The flower which has died   作:ミスターK

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1話

「君に引き取ってもらいたい子がいる。そのことを話したくて今日君を呼ばせてもらったよ、千冬君」

 

「........私が、ですか?」

 

千冬。そう呼ばれた女性は整ったその顔に戸惑いの色を浮かべた。自分が引き取って育てていけるか以前に、まだ20歳になったばかりの年端もいかない一介の小娘でしかない。

自立しているとはいえ、そうやすやすと「はい、わかりました」とは言えるようなことでは無かった。

 

「それに、私は子供と関わるのは得意ではないです。むしろ人と関わるのが苦手と言うのが正しいかもしれません。それなのに何故?」

 

初老を迎えているであろう男性は、その返答が予想していたらしく、軽くうなづくと優しい口調で口を開いた。

 

「君が一番の適任だからと感じたからだよ。君のそういう所を全部踏まえて、ね。一人の子供の大切な未来がかかってる。軽い気持ちで決めたりなどは絶対しないさ。それは分かってくれるかい?」

 

「.........はい」

 

「でも、強要はしないと約束しよう。君にだって生活というのがある。子供を育てるのは途方も無い苦労がある上に、無論お金だってかかる。だから、よく考えて決めて貰いたい。しつこいかもしれないけど、生半可な決断では余計に彼が苦しむだけになってしまうからね」

 

「...........................」

 

彼、板橋敏則に幼い頃に救われていなければ、確実に今頃は生きてはいないのは想像に容易くない。こうしてどうにか自立するまで立派に育ててくれた。だからこそ何か恩返しがしたいとは思っていた。

子供を引き取るのはどちらかといえば嫌というわけではない。国家代表として稼いだ額は一人で生活するには腐るほどあるから、金額に関しては全く問題がない。人と関わるのが苦手だったとしても、施設ではそんなことも言えずに下の子の面倒も見てきた。

これが少なからず恩返しになるというなら引き受けるのだが、やはり私でいいのだろうかと思ってしまう自分もいた。

 

「今すぐには返事は出せません。しばらく考える時間を下さい」

 

「あぁ、もちろん最初からそのつもりだよ。じっくり考えてきちんとした答えを出すといい」

 

優しく言い聞かせるように敏則は言った。いつまでも変わることのないその優しさ。しかし、まっ書く変わらないというわけでもなく、久々に会った敏則の頭に白い毛が目立ち始め、皺も増えていた。

それを見つけた時、なんとなく引き取ってもらいたいと頼んできた理由が分かった気がした。

そして分かっていながらも、理由を聞かずには入れなかった。

 

「......一つだけ聞かせてください。何故私が適任なんです?私の全てを踏まえてとは言いましたけれど」

 

その問いに敏則はすぐには答えなかった。普段の朗らかな笑みは消え失せ、硬く口を閉じて眉間にしわを寄せて黙り込んだ。

言っていいのか否なのか、悩んでいるように。対する千冬も何も言わずにただ待った。

 

「............君と全く同じだった。あの時の、あの時の初めて会った時とね」

 

「............!」

 

やっと紡がれたその言葉は、衝撃的で言葉を失うのには十分すぎた。

 

「誰とも関わろうとも、こころを開こうともしないんだよ彼は。輝いている子の目とは程遠い、濁りきった色のない目をしている。どれだけ手を尽くしても心を開いてくれないし、笑いすらしないんだ」

 

力なく笑うその顔には疲労の色があった。

 

「誰も迫る年には勝てなくて、僕もその一人でね。自分でも衰えたのがよく分かるよ。僕ではもう君の時のようにはいかないし、彼の気持ちを理解することも出来なくなった。だから、かな?不意に君ならもしかしたら、とね」

 

「...............」

 

「同じだった君なら、彼の心を理解してあげられるかもしれない。それが君が適任だと思った理由さ」

 

「.....そう、ですか」

 

出来るならば今すぐにでも引き取ると言いたかった。

だが、それはきっと出来ない。こんな生半可な決断では許してなど貰えるわけがない。

自分の事よりも子供達のことを最優先に考える彼だからこそだろう。

これじゃあ言う通り引き取る子供を苦しめるだけでしかない。

どれ程辛いかなど、自分自身が経験しているからこそ痛いほど分かっている。

不意に敏則の顔を見つめた。

苦労のせいか歳よりも老けて見え、疲れ切っているかのように思えた。

 

「....疲れているんじゃないですか?少しくらい休んだほうが良いと思います」

 

顔も知らない親の代わりに、本当の親以上の愛情を注いでくれた敏則に、自然と意識するまでもなくそう言っていた。

幼い頃は分からなかった、この歳になってようやく理解できたその生き方。

そのお礼を込めて。

 

