The Elder Scrolls : Dawn of Order 作:蛾の司祭
かつて旅人で賑わっていた宿屋の跡地は、黒く焼け焦げた木骨をさらすだけの墓標に変わっていた。
梁だったものが斜めに突き立ち、その先が夜霧に溶けている。煤の臭いは湿気を吸って重く、地面の低いところに溜まっていた。看板は落ちていない。落ちる前に燃え尽きたらしく、鎖だけが二本、風も無いのに微かに揺れている。
この場所で、タムリエルの歴史に名を刻んだ三つのものが交差しようとしていた。誰かがそう仕組んだのか、ただそうなったのか。それを言い当てられる者は、少なくともその場にはいなかった。
――――――
ドヴァキンは焼けた道を見て回っていた。
東から西へ、一本の帯のように焼けている。街道の脇の木が根元から炭になり、そのくせ十歩離れた木は青いまま立っている。熱の通り方に幅がある。刃物で引いた線のようだった。何が通ったのかは、見てもわからない。ただ、これを引いたものが今も西へ向かっていることだけはわかった。
夜風の中、ダーネヴィールの背は冷たい。骨の隙間を風が抜けるたび、笛のような音が鳴った。
その骨の内側から、地鳴りに似た低い声が漏れる。
『気づいているか。クァーナーリン。我が魂が……あの死の領域へと呼び戻されない』
ドヴァキンは手綱を握る手に力を込めた。
「何故だかわかるか」
『わからない』竜はしばらく風を切ってから続けた。『……だが、ムンダスを縛る古い理の檻が、内側から歪み、引き裂かれかけている。過剰な熱が、この世界の大地の骨を融かしているのだ』
「大地の骨か」
『そなたらがそう呼ぶ』
眼下にリフテンの黒煙が見える。街の形は残っているのに、街の中身が無い。
「アカトシュが出てきたぐらいだ。碌な事ではあるまい」
ドヴァキンはそう言っただけだった。
――――――
広場だった場所に、ダーネヴィールが巨躯を沈める。
骨と骨が擦れる音が、廃墟の壁に反響して長く尾を引いた。灰が舞い上がり、しばらく降りてこない。
その灰の向こうに、女が一人立っていた。
「ソヴンガルデから戻ってくる人間がいるなんて」
セラーナは呆れたように、しかしどこか嬉しそうに小さく笑った。
ドヴァキンは竜の背から降り、手綱を放した。肩から余計な力が抜けたのを、本人は気づいていない。
「セラーナか。……変わらんな」
数十年ぶりだった。その数十年のあいだに何が起きたのかを、彼女は一言も言わなかったし、彼も訊かなかった。涼やかな佇まいは出会った頃のままで、それだけで足りるものが確かにあった。
「何故お戻りに?」
「アカトシュが『行け』と」
「その理由を聞いているのですが」
「偽物の竜を倒せと」
セラーナは片眉を上げる。「そのようなものがいるのですか?」
「この焼け方から見て、そのようだ」
彼女は焼け跡へ視線を落とした。運河の底の割れた泥、垂れて固まった石垣。数日前から気になっていたことに、ようやく名前が半分ついた。
「……ええ。私も、ただ燃えたのとは違うと思っておりましたの」
そこで、二人が同時に口を閉じた。
音がしたわけではない。むしろ逆で、それまであった夜霧の質のようなものが、一箇所だけ薄くなった。
焦土の影から、一人のダンマーが歩み寄ってくる。
音を立てていない。足元は炭と瓦礫だらけで、灰は膝まで積もっているというのに、踏む音がしない。軽装鎧は留め具が欠け、刃の通った裂け目がいくつも走っていた。傷の数だけなら歴戦の兵に見える。
だが、何より目を引いたのは瞳だった。
生きている者の目の中には、たいてい何かが動いている。恐れでも、欲でも、疲れでもいい。この男の目には、それが無かった。空ではない。あったものが尽きたあとの、底の形だけが残っている。
ドヴァキンが先に口を開く。
「何者だ」
「まずは自分の素性を明かすべきでは?」
返ってきた声は低く、平らだった。抑揚を作る手間を惜しんだような話し方だ。
ドヴァキンは男の纏う気配を測っている。竜と対峙するときの感じとは違う。だが、そこいらの傭兵に向ける類のものでもなかった。
「……ただのノルドだ」
薄い唇の端が、わずかに動いた。皮肉めいた笑みだったのかもしれない。
「今の時代のスカイリムは、ただのノルドが骸の竜に乗るのか?」
ダーネヴィールの眼窩の奥で、青い火が一度だけ強くなる。
沈黙が落ちる寸前で、セラーナが小さくため息をついて会話を引き取った。
「はぁ。相変わらず不器用ですこと。──よろしいですわ、お教えします。この方はドヴァキン。あなたがたの言葉で言うなら、ドラゴンボーンですわ」
男は得心がいったように片眉を動かした。
「なるほどな。アンタから感じる神性はソレか」
納得のしかたが早すぎる、とセラーナは思った。ドラゴンボーンという名を聞いて眉一つで済ませる者は、そう多くない。
ドヴァキンは鋭い視線を向けたまま聞き返す。
「で? オマエは何者なんだ」
男は、先ほどの言葉をそのままなぞって返した。
「ただのダンマーだ」
「そのダンマーが、何も残らぬリフテンに何をしに来た」
男は答えなかった。
答えるべき理由を、最初から持ち合わせていなかったのだ。ただ流されるように、ここに辿り着いたに過ぎない。
鎖が二本、風も無いのに揺れている。