The flower which has died 作:ミスターK
空手の合宿だったり、審判をやったり、全日本の出場権を獲得するために
大会に向けて練習をしたりと、リアルが忙しくなってしまうので。
一夏と千冬と視点がコロコロ変わりますが気にしないでください。
文章力がないのは考えものですね。
感想等描いてもらえると泣いて喜びます。
ありがとう。
そう一夏が言ったのは長い長い沈黙が続いた後のことだった。
お互いに口を開くことはなくただいたずらに時が過ぎていく中、一夏が口を開いたものの、私自身も一夏も視線の先は月夜に照らされた街であり、向き合うことは決してない。
「........ありがとう。あそこまで怒ってくれた人が居なかったから、凄く嬉しかった。
「嬉しかったって、そんな事は当たり前のことじゃないのか?」
一夏の口から飛び出た言葉は、到底信じられるようなものではなく。
咄嗟に向けた視線の先に映る一夏の顔からは、初めて会った時のように一切の感情が感じ取ることはできなかった。
「当たり前のこと、か。それじゃあ僕を引き取ってくれた人は当たり前のことが出来ない人だったんだね」
「いきなりどうしたんだお前は?」
「.........昔のことを思い出したから。ちょっとだけだけど」
「...............」
一夏の過去は殆ど知らない。
敏則さんからは時が来た時に本人から聞くといいと言われただけであり、かといって聞き出すのはしたくないし、一夏も喋ろうともしない。
それでも初めて会った時の冷たく冷え切り濁った目と、今でも時々見せる過去を思い出して辛そうにしている姿を考えると、まともじゃないことくらいは分かる。
だからこそ、一夏自身から喋り出すことに驚きが隠せなかった。
「誰もが皆んな意地悪だった。何かあればすぐに僕を悪者に仕立て上げてきたんだ。普通に考えれば分かるようなこともね」
「あんなことが当たり前のようにあったとでも言うのか......」
一夏は黙って首を縦に振った。
「仕方ないんだ。嫌われ者がいるから上手く回る。怒りの矛先を向ける先がないと上手く回らないでしょ?その矛先が僕に向いただけだから」
「何だそれは?それで良かったのか......!」
一夏は同世代子供に比べ、落ち着いている上に、感情を表現することは殆どない。大人びてる言動もあるし、疑問を抱くほど良く言えば素直、悪く言ってしまうなら自分を持っていないというのはあった。
だけどこんな言葉、大の大人だって言わない。
諦めたような焦点の合わない目。
ここまで一夏を傷つけてきた大人たちが許せなかった。
「.............嫌だったよ」
「ならどうして!」
「僕一人でどうにかできるようなことじゃなかったら。僕みたいな誰も助けてくれる人が居なかったから特に」
この一言は深く私の心に突き刺さった。
大人たちに対する怒りさえも忘れるほどに、一夏が抱える心の闇の大きさに愕然とする。
この子はどれだけの地獄を見てきたのか。そんな思いが頭を駆け巡る。
私自身が世界で一番不幸だと思っていた時期が確かにあった。だけれども、それ以上の不幸にあっている幼い子を施設でみて信じられないとおもったこともある。
何十人と不幸にあった子を見てきたつもりだった。
だけれども一夏の不幸は、抱える心の闇は、見てきたどんな子もこの一夏の足元に及ばないと言い切れる自身がある。
私にそっくりだと敏則さんは言った。
だけどそれは間違いだろう。
私が抱えていたものは足元にも及ばないのだから。
「僕を引き取った人のことは全部覚えてる。名前もされた事も全部ね。復讐しようとかそんなことはないんだけども、どうしても忘れられないんだ。
............あぁ、薄着で雪が降る外に締め出された事もあったっけ。“斎藤弘明”って人に」
「ッ!?」
斎藤弘明。
その名前を出した瞬間千冬さんの顔色があからさまに変わった。
気分の良い話じゃなかったから、堪えるように固く口を結んだままだったのに。
いつもの凜とした姿ではなくなっていた。
「..............なぁ一夏。それは本当なのか?」
「え?う、うん」
言葉では表せないような複雑な顔色だった。
手は固く握られていくから、怒りを抑えているのかなんて思ったけれど、実際はわからない。
もしかしたら斎藤弘明となんらかの関わりがあったのかもしれない。
そうでもなければ、こうにまでなることは無いはず。
見てきた大人の中でも1番汚く、そして外道だったあの人と。
「世界っていうのは思っている以上に狭いな............」
僕の隣に力なく座り込んだ千冬さんはそう呟いた。
夜であまり見えないこと、それに俯いている為に垂れ下がった前髪のせいでその表情を読み取ることはできなかったけれど、その声色からは少なくとも良いものではない感じがした。
「すまなかった一夏。辛かっただろう?」
「いきなりなんでそんなこと」
「.............あのな一夏。斎藤弘明って人はな、私の、父親なんだ」
「.............え?」
千冬さんが言ったことが信じれなかった。
どうして?
