The Elder Scrolls : Dawn of Order 作:蛾の司祭
崩れた石の上で、残り火が一箇所へ集められていた。
誰が集めたのかは、はっきりしない。この場に火を要する者は、本来ひとりもいなかったはずだ。血の通っていない女、死ねない男、一度死んで戻ってきた男、そして骨だけの竜。それでも燃え残りは掻き寄せられ、細い炎が立っている。夜というものは、必要の有無にかかわらず、そうさせるものらしい。
蹄の音が、崩れた通りの向こうから届いた。
二頭。歩みが遅い。急いでいないというより、これ以上速く歩けないという足取りだった。
「何者だ」
先に声を出したのは男だった。立ち上がりはしない。炭の上に腰を下ろしたまま、声だけを暗がりへ投げる。
蹄が止まった。
止まったのではない。止められたのだ。二頭とも耳を伏せ、前肢を踏み替えて、そこから先へ進もうとしない。広場の奥に沈んでいる巨大な骨の輪郭を、馬のほうが人より先に見つけていた。
老人の馬は辛うじて堪えている。もう一頭が首を振り、後ろへ下がりかけた。
「……落ち着け」
若い声だった。右手だけが手綱をたぐる。もう片方の腕は肩からぶら下がったまま、馬がどれだけ暴れても、揺れるにまかせている。掌が首筋に触れると、荒い鼻息がひとつ落ちて、前肢の踏み替えが止まった。
火明かりが、二つの影を先のほうから順に舐めていく。
一人は老人だった。深い藍の長衣。白く枯れた髭。節くれだった杖。もう一人は若い帝国兵で、継ぎ接ぎの鎧のまま、まだ鞍の上にいる。炎に近いところまで来ると、垂れた左袖の下が黒いのが見えた。焼けている。それも、ずいぶん深く。
「火事場泥棒にしては、変わった身なりだな」
ドヴァキンが笑った。
「取り込み中、失礼いたしました」
老人は杖を突き、丁寧に頭を下げる。「私はサイジック会から参りました。アルセリウスと申す者にございます」
それから、半歩下がったところで止まっている帝国兵を、掌で示した。
「こちらはカイラス殿。帝国軍の伝令兵にございます」
カイラスは口を開こうとして、何も出てこなかった。
言葉なら、道中さんざん聞かされていた。竜の血を継ぐ者。予言に選ばれし者。世界を渡り歩いた、いにしえの英雄たち。だがその言葉のどこにも、焼けた街の匂いは入っていなかった。そのうちの一つが骨だけで出来ているとも、聞かされてはいなかった。
ここまで来る道で、干上がった運河の底を渡った。泥が焼き締まり、亀の甲羅のように割れている。蹄がその上を踏むたび、乾いた音が返ってきた。雪の尾根から見下ろしたあの村と、同じものだ。同じもので、こちらは街の大きさがある。
広場の奥で、巨大な骨が身じろぎする。それだけで、瓦礫が滑り落ちる音がした。
「変わった組み合わせだな」
男が言った。
「いえ」
アルセリウスは間を置かずに返す。「皆様ほどでは、ございません」
杖の先が、順に向いた。
「ダゴス・ウルを討ち果たした英雄、ネレヴァリン殿」
火が、一度だけ小さくなった。
「そちらの麗しき淑女は、純血の吸血鬼、セラーナ殿。ソウル・ケルンの番人、ダーネヴィール殿。そして――『最後のドラゴンボーン』殿」
ネレヴァリンの手が、剣の柄にかかっていた。
いつ動いたのかを、見ていた者はいない。
「何故わかる」
「あなた方の集結を示す可能性を、見たからです」
アルセリウスはローブの内へ手を入れ、珠を取り出した。
透きとおった球の内側で、無数の星が渦を巻いている。火明かりが表面で跳ね返らない。中の星のほうが明るいからだった。
「……マグナスの目か」
ドヴァキンが言う。
「お覚えでしたか」
アルセリウスが柔らかく笑った。
「なんにでも首を突っ込んでますのね」
セラーナが呆れたようにドヴァキンを見る。
「居合わせただけだ」
カイラスは、握ったままだった手綱を、そこでようやく放した。
神話の住人というものは、もっと違う喋り方をするのだと思っていた。焼け跡の真ん中で、片方が呆れ、片方がそっぽを向いている。彼はまだ馬から降りていないことに気づき、慌てて右手一本で鞍を滑り降りた。着地の音が、思ったより大きく響く。誰も、そちらを見なかった。
地に足をつけて、カイラスはようやく妙なことに気づいた。
ダンマーの声は、耳にだけ届く。低く、平らで、聞き取りやすい。言われたことの意味はきちんと入ってくるのに、入ってくるのはそれだけだった。言い終わればそこで終わる。あとに何も残らない。
ノルドのほうは、違う。
こちらの声は、耳より先にどこかへ届いていた。胸の奥の骨の裏あたり。「居合わせただけだ」などという何ということもない一言でさえ、音になる前の何かが先に来て、そこを一度だけ内から押していく。押されたあと、奥歯の根に微かな痺れが残った。
──北から来た、あの声だ。
思い当たって、カイラスは顔を上げた。コロールの森で、頭蓋の内側に亀裂を入れたあの音。同じものが、いまここでは、囁くほどの大きさに絞られている。山ごと吼えていたものが、この男の口の中で、雑談の下に沈んでいた。
どちらが恐ろしいのか、カイラスには決めかねた。山を吼えさせるほうか。それを、こんなところに畳んでおけるほうか。
ネレヴァリンの手は、まだ柄の上にある。
「サイジック会が、何のためにここへ来た」
「単刀直入に申し上げます」
アルセリウスは珠を掌に載せたまま、火のほうへ一歩寄った。老人の影が長く伸び、崩れた石の上を這っていく。
「この時代には、澱みが溜まっております」
「澱み」
「はい。そして、そこのお二人が現れることで、それが解ける見込みがある。……これが、そう映しました」
珠の中で、星の渦がゆっくりと形を変えた。
ネレヴァリンの指が、柄から離れる。納得したからではない。この老人を斬ったところで何も出てこないと、そこで見切っただけのようだった。
「澱みとは何ですの?」
セラーナが問う。
アルセリウスは、すぐには答えなかった。答えを探していたのではない。どこから話せばこの四人に届くのかを、測っていたのかもしれない。その計算に、老人はしばらくかかった。