The Elder Scrolls : Dawn of Order 作:蛾の司祭
ドラゴンズリーチの大広間には、竜の頭骨が吊るされている。
いつ誰が獲ったものかを、ホワイトランの者なら子供でも知っていた。獲った王の名も、その王が何のためにこの城を建てさせたのかも。捕らえるためだ。この広間そのものが、竜を一頭ぶら下げておくために作られている。
シグヴァルド・ストームクロークは、その骨の下に立っていた。
卓の上には地図。ファルクリースの周りに、新しい炭の線が引かれている。線は東から入り、領内南部を西へ舐めて、ファルクリースの先で南へ折れていた。折れた先は、もうスカイリムではない。
「出て行ったな」
「は。物見の報せでは、昨日のうちに山を越えたかと」
シグヴァルドは指で線をなぞる。なぞり終えても、指はしばらく地図の上に置いたままだった。
高い窓の外、平原のほうには天幕の白がいくつも並んでいる。数日前に集めさせた軍だ。
「同胞団からは」
「昨夜、返答がございました。金は要らぬ、と」
シグヴァルドは眉を上げた。「言い値で出すと伝えたはずだが」
「その言い値が、要らぬそうで」
「……そうか」
それ以上は訊かなかった。訊かずとも、あの連中が何に反応したのかは察しがつく。
「帝国の状況はわかるか」
「ブルーマとコロールを繋ぐ街道に、広く防衛線を引くようです。麓を東西に貫く道でございます。そこで受け止める構えかと」
「ふむ」
壁際で、ホワイトランの首長が身を乗り出した。
「それで、帝国は勝てそうなのか」
軍の司令官が、口を開くまでに一拍置いた。
「……正直に申し上げますと、難しいでしょう」
「陣容の問題か」
「それも有ります。ですが、なにより士気が低いようです」
広間が静かになった。士気が低い、という言葉には、数字を並べられるより始末の悪い響きがある。数なら足せる。
「このまま帝国が落ちれば、タムリエルの中枢は奪われるか……」
シグヴァルドは呟いた。呟いて、一呼吸置く。
「……ルーデウス。帝国に、急ぎ鳥を飛ばせ」
呼ばれた側近が、顔を上げた。
「帝国へ……ですか?」
「ああ」
シグヴァルドは地図から手を離した。
「『我らノルドは帝国と共に侵略者と戦う』。そう伝えろ」
広間の空気が、動いた。誰かが息を吸い、誰かが椅子の脚を鳴らす。
「落ちるなら、落ちればいい」
奥のほうから、低い声が上がった。誰のものかを、シグヴァルドは確かめない。「帝国は我らから神の名を奪った側だ。今更、血を貸してやる筋合いがどこにある」
咎める者はいなかった。同じことを考えている者が、この広間には何人もいる。
ウィンドヘルムの首長が立ち上がったのは、その声がひととおり収まってからだった。祖父が旗を掲げた街の、今の主だ。
「王よ。私には、帝国を助けることが正しいのかわかりません」
「俺にもわからんさ」
シグヴァルドは笑った。首長は言葉に詰まる。詰まらせておいて、王は続けた。
「ノルドの血がシロディールで流れ、シロディールのためにノルドの血が流れる」
「……では、何故」
「イスグラモルなら、どうしただろうな」
誰も答えない。答えられる者がいるはずもなかった。
「あの男は、一度逃げてる」
広間が、静かになった。
「涙の夜だ。生き残りを船に乗せて、氷の海を渡って帰った。戻ってきたのは、そのあとだ。数を揃えてからだ。逃げた男が、数えて、集めて、それから戻ってきた」
「……は」
「俺は、あれを勇気の話だと教わらなかった。あの男は、一人で戻れば負けると知っていた。知っていたから、五百人になるまで帰らなかった。ただ、それだけの話だ」
高い窓のほうへ、顎をしゃくった。外の平原には、天幕の白が並んでいる。
「うちは揃ってる。足りていないのは、山の向こうだ」
「……士気の、話でございますか」
「数は足せる。あれは足せん」
指で、卓の炭の線を叩いた。線は南へ折れて、地図の外まで続いている。
「足せんものを、どうやって足す」
誰も答えなかった。
「隣に立ってやるしかないんだ。それ以外に、足す手がない」
広間を、ひととおり見回す。
「気に入らんのはわかる。俺も気に入らん。神の名を取り上げた連中と肩を並べて、同じ方角へ槍を構えるんだ。祖父が聞いていたら、この場で俺を斬るだろうな」
肩を、一度すくめた。
「斬られてやってもいい。そのあと、誰が向こうの背を立たせる」
シグヴァルドは、竜の骨を見上げた。
「俺はスカイリムで、もう二度と『涙の夜』を起こしてはならんのだ」
それから、視線を戻す。
「今更、アトモーラにも戻れんだろ?」
沈黙が長くなった。
「……ですが」ルーデウスが、絞り出すように言う。「それが、帝国を助ける理由になりますか」
「帝国が負ければ次はどこだ」
問い返す声は速かった。
「スカイリムか? 南のエルフか? はたまた砂漠のカジートか? どのみち各個撃破されて、タムリエルはお終いだ」
そこで、一度だけ肩を揺らす。
「……まぁ、エルフが死ぬのは構わんがな」
笑い声が、まばらに上がった。張り詰めていたものが、そこで少しだけ緩む。緩ませるために言ったのかどうかは、言った本人にしかわからない。
シグヴァルドは天窓を見上げた。
高い窓の向こうに、灰色の空がある。吊るされた竜の骨が、ちょうどその真下にかかっていて、空を見るには骨の隙間を通すしかない。数日前、その空から声が来た。壁を貫き、石を貫き、彼の血の奥にある古いものを一度だけ立ち上がらせた声だ。
「人間の時代を終わらせないためには、戦うしかない」
視線は、上げたままだった。
「……それに、俺たちは戦いに生きるノルドだろ」
側近たちが、一斉に立った。
「我らが王に、ショールの加護があらんことを」
「お前たちにもな」
シグヴァルドは、ようやく骨から目を離す。
「戻ったら、秘蔵のミードで宴会だ」
笑った。その目に、絶望の色は無い。
伝令が広間を出ていく。鳥が飛ぶ。南へ向かうその一羽が、かつて互いに殺し合った二つの旗を同じ戦線へ並べることになるのだと、その時点で見通していた者は、この広間にはいなかった。少なくとも、口に出した者はいない。
竜の骨は、動かないまま吊るされている。