The flower which has died   作:ミスターK

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2話

能面のように無機質な顔をしている。

それが今日から引き取ると男の子に対する第一印象だった。

年の割には幾らか小柄であり何処にでもいそうな、そんな言葉が似合う少年。

ただ一つその特異的な目を除いて。

 

「...............」

 

じっと何も言わずただ千冬を見上げるその目は、本当に人の目だろうかと思ってしまうほどに濁り、その瞳孔は冷たく冷え切っていた。

能面のような表情と合わさって少しばかり恐怖を抱いてしまう。

 

「えっと、まずは自己紹介をしよう。私は織斑千冬。君は?」

 

「...............」

 

流石にこのままという訳もいかず、初対面だったから無難に自己紹介をしたのだが、肝心の少年は相変わらずじっと見上げてくるだけ。

そのあまりの微動すらしないために聞いているのかすら疑わしくなってくる。

敏則に言われたようにしゃがんで目線を合わせて笑みを浮かべたが、やっぱり微動だにしないためにこちらが恥ずかしくなってくる。

きっと引きつっていてきっと笑っているようには見えていないが、千冬が気にするほどの余裕さは持ち合わせてなどいなかった。

 

「ほら、自己紹介で自分だけ名前を言わないのは失礼だからね。きちんと言わないとダメだよ」

 

「...............」

 

少年は視線を千冬から敏則に向け直し、良く見ないと分からないくらい小さくうなづいた。

 

「......御崎、一夏」

 

耳を澄まさないと聞こえないくらい小さく平坦だったが、それでも年相応であり当たり前だが子供らしい高め声だった。

 

「そうか。まぁ、これから一緒に暮らすことになるけどよろしく」

 

「...............」

 

よろしく、と言うと同じくして握手をするために片手を差し出した。

大体というか予想通りと言うべきか、相変わらずじっと見上げてくるだけ。

まだ始まったばかりだけども、千冬はもう心が折れそうだった。

 

「.........全く君達は何をやっているんだ。これじゃあこれからやっていけるのか心配になってしまうよ」

 

「言い返す言葉もありません......」

 

思いっきり図星を突かれうなだれることしかできない。

自分自身が人と関わるのが苦手なのは自覚していたがここまで酷いとは思わなかった。何を言えばいいのか全く分からない。

特に御崎一夏というか、子供という存在と関わるのは数年ぶりな為尚更だった。

 

「ハァ.......まぁいいよ。とにかく今から千冬君には一夏君を引き取るための書いてもらわないといけないよ。と言っても殆どは僕がやっておくから名前を書いてもらうだけでいいけどね」

 

敏則はそう言うと何食わぬ顔で事務室へとすたすたと歩いて行った。

 

「............えっと、あの」

 

何も言われずに行かれたためにただ困惑するほかない。幾ら施設で育ったとはいえ、こういった出来事は経験したことがないので全く分からなかった。

 

「ほら、何しているんだい?ぼさっとしてないでこっちにおいで。名前を書くだけって言ってもかなりあるから、こうしてる時間がもったいないよ。あぁ、千冬君は弟の手を引いてね」

 

「お、弟.....ですか?」

 

「君の隣にいるだろう?」

 

視線を右側に落とすと、じっと相変わらず見上げる一夏と目が合った。

 

「...............」

 

「だって君達は親子っていうには些か厳しい年齢差だからね。ちょっと年の離れた姉弟ってところかな?一応そういうところをはっきりしないと書類にも書けないからね」

 

「そ、そうですか...............」

 

「と言う訳で、ちゃっちゃと書類を終わらせるよ」

 

正直弟に憧れたことは少なからずあったのはあったが、まさかこんな所で実現するとは思いもしなかった。

施設では兄弟というより一つの家族という趣が強かったのも原因だろうか。

だが、今はそんなことに思考を割いている余裕も時間もない。

 

「えっと。い、行こうか?」

 

差し出した手を強くも弱くもない力でゆっくり握り返すと、確かに一夏はコクリと小さくうなづいた。

 

