The Elder Scrolls : Dawn of Order   作:蛾の司祭

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第2話:自分の声(後半)

若い兵が、盾を拾いに行く。

 

拾って、戻ってきて、縁を合わせた。合わせた位置は、正しい。

 

                 ◇

 

左翼が、割れた。

 

音でわかった。剣戟ではない。もっと湿った音だった。

 

ベテランは、そちらを見た。

 

獣の皮を被った一団が、皮を脱いでいた。

 

脱いでいるのではない。

 

背が伸びる。伸びる途中で、背骨の並びが皮の下から浮き上がり、その並びが順に外へ折れていく。肩の骨が音を立てて開き、腕が伸び、伸びた先で指の間が裂けた。顔が前へ突き出す。突き出しながら、口のあたりが縦に割れていく。

 

メキ、と鳴った。

 

木ではない。骨だ。骨がああいう音を立てるということを、彼はこの日に知った。

 

十数人が、同時に。

 

立ち上がったものは、人の倍あった。

 

ベテランは、腰の短剣に手をかけた。

 

新しい敵が来たのだと思った。四つ目だ。空から火が落ちてくるなら、地面から獣が出てきてもおかしくはない。

 

獣は、こちらへ来なかった。

 

東へ行った。

 

                 ◇

 

止まらなかった。

 

盾を構えたアカヴィリの列へ、真正面から入っていく。盾を叩くのではない。盾ごと、その後ろの人間ごと、腕の一振りで横へ運んでいく。運ばれたものは、着地する前に別の一頭に噛まれた。

 

虎の顔をした兵が、下から入ろうとする。膝より低い高さで。

 

そこには、もう獣の膝は無い。獣は四つになって、同じ高さから迎え撃った。

 

首を掴む。牙を入れる。振る。

 

蛇の顔をした兵の一団が、槍を並べて構えた。構えた並びの上を、一頭が跳び越えていった。跳び越えた先は、その並びの後ろだ。並びは後ろから壊れた。

 

血が、雨のように上がっている。

 

その中で、獣は笑っているように見えた。口の形がそうなっているだけかもしれない。だが、あれは追い詰められている生き物の口ではなかった。

 

ベテランは、それを見ていた。

 

味方だ。

 

味方であることが、ちょうど同じだけ怖かった。

 

隣で、毛皮の男が吠えた。言葉の形をしていない。形をしていないまま、彼は前へ出た。

 

その向こうで、帝国の兵が二人、剣を拾い直している。

 

ベテランは、自分の腕を見た。

 

短剣を握っていた。いつ抜いたのかを、覚えていない。

 

                 ◇

 

それでも、上には届かなかった。

 

胴は動かない。動かないまま、二度目の息を吸いはじめていた。

 

戦線は、押されていく。獣が開けた穴は、開けたぶんだけ塞がれた。東から来る数は減らない。減らないうえに、上から線が一本降りてくれば、それで済んでしまう。

 

じり貧という言い方を、ベテランは知らない。

 

知らないが、そういうものであることは、足の裏でわかった。

 

                 ◇

 

音が、西から来る。

 

シグヴァルドが、最初に顔を上げた。

 

空気を裂く音だった。管でも、角笛でも、獣でもない。何か固いものが、風の中を無理に押し分けてくる音。

 

「……あれは」

 

彼は目を細めた。

 

「あれはドラゴンか?」

 

答えた者はいない。

 

そのとき、それは指揮所の上を通り過ぎていた。

 

骨だった。

 

肉の無い翼が、光を透かしている。眼窩の中に青いものが二つ入っていて、その青が、東の胴へまっすぐ向いていた。

 

背に、人が乗っている。

 

                 ◇

 

骨の竜は、高度を落とさない。

 

落とさないまま、東の胴の上を横切った。

 

すれ違いざま、背の男が口を開けた。

 

                 ◇

 

声だった。

 

言葉ではない。あるいは言葉だったのかもしれないが、この列の誰も、その意味を知らなかった。

 

音が、来た。

 

ベテランの胸の奥で、骨の裏側を内から押されるような感覚があった。奥歯の根が痺れる。口の中に鉄の味がした。彼は思わず膝を落とし、耳を押さえる。押さえたところで、外から来ている音ではなかった。

 

胴が、動く。

 

初めて動いた。

 

雲の下の首が、横へ振られた。振られて、鱗の並びが波打ち、そこで一枚が浮く。

 

そして、退いた。

 

雲の中へ、胴が引かれていく。ゆっくりではなかった。あの大きさのものが、あの速さで引くのを、地上の誰も見たことがなかった。

 

雲が閉じた。

 

東の空に、何も無くなっている。

 

                 ◇

 

一拍、誰も声を出さなかった。

 

出せなかった。

 

「ドヴァキンか!」

 

指揮所から、声が飛んだ。

 

「真なる竜の帰還だ!」

 

そこから先は、音の壁だった。

 

ノルドたちが吠えた。武器を打ち鳴らし、盾を叩き、名前を呼び、名前ではないものも呼んだ。地面が揺れた。さっき龍が来たときとは、揺れ方が違っていた。

 

ベテランは、立ち上がった。

 

立ち上がって、東を見ている。

 

さっきまで、あそこには触れられないものがあった。矢が逸れ、魔法が縮み、列の左が硝子になった。

 

それが、怯んだ。

 

十数年やってきて、彼が学んだことは多くない。その多くないもののうちの一つが、()()()()()()()()、というものだった。

 

                 ◇

 

骨の竜が、旋回した。

 

一度、二度。旋回しながら高度を落とし、東から来た軍の頭上へ入る。

 

背の男が、また口を開けた。

 

今度は下へ向けて。

 

『Fus- Ro- Dah』

 

三つだった。三つで足りるらしかった。

 

