The Elder Scrolls : Dawn of Order 作:蛾の司祭
第1話:立方体
シヴァリング・アイルズに刻というものがあるのかどうか、確かめた者はいない。マニアの側では光が絶えず、ディメンシャの側では何かがいつでも腐っている。ニュー・シェオスの宮殿はその継ぎ目に建っていて、片側の窓からは蜜のような光が差し込み、もう片側の窓からは湿った甘い臭いが吹き込んでくる。どちらが表でどちらが裏なのかは、建てた者にしかわからないだろう。
玉座の間では、その日、縄跳びが行われていた。
跳んでいるのは三人。縄は彼ら自身の腹から引き出されたもので、跳ぶたびに濡れた音を立てる。誰も痛がってはいない。そして三人とも、同じ顔をしていた。
「よいぞ! よい! 四十七!」
玉座の上でシェオゴラスが手を叩く。「……いや、二十二だったか。まあよい。どちらでも数は数だ」
肘掛けに片脚を投げ出し、もう片方の手にはエイダールチーズの塊。青い筋の入った、よく熟れたやつだ。齧るたびに舌の上で崩れ、鼻の奥へ抜けていく香りがある。腐りかけの、しかしまだ腐りきってはいない、その一点の際どさをこの神は何より好んだ。
歯を立てる。
止まった。
歯が入らない。掌の中のそれを、シェオゴラスは目の高さまで持ち上げる。
立方体だった。
角が八つ、辺の長さはすべて等しく、面のどれもが鏡のように平らだ。青い筋は寸分の狂いもなく等間隔に走り、格子を描いている。さっきまであったはずの歯形が、無い。
「ほう」
舌先で舐めてみる。味がしない。床に落として踏みつけると、乾いた音がして割れる。欠片はどれも、完璧に小さな立方体だった。
宮殿の音が、一拍だけ抜けた。
縄跳びの数え声が途切れる。窓の外で、蝶が羽ばたきの途中のまま空中に留まる。玉座の間に落ちていた光の帯が、埃の一粒までを貼りつけたまま動きを止めた。
一拍。それだけ。
音が戻ると、狂人たちはまた跳び始めた。何ごともなかったかのように。彼らはそもそも、何かがあったことに気づける造りをしていない。
シェオゴラスは笑っていなかった。
胸のあたりを、爪で軽く掻く。虫にでも刺されたような、無造作な仕草だった。
「……つまらん」
「左様でございますか」
背後からハスキルの声。いつからそこにいたのか、あるいは最初からいたのか。
「これのどこが面白い。腐るから旨いのだろうが。熟れるまで待つ物であるから待つのだろうが。待つ楽しみを取り上げて、あとに何が残る」
「お代わりをお持ちいたしましょうか」
「持って来い」
「先ほどのが最後の一つでございます」
「なんだと」
「厨房のものも、すべて同じようになりましたので」
シェオゴラスはしばらく黙った。それから懐へ手を入れる。
出てきたのは、一枚の金貨。
古い。縁は擦れて丸くなり、刻まれた横顔の鼻先はほとんど平らに潰れている。何代目の皇帝のものかは、取り出した本人も知らない。彼はそれを親指の腹で撫でた。
「変化がない世界など、何が面白いか」
指の間で金貨を立てる。爪弾くと、澄んだ音がひとつ鳴った。
「定命の者が竜になり、竜のような定命の者がいるから面白いのだろうに。あやつは未だにわかっておらんようだな」
「どちらのことでございましょう」
「うん?」
「竜になった者と、竜のような者。どちらが『あやつ』でございますか」
シェオゴラスは金貨から目を上げ、ハスキルを見た。それから心底おかしそうに笑い出す。腹を抱え、玉座を叩き、涙まで流して笑い転げた。
笑いが、止む。
「あなた様のおっしゃる『楽しい』は、定命の者にとってはいささか過激ではありますが」
ハスキルは、答えの返らなかった問いをそのまま床に置いていく。長く仕えるとはそういうことなのかもしれない。
「つまらんことを言うな。狂気こそが人の根源であろう」
金貨を宙へ弾き、掌で受ける。表か裏かは見もしない。「隠して、飾って、名前をつけて、法まで作って。剥がせば全員おなじ顔よ」
「狂気を隠すのもまた人でございます」
「ふん」
「……ですが」ハスキルは少しだけ間を置いた。「隠す狂気すらも無くなってしまうのは、いささか無粋ではありますな」
シェオゴラスの目が、ゆっくりとハスキルへ向く。
「そうであろう」
満足そうに、そう言った。玉座から身を起こし、両腕を広げ、縄跳びの三人を見下ろす。跳んだ数はとうに百を超えていたが、もう誰も数えていない。
「聞いたかペラギウス! 明日はお前を五人に増やしてやろう!」
三つの同じ顔が、同時に跳ぶのをやめた。何か言おうとして口が開く。悲鳴だったのか、感謝だったのか。声になる前に、その口はもう笑っていた。
「五人だぞ! 五人で跳べば五倍楽しい! 算術だ!」
哄笑が天井を叩き、窓の外で蝶が一斉に鳴き交わす。
その中で、シェオゴラスはもう一度だけ金貨を見た。
笑い声はそのまま。表情もそのまま。ただ視線だけが、擦り切れた横顔の上に、ほんの少しだけ長く留まった。
それから、ポケットにしまった。
その金貨がいつ手に入ったものなのか、なぜ今それを取り出したのか、ハスキルは尋ねなかった。尋ねたところで、返ってきた答えが本当かどうかを確かめる手立ては、この島には無い。あるいは、どこにも無いのかもしれない。