The flower which has died 作:ミスターK
次に目が覚めたのは、丁度5時間終了のチャイムが鳴った時だった。
「あ、授業...............」
本当のことを言ってしまえば、別に授業に出る必要なんて全くなかった。
結局のところ委員長との約束は所詮口約束。律儀に守る理由なんてどこにも無い。
だけど、何故か足は教室へと向かう。
不思議なものだった。
正直なところ未だにあいつらの事は嫌いで仕方ないのだが、教室にいるくらいならいいかなと思う俺もいる。
何でかなぁ。
そこまで考えたところで止めた。
これ以上考えたって無駄でしか無いだろうし、疲れるだけだ。
取り敢えず授業に出る事だけ気にしてればいいだろう。
「...............やべ。教室どこだっけ」
数分後。
俺は完璧に迷っていた。
中学生になってまで迷子か...............
結局、教室にたどり着いたのは授業が半分も過ぎた頃だった。
教室の中では当たり前のように授業を受けている奴ら達。
肯定したわけでは無いのだけれど、悪い事しちまったなと罪悪感を覚える。
委員長の事だから、始業のチャイムがなっても俺が教室に戻らなかった事にショックを受けたかもしれない。
だが、今からでも遅くはないはず。約束通りではないにしろ来たのは来たのだから。
やっちまったなと、思いながら教室のドアを開けた。
一斉に俺に突き刺さる視線。
そして張り詰めたように固まる教室の空気。
「遅刻しました」
「...............早く席につきなさい。授業が進まないでしょう」
言っている事はまともな教師なのだが、苛立ちを隠そうとはしてない。
まともな事言うくらいだったらまともな行動をして貰いたいものだ。
こんな風に中途半端なことされる方が苛立ちを覚えなくて済むというのに。
まぁ、俺がそんな事言ったところで何かが変わるわけでもなく。
かと言ってここまま突っ立って何か言われるのも癪なのでおとなしく席に着いた。
窓際最後列。
そこが俺の席。
このクラスが丁度3階に位置してるのもあり、窓の外の眺めも良好。
とても良い席だろうと思う。
後ろからの視線の集中砲火にストレスを感じる事もない。
「...............ほら、よそ見しない。教科書6ページの例題を5分あげるから解いてみて」
もう授業が終わりに近い今、真面目に受けても無駄なので、ただ窓の外を眺める。
こういう時には寝るという選択があるのだが、生憎さっき十分寝たばかりなので眠気なんてなかった。
寝なければ良かったと後悔するものの、今更何を後悔するんだかと思う俺もいる。
ま、過ぎた事にあーだこーだ言ったって何も変わらないんだけど。
とは言え、ただぼーっとしているのも中々苦痛ではある。
何だか知らないが、このクラスは比較的真面目な奴が多いらしく喋っている奴らがまっっったく居ない。
前の学校とは大違いだ。
まぁ、これが当たり前なのだろうけれど、更々授業を受ける気がない俺にとっては結構死活問題ではある。
少々バカバカしい話だが、耳に入ってくるこそこそ話に意識を傾けるだけで割と暇つぶしになるのだ。
が、だーれも話やしないのでしかたなく教師の話に意識を傾ける。
覚える気など微塵もないが。
「チャイム鳴ったし今日はここまで。掃除も何も無いから、このまま帰ってよし」
聞きたくもなかった教師の話に耳を傾けることしばらく。
どうやら授業は終わりのようだった。
さっきまでの静けさが嘘のようにざわつき、教室から出て聞く奴、おしゃべりに夢中になる奴、律儀に復習をする奴。
多種多様の放課後の光景が広がる。
(これが普通の学校ってもんか)
今まで通ってきた学校は、やんわりといえば比較的下の方、遠慮なくいえばただのバカ学校だった。
授業を、真面目に受ける奴など皆無。
服装もこうそくを守らない奴らばかりで、制服を改造したり髪を容赦なく染める奴。
なかには某スーパー戦士の奴らかと思うほどツンツン野郎だっていた。
まぁ、一言でいえばとんでもなかった。
むしろそんな奴らばかりだったからか、俺でさえぶっちぎりの学年トップの秀才なれたのだが。
全教科2点とか言っていた奴がいたけれど、そいつは今まで何を学んできたのか知りたかった。
それにあのなかでは逆に俺が浮いていた。
今もある意味変わらないけども。
「...............バスまでまだ30分か」
なんとなく時間を確認してみれば帰るにはまだまだ早いらしい。
比較的都会なおかげでバスの数は多いためにそこまで神経質になる必要は無い。
ただ、住んでいる町からは遠いため、具体的に言うと隣の県をまたいで通学しているためにどうしても時間がかかってしまう。
どうせ家に帰ったって誰も居ないので急ぐ必要は無いのだが、かと言って遅くまでほっつき歩くと、帰るのが遅くなりすぎて下手すれば日をまたいでしまう可能性だってある。
それだけは流石に勘弁な訳で。
「...............帰るか」
ゆっくりと歩いて景色でも眺めてれば30分なんてあっという間だろう。
そう思って重い腰を上げた時だった。
「おい。お前新入りのくせして生意気なんだよ。ツラ貸せや」
「...............は?」
目の前には5人程度の明らかな不良ども。
上靴の色を見る限り上級生もいるらしい。
意識を切り替えてあたりに注意を向けてみれば教室のドア2つにも明らかにこのクラスでは無い奴が居た。
どうやら完全に包囲されたらしい。
教室に取り残された不運な奴は自ずと不良どもから距離を取っていた。
そのなかには明らかに現状を理解できず困惑している委員長の姿も。
「悪いけどツラ貸してる暇ないんだ。そこどいてもらえるか」
「んだとコラァ!?ざけてんじゃねぇぞ!」
「...............はぁ」
どうやら穏便に済みそうには無いらしい。
むしろ向こうがやる気満々だった。
なんでこんな奴が3年にいるんですかねぇ?
