The flower which has died 作:ミスターK
誰にも心を開こうとしなければ、裏切られたり、側に居なくなったとしても傷つくことはない。
なんてことは分かりきっていたことだ。
心を開かない。つまり、なんの関わりのない他人でしかないということであり、他人であれば死のうが、一生モノの障害が残ってしまうほどの事故に巻き込まれたとて何も思わない。
テレビで報道されるような何処かの県の名前も知らない人が死んだと聞いても気にすらならないのと同じ。
名前も知らない他人が死んだからといって、身内のように悲しみ泣くなど、それこそバカのやることだ。
だからと言って、白状だとか最低だと言われる筋合いも言う筋合いもなく、そんなことは当たり前のことでしかない。
実際に俺はそういう風に生きてきた。
ただ単に頼れる人がいなかったからだったのかもしれないが、誰にも心を開かないようにしてきた。
それが、今日の日まで続くここまでねじ曲がったこの性格を形作る原因だったのかもしれないが、当時の二桁に満たない年だった俺には知る由などなく、とにかくその日、その日の命をつないでいくだけだった。
孤独は嫌いだったが、孤独であり続けるしかなかった。
そう、さきほどのように頼れる人などいなかったから。
幸せという幻想を求め続けることを支えにしていた。
だが、それはただの気休めでしかないと、ありえないことだと現実を突きつけられたのはいつのことだったか。
考えてみれば分かることだったのかもしれない。
父さんと母さん姉か兄、もしくは弟か妹がいる普通の生活を望んでいた。
だが、それは絶対にありえない。
母さんは俺を産んだ時に、父さんも交通事故で俺が5歳だった時に死んでいる。
そう、俺は天涯孤独の身だ。
だからこそ、俺に血の繋がった家族は増えることはない。
血の繋がらない家族は増えるかもしれないが、それは赤の他人でしかなかった。
どれだけ優しい人だったとしてもそれは変わらない。
この世界のどこを探しても理想郷などないし、もちろん幸せの青い鳥もいない。
全部人間の都合のいいように作られたお伽話だ。
代わりにあるのは、正しいことを正しいと言えない、正義という大義名分の陰に見え隠れする闇が存在する社会という名のレール。
そしてその上で繰り広げられる糧を得るために他者を蹴落とし上り詰めていく弱肉強食の舞台。
道から外れ蹴落とされた人は、レールの上から嘲笑うように眺める連中から負け犬と罵られる。
それでも、足掻いて這いつくばって惨めになっても必死になれば這い上がることは出来た。
だが、その努力を嘲笑うかのように強者は掴んだその手を踏み付けてまた蹴落とす。
一度落ちたら2度と戻ることなど出来ないその様は、まるで底なし沼にはまったかのようで。
しかし、救いの手を述べようとする人も少なからずいた。
だが、偽善者と罵られ同じように突き落とされるか、弱者を利用する奴のどちらかでしかない。
自分の明日のために他者を蹴落とし競争に打ち勝った者のみが私腹を肥やし、明日の糧を得る。
もちろんそこに優しさという言葉はない。
誰もが我が身のみが可愛いのだから助けるという言葉は存在などしない。
代わりに、頭の中にあるのはいかにして懐を温めるということだけ。
強者の子供は温室の中でぬくぬくと育てられ次世代の社会を担い、弱者の子供は満足な栄養という名の教育も、愛情を受けることなくレールに乗ることすら許されず人生を終える。
もはや、生まれた家柄でその後の人生が決定するこの社会に平等などというものはなく、ユートピアでしかない。
そして、俺も社会というレールから蹴落とされた弱者の一人だった。
俺はもう中学2年になったのか。
これも何度目だったかな。
「彼が今日からこのクラスに転向していた人です」
クラス中から向けられる憎しみ、憎悪。
その他諸々の好意的とは程遠い視線を受けながらそんなことを思った。
もう、それらをぶつけられることには慣れてしまっている俺がいる。
最初こそ嫌悪を覚えたものだったが、今となってはなんともなくなった。
正直なところ慣れというものは怖くもあったのだが、視線にビクビクしながら過ごすこともないと考えれば良かったと思うべきかもしれない。
決して世間一般でいうマゾと呼ばれるようなものに目覚めたわけではないのだが。
何処もかしこも同じ事を繰り返しているなんてどんな馬鹿なんだか。
「...............ほら」
隣に立つ担任から自己紹介しろと催促される。
とは言えそうしろと言われたわけではなく、俺を見る目が言わなくても分かっているよな?とでも言いたげだった。
この担任もクラスの奴らと同じ。
誰の目から見ても俺が歓迎されていないのは明らか。
むしろそれ以外の結論を出せるほど能天気じゃない。
正直なことを言ってしまえばこんな奴らとお近づきになりたいと思うほど物好きないし、むしろこっちからお断り願いたいくらいだ。
「...............御崎一夏」
悪い意味で知らない奴はいないと言われるほど名前が知れ渡っているのだから、わざわざ自己紹介をする必要は無いよなと、至極どうでもいいことを思う。
転校生が来たらマニュアルがあるんじゃ無いかと疑ってしまうほど、転校するたびに全く変わらないことを繰り返しできたからか、いい加減飽きた。
まず飽きたとかそういうことはないのだろうけれど、俺の場合は色々と特殊なことがあった訳であり。