 

 

結局、引き取るための手続きや一夏の少ないながらも荷物をまとめたりで家に着いたのは日も暮れた夜遅い時間帯だった。

慣れた手つきで車を止め、一夏を家の中へと入れる、のだったが。

 

「...............」

 

「どうした?ここでずっと立っているのも疲れるだろう?」

 

玄関に入ったのは良かった。だがそれ以上のこと、つまり靴を脱いで入ろうとせずに、じっとそこに立っているだけだった。

 

「............お邪魔します」

 

しばらく経ってからぼそりとそう呟く。

声が小さいというのは、口数がないので少ないというのを考慮しても分かっていたが、それを踏まえてもなお小さく呟いた。

 

「全く、お前は何を言ってるんだ。お邪魔しますじゃないだろう?」

 

これから一緒に生活するのにも関わらず、他人行儀みたいなことをいう一夏の頭をこつんと叩いた。

 

「........違うの?」

 

「あぁ、全然違うさ。今日からここで暮らすことになるんだ、“ただいま”だろう?」

 

キョトンとしながら見上げてくるのを軽く苦笑いしながら千冬は言う。

一夏にとってこの家はもう織斑千冬と言う他人の家ではなく、自分の家でしかない。

なのにお邪魔しますなんて言葉は必要などなく、帰ってきたのだからただいま。当たり前のことだった。

 

「.......ただいま」

 

「あぁ、お帰り」

 

ただいま。

そう言う一夏の表情が少しばかり気恥ずかしそうになっていたのを、千冬は見逃すことはなくちょっとだけ微笑ましく思えた。

その後、リビングのソファーに一夏を殆ど無理やりに座らせると、遅いものの一夏がお腹を空かせているだろうから夕飯の準備を始めた...............のだが。

 

「...............嘘だろう?」

 

冷蔵庫のにまともなものなものは何一つとして残ってなどいなかった。

カラっぽの牛乳パック、ほんの少しの豚肉やら牛肉、無いに等しい野菜類、そして後輩からの差し入れである肉じゃがのタッパーだけ。

 

(いやいやいやいやいや!これだけで何を作れと!?)

 

仕方ない、肉じゃがでもと思ったのだが、子供でも到底腹が膨れるほど残されてはいない。米だけはしっかりあるのが妙に憎い。

 

(なんでこんな事...............あ")

 

2日前に自棄酒あおったのをすっかり忘れていた。

彼氏にフラれて何がお前とは合わないだコンチキショーォォ!!と、1日中デロンデロンのグロッキーになっても飲めもしない酒を無理やり飲み続けたせいで、次の日は吐き気と途方も無い頭痛にベットの上をこれまた1日中転げ回ったのは記憶に新しい。

何もできないから後輩に助けを呼ぶも、こっぴどく説教されたのも同じく。

やーっとグロッキー状態から回復したと思えば、一夏を迎いく時間に遅刻仕掛けていたので慌てて家を出て今に至る。

2日間も買い物に行ってないのだからこうなるのも仕方がない。買い置きをしない性格だからなおさらだった。

素直に食べに行くかと思ったが、今の時間帯だとかなり待つことに並ぶことになるのは想像しなくてもわかる。そもそも、帰りに混んでるなーと実際に見てきたからなのだが。

むしろ、かなり車を運転していたせいで何か買いに行くと言う選択肢は千冬の頭の中にはない。

しかし、そうだと何にもないと言うジレンマ。

で、結局の所。

 

「...............出来た」

 

奇跡的に残っていたカレールウを使って、人参が足りないとかがあるもののどうにか完成はさせた。

だか、水が多かったのか少しばかり薄くはなってしまったのだが。

作り直すのにも材料自体がもうないので何も出来ない。

仕方ないので、一夏に聞いてみた。

 

「あのな?カレー作ったんだけど、ちょっと失敗して少し薄いんだ。嫌なら何か買ってくるけどどうする?」

 

「.......せっかく作ってくれたから食べる」

 