「オラァ!死にやがれ!」
目の前の奴が拳を振り上げた。
普通の奴だったらビビるほどにその姿は威圧されるほどの迫力があった。
迫力だけだったが。
「危ない!」
振り上げられた拳はやがて振り下ろされる。
当たり前のこと。
蛇口をひねれば水が出るくらいに当たり前のことだ。
どうやら狙いは顔面、詳しく言えば頬のあたりらしい。
パァン!という音とともに俺の頬に予想通りぶち当たる。
殴った奴はやったと言わんばかりの顔。
委員長は見ていられなくなったらしくうずくまった。
「はっ!ざまぁみやがれ!俺に楯突くからだ...............き、効いてねぇだと?」
「...............全く。腰も入って無いヒョロヒョロパンチだな?もう少しまともに打て無いのか?」
頬に当てられた拳を離さないように握り返し立ち上がる。
スイッチが切り替わったかのようにクリアに、感覚が研ぎ澄まされていくのがわかる。
敵は7人。
目の前に1人。
その後ろ約1メートル前後に2人。
俺の右側を立ちはだかるようにいる2人。
そして前後のドアを塞ぐように立つのが2人。
「ぐっ!手ェ離せ!痛ェんだよ!」
ベキベキと、骨が砕け散りかね無い力で握り返しているのだから当たり前だった。
無論タダで放してやるつもりは無い。
「...............お前らが先に手を出した。正当防衛だ」
ズドンッ!!と目の前の上級生の顎めがけて正確無慈悲に寸分の狂いなく拳を叩き込む。
自惚れでもいいが、まず素人じゃ捉えすことすらできない、金属バットで殴られたようだと評された速度と重さを持った拳は容赦なく顎の骨を砕いた。
比喩なく数メートル吹き飛んだそいつは、微かな呻き声を上げるだけで動かなくなる。
死んではいないだろうが、まず動けないだろう。
「面倒だ。まとめてかかってこい」
「...............くそがァァァァァ!」
馬鹿みたいに腕を振り上げてそいつは突っ込んできた。
普通ならば一瞬の出来事も、今だと何時間にも思えるほどゆっくりと見える。
「...............」
パンチを打ち込む時は姿勢が良くならない限り、絶対に強いものは打てない。
逆に言えば姿勢さえしっかりしていれば、拳を叩き込むのに腕力などたいしていらない。
膝を柔らかく落とし上下運動いつでもできるよう体制を整える。
その際足は前後に軽く開き、決して平行立ちにはなってはいけならないことだ。
拳は小指から親指の順に硬く握ること。
決して親指を包むように握ってはいけない。
さもなくば怪我をするのは自分自身だ。
握った拳を構える際に突き出しすぎない。
自然な感じにするだけで、よけいなことなといらない。
だだそれだけで姿勢は取れる。
「ふっ!」
「がはっ!?」
あとは正しい打ち方をするだけだ。
腕力に任せて打つのは決してしてはいけないということは、心得がある人なら少なからず知っていることだろう。
そんなことをすればただ、腕に負担がかかるだけの強くもないものにしかならない。
必ず腰の回転を加えることを意識する。
左足を引いたなら左腰。
右足を引いたなら右腰を前に突き出すように回す。
パンチとはその回転に腕を乗せるようなイメージで打つ。
たったそれだけのこと。
そんなこと?