「大丈夫だよ、僕は。君や、子供達を育てるのは確かに大変だったかもしれない。でも、別にこれは仕事でも、義理でもない僕個人の思いだ。立派に育って欲しい。そんな思いがあるからね。それに僕は無邪気に笑ってくれる子達の笑顔が何よりも好きでね。その笑顔を見ると今日も1日頑張れるんだよ」

 

帰ってきた答えは予想していたものとは違ったが、だかそれは敏則らしい答えだった。

 

「でも僕ももう年だから、気づいていなくても疲れているんじゃないかって思うけど、こんなところでへばるわけにはいかないさ。確かにこれ以上新しい子を受け入れるのは厳しいのかもしれない。でも、今いる子達を立派に育てあげて飛び立たせるまでは絶対に投げたしたりなんてしないさ」

 

強い意志が込められた思いを感じ取り、ただ千冬はうなづいた。

 

 

子供はね?花の種のようなものだよ

 

 

いつかの、自立し独り立ちするためにこの施設から出て行ったあの日。

その日に言われた言葉を不意に千冬は思い出していた。

敏則がどれだけ子供のことを大切に思っているか分かる言葉を。

 

 

花の種はきちんとした土に埋めてちゃんと水を撒けば、しっかりと根を張って綺麗な花を咲かせるだろう?

子供も同じだよ。

親がしっかりと守って、水と言う名の愛情を込めて育てたなら、いろんな可能性がある花を咲かせてくれる。

親は子供を選ぶことができる。だけど、子供は親を選ぶ事なんて出来ない。この言葉はよくできていると思うよ。

そしてその花をうまく活かすか生かさないかは、社会の大人達の責任だ。

不良は落ちこぼれだ必要ない。そういう大人がたまにいるけど、僕はそれは違うと言いたいんだ。

可能性という名の花を枯らせてしまったのはあなた達だろう、とね。

せっかく子供達が頑張って咲かせた花も、腐った社会の大人達が枯らせてしまったらもう終わりなんだ。

花を枯らすのは簡単だろう?水を肥料を与えなければいいだけ。

でもその逆は?

枯れてしまった花を再び綺麗に咲かせることができると思うかい?

答えは否さ。枯れてしまったらもう元には戻らない。

ただ、芽吹く前だったなら、まだ花を咲かせてくれるかもしれない。

それは大人にはない子供達の特権さ。

だから僕は思うんだ。

しっかりした親なら問題ない。ただ親がしっかりしていなければ、花を咲かせることができないまま、社会に出されて途方に暮れてしまう。当たり前さ、可能性がないんだから。

社会を見ればよくわかるよ。

誰もがイラつき、暴力事件も多い。あってはならない虐待も治まる気配もない。

でも、そんな人たちも被害者でしかないんじゃないかな。

きっと彼らにも花はあったのだろうね。社会に出て枯らされてしまったのか、虐待を受けていびつな花を咲かせてしまったのか僕には分からない。

かわいそうな人たちだよ。

この世界のみんながみんなが被害者であり加害者だ。

だからせめて君だけでもその綺麗な花を枯らさないで欲しいと願ってる。

辛い思いをしても、それでも咲いたその花は何よりも強いだろうと思う。

でも、無理のしすぎはいけないよ?

辛くなったり、苦しくなって逃げ出したくなったらいつでも帰ってくると良い。

僕はずっとここでこの家を守っているからね。

もう君はここで生活をしないのかもしれないけど、ここは君のこと家なのは変わりようのない事実だから。

 

 

 

 

今でも一句一句思い出せる程に記憶に残った言葉。

しつこいのかもしれない。でも、外見は変わってきても、その内に秘める思いは変わらない。

それがたまらなく嬉しいと千冬は感じていた。

 

「....私に引き取らせてください」

 

気がつけばそんな言葉をもらしていた。

 

「いきなりどうしたんだい?直ぐに返事は出来ないと行ったはずだけど」

 

「恥ずかしい事ですが、私でも何故だか分からなくて。ただ、私が引き取るんだという思いだけはあるんです」

 

「.......そうか。単純すぎるけど、君の目は本気のようだからね。君に彼を任せるよ」

 

実際にはたった数分もなかった時間なのに、何時間にも感じたじかんの末の答え。

それに千冬はただうなづいた。

 

「ただこれだけは覚えておいて欲しい。君一人で育てていくというわけじゃないというのはね。僕だって出来る限りのことはする。彼はもう僕の大切な子だからね」

 

そして。

そう敏則は続けた。

 

「彼には同情してくれる人でも慰めの言葉をくれる人などいらない。利害や思惑など一切なく欲してくれる人。そんな人が彼には必要なのかもしれないと思う。よろしく頼んだよ」

 

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