風が、下から巻き上がった。アカヴィリの列が、まとめて横倒しになる。盾が飛び、槍が折れ、角の生えた連中が地面から剥がされて、そのまま東へ転がっていった。

 

一度で、五十歩ぶんの穴が空いた。

 

前線が、その穴へ流れ込んでいく。誰の号令でもない。行けるとわかったから行った。ノルドが先に出て、帝国が続いた。順番が逆になった隊もあった。

 

「……あれが」

 

隣で、若い兵が言った。

 

立っている。片方の足は裸のままだ。血が地面に付いていて、そこにいくつも小さな跡ができていた。

 

「あれが、ドラゴンボーン……」

 

口が半分開いたまま、目だけが空を追っている。

 

ベテランは、その背を叩いた。

 

強く。よろけるほど。

 

「最後まで抗うやつが生き残るんだ」

 

それだけを言った。

 

若い兵は、よろけて、踏み直して、それから前を向いた。

 

                 ◇

 

東の列の中で、おかしなことが起きている。

 

蛇の顔をした一団が、止まっていた。

 

戦っていたわけではない。押し込まれてもいない。ただ、進むのをやめて、空を見上げている。

 

一体が、隣の虎の兵を刺した。

 

味方だ。少なくとも、ベテランの目にはそう見えていたものだった。

 

一体だけではなかった。蛇の顔をした兵が、次々に向きを変えていく。並びの中で、槍の穂先が内側を向く。悲鳴が、東の列の内側から上がりはじめた。

 

やがて、彼らは膝を折った。

 

空へ向けて。

 

骨の竜が通る下で、蛇の顔をした兵たちが、頭を垂れていた。何百か。何千か。数えられる並び方ではなかったが、向いている先は一つだった。

 

ベテランには、何が起きたのかわからなかった。

 

わからないので、考えなかった。前線が開いたなら、開いたところへ行く。それだけが彼の仕事だ。

 

                 ◇

 

骨の竜が、降りてきた。

 

翼が土を叩き、埃が横へ広がる。爪が地面を掴んだ。背から、男が降りた。

 

近い。ベテランの列から、二十歩と離れていない。

 

背は高くない。ノルドとしては並みだ。革と鎧は古く、手入れはされているが新しくはない。背には両手戦斧。抜いていない。

 

続いて、女が降りた。

 

黒い髪。肌が白すぎる。この戦場に立つ服装ではなかったが、立っていることに何の無理も無いように見えた。

 

「やっぱりあなたは、英雄ですわね」

 

女が言った。東の列で頭を垂れている連中のほうを、顎で示している。

 

「ただのノルドだ」

 

男が答えた。

 

少しだけ、言い方が早かった。

 

「指揮官はいるか」

 

                 ◇

 

「俺だ」

 

指揮所のほうから、声が来た。

 

歩いてくる。若い。斧を提げているが、構えていない。

 

「シグヴァルド・ストームクローク。スカイリムの上級王だ」

 

男の顔が、そこで動いた。

 

「ストームクローク」

 

「そうだ」

 

「……ウルフリックの血筋の者か」

 

「そうだ」

 

シグヴァルドは、そこで一度、息を吸った。

 

「あんたの話は、父王からも、祖父王ウルフリックからも聞いている。……あんたと盾を並べて戦えることを、光栄に思う」

 

男は、それについて何も言わなかった。

 

言わずに、東を見た。雲は閉じている。閉じたものは、また開く。

 

「足元は任せても構わないか」

 

「ショールにかけて」

 

シグヴァルドが答えた。

 

                 ◇

 

その声が、動いた。

 

近くにいた者が、同じ言葉を返した。次の者が返し、その次が返す。ノルドの列を、言葉が波のように後ろへ渡っていった。渡るたびに大きくなる。

 

ベテランは、それを聞いていた。

 

隣で、若い兵が息を吸う。

 

六日前も、そうしていた。あのときは、吸って、そのまま吐いた。

 

今度は、吐かなかった。

 

「タロスに誓って」

 

若い兵が言った。

 

声は、大きくなかった。

 

大きくなかったが、周りの音がその一瞬だけ薄かったので、届いた。

 

                 ◇

 

一人が、続く。

 

すぐ後ろの男だ。それから、その隣。二列前。左のほう。

 

内戦から数十年、どの隊のどの列でも口にされなかった名が、あちこちで同時に上がりはじめた。咎める者は、いなかった。咎める側の者が、皆それを言っていた。

 

八柱を数えていた従軍の神官が、今どこにいるのかを、この列の誰も知らない。

 

ベテランは、口を開けた。

 

音が出る。

 

出た音を、彼は自分の耳で聞いた。聞いてから、それが自分の声だとわかった。

 

十数年、口の中でも通したことのない名だ。通してみると、思っていたよりも短かった。

 

                 ◇

 

「私は、地上から狙いますわね」

 

女が言った。背から、麻袋ではないものを下ろす。白銀が、埃の中で一度だけ光った。

 

「頼む」

 

男は骨の竜の首へ手をかけた。

 

かけて、振り返らずに一言だけ言った。

 

「生き残るぞ」

 

翼が、土を叩いた。

 

                 ◇

 

空が、その男に渡された。

 

地上には、人が残る。

 

残った者たちは、それぞれの持っているもので殺し合いを続けた。獣は牙で、ノルドは斧で、帝国兵は切れない剣で。誰が誰に何を誓ったのかを、そのとき数えていた者はいない。

 

硝子になった帯は、まだそこにあった。

 

その上を、人が踏んで、前へ出ていく。踏んだ足の跡は、付かなかった。

 

ベテランは、三列目にいなかった。

 

一列目にいた。

 

隣に、若い兵がいる。

 

片方の足は、まだ裸だった。

 

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