The Elder Scrolls : Dawn of Order   作:蛾の司祭

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第3話:減った風

馬は、二日目の朝に拾った。

 

拾ったというより、繋がれたまま残されていた物を連れて行っただけだ。街道沿いの厩の柱に手綱が結んであり、飼葉桶は空だった。結び目は人の手で結ばれている。解いた者はいない。西へ逃げた連中に、ここへ寄る余裕が無かったということだ。

 

ネレヴァリンは鞍に跨り、頭を西へ向けた。

 

眠らなかった。眠る必要が無かったからだが、必要が無いから眠らないというのは、理由としてはたぶん弱い。

 

コロールが近づくにつれ、風が減った。

 

減る、という言い方が正しいのかどうかはわからない。吹かなくなったのではない。吹いているのだが、草のほうがそれに応えなくなっていく。街道脇の穂が、風の来る側へ傾いだまま止まっている。傾いだまま、いつまでも。

 

前方に、線があった。

 

線というより、そこから先だけ色が違う。土の色も、草の色も、光の当たり方も。境目は定規で引いたように真っ直ぐで、その真っ直ぐさだけで、これが自然にできたものでないことがわかった。

 

馬は、二十歩ほど手前で足を止めた。

 

腹を蹴っても動かない。首を振り、後ろへ下がろうとする。泡を噛んでいた。

 

ネレヴァリンは降りた。

 

腹帯を緩め、鞍を外し、轡を抜いてやる。馬具は道の脇へまとめて置いた。それから尻を一度だけ叩く。

 

馬は東へ走っていった。

 

振り返らずに、彼は線を跨いだ。

 

                 ◇

 

音が、減った。

 

正確には、音の種類が減った。

 

風の音が無い。葉の擦れる音が無い。虫も、鳥も、遠くで何かが軋む音も、水の流れる音も。

 

残ったのは二つだけだった。

 

自分の足音と、自分の呼吸。

 

一歩ごとに踵が地面を打つ音が、思っていたよりもずっと大きく響く。息を吸えば、その音が頭の内側で鳴った。自分が呼吸をしているという事実に、彼はしばらくぶりに気がついた。気がついただけで、それ以上のことは何も起きない。

 

丘の稜線に、それは立っていた。

 

シロディールの、なだらかな丘。オークの林。夏の終わりの色をした草地。その真ん中に、黒に近い灰色の石柱が一本、天へ向かって突き刺さっている。

 

一本ではなかった。

 

顔の向きを変えるたび、別の稜線にもう一本ずつ増えていく。数えるほどの数ではない。ただ、どこを向いても視界の端に必ず一本は入るような、そういう立ち方をしていた。

 

草を踏む。

 

潰れた。青い匂いはしない。足を上げると、潰れた葉は瞬きの間に元の形へ戻った。折れ目も、汁の痕も残らない。

 

もう一度、踏んでみる。

 

同じだった。

 

林の縁に、鹿がいた。

 

草を食んでいる。首を下げ、四度噛み、首を上げる。また下げ、四度噛み、首を上げる。

 

十歩まで近づいても、逃げなかった。

 

五歩。

 

鹿は首を下げ、四度噛んだ。

 

ネレヴァリンは手を伸ばし、その首筋に触れた。毛の下に体温がある。心臓も動いている。それだけだった。

 

手を離す。

 

鹿は首を下げ、四度噛んだ。

 

「抗うな」

 

自分の声が、思ったよりも近いところで鳴った。

 

「感情を手放せば、この秩序の一部として石に変わる」

 

言い聞かせる相手は、ほかにいない。

 

私は死ねない、と彼は思う。死ねないものは、この理の外側にある。だから呑まれない。

 

そう考えることにしていた。確かめる手立てが無い以上、そう考えておくのがいちばん手間がかからない。

 

                 ◇

 

道は、途中で無くなった。

 

正確には、道の上にも同じものが伸びていて、土と見分けがつかなくなっていた。透き通った六角の粒が、路面の凹凸を一つずつ埋めながら西へ続いている。

 

ネレヴァリンはしゃがみ、掌で地面を払った。

 

轍が出てくる。二本。西へ向かっている。

 

彼はまた歩き出した。

 

日暮れごろ、村があった。

 

日暮れごろ、と言えるのかどうかもわからない。光は弱くなったが、影の向きは変わらなかった。

 

家が並んでいる。

 

どれも同じ高さだった。屋根の勾配も、戸の位置も、窓の大きさも。元は違った。傾いだ小屋もあれば、継ぎ足しを重ねた家もあったはずだ。今はどれも等しく、道の両側に、寸分違わぬ間隔で並んでいる。

 

人はいない。

 

戸の開いたままの家が一軒あった。

 

中を覗く。卓の上にパンが一つ。切りかけで、脇にナイフが添えてある。乾いてもいないし、黴てもいない。

 

この先も、たぶん。

 

ネレヴァリンは戸を閉めなかった。閉める理由が思いつかなかった。

 

                 ◇

 

丘を一つ越えるごとに、石柱の間隔が狭くなっていく。

 

空の色が、少しずつ抜けていった。青が薄まり、灰になり、その灰からも粒が抜けていく。頭上を覆っているのが空なのか、それとも別の何かに置き換わったあとなのかは、見上げていてもわからない。

 

音は、まだ二つだった。

 

足音と、呼吸。

 

ネレヴァリンは前を見据えたまま歩いている。目に映るものは、何一つ彼の中で像を結ばない。結ばないまま、視界を通り過ぎていく。

 

盾になるものは一つだけあった。

 

終わらない、ということ。それが空虚であること。空虚は削られない。削るための取っかかりが、どこにも付いていないからだ。

 

中心は、まだ見えなかった。

 

見えなかったが、方角だけは間違えようがない。音のいちばん少ないほうへ歩けばいい。

 

その足音は、いつまでも同じ間隔で鳴り続けていた。聞いていた者がいたのかどうかは、わからない。あの土地には、聞くという働きを残されたものが、もうほとんど無かった。

 

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