世界を管理する最弱女神は、滅びた世界をデバッグする 作:パンダプリン
「どうしたの?」
ネルシアが神妙な顔で尋ねることだ。
きっと何かよほど重要なことがあるに違いない。
なんだろう?
「問題が起きた?」
空気の穢れのデバッグが終わったから、海を穢す存在もなくなったはず。
そりゃあ海そのものの浄化はまだできてないけれど、地上みたいに海の中の生物が時間をかけてうまくやってくれるはずだよね。
そもそも、追加の穢れが出ないって時点で海の中は海の中でだいぶ変わっている。
「い、いえ。おかげさまで海の中は以前とは比べ物になりません」
「だよね」
「空気からの汚染がなくなったため、海での活動時間が増えました」
そうそう。
水の中で強くなるようにした海人族だけど、全力を出し続けると汚染にちょっと負けそうになっちゃう。
だから、体力の消耗がけっこう多かったんだよねえ。
でも、それは今ではだいぶ改善できている。
「そのおかげで、海の魔物の数は確実に減らせており、私たちの生活圏は広がりました」
「うん」
全力を出せる時間が増えたということは、魔物たちとの戦いも優位になるということ。
ネルシアはオルンたちのところで学んだことを活かし、魔物を確実に退けることに成功している。
まあ、ネルシアが転移したのはシュリーの仕業なんだけど、そこだけは感謝しておくとしよう。
……あ、そこだけじゃなくて、プロゴノスもか。
「海での活動時間が広がり、生活圏も広がったことで、子供たちが安心して海で遊べるようになりました」
そうそう。
さすがにずっと安全な場所で閉じこもっていたらかわいそうだからねえ。
未来の海人族を担う子供たちは、今は海から様々なことを学んでいる。
「そして何よりも……。魚が戻ってきました」
そう。これがやっぱり大きいねえ。
地上での動物たちと同じように、海では魚や海底に住まう生物たちも徐々に増えてきている。
いいことだね。陸も海もしっかりと世界は再生できているのだから。
でも……そうなるとわかんないなあ。
ここまで喜んでくれているのに、海人族たちになんの問題があったんだろう?
「そ、それで仲間たちから聞かれていることなのですが……」
ちょっと緊張してきた。
魔物関連ではないだろうし、いったいどんな問題が……。
もしかして、またシュリーのときみたいに他世界の神が関与してたらどうしよう。
「ここまで私たちをお救いくださった神様。その御名前を伺って奉るべきなのでは? という意見が出ていまして」
「……不敬。いえ……。畏れ多くも。……う~ん」
リオラがすごく困ってる。
彼女の中では、私の名前を聞くことが不敬という気持ちと、神である私をもっと崇めたい信者は正しいという気持ちが、揺れ動いているんだろうねえ。
まあ、私としては名前を教えることはかまわないよ。
でも、発音できないと思うんだよねえ。
「リオラ。私の名前、言ってみて」
「よ、よろしいのでしょうか!?」
「うん」
「ええと……。—ァギ様」
う~ん。やっぱそうなっちゃうかあ。
ナギって言葉だけど、発音が彼女たちには難しいらしい。
な。という言葉自体は彼女たちに使えるけど、神の名前になるだけで色々と勝手が変わるんだろうねえ。
「ァギ様……ですか」
「実はそれ名前の一部」
「そうだったんですか!?」
ネルシアよりもリオラが驚愕する。
まあそうだよね。システムというかステータスにはナギの加護としか書いてないし。
私の名前がその二文字だと思っても無理はない。
ここでネルシアに全部の名前を教えてもいいんだけど、リオラが悲しみそう。
最初に名前を教えるのは自分であってほしいと考えていそうだし、私自身もそうしたい。
ということで、私の名前はリオラに教えて、リオラから他に伝えてもらうことにしよう。
「
リオラが感動で打ち震えている。
いや、名前を名乗っただけだから、そこまで大げさにしなくていいんだよ?