そう思うかもしれない。
だが、それが基礎中の基礎であり最も意識しなければならない、最重要と言っても過言ではない。
これが出来ないものは、言い方は悪いが才能がないとされて最前線に立つことは決して出来ない。
逆に出来るのであれば、果てしない努力の末に才能を芽吹かせることのできる可能性がある。
しかし、あくまで可能性があるというわけであり、全員が全員出来るとは言えないのだが。
「な、なんなんだよテメェは...............!?ば、バケモノめ!」
「ふん」
壁に背をつけもはや戦意喪失したやつにでさえ本気の一撃を叩き込んだ。
わき腹に突き刺さったそれは、容赦なく肋骨をへし折り意識を刈り取る。
崩れ落ちるそいつをながめても、何度も思わない。
普段なら見逃したかもしれなかったが、今の俺にそんな情けなど無かった。
腰の回転、そしてその回転にうまく乗せたその一撃は、打ち込んだ本人のほぼ全体重が拳のわずか一点に集中する。
それは体を鍛えるとは無縁の素人にとっては、下手したら殺しかねない過剰な攻撃(オーバーキル)となりうる。
「...............」
気がつけば1人を残して残りの奴らはみな地にひれ伏してピクリともしなくなっていた。
「何者だよあいつ。強すぎるだろ...............」
誰かがぼそりとこぼしたその言葉。
それには明らかな畏怖の念が込められていた。
だが、俺は。
俺は強くなんてないと心から言いたかった。
ちっぽけで弱い俺を守るためだけの強さであり、それはただのエゴイズムでしかない。
戦隊ヒーローのような自分ではない、弱き者を守る為の正義の強さとは無縁の、寧ろ真逆とすら言えるものでしかない。
ただ、力があるだけの暴力でしかなかった。
勿論、この力を誰かを助ける為に使った事など一度もない。
喧嘩を売ってくる不良どもを叩きのめす為だけにしか使った事しかない。
そんなものが強さだとは到底、思えなかった。
「...............この野郎!散々コケにしやがって!こいつがどうなってもいいのか!?」
声のした方に視線を向ければ残ったやつが、カッターナイフを女子生徒の首筋に当てていた。
その姿は追い込まれて、無駄な抵抗を続ける強盗のような哀愁が漂っている。
もっと言うなら、その女子生徒は委員長な訳で。
俺みたいなやつに気を使うわ、こんな事に巻き込まれるわ、挙句人質に取られるわで、つくづく運のないやつだなと思う。
「た、助けて...............」
間近に突きつけられた、今すぐにでも命を奪いかねない凶器に委員長は震え、目尻には涙がかすかに浮かんでいた。
俺の暴力を自分を守る為にしかつかった事がないとはいえ、助けてと言われて見過ごせるほど俺は強くない。
それになんだかんだで少しばかり世話になったのにそんな事は余計にできない。
「...............おいおい。委員長さんは関係ないだろ?放してやったらどうだ?」
「黙れっ!テメェがふざけてるのが悪りぃんだ!黙ってやられてれりゃ良いものを!」
「ふぅん?“なら殺ってみろよ?”」
「...............は?」
「だってそうだろう?お前みたいなやつにごめんなさいなんて死んでもやだね。だから、殺ってみろよ。俺が降伏しないと委員長のこと殺すんだろ?」
え?
と言うように絶望したような顔の委員長に大丈夫だ、と口パクで伝える。
どうやら伝わったようで絶望の色はなくなったがイマイチ理解が出来ていないようだが、今は誤解が解けただけで十分だ。
「近づくんじゃねぇ!殺すぞ!」
そいつの静止を気にもとめず、ゆっくりと、威圧するように距離を詰めてゆく。
カッターナイフを握るその手は遠目からでも分かるくらいに震えていた。
「...............本当に殺そうと、殺されたことも無いくせにな?」
「この!うわあああああっ!」
耐えられなくなったのか、委員長を突き飛ばし、カッターナイフを振り上げながら、さっきのやつと同じように馬鹿一直線に突っ込んできた。
常人だったら自分を殺すであろう凶器を向けられた時、本能的に尻込み恐怖するもの。
だが、俺にはそんなこと無意味だ。
幼い頃からそういった類の虐待をすら受けてきた俺にとってそれは見慣れたものであり、同時に俺の体に二度と消えない傷を残した物の一つ。
もう、恐怖を感じることは無い。
ただ、そこらへんに落ちているような石のようにしか思えなかった。
切られる痛みにも慣れた。
「ばーか」
振り下ろされたカッターナイフを持つ手を右手で掴みそのまま肘で顎を突き上げーーーー
「ハイ喧嘩はそこまで。カッターナイフを持ち出すだなんておねーさん感心しないよ?」
ーーーーる寸前に肘は止められた。
横槍を入れてきた奴が、後コンマ一秒遅ければ当たっていたくらいのギリギリで。
「君もチョーっとどころじゃ無いけどやり過ぎだよねぇ?」
「...............げっ」
「(にこっ)」
そいつは満面の笑みを浮かべながらそう言った。
だが、それは天使の微笑みなどではなく、死神のソレ。
ここ暫く絶対に会いたく無いランキングぶっちぎりのトップの奴が目の前に。
「...............あ、悪りぃ。そろそろバスの時間がーーーー」
「なーに言ってるのかなぁ?バスはとっくに行っちゃったけど?」
俺の本能が逃げろと、ここにいてはいけないと警告を煩いくらいに鳴らし、それに逆らうことはしない。
荷物まとめ選手権があったのならば、ぶっちぎりで優勝できるだろう速度でまとめ教室から出て行こうとした。
しかし、そんな俺にかけられたのは無慈悲なる現実。
「どこに行こうとしてるのかなぁ〜?」
ぽんと肩に置かれた手。
油の切れた機械のように振り返ると、そいつの額にははっきりとわかるほどの青筋が浮かんでいた。
「この間は逃げられたけど、今日ばかりは逃さないからね。
ーーーー御崎一夏くん?
底冷えするほどの冷たい死神の声だった。
「あはは...............そ、そうっすか」
これは大変なことになった。