「そうなのか?じゃあ今すぐ用意するからな」

 

どうやら買いに行く必要もなさそうだった。

今の千冬には嬉しいことなのだが、薄くても良いなんていうのはなんだか変わってるなーとなんとなく思う。

一夏に食べさせている間に、布団を押入れの中から引っ張り出し敷いておく。マンションが好きじゃないので、一人暮らしだが一軒家なので余ってる部屋などいくらでもある。

何もない殺風景な部屋だが、後で家具とかは用意すればいいだけのこと。今は寝れるようにすればいいだけのこと。

他にもやらなきゃいけないことはたくさんある。

取り敢えず、千冬は目の前のしなくてはいけない事を片付け始めた。

 

 

 

 

夜。12時を回った頃。

千冬は未だに眠れずにいた。

確かに疲れているのに、何故か寝ることが出来ない。

仕事自体はしばらく休みが続いているために、遅刻するという心配はないのだが。

寝れないから道連れにしてやろうと後輩に電話をかけたが、想像通り何度かけようと出ることは無かった。

なので、仕方なく酒でも飲めば寝れるだろう思って飲んでみたのだが。

 

「...............余計に寝れない」

 

寝れるためどころか逆に目がギンギンに冴えてしまったのだった。

飲んでも意味はなく、煙がダメ為煙草など吸っていない。

かと言ってテレビを見ようにも面白い番組がやっているわけでもない。

やることがなく、ただぼーっとしていることくらいしかなかった。

暇は人を殺す。

そんな言葉はありがちな間違いじゃないなと千冬は思う。今まではそんなことあるわけないと笑い飛ばしていたが、現実問題それに直面してみると冗談抜きで笑えなかった。

 

「...............ハァ」

 

ため息をついて天井を見上げる。そう言うことくらいしかすることがない。

そんな時不意にリビングのドアが開く音が聞こえ、視線を向けるとそこには一夏の姿があった。

 

「こんな時間にどうした?眠れないのか?」

 

「..............................」

 

何も一夏は答えずに、いたずらに時間だけが過ぎていく。

唇を固く閉じ何か悩んでいるかのような表情が、微かに俯いていてもはっきりと見えた。今までのような、能面のような無機質な表情ではなく。

 

「...............本当に良かったの?」

 

長い沈黙の後、耳を澄まさないと聞こえないほど小さい声で呟いた。

 

「ん?良かったって何が?」

 

「...........僕を引き取って」

 

そう言う一夏の瞳には不安の色が僅かに写っていた。

今まで感情を見せることがなかったからか、不謹慎ながら新鮮だと千冬は思ってしまう。

 

「全く、お前は難しい事を聞いてくるんだな?んー、なんていうか楽しみではあるよ。一人暮らしは寂しくてな。だから、まぁ良かったと思ってる」

 

家に帰ってきても誰も出迎えてもらえない。施設にいた頃は当たり前だと思っていたことが一人暮らしにはない。

失ったわけではないが、失ってからその大切さがよくわかるという言葉の意味はよく出来てると思った。

 

「...........迷惑掛けるかもしれない」

 

「迷惑なんてかけてなんぼのようなものじゃないか?そんな事は気にしなくていいさ。そんなものだろう?」

 

「...............うん」

 

「もう、夜遅い。早く寝たらどうだ?」

 

「..............分かった。おやすみなさい」

 

「あぁ、おやすみ」

 

部屋に戻っていく小さい背中を見送った。

 

「迷惑をかけるかもしれない、か。...............全く、迷惑をかけないで生きてくなんて無理に決まっているだろうに」

 

千冬は一夏の言葉を深く捉えてはいなかった。

迷惑といっても我儘程度だとしか認識しておらず、軽く思っていた。

敏則に言われた一夏の過去をしっかりと踏まえれば、自ずと正しい意味を理解することができたかもしれない。

だが、今の千冬にはそんな事を考えようとはしなかった。

それは間違いだったのかもしれない。

その言葉の、本当の意味を知るのはまだ先の事だった。

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