泣きそう……いや、我慢したっぽい。偉いね。
「ャスゥラァギ様」
……ま、発音はしょうがない。
でも、久しぶりに本名を読んでもらえた気がするなあ。
なんかこっちもちょっと嬉しいね。
「いい子」
「あ、えへへ」
思わずリオラの頭をなでてしまうくらいには、私は嬉しいと思ったみたい。
リオラはしばらく私に甘えた後、思い出したように表情を変えてネルシアに向き合った。
「聞いていたでしょうがもう一度伝えます。ャスゥラァギ様。それが私たちの偉大な神様の御名前です」
「ありがとうございます。ャスゥラァギ様。リオラ様。その尊い御名前、私たちの仲間にも伝えさせていただきます」
「いいよ」
まあ、神様って呼ばれるよりも親しみがある気がするからね。
そうだ。海人族だけじゃなくて、翼人や魔族にも教えてあげるのもいいかもしれない。
「用事は終わり?」
「はい! ありがとうございました! これからもャスゥラァギ様への信仰は欠かしません!」
「日々の祈りを忘れてはいけませんよ」
あ、リオラが良い助言をしている。
そうだね。そういうのがあると助かる。
やっぱりリオラは頼りになるなあ。
◆
「ただいま」
「お帰りなさいませ神様! リオラ先輩!」
出迎えてくれた巫女見習い。
だけど、リオラはそんな彼女たちにちょっと優越感がありそうな顔をしていた。
「アリアナ。それにセレスとフィーネも。神様ではありません。ャスゥラァギ様です」
「……もしかして、それが神様の御名前でしょうか?」
「そう」
いや、そうじゃないんだけどね。
まあ、いいよいいよ。みんなが呼びやすいように呼んでくれたら。
リオラは私の本名を知れたのがよっぽど嬉しかったのか、この後オルンやプロゴノスたちにまで、私の名前を教えにいった。
「そこまではよかった」
そう。そこまではよかったんだけどねえ……。
『何!? 神様の御名前だと! ャ……ャスーラァギ様?』
『はい。ャスーラァギ様は寛大な神様です。私たちでは御名前を正しく発音できないだろうと仰ってくださいました。なので、呼べる範囲で奉るように』
ちょっと変わったね。
『ふむ……。ヤスーラギ様』
『はい。ヤスーラギ様です。心に刻んでおきなさい。プロゴノス。そしてダスカロス』
うん。しょうがないよね。
言いやすいほうに流れていく。それは私も理解できるよ。
『神様の御名前をお教えいただけたそうよ!』
『ヤスーラァギ様か。素晴らしい御名前だ』
『ャスラギ様ね。ええ、覚えたわ』
『決して忘れないようにヤスーァギ様の名を語り継ごう』
いや……。語り継ぐにしてもどれ!?
みんなそれぞれ、ちょっとずつ違うんだけど!?
いや。しょうがない。この子たちではうまく発音できないんだ。
じゃあ。きっとそのうち、発音しやすい最適の言葉に収束するはず……。
『ヤスらぎ様』
『ヤスラギ様』
『やすらぎ様』
……や、安らぎ様!?
な、なんかもはや別の意味の何かになってんだけど!
い、いや……この子たちが言いやすいならいっか。
うん。大丈夫大丈夫。本名をしっかりと崇める必要はないし。
私と認識している名前を崇拝してくれる。信仰なんてものはそれでいいのだ。
「伝えてきました! やすらぎ様!」
「……」
だって、もうリオラが普通にやすらぎ様って呼んでるもん。
じゃあ、他の子たちに直せって言うのも酷ってもんだよ。
「そう。いい子」
「えへへ。やすらぎ様~」
うん。安らいでるねえ。
案外この子の願望が私の名前につながっていたりして。
そんなことをなんとなく考えながら、私はリオラのことをたっぷりと褒めてあげるのだった。
こうして私は、この世界の管理女神やすらぎ様になるのだった。