The Elder Scrolls : Dawn of Order 作:蛾の司祭
「一つ訊く」
ネレヴァリンだった。
「シェオゴラスを呼べると仮定して話すが。ジャガラグとやらの侵蝕は、それまで待ってくれるのか」
「いえ」
アルセリウスは即座に答える。「侵食は今もなお、広がっていることでしょう」
「そうか」
それだけ言って、ネレヴァリンは立ち上がった。炭が崩れる音がして、腰を下ろしていたところに窪みだけが残る。
そのまま、火から離れていく。
「どちらへ?」
セラーナが問うた。
「足止めぐらいなら、してやる」
振り返らない。「そういう戦いは、死ねない私の得意分野だ」
助けたいわけではなかった。守るつもりも無い。この大陸が明日どうなろうと、彼の中で動くものは何も無い。ただ、今この時代に自分がここへ立たされている理由が、もしどこかにあるのだとしたら——その先は、たぶんあちらだった。
わずかに、そう考えた。わずかに、というのは、それ以上の量がもう出ないという意味でしかない。
宿屋の跡の、焼け残った梁の下を通る。看板の落ちたあとの鎖が二本、そこに垂れていた。風も無いのに、ずっと揺れていたやつだ。
ネレヴァリンは、その下をくぐった。
鎖は、揺れ方を変えなかった。
灰は膝まで積もっている。それを掻き分けて進んでいるはずなのに、音が返ってこない。輪郭が夜に溶けるまで、そう長くはかからなかった。
「あちらは、お任せいたしましょう」
アルセリウスは、消えた方角を見たまま言った。「ネレヴァリン殿のように生死の埒外へ踏み込んでおられる方ほど、『秩序』の支配は受けにくいはずです」
カイラスも、暗がりのほうを見ている。
止める者は一人もいなかった。引き止める言葉も、無事を祈る言葉も、誰の口からも出ない。行く者が行き、残る者が残る。ただそれだけの手続きとして、いま一人が消えた。
自分の番も、たぶん同じように済む。
「ダーネヴィール。俺たちも行くぞ」
ドヴァキンが立ち上がり、斧を担ぎ上げる。
「私もついてまいりますわ」
セラーナも立った。黒衣の裾から、灰がひとしきり落ちる。
「死ぬかもしれんぞ」
「たかだか百年も生きられない方に、心配される筋合いはありませんわ」
セラーナは笑った。「それに、あなたにこの弓を預けるのは、少々不安ですから」
「好きにしてくれ」
骸の竜が身を低くする。骨と骨が擦れて、広場に長く尾を引く音が鳴った。乗りやすいように、という以外の理由が無い動き方だった。
「おい。帝国兵」
「──は、はい。なんでしょう」
いきなり呼ばれて、カイラスの声が裏返った。ドヴァキンは竜の背に足をかけたまま、こちらを振り返っている。
「シェオゴラスには嘘も真も無い。お前が思ったことを、そのまま口にしろ」
短い言葉だった。短いのに、胸の奥の骨の裏を、また内から押される。さっきまでは、他人へ向けられたものを横で受けていただけだ。まっすぐ向けられると、こうなるらしい。
「……はい」
返事をするのに、思ったより息が要った。
「どのみち、ヤツの考えは読めん。そもそも考えがあるかもわからん」
それだけだった。
昔、狂った皇帝の頭の中で、一度だけ会っている。何を話したかは覚えている。覚えているが、いま思い出しても筋が通らない。通らないまま、あれで話は終わったのだから、たぶん、そういうものなのだ。
『ゆくぞ。摑まれ』
骨の翼が広がった。
一打ちで灰が舞い上がり、火が横倒しになりかけて、また立つ。二打ちで巨躯が浮いた。三打ちのときには、もう廃墟の屋根の高さを越えている。
巻き上がった灰が顔にかかって、カイラスは咄嗟に腕を上げた。上がるのは右だけ。
ネクロムの崖では、逆のほうを上げた。
カイラスは、遠ざかっていく骨を見上げていた。
焼け跡が、急に広くなった気がする。さっきまでここには六つの気配があって、今は二人しかいない。
「ドラゴンボーンは、シェオゴラスに会ったことがあるのでしょうか」
空の一点を見つめたまま、カイラスは言った。
「そうなのでしょうな」
アルセリウスも空を見ている。「神話の住人には、往々にして神々との奇縁があるものです」
「……彼らは、怖くないのでしょうか」
老人は、すぐには答えなかった。
「どうなのでしょうな」
やがて、そう言う。「いかにマグナスの目でも、人の心の奥までは見通せません」
答えになっていない、とカイラスは思った。思ってから、この老人の答えはたいていそうだったことにも気づく。
風が、灰を少しだけ動かした。
北西の空に、雲の切れ目が一つ。骨の竜があそこを抜けたのか、とうに別の方角へ折れたのかは、見上げていた本人にもわからない。
行き先がこの世界の内側ですらないことを、カイラスはまだ、うまく飲み込めずにいた。