そんな思考が頭の中を満たし、驚きのあまり言葉を失ってしまう。
子は親に似る。
というらしいけども、千冬さんは全くと言っていいほどに面影なんて物はないし、性格も真逆でとても優しい人だ。
悪い冗談だと思いたかったけれど、千冬さんの性格を考えればそれはあり得ない。
千冬さんは冗談や嘘を全く言わない人なのだから。
「信じられないかもしれないが事実なんだ。悲しいことにな」
くしゃくしゃと頭を撫でてきた。
そのぎこちなさは何かを紛らわそうとしている気がした。
「父親が成人もすらしていない頃、遊び相手のお腹に宿ったのが私だった。お互いに貧乏らしくて、おろす金もなかったらしい。まぁ、そこでおろしていたらここに私はいないわけだがな。結局両親は別れて母親に引き取られた」
そこで区切りをつけて大きくため息をついた。
まるで自分自身を落ち着かせるように。
「私の母親は男にだらしない人だった。事あるごとに男と遊んでいたよ。私のことは眼中になくて、ロクに世話もしてもらえなかった。むしろ、男と遊ぶのに私は邪魔だったんだろうな。顔をあわせるたびに死ねと言われ続けたよ」
「そんな...........」
「過ぎたことだからいいんだ。結局捨てられたから縁も切れている、ら敏則さんもいるしその子供たちもいたから平気だったしな」
「............会いに行ったりしたの?」
話を聞く限り最悪な親でしかないというのに、口からそんな事を聞いてしまった。
僕には両親は居なかった。お母さんは交通事故で、お父さんもおなじように事故で亡くなった。お父さんが再婚した人は、お父さんが亡くなってからほど無くして行方不明に。
ほとんどしらないから、どんなものか知りたかったのかもしれない。
それが間違いだったとしても。
「..........一度だけ、父さんにな。一夏と同じくらいだったときか。敏則さんの制止も聞かずに行ったことがあったが、行かなければよかったと後悔したよ。なんで来たんだと拒絶されたよ。あぁ、私は本当に捨てられたんだと悟ってなわんわん泣いたな」
なぁ、一夏。父さんはどんなだった?
そういえば
その言葉に続けて千冬さんがそう言ったけれど、僕は答えることができなかった。
いや、答えていいのか分からなかったから。
血縁というのはどうやったって切ることは出来ない。斎藤弘明は確かに最悪な人だったかもしれないけど、それでも千冬さんにとっては唯一のお父さんなのには変わりない。
「交通事故で亡くなったよ。即死だった」
「そう、か。死んだのか」
「ごめんなさい」
「...............なんでお前が謝るんだ?一夏は何も悪くないだろう?罰が降っただけだ
「うん」
罰が降ったとは言うけれど、それは僕が原因じゃないかって思ってしまう。
僕はそういう人間だったから特にそうだった。
わん!
突然鳴き声が聞こえた。
こえがした方に視線を向けると、弱々しく震えているだけだった子犬が元気そうにこちらを見つめていた。
「............凄まじい回復力だな。さっきまでは動きすらしなかったのに」
千冬さんもその回復力には感心していた。
犬の、あえて言うなら動物の回復力はとても高いとは聞いていたけど、こうして目の前で見せつけられると心にくるものがある。
助手席のドアを開けると、勢いよく外へと飛び出してしまう。
あっ!
と気づいた時には遅かったが、どうやら逃げるわけではないらしい。
少し歩き回ると尻尾を振りながらまた鳴いた。
よかった。
元気になった子犬を見てそう思う。
あいつたちにいじめられていた時は、どうなるかと思ったけれど、怪我の手当てをしっかりしてあげれば大丈夫そうだった。
「一夏。犬が好きなのか?」
「え?うん」
「そうか」
ただそれだけを言うと千冬さんは黙り込んでしまう。
いまいち話の意味が分からない。
「飼ってみるか?家を開けることが多いからあまり面倒は見てやれないが、それでもいいなら、な」
「うん!」
断る理由なんてないし、むしろすごく嬉しかった。
もしかしたら千冬さんは犬が嫌いだったりして飼えないかもしれないと思っていたから。
それを千冬さん自身から許してもらえたのだから嬉しくないわけがない。
ずっと気がかりだったことが何事もなく終わり、すっきりと肩が軽くなった気がする。
子犬を抱き上げた。
僕の腕の中で嬉しそうに尻尾を振っているこの子犬はとても軽い。
でも、それと比例するみたいに小さな命の鼓動はとても軽い重く、そして強かった。
僕の腕では支えきれないくらいに。
初めて一夏が笑顔を見せてくれた。
そのたった一言で私と一夏を隔てていた壊れかかった壁が完全になくなったと言いきれる。
当たり前のことなのは分かっているけれど、笑うことはなく口数も極端に少なかった姿を見てきた身として、屈託のない年相応の笑顔はとても眩しく新鮮だった。
犬を飼うこと自体は何の問題もない。
むしろ、あの場面で一夏がボロボロの子犬を抱きしめているのを見たときから、少し考えていたくらいだ。
一夏はいじめられていた子犬を必死に庇ったんだろうと思う。
人数の差なんて関係なく。
犬が好きとは言っていたけれど、ただ好きなだけではまずあんなことはしない。
きっと、何か強い思い入れがあるのだろうが、私が知る由は今のところない。
嬉しそうに抱きしめている一夏が微笑ましく思える。
だが、心に引っかかることも多々あったが、その笑顔を見るとどうでもよくなった。
私が唯一言える事は、今日という日を境に一夏が笑顔を見せるようになったということだけ。
明日は七夕。
どんなお願い事を短冊に書くのだろう?
はしゃぐ一夏を見ながらそう思った。