら歴史の転換点に立っているのかもしれないな。