多分だが、全世界の誰よりも多く転校をしたのだろうと、無駄な事だが自慢できるはずだろう。
「お前らと仲良くする気なんてさらさらないし、興味すらない。話しかけるな」
何度となく繰り返した自己紹介で、同じ事しか言っていない俺はもしかしたら馬鹿なのかもしれない。
...............人の事言えないかも、な。
「あの、こんな所で寝てたら風邪引いちゃうかもしれないよ」
体を揺さぶられる感覚に夢から現実へ戻された。
寝起きではっきりとしない意識の中起き上がると視界にとある女子生徒が目に付く。
視界に広がる晴れている空のような髪色の女子だった。
「...............お前誰だよ」
「誰って、同じクラスなんだけれど...........」
同じクラスと言われてもいちいち顔なんざ覚えられる訳がない。
敵意を向けてきた奴らしかいないとしか思い出せないからか、こんな奴いたかなーと思う。
少なくとも敵意は感じられなかった。
「知らないもんは知らないだろ?第一今日来たばっかっていうのに覚えられるか」
「そ、それもそうだね」
知らないと言い張ったのは良いものの、やっぱりというか敵意を感じられないのが引っかかる。
一年前、俺がモンドグロッソ決勝戦当日に誘拐されたために起きた一連の騒動で俺は世界の誰もから疎まれる嫌われ者だ。
思い出したくもない忌々しい記憶な為に言いたくはないが、今日この時まで続く俺への敵意、差別はそこから始まった。
まぁ、今となってはどうしようもない事なので、好かれようと思う事はないんだが。
ただ、俺に敵意を向ける事のない奴に出会ったのは本当に久しぶりなので、気になって仕方ない。
頭をひねってどうにか思い出せたのは自己紹介(と呼ぶのには些か変わっていたが)の時にはクラスにはいなかったという事だけ。
それならその時に敵意しか感じなかったのも納得できる。
「...............お前朝教室にいなかったよな?遅刻か?」
じゃあこいつは誰だ?
と思い浮かんだ疑問を隠す事なく聞く。
幾らか無神経かもしれないとは思ったが、味方ではなくとも少なからずは敵ではなさそうなのであまり気にしない事にした。
「あはは...遅刻なんてしないよ。クラス委員長の仕事があったから」
「委員長ねぇ...............」
言われてみればそうかもしれないと納得できる。
見た感じのおとなしそうな雰囲気は如何にも委員長向きだと思うし、眼鏡をかけているから尚更だろう。
俺みたいな落ちこぼれとは真逆の存在。
「で?その委員長さんとやらは俺に何か用でもある訳?」
「...............用事っていうか、お昼からずっとここで寝ていたから気になって。だって、あなたは午後の授業に出ていなかったし」
「ふぅん?でもさ、授業に出る出ないは俺の勝手だろ?つか、あんな居心地の悪いとこに居たくないんだよ」
どうやらこの委員長とやらは授業をサボっていた俺に注意したいらしい。
まぁ、そんな事はどうでもいいのだが。
いくら嫌われるのに慣れているとは言え、四方八方からそういった感情をずっと浴びせられてもなんともないと思い、居座れるほど図太い精神は持ち合わせてなどいない。
出来るのなら避けたいというのが本音だ。
「教室に居たいとかそういうのはあなたの勝手かもしれない。でも、それならなんで学校に来るの?」
「...............は?」
「だってそうだもの。勝手だろって言って授業をサボるくらいだったら、家で寝てるか遊んでるかの方がずっといいと思う。そういう事を言ってまで学校に来る意味が分からないよ」
「...............」
至極真っ当な正論だと思った。
委員長の言いたい事は嫌でも分かる。
授業に出ないなら学校に来るな。
何てことは普通のことだ。
むしろこの中では俺がおかしいとすら言えるだろう。
どんなことであれ、学校は勉強をするところというのは変わることのない事実であり当然。
どんな理由があろうとも、今の俺の行動は許されないことだろう。
「言いたい事は分かる。だけどな、授業サボってまで学校に来る理由なんて分かんないんだ」
「...............?」
「そんな顔すんな。俺だって分かってないのに他人に説明できる訳ないだろ?なんかな、学校に行かないとっていういうのがあるんだよ。馬鹿なこと言ってるのはわかってんだけどな」
「そう。じゃあ授業は受けなくてもいいから、教室にいるのはどう?」
「...............それって意味なくないか?」
「いないよりは全然いいと思う。全く授業を受けていない訳じゃないから」
そうかもな。
そういう前に授業開始のチャイムが鳴り響いた。
「じゃあ私は教室に戻るね。次の5時間目の授業は出ろとは言わないから、せめて6時間目は出てね」
「...............分かったよ、考えとく」
そう、俺が返事をすると委員長は満足そうにうなづくと屋上を後にした。
不思議な奴だとつくづく思う。
何を考えているのか全くわからないけれど、悪い奴では無さそうだった。
むしろ、今のご時世で俺にあんなことを言ってくれるのだから優しいのかもしれない。
委員長の言った6時間目まではまだ1時間近く時間がある。
まぁ、もう少しだけ遅刻しない程度に寝ておこう。
この何気ないやりとりが、数ヶ月ぶりに交わしたまともな会話だと気づくのは、
まだまだ先のことだった。